リベラルアーツ研究教育院 News

言葉の誤用はなぜ生まれるのか。日本語教育とコーパス構築を通じて実態を観察

【日本語教育学、第二言語習得、コーパス言語学】佐々木 藍子 准教授

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2023.08.17

佐々木 藍子 准教授

素朴な疑問が日本語研究のきっかけに

私の専門は、第二言語習得と日本語教育です。具体的には、日本語を第二言語として学ぶ学習者が、どのように日本語を習得していくのか、なぜその過程を辿るのかについて研究しています。

今思えば、研究の道へ進もうと思ったきっかけは、学部時代の韓国留学にあります。英語とは別にもう一つ外国語を学びたいと考えていたときに、「韓国語は日本語と似ているから習得しやすい」と先輩に勧められ、韓国の大学に行ったのです。そこには他国からの留学生もたくさんいて、日本のことを色々と聞かれました。一方で、韓国には日本語を熱心に勉強している学生が多いことにも驚きました。

そんな学生たちから寄せられたのが、日本語についての質問です。「『~から』と『~ので』はどう違うの?」「『あげる』『もらう』『くれる』の『くれる』って必要?」「『は』と『が』はどう使い分けるの?」 ──そう聞かれても、当時の私にはすぐに答えられませんでした。当たり前すぎて、意識したことすらなかったからです。でも韓国の学生の話す日本語に違和感を覚えることもあり、それらがとても気になっていました。彼らの日本語をよくよく観察してみると、いろいろな文法がうまく使えていないことに気づきました。どうしてこういう問題が起こるのだろうと不思議に思い、そこから日本語について学び、教えることに興味を持ち始めました。

私たちは、なにげなく日本語の色々な表現を使い分けています。それができるのは、日本語を母語とする私たちの中にすでに日本語の言語体系が構築されているからです。でも、まだその途上にある学習者にとって、日本語の使い分けは容易ではありません。新たな語彙や表現、文法を習得するたびに言語体系が変化し、再構築されていく過程で、様々な誤用も起こります。

中でも私が注目したのが、「~から」という表現です。「から」は「1時から5時まで」のように起点を表すこともありますが、原因や理由を表す接続助詞でもあり、「学校に行くから」「早く寝るから」のようにも使われます。ところが、日本語学習者には、「学校に行くだから」「早く寝るだから」のように、余分な「だ」を付けてしまうケースが見られます。

さらに、もっと初期の学習者に着目すると、助動詞として必要な「だ」が脱落してしまう傾向があることもわかりました。「学校だから行く」「便利だから使う」が、「学校から行く」「便利から使う」になってしまうんですね。もちろん、学習していくうちに「~だから」を正しく使えるようになるのですが、そうすると今度は「だ」が余計に付加されていく。

なぜ、そうなってしまうのか。それは、学習が進むことで日本語の情報処理の速度が向上し、より長い単位で考えられるようになるためだということが分かっています。ユニットごとに言葉を処理することを獲得した結果、その過程で「だ」の過剰使用が起こりやすくなるのです。同様のパターンは、「~けど」と「~だけど」、「~ので」と「~なので」などにも見られ、やはり同じような過程を経て、最終的には正しく習得されていくことが明らかになりました。

コーパスを支える形態素解析技術
言語の探究には理系知識も欠かせない

佐々木 藍子 准教授

日本語学習者は、どういう状況でどのような日本語を使っているのか。

それを調べるために活用されるのが「コーパス」です。これは、学習者が実際に日本語で話したり書いたりした言葉を大量に収集し、コンピュータで検索・分析できるようにしたデータベースのこと。私自身も国立国語研究所のプロジェクトで、2つのコーパスの構築に携わっています。

なかでも、プロジェクトの初期から携わった「多言語母語の日本語学習者横断コーパス(I-JAS)」では、12言語の異なる母語を持つ海外の日本語学習者と国内の日本語学習者の発話と作文のデータを約1000人分収集。一人につき、ストーリーライティング、ストーリーテリング、ロールプレイ、対話など、1時間半の調査を行うもので、調査自体には3年かかりました。

さらに、データをまとめるのにも4~5年の期間を要しています。ただ集めただけではデータベースとして使えないので、これらを容易に検索できるよう加工する必要があったのです。例えば、「話す」の活用変化である「話さない」「話します」「話した」「話せ」「話せば」「話そう」や、「やはり」の揺れ表現である「やっぱ」「やっぱり」なども、1つのキーワードで一括して調べられたほうが便利ですよね。それを実装するには、日本語を短単位と呼ばれる小さな単位に分割し、形態論情報を付与しなければなりません。

そこで使用されるのが、自然言語処理の一部である形態素解析という技術です。だんだん、理工系のみなさんの領域に近づいてきたのではないでしょうか。言葉の研究をする際にも、実は理系の知識や技術が重要な役割を果たしているのです。

言語学というのは、ある種システマティックな学問です。究めれば究めるほど、理系の分野と交わっていく。そう考えると、日本語を学ぶ人の力になりたい一心で研究を続けてきた私が、今東工大で教鞭をとっていることも、自然な成り行きといえるのかもしれません。

様々な国から留学生が学び集う
東工大は多様性の宝庫

佐々木 藍子 准教授

私は、2023年4月から東工大リベラルアーツ研究教育院に所属しています。それまでは国内外の大学で講師として日本語を教えていたのですが、学生の指導と研究にもっと集中したいと考えたのです。なかでも、いろんな国々から多くの留学生が学びに来ている東工大は、非常に魅力的な大学でした。

