リベラルアーツ研究教育院 News
【日本語教育、言語学、日本語学/統語論】榎原 実香 講師
私が専門としているのは、日本語教育と日本語学です。もともと日本語教師を目指して日本語教育を学んでいたのですが、その過程で日本語という言語の面白さに惹かれ、現在はこの2つを並行して研究しています。
中でも学生時代からずっと取り組んでいるのが、「も」の多様性に関する研究です。日本語の「も」はたった一文字でありながら、驚くほどいろんな用法を持っています。最も典型的な使い方としては「私もりんごが好きです」/「私はりんごも好きです」のようなtoo/alsoの役割。それ以外にも「今年も終わりに近づいたなあ」のように文全体の意味をやわらげる“ぼかし”の「も」や「猿も木から落ちる」のように意外性を表す「も」、「太っても見えた目は変わらない」といった逆説的な「も」もあります。「太郎も来た」といえば他にも来た人がいることを表し、「誰も来なかった」なら0人を意味するなど、前後の組み合わせによって状況を端的に伝えることもできます。
ここに挙げたのはほんの一例で、「も」にはまだまだいろんな顔があり、知れば知るほど不思議がいっぱい。ひとつの疑問が解決するとまた新しい謎に突き当たったり、今まで分からなかったことが意外なところでつながってさらに研究対象が広がったりと、「も」の研究には果てがありません。ゴールがないから、いつまでも追求し続けられる。そこが、言語学の面白いところだと思っています。
2020年4月からは、東工大リベラルアーツ研究教育院で留学生に日本語を教える科目を担当しています。
外国の人に日本語を教えることは、子どもの頃からの夢でした。その原体験は、小学生時代に1年だけ住んでいたアメリカにあります。英語という新しい言語をゼロから学び、覚えたばかりの言葉を使って現地の人たちと交流することが楽しくてたまらなかったのです。中学生になって、日本語教師という仕事があるのを知ったときには、もう「これになる!」と決めていました。自分がアメリカで英語を教えてもらった恩を、日本語を教えることで返したいと思ったからです。
高校生になってもその気持ちは変わらず、卒業後は大阪外国語大学にルーツを持つ大阪大学外国語学部へ進学。学業の他にも、ボランティアで外国にルーツをもつ子どもたちの日本語支援をしたり、院生になってからは日本語学校や大学で日本語教育の非常勤講師として様々な留学生に日本語を教えたりもしていました。
その中で特に印象に残っているのが、工学系の留学生たちを教えたときのことです。彼ら彼女らは「日本で生活するために必要だから日本語を学ぶ」という明確な目的を持っていて、授業態度も真剣そのもの。本気で日本語を学びたいという気持ちが、ひしひしと伝わってきました。私が東工大を選んだのも、そうした本当に日本語を必要としている学生たちに教えたいという想いがあったからに他なりません。
実際、東工大の留学生が見せる日本語への熱意には圧倒されるばかりです。日本語科目は必修でないにもかかわらず、毎回定員をオーバーするほどの登録があり、単位に関係なく毎回熱心に授業に参加してくれます。中にはコロナ禍で来日できず、ヨーロッパからオンラインで出席していた学生もいました。時差の関係で現地では早朝の2時から6時という時間に毎日、です。
また、ひとつ表現を教えるとすぐ応用して積極的に使ってくれるなど、学生たちの飲み込みや上達の早さにも驚かされています。語学に対する勘のよさや意欲の高さは、東工大の留学生に共通する特徴なのかもしれません。
一方で、留学生の使う日本語は非常に興味深く、私の新しい研究テーマとなりつつあります。彼ら彼女らの言葉の使い方は、日本語を母語や第一言語としている人たちの使用と比べると、どこか違う。その違いがなぜ生じるのかを体系的に明らかにしていくことは、日本語のよりよい教え方にもつながっていくはずです。日本語教育と言語学。ずっとやってきた2つの専門分野が、今ようやくつながってきたことを実感しています。
着任以来、授業はすべてオンラインで行っています。Zoomを使ったリモート授業は、私にとっては初めての経験でした。ただ授業開始前の4月に、留学生向けの「日本語学習活動」に参加させていただいたおかげでパソコンの操作にも慣れ、留学生たちとの交流も持てたので、本番にもスムーズに臨むことができました。やってみると、オンライン授業はなかなか快適で、とくに私のような人前で緊張してしまうタイプにはぴったりの授業形式。大岡山キャンパスとすずかけ台キャンパスの学生が一緒に勉強できるのも、リモート授業ならではのメリットです。
