リベラルアーツ研究教育院 News
【教育工学・数学科教育法】永原 健大郎 講師
私は、東京工業大学出身です。学部時代は当時の理学部数学科に所属していました。本学の教職課程で教員免許を取得し、修士課程から博士課程に進むタイミングで、東京工業大学附属科学技術高等学校の教員になりました。以降、2022年4月に教職課程担当教員としてこのリベラルアーツ研究教育院に着任するまでの6年間、高校生に数学を教えていました。本学ではその経験および教育現場での研究成果を生かし授業を行いたいと考えています。
もともとの専門は数学です。それがなぜ、いま「教育」を研究しているのか、お話ししましょう。
幼稚園のころから数字が大好きで、自動車のデジタルメーターの動きを「かっこいい!」と飽きずに眺めているような子どもでした。もう1つ好きだったのが、生き物、特に深海魚です。夏休みの自由研究はいつも深海魚がテーマでした。中学生になってもこの2つに対する興味は変わらなかったのですが、高校1年の秋に数学の先生から「難問だぞ」と出された問題を解けたことが楽しくて、大学では生物でなく数学を専攻しようと決めました。そして東工大の理学部数学科に進んだという流れです。
ところが大学3年の終わりに研究室を選ぶにあたり、柳田英二先生(理学院数学系)が、「数理生物学」という分野を数学的な手法を用いて研究していると知りました。ここなら数学を主軸に、生物と関係づけた研究ができるのではないか。そう考え、柳田研究室の門を叩きました。
数理生物学は、生物に関するさまざまな現象を数学的に解析していくという学問です。学部生のころはセミナーでLawrence C. Evans先生が書かれたPartial Differential Equationsという本を読んで数学に対する理解を深めていました。
修士課程・博士課程でもそのまま柳田先生に師事し数学、あるいは数理生物学を研究しました。
院での研究を平たく言うと、ある一定の領域に生物がいたとして、どう餌を蒔けば最も効率よく生物の個体数を増やせるかということを、反応拡散ロジスティクスモデルと呼ばれる方程式を用いて、偏微分方程式論の様々な手法を用いて解析するというものです。効率のいい餌の蒔き方があることはすでに証明されていたものの、具体的にどういうバランスで蒔けばいいのかは未解決でした。
修士課程と博士課程を通して研究し結論を大雑把に言うと、餌となるリソースを集中させることが最も効率的であると解明できました。極端な例ですが、砂漠のオアシスのように、その周りは厳しい環境ではあるものの、小さなオアシスに豊かな環境が集中しているという状況です。これによると、魚が群れて泳ぐことが非常に理に適っていることも分かります。生物は直感的にその戦略をとっているのだと感心します。
この研究は学術誌に掲載され、また2021年の本学の手島精一記念研究賞(博士論文賞)を受賞することができました。
数学と生物を結び付けて研究する中で、気づくと例えば鳥や木々を見ては「これはどういう数学が使えるのかな」と考えるようになりました。世界を数学の目で見る。その目ができたといえます。
余談になりますが、大学では舞踏研究部(競技ダンス部)に所属しました。たまたま誘われて入ったのですが、学部生時代の4年間はダンスにのめり込み、全国大会にも出場しました。
東工大の舞踏研究部は伝統があるんですよ。競技ダンスは、8小節で構成される音楽に乗って自分たちを表現します。音楽も数学もリベラルアーツの自由7科に入っていて、もともと近いもの。数学はそれ自体が表現手段でもあります。理系の東工大生は、もしかしたらダンスに向いているのかもしれません。
教職課程の授業は大学1年生のときから履修しました。数学科の卒業生の就職先があまり思い当たらなかったから、というのが本音です。
修士課程を修了し、中学か高校で教員をしながら博士課程で研究しようと考えていたときに、たまたま連絡をいただき東工大附属科学技術高校に1年間の常勤講師として勤めることになりました。
週40時間就労とのことで、この1年は休学し教職に専念したのですが、その1年がかけがえのない時間になったのです。高校教育の現場はこういう形で動いているのか、子どもはこんなふうに成長するのかと発見の連続で、濃密な1年でした。
そこで翌年からは復学して柳田英二先生のもとで数学を研究する一方、高校教諭として生徒に数学を教えつつ、リベラルアーツ研究教育院の教職課程担当の松田稔樹先生のご指導を受け、教育実践研究や教科教育に関するカリキュラムの研究も始めました。
そんな中、生徒たちを前に痛感したことがあります。生徒1人1人が持つ才能を引き出すことの大切さ、そして引き出す力を持った教員と教育の重要性です。
東工大附属科学技術高校は、文部科学省が定めている区分でいうと専門学科にあたる工業科ではありますが、多くの大学から推薦をいただいており、大学進学を希望する生徒の割合がほぼ100%というユニークな高校です。個性的な生徒が多く、大学進学後すぐに起業したり、プロジェクトを立ち上げたりする話などをよく聞きます。
彼らのクリエイティビティの源の1つが、この高校独特の環境にあると私は思います。校風が比較的自由だということもそうですが、専門科目の教員として各分野のプロフェッショナルが揃っていて、生徒の興味の掘り下げをリードしてくれるのです。だから生徒は興味のある分野にどんどんのめり込むことができる。実際、3年生のときにそれぞれ好きな分野で1つの課題に集中して取り組む「課題研究」という授業があるのですが、生徒たちはみなイキイキとモノづくりやアプリ開発に没頭します。
