リベラルアーツ研究教育院 News
【体験教育論、認知行動療法】石川 国広 助教
1989年に東工大に赴任して以来、一貫してウェルネス科目を担当してきました。歴史的には、保健体育科目、健康・スポーツ科目、そしてウェルネス科目へとの変遷があります。学部の授業では、健康科学概論、ウェルネス実習を担当しています。
健康科学概論では、メンタルヘルスやストレスマネジメント、認知行動療法などについて扱っています。ウェルネス実習では、バドミントン、スキー、ゴルフ、キャンプなどを教材として、体験学習を行っています。私の授業の特徴は、すべての講義と実習で「ディープ・アクティブラーニング」という学習法を用いており、講義や実習を通じた体験的な学びについて、総合的な振り返り(リフレクション)を行い、学生の理解をより促すように組み立てています。
学生が、授業に能動的に参加するアクティブラーニングという学習法は、広く認知されるようになった反面、みんなでワイワイガヤガヤ議論すればOK、と誤解されている側面があります。そのため、私は一歩進めた形で、深化したアクティブラーニング=ディープ・アクティブラーニングという概念をベースにしているのです。
アクティブラーニングの本質は、能動的に他者と関わり、さまざまな体験を重ねる中で、最終的には自分と向き合うこと。自分とは何者なのか、ということを知るためのひとつの方法論である、と私は考えています。
例えば、バドミントン、ゴルフなどの実習でも、身体を動かすこと、スキルを身につけることだけが、授業の目的ではありません。スポーツの中にも他者への理解を深め、自己理解へと掘り下げていくプロセスがあります。そのプロセスを踏む中で、コミュニケーション能力が向上したり、視野が広がったりと、「よりよく生きる」ためのヒントをつかむ時間へと深化していくのです。
私の授業の中では、独自に開発したリフレクション・自己対峙を促す「学業支援ツール」を使って、学生の学びを深めるサポートをしています。
例えば、ウェルネス実習で活用するSSDS(Sustainable Self Development Sheet)は、PDCAサイクルと認知行動療法のコラム表を応用して、A4サイズ用紙の表裏で構成されています。表面には、実習を始める前のコンディションや、自分の練習テーマ、試行錯誤したことやその時の気持ち、相手に対する配慮や会話などをメモし、良かった点、修正点などを記入します。また、裏面には、学生同士で相互評価をしたり、教員からの助言や回答を受け取ったりできる欄を設けています。このツールを活用することで、より多くの視点と交わり、互いに学び合う関係、すなわち「学びの場の共創」へと発展させることが期待できます。
また、RFS-ELC(ReFlection Sheet for Experiential Learning Cycle)は、体験学習サイクルの考え方を援用して、コラム表を開発したものです。具体的には、ELCの循環過程を理解・応用するために「印象に残っていること → 感じたこと → 気づいたこと・考えたこと → 学んだこと → さて次はどうする」等の刺激語を用いて、講義や実習での学びについて総合的なリフレクションを行ってもらい、学びの深化・発展を促しています。
授業実践の一例ですが、春休み期間中に、志賀高原でスキー実習を行っています。参加学生の状況はさまざまで、ある学生はストレスを抱えていて意欲が低かったり、またある学生は参加目標が曖昧でゆるゆるやりたいと考えていたり……。過去の調査では、そうした多様な学生たちが、実習を終えた時には、「全員ストレスが低減し、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)が向上した」との結果を得ました。野外活動、スポーツ教育を通じて、メンタルヘルスの保持・増進が実現できた好事例だろうと思います。
私は、「リベラルアーツ教育とは、自分と世界との関係性の窓を、より大きく開いていくための宝石箱である」と考えています。
「東工大立志プロジェクト」も、まさにアクティブラーニングを追求したプログラムですね。その目的は、やはり自分とどう向き合っていくか。その気づきをくれる機会であろうと思います。
