リベラルアーツ研究教育院 News
「人間にとってなぜ右脳が重要なのか」を解き明かすヒントに
東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院の大上淑美研究員と小谷泰則助教らの研究チームは、空間への注意に対する右脳優位性に脳の島皮質(とうひしつ)[用語1]という部位が関連していることを、脳波実験[用語2]とfMRI実験[用語3]から明らかにした。
空間認知において、ヒトの脳では左脳は右空間のみに対応するのに対し、右脳は右と左の両方の空間に対応するという「右脳優位性」という特徴を持っている。脳波実験では、左空間刺激呈示時に右脳優位を観察できたが、右空間刺激呈示時には左脳の優位性は観察されなかった。fMRI実験では、左前部島皮質は右側呈示時にのみ活動するのに対し、右前部島皮質は左右両方の刺激呈示で活動し、より広い空間に反応していることが示された。目や耳といった感覚受容器や手足に損傷がなくても、脳に損傷を受けると視覚情報の処理ができなくなったり、足が麻痺してうまく歩けなくなったりする。そのような症例として『半側空間無視』がある。損傷した脳部位の反対の方向へ注意を向けることができなくなるという病態であり、左脳の損傷よりも右脳に損傷を受けた時に空間無視という状態が生じることが多い(Mesulam, 1999)。この理由として、左空間への注意は右脳のみの対応に対し、右空間への注意は左脳と右脳の両方で対応されていると考えられている。つまり、右脳を損傷しただけで左右両方の空間認知に影響が生じることを意味しており、左脳を損傷した場合より認知に与える影響が大きいと言える。このことから、脳の働きにおいて、右脳がより重要である(優位性がある)と考えられる。しかし、なぜ右脳が損傷した場合に多く障害が生じるのか、なぜ右脳が優位になるか、その理由については不明な点が多かった。
空間的注意においては、島皮質という脳の領域が関与しており、左脳よりも右脳の島皮質が優位に働くということがわかっている。図1は、脳の模型を使って、島皮質(白点線で囲った部分)を示している。その島皮質の脳活動は刺激先行陰性電位(SPN)[用語4]と呼ばれる脳波として、測定(脳波実験を意味する)できる。脳波実験で神経の電気的活動をミリ秒単位で脳波として記録できる。さらにfMRI実験を行えば、脳のどこがどのように活動していたかを観察することができる。
図1(A)と(B) 大脳における島皮質の位置
図1(A)大脳の外観模型 図1(B)模型の一部を外し、島皮質の位置(白点線で囲んだ箇所)がわかりやすいように示した図
図1(A)の白点線は、側頭葉と頭頂葉を分ける外側溝という溝を示し、その外側溝の奥に島皮質は位置している。図1(B)の白点線で囲った部分が、島皮質である。島皮質は、前頭葉、側頭葉、頭頂葉の一部である弁蓋(べんがい)と呼ばれる部分で覆われ、脳の表面からは隠れているため、見えない。
本研究では、空間的注意に関わる脳活動の違いを時間評価課題中のSPN(脳波実験)と脳の活動部位(fMRI実験)から検討した。時間評価課題では実験参加者に指定された時間(4秒)が経過したらボタンを押してもらい、指定された秒数通りにボタンを押したか否かの FB刺激(フィードバック)[用語5]をボタン押しの後に呈示する。FB刺激は脳の左脳右脳の働きを観察するために片側の空間のみ(左側刺激・右側刺激)に呈示した。加えて、FB刺激は、2つの知覚刺激を比べるため視覚刺激(記号)条件と聴覚条件(ビープ音)を設定した。SPNを高密度脳波電極(頭皮上58個の電極)から測定し、fMRI実験では血流動態から脳の活動部位を調べた。
結果は、脳波実験では左側刺激時に右脳優位(左脳よりも右脳が活発に働く状態)であったが、右側刺激時には左側優位性はなかった(図2と図3)。また、聴覚刺激でも視覚刺激でもこの結果は同じであった。
図2は、脳波実験を行った結果で、視覚条件と聴覚条件内での左側刺激と右側刺激でのSPNの振幅の棒グラフである。視覚刺激も聴覚刺激も左側呈示された場合には右脳の活動が有意に増えているが、右側呈示では左脳の活動は増えていない。
図3は頭皮上電位分布図であるが、SPNという脳波は陰性電位のため、活動の強弱は青色の濃淡で示され、濃い青色になるとその場所の活動が大きいといえる。図3の赤点線で囲んだ箇所がSPNの活動が増している。図2の棒グラフに示された通り、左右どちら側に刺激を呈示した場合でも右脳の活動が増加していることがわかる。
図4にfMRI実験での結果を示す。fMRI実験では、右側刺激時にのみ左前部島皮質が活性化し、右前部島皮質は左右両方の刺激で活性化していた。左の前部島皮質は聴覚刺激または視覚刺激の右側呈示でのみ活動を示すのに対し、右の前部島皮質は全条件で活動が見られることが明らかになった。
