リベラルアーツ研究教育院 News

ストレスに防災、だれにとっても身近な学問、それが心理学

【心理生理学】永岑 光恵 准教授

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2020.01.30

永岑 光恵 准教授

一人カラオケだけではなく、
ストレスには「認知」で対処する

私が担当しているのは、心理学の授業です。

学部の1年生向けは、入門編の「心理学A」。2年生向けにはAを受講した上でさらに心理学について深く知りたい人のための「心理学B」。そして3年生向けの「心理学C」では私の専門のテーマであるストレス心理学を教えています。ストレスが心理学や生理学の分野でどう研究されてきたのか、歴史から最新の知見まで網羅的に伝えていく内容です。

授業において気をつけているのは、内容を自分ごととして捉えてもらうこと。そのために、グループワークを積極的に取り入れています。たとえば「心理学C」だと、グループ内で各メンバーのストレスや対処法を共有するのです。最後の授業では、自分たちが学んだこと、そこから何を伝えたいか、ストレス対策として何ができるかを発表してもらいます。

東工大生はどんなことにストレスを感じているのでしょうか。一番多い原因は「人間関係」です。大学院生になると、研究そのものがストレスになる学生も増えてきますが、学部生の場合は圧倒的に人間関係ですね。それぞれの学生が抱える個人的な問題、あるいは心の病について話してくれる学生もいます。

こうした問題に対する対処法は、人それぞれです。東工大生の傾向としては、一人カラオケや一人焼肉など、個人で完結したストレス解消法や気分転換を行っているケースが多くあまり、人に相談しないようです。

そこで、私は悩みをもった学生たちに「認知」についての話をします。

物事のとらえ方を変えてみる。つまり認知の仕方を変えてみる。このストレス対処法は「認知的コーピング」と呼びます。コーピングとは、自分のストレスに対して行う意図的な対処のこと。コーピングにはさまざまな種類があり、認知的な観点から行うのが「認知的コーピング」です。他人に頼らず1人でできる有効なストレス対処法なので、私は授業中にその方法を学生たちに教えます。

この回の授業の反響は、毎回とてもよいですね。「認知を変えるという対処法を知れたことがプラスになりました」といった学生からの感想がたくさん寄せられます。「認知的コーピングは、コストパフォーマンスが高い対処法だと思いました」といったユニークな感想もありました。

自分を実験台にして、
心理学を学んでほしい

永岑 光恵 准教授

ある学生が、授業の中で「認知的コーピング」の有効性を実感したエピソードを発表してくれました。彼の場合、朝9時から始まる1限の授業に出席するために通勤ラッシュ時の満員電車に乗ることがストレスだったそうです。いつも人にぐいぐい押されてイライラしていた、と。けれども授業で習った「認知的コーピング」のことを思い出し、(僕を押した目の前のサラリーマンも、誰かに押されたと感じているのかもしれない。みんなお互い大変なんだ)と視点を変えたら、スーッとイライラがなくなったそうです。認知を変えるだけで、自分の気持ちも変わる。それを体験したというこの学生の話には、他の学生から大きな共感を得ました。

「認知的コーピング」の話をするときに、私は必ずセットで「自分のことをもっと労りましょう」と言うことにしています。まず、頑張っている自分自身を褒める。いくら他人から褒められても、自分自身を認められなければ、認知を変えること、引いては気持ちを変えることはできません。自分をねぎらうことが、気持ちを変える第一歩なのです。

つらい時や悲しい時に「気の持ちようだ」「気分を変えればいい」と言われても、そう簡単には気持ちを切り替えられません。でも、その際に認知や行動などの側面からアプローチする手法を知っていると、すっと気持ちを変えることができる。知っているかいないかで、日々のストレスの受け方が大きく違います。

学生たちには、「新しいストレス対処法を知ったら、ぜひ自分を実験台にして試してほしい」と伝えています。こういう表現をすると、東工大の学生には伝わりやすい。自分のストレス課題に対して、条件を変えて結果を確認する。科学実験の方法論は、心の問題にも応用できるのです。

私の授業をとる学生がみんな、積極的に心理学に興味を持っているわけではありません。受講の動機は偶然この時間帯が空いていたからというケースも多いはずです。それでいいんです。きっかけはなんでもいい。とにかく心理学の面白さに触れてもらえれば。1年生でなんとなく心理学Aをとり、2年生で心理学Bをとり、どっぷりハマって3年生のときに心理学Cまで受けた学生もいます。東工大のリベラルアーツの授業として、心理の知見を理工系の学生たちに伝えていくのは、専門家を育てることとは別のやりがいを感じます。