健康科学概論でも、立志プロジェクトと同じように少人数での交流、ディスカッションを行っています。そこで、私が学生に期待するのは、他者や他領域をも尊重する眼差しを育むこと。どんな人にも、興味深いバックグラウンドがあり、また、どんな領域にも、たくさんのスペシャリストがいます。偏見なくその素晴らしさを味わうことができれば、人生は、よりいっそう楽しくなるのではないでしょうか。東工大生には、専門分野だけではなく、さまざまな領域に対してフラットな目線で接し、学ぶ意欲を持ち続けてほしい。そのひとつとして、私が提供するウェルネス&スポーツコンテンツ+ディープ・アクティブラーニングの授業をうまく活用してもらえたら、と思います。
ウェルネス科目を担当する教員としては、東工大全体が、ウェルビーイングな存在になってほしい、東工大生には、ウェルビーイングでいてほしい、と願っています。「QOLを高めよう」というフレーズをよく耳にしますね。私は、QOLよりもQOEの方が、より解りやすいのではないかと考えています。Eは、ExperienceでありEmotion。良い体験をすれば、もちろん人生が充実する。良い感情を抱く時間が長ければ、当然気分がいい。リベラルアーツとディープ・アクティブラーニングの掛け合わせで、学生には、心に灯りをともす体験、心が動く体験を重ねていってほしいと思います。
私にとって、リベラルアーツの原体験はなんだろうと考えてみると、一番は、やはり野球との出会いでしょう。茨城県の田舎町で育った私は、小学生の頃からソフトボールに夢中に。中学校では、軟式野球部で2年生からピッチャーに転向し、高校では、硬式野球部で1年生から登板の機会をいただきました。高校時代の監督の決めゼリフは、「できない道理がない!」「そんなんで、社会に出て通用すると思ってんのか!」でした。
社会に出たこともないから、通用するかどうかなんてわからないよ。できない道理がないって、なんだかおもしろい二重否定だな……。つまりできるってことでしょ……? こんなツッコミを心の中で入れたりしながらも、「基礎、基本、努力が大事」「もっと頭を使って野球をしろ」との監督の指導のもとで、全員が考える野球を学んでいました。自ら探索して学ぶ、という習慣を身につけさせてもらったように思います。
私は、ピッチャーでしたから、打たれても失点しないようにするにはどうすれば良いか、キャッチャーとの配球がかみあわない時にどう対処するかなど、常に試行錯誤をしながら練習と実戦の繰り返し。それは、まさにPDCAサイクルの循環そのものでした。そして、ナインの協力を得ながらも、最後は、スタンドアローンで行くんだというメンタリティが鍛えられたことも、大きな財産です。勝てばチーム力のおかげ、負ければピッチャーの責任。そうしたシビアな状況は、否が応でも自分と向き合う機会となり、結果として、宝石箱の鍵を開ける原体験となった、と感じています。
その後は、スポーツの世界を探究すべく、筑波大学へ進学。日本における「冒険教育」の第一人者である飯田稔先生と出会い、野外教育、体験教育、アクティブラーニングの研究へと入っていくことになります。参加者の臨床データを収集・蓄積し、体験的な学びが、参加者にどのような影響を及ぼすのか、メンタルヘルスの保持・増進に役立つか等々を研究してきました。
1995年には、プロジェクト・アドベンチャー・ジャパンの設立にも立ち会いました。プロジェクト・アドベンチャー(PA)は、世界33カ国に約220もの拠点を持ち、冒険教育でよりよい人材、コミュニティ、世界を創造することを目的とした教育機関であるアウトワード・バウンド・スクール(OBS)に起源をもち、そのエッセンスを学校教育で活用するために派生・発展してきました。アメリカからトレーナーを招いて開催された「指導者養成プログラム」に参加し、百戦錬磨のトレーナーの視点から、多くの学びを得ました。
プログラムの最後にトレーナーから贈られるのは、「Bring the Adventure Home !」という言葉。「ここだからアドベンチャーできた」のではなく、「自分のフィールドにも、アドベンチャーで得たものを持ち帰って実践しよう!」ということです。
