リベラルアーツ研究教育院 News

歴史学と教育工学 二つの専門をもとに目指す、東工大生の学びの基礎づくり

【歴史学、教育工学】鈴木 健雄 講師

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2022.07.28

鈴木 健雄 講師

不思議なご縁に導かれて
歴史学と教育工学という二つの専門を軸に

鈴木 健雄 講師

元々の専門は歴史学、特にドイツ近現代史研究です。大学院時代から、ナチ政権期のドイツおよび周辺諸国におけるドイツ系亡命者の抵抗や言論活動、戦後の活動を対象に研究してきました。最近では社会主義者の亡命以前の思想と運動の解明に取り組んでいます。前任校では近現代史関係の授業も担当していました。

一方で大学院修了後は、教育工学の研究、実践にも関わってきました。前職では、ICT(情報通信技術)の教育への利活用促進や、教職員向けのFD(Faculty Development)並びに大学教員をめざす大学院生向けのプレFDに関わってきました。実践を行い、それを学会発表や論文という形で公開するということをしてきました。

なぜ人文学畑出身の私が教育工学の分野に、と聞かれることも多いのですが、それは都度つどの偶然が重なり合った結果です。

大学院を出る直前までドイツで研究留学をしていた私は、帰国後、それまで受けていた奨学金がなくなるなかで、まず日々の糧を得る必要に迫られました。仕事探しの過程で、偶然飛び込んだのが「産学協働イノベーション人材育成協議会」という一般社団法人でした。同協議会は、日本有数の研究大学と企業がコンソーシアムを組んで設立したもので、理工系の大学院生に向けて研究型インターンシップの機会を提供することをミッションとしています。東工大も会員大学の一つで、在職中は大岡山とすずかけ台両キャンパスにお邪魔しました。その事務局で、大学と企業が協働し理工系人材の育成に力を注ぐのを支える中で、教育支援という仕事の面白さに触れました。

その後、出身大学の教学センターである「高等教育研究開発推進センター」に移りました。公募の段階では知らなかったのですが、同センターを所掌されていたのは、先に紹介した協議会の会長で、同学の教育担当理事・副学長の先生でした。先生並びに、同センターのセンター長をはじめとする複数の教育学の専門家の先生からの薫陶を受けるなかで、教育工学の専門知識を学ぶとともに、数々の実践に関わらせていただきました。

このような経験を買われて、東工大には、教育の質向上のための整備・運営を担当する「教学マネジメント」の担当教員としてやってきました。その面接には、前職での上司にあたる先生のお知り合いが偶然同席されるなど、不思議なご縁に導かれる形で、今この場にいます。

人文学から始まり、その後、教育工学を学び、理工系の総合大学でリベラルアーツの教育を推進することとなったことを、今ではある種の必然と捉えています。これまでの知識、経験を活かして本学の学生の学びを促すことが、自分に課されたミッションだと感じています。

コロナ禍で広がった教育の可能性を
どう持続可能なものとするか

2020年初頭以降コロナ禍で、どの大学でも教育へのICTの利活用の促進が急務となりました。私自身は、前任校で、コロナ以前の2016年からICT活用促進のプロジェクトに参画していました。具体的には、ICTを用いた教育に関する情報発信サイトの構築や、教育方法の開発と共有、そのような教育を可能とする部局間連携の促進などです。

そこでのポイントは、ICTを用いることで生まれる教育効果を維持しつつ、導入の負担を極力下げること。そして、試してみたいけれどやり方がわからないからと躊躇している先生の背中を優しく押してあげることにありました。その際、簡便でありながら効果の高い方法を提示することが肝要でした。学生にとっても教員にとっても手軽に利用できるものでなければ、利活用は進みません。個々の教員の立場に寄り添いながら、より良い教育手法を模索し、その結果を発信してきた経験は、東工大でも活かしていけるのではないかと考えています。

コロナ禍を経て、教育の可能性は今、さらに広がっています。オンライン授業が当たり前になるなか、場所の制約から自由になり、理論上、どこにいてもクオリティの高い授業を受けることができるようになりました。授業を録画し公開することで、復習が容易なものとなり、学生のより深い理解が促されています。種々の事情によって大人数での授業では集中できないという学生も、オンラインであれば、最適な環境で授業に参加できます。LMS(Learning Management System)をはじめとするICTを活用することで、学生同士で、課題やリフレクションペーパーをはじめとする成果物を共有し、コメントしあうというようなことが可能になっています。他の受講生の書いたもの、意見に触れることで、学生たちの思考がさらに広がり深まるということが起き、そのハードルは以前より圧倒的に下がっています。これらは、教育の質の向上という観点からのみならず、教育機会の平等や透明性の確保、多様性の尊重、新たな学びの共同体の生成といった観点からみても、革命的な出来事だといえます。

