リベラルアーツ研究教育院 News
2023年度の新学期を迎え、リベラルアーツ研究教育院では「東工大立志プロジェクト」など、新入生向けの教養コア学修科目の授業が始まりました。それに先立ち、リベラルアーツ研究教育院の先生方が一堂に会し、FD(Faculty Development)研修が対面で行われました。
大学で学ぶのは学生だけではありません。大学で教える教員たちも定期的に学内で研修会を実施し、講義や演習のほか、さまざまなことを学んでいます。
■FD研修とは
ファカルティ・デベロップメント(Faculty Development)研修は、大学教育の質を改善・向上させるための取り組みで、全国の大学で行われています。具体的な取り組みとしては、教員の研究能力や教育能力の開発、教育システムの開発や組織開発などがあります。リベラルアーツ研究教育院では、年2回、授業での工夫・改善の取り組みや課題を持ち寄って共有するワークショップや、特定のテーマにフォーカスした研修会などを行っています。
今回のFD研修は、「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」活動や、女子枠入試、東京医科歯科大学との統合など、丁寧な対話が必要となる場面が出てくることが想定される中で、さまざまな状況に応じて対話を継続していけるよう、「アクティブリスニング」の基本スキルを学ぶというもの。
メインファシリテーターを務める赤羽早苗准教授は、本研修の目標を「同僚との相互理解を深めて、D&Iを理解し実行していくために自分自身のバックグラウンドを認識する。そして違和感・不快感を抱くような困難な状況でも対話をイメージできるようになる」と設定。本研修への積極的な参加を促すとともに、勇気を持った率直な対話や相手の声をよく聴くことの重要性を説明し、研修を開始しました。
アクティブリスニングの基本のスキルを学ぶ第一歩は自己紹介から。今年度から着任する先生も参加しコロナ以降久しぶりに会うという先生方が、4人一組のグループ内で自身について語り、グループのメンバーは積極的に耳を傾けます。研修の目標である「同僚との相互理解を深める」は、このアイスブレイクから始まりました。
次にグループワークとして「対話が困難な場面」について、それぞれが考えるという課題に取り組みます。
自分にとっての「対話が困難な場面」とはどういう状況でしょうか? 例えば、東工大が目指す新しい取り組み「女子枠入試」についてや、「ダイバーシティ&インクルージョンの取り組み」について話題が出たとき、どんな“感情”が湧きますか?「まだすべてを理解してない…」「詳しく聞かれても困るな」などなど、自分の持つ感情はどのようなものか。その話題に違和感を感じるなら、何が困難と感じているのか? その時にどんな行動にでるのかを理解すれば、心の準備ができるかもしれません。
そこで自身の考えをそれぞれグループで共有し、それらを“えんたくん”にまとめていきます。
■「えんたくん」とは
直径1m弱の段ボールの円形ボード。4人一組のチームの膝の上に載せると「円卓」ができるので、その上に同じサイズの円形の用紙を乗せて、メンバーそれぞれが異なる色のカラーマーカーで意見をお互いにどんどん書き出し「見える化」しながら話し合いを重ねグループワークが行えるツールです。「えんたくん」を使い、顔を見合わせて輪になって対話すると、自然に物理的・心理的距離が縮まり、話し合いが具体的かつ円滑に進み、やりとりの相互作用のなかで新しい知恵やアイデアが生まれやすくなることから、東工大では教養コア科目の「東工大立志プロジェクト」などで使用されています。
次に“えんたくん”にまとめた内容をグループ内で共有します。「上下関係がある場合」「相手のバックグラウンドがわからない場合」「自分の(もしくは相手の)知識不足の場合」「お金が絡んでくる場合」「社会的な立場が違うと萎縮してしまう」「自分がマイノリティの場合」などなど…。対話が困難な状況として想定されるさまざま意見が共有されることで、新たな発見があります。
さて、次のステップは「自分自身のアイディンティティ」を認識するワーク。多様な価値観、違いを理解するには、自分とは何者かどんな背景をもっているのかを認識するのが重要、とのことで改めて自分の背景を振り返る時間を持ちます。
例えば、「自分は女性だから東工大ではマイノリティな存在なのか」「組織の中で疎外感を感じているのはなぜなのか」「逆に男性だからこれまで制度的・構造的に差別されてこなかったのか」また、「どんな状況にいるときに、自分自身は敏感になったり感情的になったりするのか」などなど…。自分の感情が揺さぶられる自分にとっての「ホットボタン」を認識します。