島皮質は、脳の中で「顕著性ネットワーク」と呼ばれるネットワークを構成し、この中心領域として島皮質が活動することが知られている。顕著性ネットワークは感情・認知・他の脳内ネットワークのコントロール・身体情報の知覚など様々な機能と関係しており、この顕著性ネットワークも右脳優位性を示すことが分かっている(Zhang et al., 2019)。注意機能が右脳優位になる理由は、上記の通り、顕著性ネットワークに属する島皮質が右脳優位性を示すからである。なぜ島皮質が示す右脳優位性については、フォンエコノモ神経(VEN)[用語6]の左右の脳での分布量の違いが原因と考えられる(Zhang et al., 2019)。このVENは主に島皮質と前部帯状皮質に存在することがわかっており、右脳には左脳よりも3割も多く存在する。さらに、VENは他の神経細胞より信号を伝達する樹状突起(じゅじょうとっき)[用語7]が長く、そのため神経間の信号伝達を促進する高い伝導性を持っていると考えられる。つまり、右脳にVEN神経が多く存在するため、情報をより早く処理でき、結果として左脳よりも右脳の活動が高まると考えられる。
以上の結果から、入力される知覚刺激に対して、左脳よりも右脳での活動が増加し、その基となるのが顕著性ネットワークの中の島皮質であると考えられる。左脳に比べて、右脳にVENが最大3割程度多く存在するという事実は、今回行った脳波実験およびfMRI実験の結果と合致する。
研究の背景で述べたとおり、反側空間無視の症状において、なぜ右脳が損傷した場合に多く障害が生じるかは明らかになっていなかったが、本研究の結果から右脳損傷時に多く生じる半側空間無視に島皮質が関与していることを示すことができた。注意と島皮質の関与の詳細を基礎的な研究から明らかにできれば、半側空間無視という病態の緩和につながる治療法といった応用を生み出せる可能性が出てくる。また、右脳は自尊心や他者の気持ち理解、社会性などにも関与していることが分かっている。本研究をさらに進めることにより、将来的には「なぜ人間にとって右脳が重要なのか」という謎の解明につながる可能性がある。
今回の研究では、島皮質が右脳優位性になる理由として、VENが右脳により多く存在するということで説明ができたが、「なぜ右脳に多くのVENが存在するのか」については不明な点が残っている。島皮質は迷走神経[用語8]と呼ばれる神経の入力を受けており、迷走神経は心臓や内臓に張り巡らされている。それは、左脳と比べて右脳は身体とより深く繋がっている可能性を示唆しており、今後は、体性感覚[用語9]刺激などの刺激を用いて、fMRIや脳波の実験を行い、右脳優位性と島皮質の関係をさらに解き明かしていく予定である。
付記
本研究は、JSPS科学研究費助成事業 基盤研究(C) 20500536の助成を受けたものである。
用語説明
[用語1] 島皮質 : 大脳の表面からは見えないところに位置し、左脳にも右脳にもある(図1参照)。
[用語2] 脳波実験 : 脳から生じる神経の電気活動を頭皮上に置いた電極で記録する時間分解が高い測定方法である。
[用語3] fMRI実験 : functional Magnetic Resonance Imaging(磁気共鳴機能画像法)は、MRI装置を使って非侵襲的(生体を傷つけず)に脳活動を調べられ、空間分解が高い測定方法である。
[用語4] 刺激先行陰性電位 : 課題に関連した知覚刺激が呈示された時に、その刺激が出る前の数秒間に出現する脳波(事象関連電位)である。
[用語5] FB刺激 : 実験課題において指定された行いに対する結果を示す刺激のことをフィードバック刺激という。
[用語6] フォンエコノモ神経 : von Economo neuronは、細長い細胞体と、先端およびその終末から突出する長い樹状突起によって定義される神経のこと。
[用語7] 樹状突起 : 神経細胞の一部であり、神経細胞が外部からの刺激や他の神経細胞から送り出される情報を受け取るための細胞体から樹木の枝のように分岐した複数の突起のこと。
[用語8] 迷走神経 : 複雑な神経経路を形成して脳と身体に広く分布している。迷走神経は、脳から末梢器官へ情報伝達する下行性の神経と、末梢から脳へ伝達する上行性の神経に大別される。
[用語9] 体性感覚 : 皮膚感覚、深部感覚、内臓感覚など身体に関する感覚を意味する。
論文情報
掲載誌 : Psychophysiology
論文タイトル :The contralateral effects of anticipated stimuli on brain activity measured by ERP and fMRI
著者 : Yoshimi Ohgami, Yasunori Kotani, Nobukiyo Yoshida, Hiroyuki Akai, Akira Kunimatsu,
Shigeru Kiryu, Yusuke Inoue
DOI : 10.1111/psyp.14189(External site)