リベラルアーツ研究教育院 News

アメリカに巣食う白人至上主義とは? 日本・世界が知るべき人種問題、意識を深めるために

【アメリカ幼児教育政策、人種、ソーシャルエモーショナルラーニング(SEL)】赤羽 早苗 准教授

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2021.07.28

赤羽 早苗 准教授

それは本当に当たり前?
批判的な態度を身につけよう

2021年春に東工大に赴任するまで、20年近くをアメリカで過ごしてきました。最初は大学卒業後に留学した中西部で、そして2014年からはニューヨークで、主に幼児教育政策について研究を進めてきました。

東工大では学部生、院生へ向けた英語の授業、院生への英会話のクラス、それから文系教養で「アメリカ学」の授業を担当します。アメリカ学では、アメリカの人種問題、制度的人種差別、白人至上主義について掘り下げていきたいと考えています。

幼児教育政策を研究テーマとする私が、なぜ、授業で人種問題を取り上げるのか。疑問に思う方もいるかもしれません。実は幼い子どもに対する教育の現場の抱える問題は、人種問題と無縁ではないのです。たとえばアジア人を含む有色の子が教室で大きな声を出したり、クラスメイトと他愛のないケンカをしたりするだけで、「あの子は問題行動が多い」とレッテルを貼られてしまう。同じような行動が白人の子に見られても「元気がいいね」で終わったりします。幼稚園の頃から問題人物として扱われ、そのレッテルが一生ついて回ってしまうとしたらどうでしょう?

日本人として日本に暮らしていると、人種を意識することはないかもしれません。

それは、私たち日本人が生まれながらに与えられたある種のprivilege(例えば、人種を意識しないのが当たり前の環境)によるものとも言えます。日本で暮らしている外国人・有色の方々はおそらく人種、文化の違いを常に意識して生活されているのではないでしょうか。2020年に世界的な抗議運動となったBlack Lives Matterも、日本では海の向こう側での出来事、と捉える人が大半だったように感じます。けれども、日本に暮らす私たちにとっても、人種問題は決して他人事ではありません。また白人至上主義の影響は、日本においても見えないかたちで根を張っているものでもあります。

東工大で学ぶ皆さんには、時には目の前の事象を疑う目を持って物事を見る力を養ってもらいたい、と思います。無意識のうちに、北米・西欧の制度やシステム、研究こそが最も優れている、と考えてはいないでしょうか? 白人至上主義が私たちの生活に、私たちの暮らしを支える制度にどう関わっているか、全世界の人が考えるべき問題だと思います。

世界に蔓延する「白人至上主義」という空気

私が白人至上主義に強い興味を持つようになったのは、私自身がアメリカでは「時に差別される側」の存在だったということも大きいでしょう。私が在籍していた大学のある街は人口の大多数が白人で、当時は学生の約8割近くが白人でした。とくに私が専攻していた教育政策学には留学生も少なく、どの授業に出席しても、たいてい唯一の非白人学生でした。

となると、授業も必然的に白人目線になります。教育哲学の授業で「偉大な哲学者」として紹介されるのは、決まってヨーロッパ系白人でした。アジアやアフリカにもすばらしい哲学者はいるのに、彼らの功績に触れられることはありません。私が日本や中国の哲学者について発言しても、教室中が「何を言っているんだ?」という目で見るばかり。それは決して差別的な意識から排除しようとしているわけではなく、教師も学生も「ヨーロッパやアメリカのほうが何においてもすぐれている」と疑いなく、無意識的に信じているからなのです。

アメリカで学ぶ人は、白人だけでなく黒人もアジア人もヒスパニック系もみんなが、主に白人が作ったカリキュラム・教材で、白人の視点からの歴史や文化を教えられ、白人が話す英語こそが美しいと教わることが多いです。長年続いてきた教育現場の現実です。そして、地域によっては、白人至上主義が空気のように存在する教室で、有色人種の子どもたちは知らず知らずのうちに、白人よりも劣っていると思い込まされていく。このように内的に追い込まれた有色の子どもが問題を起こしたり、学校を中退したりすると、「これだから有色の人々は」などと人種のせいにされてしまう。もちろん、このような状況下でも成功される方々はたくさんいらっしゃいますが、アメリカの教育界ではこんなことが今も頻繁に起こっています。

この現状を変えるためには、まずは白人至上主義がどんな場面でどうあらわれているのかをはっきりと認識することが必要でしょう。教育界にはびこる白人至上主義を明らかにすることが、私の研究の大きなテーマです。

ニューヨークの幼稚園無償化政策で見えたもの

赤羽 早苗 准教授

大学院ではアメリカ連邦政府の教育委員会が収集したデータを使用して、教育についての分析を行っていました。ただ教育現場での経験を積むことなしに、教育の研究をすることへの葛藤もありました。2014年にニューヨークに移転したのは、アメリカ最大の学区で教育の現場を実際に自分の目で見て学びたいという思いからです。

ちょうど同じ年、ニューヨーク市では「Pre-K for All」という政策が導入されました。アメリカでは5歳からキンダーガーデンに入園し、義務教育が始まります。この1年前、4歳になる年の子ども全員に幼稚園教育を無償で提供する、というのがPre-K for Allです。