日本ではまだ珍しかった
「精神内分泌学」をいち早く

永岑 光恵 准教授

私は大学の学部4年のときから、ストレス反応について研究をしていました。学生にとってのストレスの原因といえば、人間関係だけじゃなく、試験が大きい。そこで、たくさんの学生に協力してもらい、試験期のストレス反応と認知の関係について調査しました。

当時から、人間の生理的な側面から実験研究をしたいと思っていた私は、東京女子大から東工大の大学院、社会理工学研究科に進みました。そこでは当時の日本では珍しい、心身相関分野という領域を扱っていたのです。とはいっても、日本ではまだ、心理と生理を組み合わせた研究は盛んでなかったこともあり、なかなか研究が進まず、苦しい日々でした。

そんなある日、心身相関分野の興味深い論文が、とある海外の大学の研究室から次々と発表されていることに気づきました。ドイツのトリア大学心理生物学・心身医学研究所でした。修士1年から留学したいと希望しましたが、応募した奨学金の面接では研究実績がないと、不採用。念願かなって博士課程の1年目で留学できることが決まったときは、うれしかったですね。同大学でたっぷり研究を行い、帰国してからは、国立精神・神経センターに勤めました。ここでは、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)をメインに扱う研究室に所属し、PTSDの患者の治療研究など、さまざまなストレスに関する研究に携わりました。

並行して国立がん研究センター東病院臨床開発センターで、がん患者の心理的ストレスに関する実験研究にも従事しました。がん患者を腫瘍学、精神医学、心理学、社会学などからホリスティックに理解し、サポートする精神腫瘍学という分野が登場しており、その最前線の基礎研究に携わることができたのです。

国立精神・神経センターを退職した後、私が就職したのは防衛大学校です。ストレス管理論の専門家を募集していたのです。防衛大の学生たちが将来幹部として活躍するのは、日本の国防を担う、非常にストレスがかかる現場です。私は防衛大学校の学生たちに向けて、ストレスマネジメントの授業やカウンセリングの授業を行いました。横須賀のキャンパスは、空を近くに感じられる山の上にあります。私は通勤でバスを使っていましたが、この急な坂を大きな荷物を苦もなく背負って登っていく防大生たちの姿は逞しいものでした。

当時私が指導した学生たちはすでに自衛隊の現場で働いています。「学生時代、永岑教官に習ったストレスマネジネントの授業、いま現場で部下の自衛官たちの心のケアを行うときに、とっても役に立ってます」と連絡してくれる卒業生もいます。

リベラルアーツ教育の浸透で、
東工大は明るくなった

永岑 光恵 准教授

私が東工大に着任したのは2016年、リベラルアーツ研究教育院がスタートした年です。着任というよりは戻ってきた、と言うべきかもしれません。2002年に博士課程を修了して以来なので、じつに14年ぶりです。久しぶりの東工大のキャンパスは、なんだかとても明るく感じられました。私自身が学生だった頃は、もっと学生が下を向いて歩いていたような気がします。図書館のようなモダンな建築物も増え、地域のみなさんが自由に出入りしている。開かれた、いい空間になりましたね。

こうした変化には、2012年のリベラルアーツセンターの開設、そして2016年のリベラルアーツ研究教育院の設立が大きく影響していると思います。4月の入学と同時に始まる新入生全員を対象にした「東工大立志プロジェクト」など授業の中で発言する機会や、グループワークで人と議論する機会が、以前に比べて格段に増えている。それが、キャンパスの明るい様子にもつながっているのでしょう。

私が新入生向けの「立志プロジェクト」の授業を担当する際には、学生それぞれの個性を大事にするようにしています。ちょっとしたことで、私たちの気持ちは変化します。ある回の授業ではやる気のない学生が次の授業では活発になることもあります。その学生が授業に対して積極的か否か、うまくいっているかどうかは、一度の授業でわかるわけではありません。だから、学生たち1人1人に目を配って、拙速に判断をくださず待ってみる。教育者として意識している部分です。