リモート授業には一長一短がありますが、今の状況下の留学生に限っていえば、必要不可欠なものだと思っています。学校に来るどころか来日もできない中で、毎日授業に参加できるのもリモートだからこそ。最初は文字が書けない学生をフォローするのに苦労しましたが、今ではみんな日本語のタイピングも上達しています。これもリモート授業の副産物といえるでしょう。
とはいえ、画面越しでしか対話できないリモート授業には、やはり限界もあります。リアルな教室であれば気軽に行える、授業後の質問や雑談などのやりとりが、オンラインではなかなかできない。学生同士の交流も生まれにくい状況です。
そこで、授業ではなるべくブレイクアウトルーム(ミーティング参加者を小グループに分けるZoom上の機能)を使い、学生同士で学び合える環境づくりを心がけています。また毎週水曜日と木曜日のお昼時間に「にほんご相談室」を開いており、授業で分からなかったことや日本語に関する質問や相談に応じています。これは、もともと日本語セクションの森田淳子先生、小松翠先生が実施されていた相談室を、オンラインに引き継がせていただいたもの。ここには常連さんもたくさんいて、一種の留学生コミュニティになりつつありますね。
今の課題は、留学生と日本人学生の交流をどうしたら深められるかということ。相談に来る留学生のなかには、「日本人と日本語で話す機会がめっきり減ってしまった」「授業以外でほとんど日本語を使っていない」という声も多く、このままでは日本語の学習モチベーションにも影響してしまいます。せっかくリモートでつながれる環境にあるのですから、オンライン上で留学生と日本人学生がディスカッションできる場があるとうれしいですね。学内だけでなく、海外にいる様々な研究者や学生さんと東工大の教員、学生がオンラインで自由に交流できるようになれば、留学の新しいかたちも見えてくるかもしれません。
東工大には、学士課程1年目の学生全員が受講する「東工大立志プロジェクト」というコア学修科目があります。これはゲストスピーカーによる講義とグループディスカッションを交互に行う形式の授業で、今年はオンラインで実施されています。私自身はまだ参加したことがないのですが、ご担当の先生方にお聞きすると、学生たちも非常に熱心に活動しているとのこと。何より、これだけ多くいる学生の一人ひとりが自分の言葉で発表し、それを聞く場が設けられているということに驚きました。学生の主体性を尊重する東工大のリベラルアーツ教育のあり方が、まさに凝縮されたプログラムだと思います。
「立志プロジェクト」には、留学生ももちろん受講しています。ただ、うまくディスカッションに参加できないケースもあるようなので、間接的にでも何かサポートできればいいなと考えています。留学生にとっては、日本人学生と日本語で話し合える絶好の機会でもあるため、ぜひ有意義に活用してもらいたいですね。
リベラルアーツとは、自分が専門とする知識や能力が社会とどうつながっているのかを知り、そこから自分自身の生き方を見直す学問。言葉を学ぶことも、その手がかりのひとつになるはずです。日本語を身につけることによって日本語を話す人の考え方を知ることができたり、日本語を使った交流を通じて相手をより深く理解できるようになれば、世界はさらに広がっていく。その喜びを、多くの留学生に体験していただきたいと思っています。
東工大にはアジアをはじめ、本当にいろんな国々から個性あふれる学生が集まっています。留学生だけでなく、日本人学生のみなさんも、そうした多彩なバックボーンを持つ仲間たちと触れ合うことで、自分の世界を、視野を広げてみてはいかがでしょうか。国籍や専門の異なる様々な学生たちとの出会いに満ちあふれているのも、東工大リベラルアーツ研究教育院の魅力です。
研究分野 日本語教育、言語学、日本語学/統語論
2013年大阪大学 外国語学部 外国語学科 日本語専攻卒業、2016年同大学大学院・言語文化研究科 日本語・日本文化専攻修了、2019年同研究科 言語文化専攻修了。東京国際大学にて日本語専任講師を務めた後、2020年4月より現職。東工大では、留学生に日本語を教える科目を担当する他、昼休みを使ったにほんご相談室で気軽なオンライン相談にも応じている。