この「のめり込む」経験が、生徒たちの力を伸ばすのは確かです。しかしその力が、ペーパーテストでは測りにくい。私は普通教科である数学の教員でしたが、普通科のテストでは彼ら彼女らの持つすばらしさを評価しきれないと感じていました。
今後、世界は「VUCAの時代」(Volatility変動性、Uncertainty不確実性、Complexity複雑性、Ambiguity曖昧性)つまり、先行きの見えない時代になるといわれます。OECDはEducation 2030 プロジェクトで、そんな世界を歩んでいくには、知識を駆使して新しい知識や価値を生み出す創造力や好奇心、行動力などが大切だということを説いています。「のめり込む力」がこれから重要になるのは間違いありません。
だからこそ、東工大附属高校のような高校に限らずどこの学校でも、生徒一人ひとりの興味を引き出し「のめり込む力」を育むことができる専門性を持った教員を増やすことが大切ではないでしょうか。特に、21世紀型と注目されるSTEM教育(科学・技術・工学・数学)分野で生徒の好奇心を伸ばすような教員が必要だ――。そう考え、2022年からリベラルアーツ研究教育院に移りました。
現在の私の研究テーマは、教育工学と数学科教育法です。
教育工学については様々な立場があり、一概にこういうものだと述べることは難しいのですが、より良く教育目標を達成するために、カリキュラムや授業などを工学的にデザインするというもので、理工系に強い東工大が得意とする学問です。
具体的には、松田稔樹先生が提唱されている「新・逆向き設計」を研究しています。
これまでは、例えばSDGsのようなテーマを総合的な学習(探究)の時間などの教科横断型の授業で扱うときは、各教科の知識を積み上げていった上でどう生かすかという視点から、カリキュラムを組んでいました。対して「新・逆向き設計」は、まず解決すべきSDGsのようなレベルの課題を掲げ、それに向けて各教科でどのような探究活動を設計すればいいのか検討し、各教科の単元目標や日常の授業に落とし込んでいくというモデルです。そのほうが、課題解決に向けてよりよい授業になると考えられます。現在は、数学では実際の授業をどういう形にしていけばいいのか、また教員はどう養成すればいいのかといったことを研究しています。
また、コロナ禍の今、オンライン教育における数学用の教材の開発などにも携わっています。
数学、あるいは数理生物学のほうでは「飛び石モデル」の研究を行っています。サバクトビバッタのように長距離を移動する生き物に対して、餌のある場所がどのように配置されていると増えるのか、モデル方程式を数学的に解析しようというものです。今は教育工学に軸足を置いていますが、こちらも少しずつ続けています。
リベラルアーツ研究教育院の発足は2016年4月です。私が休学して東工大附属高校に着任したのが同月なので、博士課程の第一期目として、「学生プロデュース科目」を学びました。
リベラルアーツの自由7科には幾何学や算術、論理学も入っています。実はリベラルアーツの半分は、数学系だといっても過言ではないでしょう。
そして、数学は数字を使って世界のさまざまなモノや現象を表すという概念の学問です。私が魚の群れを数学的に見るように、あらゆる事象を数学的に見ることができるし、歴史に数字を持ち込むとその流れがより深く分かる。
リベラルアーツとは、私自身は「どうして人は学ぶのか」という根源的な問いだと思っています。正解はなく、学び方は一人ひとり違う。私にとっては、この世界を見る重要な視点の1つである数学がなぜ大切か、どう勉強すればいいのかを考えることがリベラルアーツなのだと思っています。
その意味で、数学が苦手だという生徒に数学の面白さ伝える教員を育成することも、リベラルアーツといえます。
私は教職課程では数学科教育法と実践演習、教育実習を担当します。授業では学生の皆さんに、自分たちが受けてきた教育を見直してもらいます。人はどうしても自分の受けた授業を肯定しがちですが、一度振り返り、どうしたらさらによい教育になるのかと考える。その視点を持つと授業が面白くなるはずです。
教職に興味があったら、ぜひ教職課程をとっていただきたいですね。東工大生は、理工系や数学系において高い専門性を持っています。しかも、私が学生のころからずっとそうですが、東工大生の多くはよくも悪くも素直です。忖度せずに興味のあることに集中する。きっと理系好きな生徒の「のめり込む力」を伸ばせる教員になると思います。
教職はすばらしい職業です。生徒はどんどん成長し、たった1年の間にがらっと変わる。そんな様子を間近で見守ることは得難い経験です。多様な考え方や個性の生徒に出会えることも面白い。魅力的な仕事です。
理工系、数学が好きな東工大生は、もっともっと興味を広げ、専門的な知識を身に着け、現場に出て欲しい。そして中高生たちに面白さを伝えていって欲しいと期待しています。
研究分野 教育工学・数学科教育法
1991年東京都生まれ。2014年東京工業大学理学部数学科卒業。2016年同大学大学院理工学研究科数学専攻修士課程修了後、理学院数学系博士後期課程へ進学。同時に、東京工業大学附属科学技術高等学校の常勤講師として着任し、講師業務に専念するため1年間休学。翌2017年より5年間同高校の教諭を務める一方、理学院数学系博士後期課程に復学し、2020年3月に博士(理学)を取得し修了。2020年4月からの1年間、高校1年生の担任を経験し、2022年より現職。学外では数学Ⅰの教科書傍用問題集の校閲を務めた経験がある。所属学会は日本教育工学会、日本シミュレーション&ゲーミング学会、日本数学会、日本数学教育学会。2021年に手島精一記念研究賞(博士論文賞)受賞。