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認知科学は、よりよく生きる「知恵」を提供する学問

【認知科学】 山岸 侯彦 准教授

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2020.01.30

山岸 侯彦 准教授

心理学者がなぜ
ノーベル経済学賞をとったのか

認知科学とは、「知的な仕組みがどう動くのか」を探る学問です。

人や動物は、周りの世界といろいろなやりとりをして情報を得て、また情報を発信して、自分や周囲の人にとって都合のいい振る舞いをしようとします。その営みが、どんなときにどうなるのかを解明する学問といえます。

なかでも私は、意思決定のメカニズム、特に「なぜ間違った選択をしてしまうのか」を研究しています。例をあげて説明しましょう。

15年ほど前に、実際にイタリアで起こった騒動なのですが、2ケタの数字を当てるナンバーズくじで、「53」という数字が過去2年間出ていないことがわかりました。

そこで人々はどう思ったか。「次こそ53が出るはずだ」と先を争って「53」のくじを買ったのです。全財産をつぎ込んだ人もいました。ところが次の当たりも「53」ではなかった。結果、家計破たん者が続出し、自殺や無理心中もありました。

これは「賭博者の誤謬」といって、ある結果が何回か連続すると、「そろそろ別の結果が出てくるはず」と思い込むことの極端な実例です。冷静に考えれば、どの数字が次に出るかというのと、それまで出た数字にはなんの関係もないことがわかるのですが、人間はそこに意味を見出してしまう。とりわけ、損得や勝ち負けが関わると、そうした思い込みが力を持ってしまう。「53」の悲劇はその事実を明確に物語っています。

このような「賭博者の誤謬」は統計学の本にも出てきます。が、「なぜ賭博者の誤謬が起きてしまうのか」は統計学では説明しません。それを説明するのが、人間の心の問題を探る「認知科学」なのです。

もう1つ例を出しましょう。2つの壺があり、一方には当たりのボール1個とはずれのボール9個、計10個が入っています。もう一方には、当たり9個を含む100個の壺が入っている。実験参加者に、当たりを引いたときの賞金を見せ、「好きな方の壺からボールを1個引いてください」と尋ねる。すると、より多くの人がボール100個の壺に手を入れるのです。

ボール10個の壺のほうが当たる確率が高いことは、中学生でも分かりますね。100個の壺を引いた人も、頭では理解しているといいます。「でも当たりが9個あるほうが、9回分のチャンスがあるような気がするんです」と思ってしまう。

古典的な経済学では、「こんな非合理な選択をする人はいない」と判断していました。この場合、人間は必ず確率的に高いほうを選ぶはず、と考えます。けれども、現実は往々にして違う。人間は、非合理なことをやってしまうものなのです。

このようなときに「なんでそんなことをやりたくなってしまうのかな」と解き明かすのが、認知科学であり、特に私が専門にしている分野です。経済学や統計学などの学問が説明できなかったことを説明し、よりよく生きる知恵を提供してくれる学問だといえるでしょう。

実際に、意思決定を研究するダニエル・カーネマンという心理学者が、2002年にノーベル経済学賞を受賞しました。それまでの経済学では説明しづらいことが、認知科学の枠組みを採用すると説明ができると評価されての受賞でした。

理系学生も注意!
人はよくできた話を信じる

山岸 侯彦 准教授

私が認知科学を研究するようになったきっかけは、カーネマンと共著者エイモス・トベルスキーとの出会いでした。

慶應義塾大学大学院の修士課程で、何を研究対象にすべきか悩んでいたときに、たまたま出会ったのが、トベルスキー&カーネマンという心理学者の共著論文でした。あまりの面白さに衝撃を受けて、「こんな面白い研究をして生業が成り立つなら学者になりたい」と思ったのです。けれども、1980年代当時は、慶應義塾に認知科学を研究できる環境はありませんでした。私はワシントン大学に留学し、研究者になりました。ワシントン大学で師事した指導教員はトベルスキーの指導学生だったので、私はトベルスキーの孫弟子です。

きっかけとなった論文の内容をごく分かりやすく説明すると、「人は思い出しやすいもの、イメージしやすいものを、世の中にざらにあるものだと思う」というものです。

たとえば「Rから始まる英単語と、3文字目にRが来る英単語では、どっちが多い?」とアメリカ人に質問すると、ほとんどの人が前者だと答えます。理由は、Rから始まる英単語のほうが思い出しやすいからです。たしかに3文字目にRが来る英単語は?と問われてもすぐに思い出せませんよね。けれども、実際には3文字目にRが来る英単語のほうが多いのです。

これは、「よくできた話は信じやすい」ということに通じます。

「トランプ大統領は任期を満了しない」という話と、「トランプ大統領は弾劾請求が通って任期満了できない」という話のどっちがあり得ると思うか、少し前のアメリカ人に聞いたら、後者だと答える人が多かったはずです。