しかし、それらを改めて認識したうえで、グループ内でさらに共有するグループワークの段で、「自分が敏感だと感じることを他人と共有することに違和感・抵抗感がある」という問題提起がされました。「自分にとってセンシティブなことが共有できるのは、信頼関係が築かれた人間同士がやることなのでは」。
そこでいったんワークが中断され、出された意見について参加者全員が考え、それぞれの意見を述べる、貴重な議論の場に変更となりました。
FD研修の後半は「アクティブリスニング」の実践ワークへ。グループ内でペアを組んだ相手と話す側と聴く側に分かれて「リスニング練習」を行います。ただひたすら聴くだけと、質問などを挟む場合の2パターンに分けて、「2分間人の話を聴く」ペアワークを行います。そして、何の反応も示さない相手にひたすら話す経験や、話を積極的に聴くために自分がどんな行動をとったのか?などをシェアします。
「相手が何も反応せずに、ひたすら聴くだけだと話しにくい」「ひたすら聞くことに集中することで、より多くの情報を引き出せる」という実感を通じて、どのように相手に耳を傾け、相互理解を深めることができるのかを考えるワークです。特にセンシティブな話題、自分にとって困難な話題に対応する場合に使えるのが「OARS(オアーズ)」という以下のポイント。
・Open-ended:5W1Hで質問し、相手に関心を示す
・Affirmation :話してくれたことに感謝する
・Reflection :自分が聞いたことを確認する
・Summary :最後にもう一度まとめる
相手との対話において良く・深く理解するためには、この4つを意識しながらアクティブに聴く(傾聴する)ことが重要になります。しかしながら、人は言うべきタイミングにどうしても言葉が発せなくなることも多々あります。どんな場でも自分の意見を堂々と述べることがむずかしいと感じる人のほうが多いのはなぜでしょうか。それで重要視されているのが「心理的安全性」です。
■心理的安全性とは
組織やチーム全体の成果に向けた、率直な意見、素直な質問、そして違和感の指摘が、いつでも、誰もが気兼ねなく言えること
「心理的安全性」が確保されている場やチームにおいては、お互いの価値観を尊重しつつ、対等な関係を築き、自分の意見を伝えることができます。このコミュニケーションスキルを「アサーション」といい、相手を尊重しつつ、自分の意見を伝えることやそのスキルとして注目されています。そこでチームでアサーションのロールプレイングを実際に行い、設定された人物のバックグラウンドや、会話への介入の仕方などについて、それぞれ感じたことを振り返り、アクティブリスニング習得のFD研修を修了しました。
今回のFD研修は赤羽早苗准教授、高尾隆教授、岡田佐織准教授、鈴木健雄講師の4名が企画・運営を担当し、即興演劇が専門の高尾教授はロールプレイングの監修も行いました。メンバーの赤羽准教授は、この研修を振り返り次のように述べました。
「今回のFD研修では、東工大で取り組んでいるD&I推進活動や女子枠入試、統合についてなど、今後起こりうると想定される議論に向けての準備ができたら、ということを目標にしました。もちろん、こういった議論は仲の良い同僚と集まったとしても、容易にできるものではないと思います。だからこそ、いずれやってくるその時に備え、普段使っていない感情や思考の筋肉を鍛える必要があると考えました
特にアクティブリスニングやアサーションは、自身とは異なる背景や意見を持つ人の話に耳を傾け相互理解を深め、チーム内で起こり得る困難な対話を継続させるのに役立ちますし、職場・研究室でのハラスメントを未然に防ぐといった側面からも、日常的に必要なスキルです。そのためにもどのような人々が集まっているチームなのか、自身を振り返りながら考えることが必要になってきます。これは人によっては、強い違和感を感じる作業です。
今回のFDで一番印象に残ったのは、会場で強い違和感が出た際に全体でそれを共有し、その違和感について意見交換することができたことです。同じ質問を投げ掛けても、人によって捉え方も、感じ方も違います。だからこそアクティブリスニングやアサーションのスキルが必要になってくる、と参加者の皆さんに実感していただけたのではないでしょうか。これらのスキルを練習するためのアクティビティでは、皆さんが大変積極的に参加されていました。FDでは練習という設定でしたが、実際に対話が困難な場面に出くわした際にはこの体験を思い出して、実行に移していただければ幸いです。
今回のFDを実施するにあたり、企画・運営チームの皆さんには多大なるサポートを頂戴しました。特に内容やアクティブティについて計画していく際、企画・運営チームで何度も意見交換する場を設けていただきました。時にはアサーションしながらより良いものを作っていこうとするチームワークは、本当に素晴らしいものだったと思います。この場をお借りして、企画・運営チームの皆さま、参加してくださった皆さまに御礼申し上げます。ありがとうございました」