言語の学び方や理解の仕方には個人差もありますが、その人がどの母語を持っているかによっても異なります。多様な国の学生を教えることは教員としての成長にもつながるし、研究を進めるうえでも大きな糧となります。その点、東工大は留学生のバリエーションが実に多彩。中国や韓国、ベトナムからの学部留学生に加え、私の受け持っている大学院クラスには、タイ、インド、フランス、イギリス、ドイツ、キプロス、アイスランド、メキシコ、スイスの学生もいます。

現在担当している授業は、「初級日本語」「日本語演習」「日本語第一・第二」、そしてリベラルアーツ研究教育院のコア科目である「立志プロジェクト」です。

「初級日本語」は、「あいうえお」や「こんにちは」から教えるまったくの初心者向けコース。欧米からの留学生が多く、はじめは英語で授業を進行していきますが、徐々に日本語での進行に移行していきます。基本的には会話によるコミュニケーションが主体ですが、文法理解を深めるために活用形や書き言葉の練習も行い、生きた日本語が使えるように指導しています。

また、もう少し学習が進んだ人向けの「日本語演習」では、それぞれの国についてのプレゼンテーションをもとに意見交換を行います。各自が選んだテーマについて、日本語で説明しなければなりません。プレゼンやディスカッションを通じて異文化を学びながら、日本語のコミュニケーション能力を高めていくのが狙いです。

学部留学生向けの「日本語第一・第二」になるとさらに高度で、ここでは人前で発表したり、日本語によるレポートの書き方を勉強したりします。レポートの目的から調査、方法、結果、考察まで、学部学生として必要な日本語表現を身に付けることがゴールとなります。

どの授業でも、学生たちの熱意には毎回驚かされっぱなしです。わからないことがあれば熱心に聞いてくるし、クラス内でも積極的にコミュニケーションをとろうと努めてくれています。今まで多くの留学生を見てきましたが、こと東工大生に関してはとにかくみんなモチベーションが高い。たとえ日本語の単位を必要としない学生であっても、「日本語を勉強したいから」と必死でくらいついてくるので、教える側も身が引き締まる思いです。

それは留学生だけに限らず、全学生が参加する「立志プロジェクト」でも、東工大生の志の高さには感銘を受けました。先日、全体の振り返りを行ったのですが、学生たちからは「大学に入ってすぐこの授業を受けられたことで、やりたいことが見えてきた」「いろんな学生たちの意見を聞けて励みになった」というコメントが多く、意図したものはきちんと伝わっているんだなと実感しました。

「立志プロジェクト」では、他学院のメンバー同士でグループディスカッションを行う授業で日本人学生がほとんどですが、その中には留学生も含まれます。 第1回講義を担当された池上彰先生のお話を受けて、ディスカッションではベトナム人留学生が母国のことと比較しながら考え、話してくれたのも印象的でした。こうした多様性こそが東工大のリベラルアーツの強みなのだと、あらためて思い知った瞬間です。

語学はリベラルアーツの重要科目
習得することで多角的な視点を養う

佐々木 藍子 准教授

リベラルアーツは、語学系3科と数学系4科の自由7科からなる学問です。私はリベラルアーツの専門ではありませんが、語学に関しては思うところがあります。

最近ちょっと気になるのは、手軽な翻訳機を使用した会話が注目されていること。もちろん便利であることは間違いないのですが、コミュニケーションの真髄は、お互いの言語で歩み寄りながら話すことにあると思うのです。会話には、話すタイミングや間も大切で、今すぐこの感動を伝えたいと思ったときに翻訳機などを使っていたら、気持ちも冷めてしまいます。だから、旅行先でも大学で留学生と会話するときも、なるべく直接話しかけるようにしてほしいと思います。

語学を学ぶのは簡単なことではありません。しかし、人は言語を通して思考しているという仮説もあるように、言語にはその文化のものの見方や考え方が反映されています。そのため、相手を理解し、その国の文化や価値観に触れるにはもっとも有効な手段となります。言語を習得していくうちに、自然と多様なものの見方も身に付いていきます。多角的な視点を持つことは、どの分野であれ、みなさんの研究にも必ずいい結果をもたらすはずです。その意味で、語学はリベラルアーツの大切な科目の一つだと考えています。日本人学生のみなさんも、語学は専門と関係ないと言わず、学生のうちに外国語の世界に一歩足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。

また留学生のみなさんには、日本語や自分の専門分野だけでなく、日本の文化や地方にも興味を持ってもらえると嬉しいですね。せっかく日本に来ているのだから、今しかできないことをたくさん体験していただきたいと思います。

東工大日本語セクションでは、留学生の質問や相談を受け付ける「にほんご相談室」を毎週水曜日と木曜日に実施するほか、留学生と日本人を交えたイベントなども開催しています。先日も書道や漫画のイベントを立ち上げたところ、大盛況でした。今後も様々な企画を展開していきますので、ぜひ気軽に参加して東工大ライフを楽しんでください。

Profile

佐々木 藍子 准教授

研究分野 日本語教育学、第二言語習得、コーパス言語学

佐々木 藍子 准教授

広島大学大学院教育学研究科 修士課程修了後、韓国の大学で2年間日本語教師を務める。帰国後は広島や東京の大学で非常勤講師として日本語教育に従事する傍ら、国立国語研究所のプロジェクトで「中国語・韓国語母語の日本語学習者縦断発話コーパス(C-JAS)」「多言語母語の日本語学習者横断コーパス(I-JAS)」の構築に携わる。2022年、東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科 博士課程修了。2023年4月より現職。日本語教育学会、日本語教育方法研究会、第二言語習得研究会、日本語音声コミュニケーション学会(理事)所属。

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