もっとも、実習や実験のようなオンラインでは実施しづらい科目があることも事実です。また、新しい技術の利用が求められる結果、教員のリテラシーの高低によって、授業運営の巧拙が生じるということもあり得ます。さらに、時間は有限なため、新しい技術や教育手法を導入するにしても、極力導入の負担が少なく効果が高いものを選択する必要があります。広がった教育の可能性をいかに持続可能なものとするか。大きくはFD講習会や情報発信の機会を通じて、小さくは日々のコミュニケーションから、教員の授業設計や運営をサポートすることで、その課題に応えていくこともまた、私の仕事です。

互いに尊重し合い多様性を認めて
学生に対してだけでなく 教員同士も また

鈴木 健雄 講師

かつて私が学部生だった時代、「学生は自ら学ぶべき。放っておくべし」と考える風潮も強かったように思います。受講生の存在を無視したかのように進む授業に出席し、「せっかく入学して、この授業はなんだ」と感じたことも正直ありました。私の出身大学では、100人に1人の天才を育てられたら良い、といったことがまことしやかに語られていました。

ただ、時代は変わっています。社会で求められる知識や技能がどんどん高度化する一方で、生産年齢人口はどんどん減っています。先のような、「100人に1人の天才」という発想では今の時代を乗り切ることはできません。また、時代など関係なく、学生一人ひとりの人生を考えたとき、それぞれの学びたいという気持ちは、尊重され後押しされるべきです。それぞれの学生がもつ可能性を見つけ、伸ばし、彼らが成長していく手助けをする。今の時代の大学には、多様な個性をもった人材を輩出することが求められています。「天才」もまたその個性の一つです。

この相互の多様性の承認という観点は、先に触れたFDの活動でも重要となってきます。教育のノウハウが豊富な人、研究に競争力をもつ人、実社会との繋がりに強い人、それぞれがお互いの得意分野をもち寄りながら、支え合っていく。研究分野の枠を超えて教員同士が連携し、協働することで、さまざまな知見が共有されていきます。教員同士がファカルティとして相互に尊重し合いながら研鑽を積んでいく。そのような理念に基づくFDの一つが、前任校での活動の支柱だった「相互研修型FD」です。この理念は本学でも重要になると考えています。

リベラルアーツを学ぶことで生まれる複数の世界は
必ずあなたを強くする

鈴木 健雄 講師

「リベラルアーツとは何か」という問いに対する回答は、本学でリベラルアーツを学ぶ学生一人ひとりに委ねたいと思います。少なくとも私からいえることは、リベラルアーツを学ぶことで、複数の世界や考え方が自分のなかに生まれてくるということです。そしてそこで生じた多角的な視点は、学生たちの人生を豊かにするとともに、複雑な世界を生きていく上での強みを与えてくれます。

先にも述べたように、私はこれまでナチ政権に抗ったドイツ系亡命者の思想と運動を研究してきました。その経験を踏まえ、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻の惨劇を目にする中で、改めて思うことは、一つの解に身を委ねることの危険性です。また翻って、多様であることの重要性です。

組織や社会の中では、大きな方針に飲み込まれ、自分の意思とは無関係に、歯車の一つとなるような感覚を覚えることもあるでしょう。実際に歯車の一つになることもあるかもしれません。しかし、そうした状況下で、個人が完全に無力かといえば、決してそうではありません。そこで期待できるのは、個々人の意思や選択、異議申し立ての力です。

確かにわかりやすい答えは力強く、そこに身をまかせる方が楽であるという場合も少なくありません。しかし、その快適さに流されずに警戒心をもてるかどうか、流れに抗う力を育む上でリベラルアーツ教育は大きな意味をもちます。人文教養を学ぶことは、複数の軸、視点から総合的に考え、自ら意思決定する力を養うことにもつながります。同時代を生きる多様な考えをもつ人との対話はもちろん、過去の人間との対話も、複眼的な思考力を培ってくれるでしょう。これらの視点は、多様性を尊重し、持続可能な成長を求めるという今日求められている理念とも繋がってくるはずです。

本学は「世界最高峰の理工系総合大学」を目指しています。そこで日々研鑽を積み、高い技術や専門性を身につけていく東工大生だからこそ、そのスキルをどう活かしていくかの判断力もまた重要です。それは社会で活躍するための基盤となるはずです。歴史学と教育工学という二つの専門を武器にして、リベラルアーツ研究教育院の教員という立場から、東工大生の学びをより豊かなものにする。そして社会に出てその可能性を広げるまでの基礎作りをお手伝いできたら嬉しく思います。

Profile

鈴木 健雄 講師

研究分野 歴史学(ドイツ近現代史)、教育工学(ICT利活用教育、教学マネジメント)

鈴木 健雄 講師

2009年京都大学文学部卒業、2012年同大学大学院文学研究科 現代史学専修修士課程修了。2015年に同学の博士課程を指導認定退学。2014〜2015年には、ドイツ・アウクスブルク大学への研究留学も。帰国後、一般社団法人産学協働イノベーション人材育成協議会、京都大学高等教育研究開発推進センター特定研究員、京都大学文学部非常勤講師(兼任)を経て、2022年より現職。共著書に『歴史のなかのラディカリズム』(彩流社)など。

※ 8月9日 本文の一部を修正しました。

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