ニューヨークの幼児教育やチャイルドケアは非常に高額なため、保護者は無償化に賛同しました。一方で、幼稚園で働く先生たちの間には政策を疑問視する声も渦巻いていました。私は、この政策が社会実装されている中で何が起きるかを記録することの必要性を感じ、毎日のように幼稚園の教室を回りました。

この調査を続けるうちに、私はまたも人種問題に行き当たります。

そもそもPre-K for ALLが実装されるに至った背景には、幼児教育の重要性がありました。子供の発育で最も重要とされる0〜5歳の時期に、すべての子どもが教育を受けられる体制をつくらなければならない、とされたのです。

けれど、重要性が認識されているにも関わらず、幼児教育に関わる先生たちの多くは、大変な労働条件のなかで勤務しています。長時間労働は当たり前で幼児と関わる仕事で責任も重いのに、給与は低い。先生たちのほとんどは女性で、黒人、ヒスパニック系、アジア人などの有色人種です。もちろん白人の幼稚園教諭もいますが、彼らの多くは待遇もいい公立学校の中の幼稚園に勤務しています。無償化によって全ての4歳児に平等に幼児教育を提供してきたPreK for All ですが、有色人種と白人とでは、先生が受けている待遇は不平等で不公平な場合もあることがわかったのです。

日本でも幼児教育・保育の無償化がスタートしました。ニューヨークとは教育システムが根本的に違いますが、先生たちの待遇の問題や、教育界における幼児教育の立ち位置などは、アメリカと共通する点も多いと思います。ニューヨークでは多くの幼稚園を回り、先生、保護者、子どもたちへのインタビューを行い、政策が現場でどう機能しているかを検証しました。日本においても、こうしたフィールド調査を行ってみたいと考えています。

今アメリカでは、アジア人ヘイトの問題も深刻です。地下鉄の中で突然アジア系の老人が暴行されたり、街を歩いていたところを突き飛ばされたり、といった映像を目にした人もいるでしょう。

私はアジア人ヘイトの問題も、白人至上主義の影響から派生していると考えています。アメリカではいつもアジア人と他の有色の人々が比較され、対立構造に置かれています。

「アジア系の移民は入植の歴史も浅く、言葉にも不自由があるなかで成功している」

「その点、他の有色人種の人々は高校を卒業しない人も多数いる」

白人やアメリカ社会全般のこうした偏見に基づいた差別的な比較によって、アジア人と他の有色の人々はお互いに嫌悪感を抱く存在にさせられている面があるのです。

そうした背景がある中で、コロナウイルスが猛威をふるい、多くの人が家族を失いました。命を落としたのは、人口からは不釣り合いなほど多くの黒人や有色の方々だったことがわかっています。そんな状況下で、「チャイナウイルス」という言葉が蔓延し続けた……。こうして、コロナによる困窮、ストレスや、家族を失くした悲しみがいつの間にかアジア人へと向かうようになったのだと思います。

人種間の対立を煽り、利用しようとするのも、その根底には白人至上主義の考えがあります。そして、この対立構造は今に始まったことではなく、歴史的にも何度となく繰り返されていること。

アジア人ヘイトとして噴出している、その奥には何があるのか。問題の根源を見つめると、やはりそこには白人至上主義を起点とする人種問題がある、と思うのです。

焦点を当て、考える時間を持つことで、
今まで気にならなかった社会の課題が見えてくる

赤羽 早苗 准教授

振り返ってみると私も渡米前・渡米後しばらくは、白人至上主義を空気のように吸い込み、「白人ではないから自分が差別されても仕方ない」と無意識に考えたり、有色の人を差別的な視点から一方的に判断したり、意図せず気づかないところで白人至上主義に加担していました。私の意識も白人至上主義に支配されていた訳です。

東工大生のなかには、これから留学を考えている人も、卒業後世界に出て働く人も多いでしょう。「人種とは何か」「自分は日本人として、アジア人としてどんな経験をしてきたか」「異なる人種の人たちとどんな関わり方をしているか」、こうしたことに焦点を当てて考える時間を持つことで、今まで気付かなかった社会の課題が見えてくることがあるかもしれません。

「東工大立志プロジェクト」でたくさんの先生の講義を聞き、それを自分の状況、日本での様々な状況に当てはめることも、きっと私たちの周りにある「空気」の存在に気づくきっかけになるでしょう。私たちの身の回りにあたかも自然のようにあるものの中に、おかしなものはないか、変えなければいけないものはないか。東工大で学ぶみなさんには、そこに気づき、意識的に行動し、世界を変えていける人になってもらいたい、と願っています。

Profile

赤羽 早苗 准教授

研究分野 アメリカ幼児教育政策、人種、ソーシャルエモーショナルラーニング(SEL)

赤羽 早苗 准教授

教育学博士。2014年からニューヨーク市が打ち出した幼稚園無償化政策「Pre-K for All」が幼児教育の現場でどう受け止められているかを調査・研究。バンク・ストリート大学、ニューヨーク市立大学ハンター校、ニューヨーク大学での勤務を経て、2021年に東京工業大学着任。

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