ここでいう「アドベンチャー」ですが、日本語に直訳された「冒険」とはニュアンスが異なり、仲間と協力したり、自分と向き合ったり、チャレンジを続けて、「新たな自分との出会いを促す試み」との意味合いがあります。
私であれば、東工大の教員というフィールドで何ができるか。バドミントンでもスキーでもゴルフでも、それらの教材を活用したアドベンチャーがあるはずで、私自身がファシリテーターとなって、学生にアプローチしていこう。1989年の赴任以来、変わらずに自分に課しているミッションです。
このPAのアプローチは、基本的にグループカウンセリングを用いて、教育、福祉、コミュニティづくり、心理療法等で成果を上げており、応用範囲が広い体験教育手法と言えます。
東工大でも、PAを取り入れたキャンプ実習を実施してきました。自然の中での宿泊生活をしながら、「チャレンジ・ロープスコース」というフィールドアスレチックを大きくしたような施設を使った統合的なアドベンチャー・プログラムです。折々にリフレクションを取り入れながら、生活をともにすることで、学生たちの表情が変わり、成長していく様子が見えたのは、私にとっても非常にうれしい体験でした。
学生により良い授業を提供しながら、実践経験とデータを蓄積し、カウンセリングスキルのさらなる向上を目指して、私自身もアドベンチャーを続ける日々を過ごしています。その中で前述した学業支援ツールの開発、学生の心理的変容等について、学会発表なども行っています。
人生で一番難しいことは、自分を受け入れることではないか、と感じます。自分らしく生きているか、本当にやりたいことができているか、誰かの役に立っているか……。迷いや悩みがあるのは、むしろ当然かも知れません。そんな時、「ありたい自分に向かって、一歩踏み出して挑戦してみよう」と、少しずつでも、自分の可能性の領域を広げていければと思います。
しかしもう一方で、成長を目指して翼を広げるだけでなく、時には、自分が安心できる場所に立ち返って、羽を休めリラックスすることも、とても大切です。場合によっては、「安心・安全な居場所を再構築」する必要性や「積極的にダウンシフト」すべき時も、あるかも知れません。悩みを打ち明けられる友人だったり、カウンセラーや医師、心を元気にしてくれる読書や映画、音楽、スポーツなどの趣味を持つことも、人生を豊かに、幸せに過ごすためのサポート資源になると思います。
大学生は、子どもから大人に切り替わる微妙な年頃。「子どものくせに」と言われたかと思えば、「もう大人なんだから!」と、中途半端な立ち位置を居心地悪く感じている人もいるかも知れません。「自立しなさい」「独立しなさい」と言われても、本当に自由になれるのか、自分の目指す方向はどこなのかと、心細くなることもあるでしょう。
けれど、本当の意味での自立とは、他者と相互に依存しながら、支え合える関係を築くことではないでしょうか。支えられることもあるし、もちろん支える側になることだってある。そんな時に、ストレスマネジメントの方法を知っていること、セルフケアができること、他者との交流を深めるコミュニケーション力を鍛えて、サポート資源を広げておくこと、こうした知識や経験が、これからきっと役に立つと思います。
最後に一言。
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研究分野 体験教育論、認知行動療法
茨城県出身。筑波大学体育専門学群 野外運動/健康教育学(生理学)を卒業後、同大学院修士課程体育研究科コーチ学専攻(野外運動)修了。大学・大学院在学中にキャンプなどの野外教育を通じた「不登校児の学校復帰支援」を実践・研究し、ウェルネス教育に目を向けるきっかけに。体験教育論、カウンセリング心理学、認知行動療法、スポーツ精神医学、アドベンチャーセラピーなど、健康科学分野を研究している。産業カウンセラー、Project Adventure ファシリテーター、全日本スキー連盟準指導員、Attitudinal Healing ファシリテーター。