防災に振り込め詐欺対策。
心理学は日常の役に立つ

永岑 光恵 准教授

最後に、現在私が取り組んでいる研究プロジェクトについてお話ししましょう。一つは、大規模都市建築における安全・安心の構築プロジェクトです。建築や防災、地震、材料など各分野の研究者と一緒に取り組んでいます。私の担当は、社会活動維持のための安心の実現です。

日本の建造物は、ハードウェアとしての建物の安全面においては世界最高水準にあります。ただし、建物が安全かどうかと、その建物を活用する人々に安心がもたらされているかどうかは別問題です。高層ビルやマンションで地震を体験した場合、いくら建物は免震構造で倒れない、すなわち安全でも、建物の中にいる人は相当な揺れを感じ、不安を覚えます。さらに、建物が安全でも部屋の中で家具が倒れたりしてきた場合は、安心してその場で活動を継続することができない可能性があります。

巨大地震や気候変動のリスクに晒されている日本においては、都市の巨大建築の安全面と安心面、両方について策を講じる必要があるわけです。

このプロジェクトでは、どんな情報発信をすれば、こうした災害時の人々の不安を低減し、安心をもたらすことができるのか、検討を進めています。たとえば、災害時の緊急情報をどのようにして伝えれば、人々は不安に陥らず、安全な行動をとれるのか。心理学的な側面を鑑みながら、対象者の心拍や発汗といった生理現象を計測しながら調査を進めています。

もう一つの研究プロジェクトは、特殊状況下における意思決定について。この「特殊状況下」とは、具体的に言うと「振り込め詐欺」です。

この研究を始めたのは2008年のことでした。どうして人々は振り込め詐欺にあってしまうのか、そのメカニズムや防止策を心理学、脳科学や哲学の先生たちと考え、論文にまとめたのです。この論文はさまざまなメディアに関心をもっていただけたのですが、当時私が書けたのは仮説までで、根拠に基づいた予防策を提示するまでには至りませんでした。

2016年の東工大赴任からほどなくして、とある新聞社の記者がこの論文を読んで連絡してきて「振り込め詐欺の最新の知見を教えてほしい」と聞かれました。が、派生研究なども見当たらない。これは自分でやるしかないと腹をくくったのです。以来、特殊状況下における意思決定の分析、および詐欺防止策の提言という内容で実験研究を行っています。

結局、人が騙されるか騙されないかは、複合的な要因で決まるということがわかってきました。「こうしておけば騙されない」といった完全な予防策は見つからないでしょう。ひとつカギになると考えられるのは、他者の介在です。一人だけでいると、視野が狭くなり、犯人の言うことに疑いをもちにくくなる。そこで、すでに行われている「振込」という行為に至るまでのチェックポイントのひとつとして銀行員など他人が介入し、詐欺の可能性を示唆する仕組みや、それ以外にもちょっと冷静さを取り戻すことができるようなきっかけを与える仕組みを導入することが大事なのではないかと考えています。

心理学は私たちの日常生活と密接に関わっている学問です。リベラルアーツ教育はいつ役に立つかわからないと言われることがありますが、心理学に関して言えばわりと即効性がある。

たとえば、冒頭に挙げたストレスについて考えてみましょう。ストレスは変化への心の適応のひとつです。入学時や進路選択や就職の時期などは、大きなストレスがかかります。自分自身を取り巻く環境が変化するのだから、それは当たり前で、ストレスがかかること自体は決して悪いことではありません。むしろ、ストレスを通じて自分の生き方を見つめ、新しい人生が始まるきっかけにもなる。ただし、ストレスに対して正しい知識と理解がないと、ひたすら苦しくなってしまう。心理学を学んでいれば、こういったストレスを感じている状態に対しても、冷静に的確に判断することが可能になる。

こういった身近なところから、学生たちには心理学に興味をもってもらいたいと思っています。

Profile

永岑 光恵 准教授

研究分野 心理生理学

永岑 光恵 准教授

1997年、東京女子大学文理学部心理学科卒業。1999年3月、東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻修士課程修了。同年10月、ドイツ学術交流会奨学生として、ドイツ連邦共和国トリア大学心理生物学・心身医学研究所に留学。2002年、東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻博士課程修了。2002年から国立精神・神経センター精神保健研究所成人精神保健部(現:国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所行動医学研究部)にて客員研究員、流動研究員、リサーチレジデント等を経て、2008年10月から2016年3月まで防衛大学校人間文化学科准教授。2016年4月から現職。

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