確率論でいえば、「弾劾請求が通って」と条件が付いているほうが、実現の可能性は低い。でも、こっちのほうがもっともらしく聞こえるので、「ありそうだ」と思ってしまう。

老人がしばしば遭う詐欺被害も同じ構造で起きます。

「おじいちゃん、会社のお金を落としちゃった。今日どうしても振り込まないとクビになる」と「孫」を名乗る人物から電話がかかってきた、としましょう。冷静に考えれば、「そもそも会社の大金を落としそうな孫は自分にいるのか?」「この時間に、しかも親ではなくて、自分に最初に電話をかけてくる孫はいるのか?」と疑問はいくつも浮かんできて、確率的に考えてもこれはおかしい、と気づくはずです。でも、相手の言葉が巧みだとこういう話を受け入れ、詐欺に遭ってしまう。

東工大生にとっても他人事ではないんです。昨今、大学生をターゲットに、投資情報が詰まっているというUSBを高額で売りつける詐欺が続出しているようです。東工大生のような理系の学生は、一見、論理的に聞こえる話を真に受ける傾向が見られます。勉強ができる、頭がいい人だからこそひっかかる詐欺もある。注意が必要です。そんなとき、誤った判断を下さないよう、人の認知の特性を解明し発信するのも認知科学の役割のひとつです。

教職課程の心理学を担当
実感を得ながら心を理解して欲しい

山岸 侯彦 准教授

認知科学の研究は、私自身の研究と大学院生向けのゼミで進めており、学部では教職科目として心理学の授業を受け持っています。

私の授業に出席する学生の95%が1年生で、高校卒業後、いきなり心理学に触れる新入生たちがほとんどです。だから教えるのは心理学の基礎中の基礎。定番の内容です。自分でいろいろ体を動かして経験した内容のほうが印象に残るので、授業では実験を織り交ぜ、実感を得られるように工夫しています。

ただし、教師業の役に立ちそうなより新しい知見を紹介することもあります。

近年注目されている知見に、「ダニング・クルーガー効果」があります。これは能力の低い人は自己評価が高く、能力の高い人もまた自分のことをわかっているので自己評価は高く、中程度の人だけの自己評価だけが低いという現象です。

「同じ“できる”といっても、本当に実力がある子もいれば口先だけの子もいる。親もそうで、“子どものことなら何でもわかっている”というけれど、まったくわかっていない親もいる。そういう親に出くわしても面食らわないように」と、「ダニング・クルーガー効果」を説明しながら、教育現場での生徒指導や親御さんの面談の際に気をつけるべきポイントを教えています。

生真面目さは東工大生の武器
まっすぐ進んで欲しい

山岸 侯彦 准教授

リベラルアーツ研究教育院の教養コア学修科目では、博士課程の学生が受講する学生プロデュース科目を受け持っています。

所属先も専門も異なる大学院生3~4人が1グループになり、大きなテーマに沿って自分たちなりの切り口から検討を進め、最後はポスターセッションをして優秀な研究を互選する授業です。たとえば、「教育の力で国家レベルの貧困を改善するにはどうしたらいいか」というテーマで、各グループが発表を行います。とあるグループの中では、ある学生が予算をどうつけるか検討し、別の学生が現場の教員の教育力をいかに高めるか調査する。

それぞれの学生の専門分野は異なります。自分がふだん研究室で使っている言葉や考えは通じないことがあります。そんな専攻がばらばらの学生たちが1つのグループとなり、そのなかで自分自身の意見を述べ、相手の話を聞き、グループで新しいアイデアを練る。学生たちはそんなグループワークの骨法を実体験を通して学んでいきます。

ひと昔前に比べて、現在は大学院修了者の仕事探しが厳しくなってきています。そのときに、人に対する説得力を持っていないと、競争相手に負けることになる。そういう点でも、さまざまな研究室の学生たちを混ぜて1つのプロジェクトを遂行させる「博士教養」の学生プロデュース科目は、とても意味のある授業だと考えています。

実際に、プロジェクトを任せると東工大の大学院生たちは頼もしいですよ。理解度は極めて高く、PDFやポスターも短期間で見応えのあるものを作る。

東工大生のいいところは、素直さです。生真面目に正攻法で攻めるタイプが多い印象です。

効率や近道を重宝するよりも、自分自身で正しい道を探ろうとする。うまく立ち回ることよりも、考え抜いて正解を見つけようとする。これからの時代、こうした愚直でクリエイティブな生き方は、とても重要だと私は思います。自分たちに向いている方法で、どんどん力を伸ばしていってほしいと思います。

Profile

山岸 侯彦 准教授

研究分野 認知科学

山岸 侯彦 准教授

1962年、東京生まれ。1984年、慶應義塾大学文学部卒業 。1987年に同大学院社会学研究科修士課程修了後、ワシントン大学に留学。1994年、ワシントン大学心理学部講師に。翌年、同大にて認知心理学の博士号取得。慶應義塾大学文学部講師、淑徳大学国際コミュニケーション学部助教授を経て、2000年に東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授に就任。日本心理学会2003年、2006年大会優秀論文賞、日本認知科学会2012年大会特別賞等の受賞歴を誇る。著書に『基礎心理学実験法ハンドブック』(朝倉書店・共著)がある。

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