リベラルアーツ研究教育院 News

スペイン語を通して視野を広げてもらいたい

【ラテンアメリカ地域研究、スペイン語教育】渡辺 暁 准教授

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2020.04.28

渡辺 暁 准教授

スペイン語はどんな言語か

2020年度から第二外国語としてのスペイン語の授業が新設されるのに伴い、東工大に来ることになりました。

実は東京にある東大以外の国公立大学には、スペイン語の教員がいないところが多く、少し前から「どこかでスペイン語教員の募集が出たりしないかな?」と思っていたのですが、リベラルアーツ教育に力を入れている東工大で本当にスペイン語が(第二外国語として)開講されることになり、実際に自分がその仕事に携わることになって、正直なところ、まだ実感がわかずにいるところです。

スペイン語は、スペインはもとよりブラジルを除くラテンアメリカ各国で使われており、中国語、英語に次いで母語人口の多い言語です(ヒンドゥー語の方が多いとする資料もあり)。現在、スペイン語を公用語とするのは、21の国と地域(ただし、スペインの中にもスペイン語以外の言語があったり、ラテンアメリカでは先住民言語も残っています)。中南米やカリブ海諸国からの移民が多いアメリカ合衆国でもスペイン語を話す人が増えており、既に4000万人を突破しているといわれています。

スペイン語は、日本人にとって比較的学びやすい言語と言われています。一般にそう言われる理由は、母音が5つしかなく、日本語とほぼ同じなので発音しやすいということです。しかし、だからといってスペイン語が「簡単」というわけではもちろんありません。私の経験上、スペイン語が「簡単だ」と思って第二外国語でスペイン語を選択する人たちは、名詞の性数や動詞の活用といった文法事項を見て、「全然簡単じゃない、だまされた!」といってやる気を失ってしまったりします。そもそも非母語話者が簡単に学べる言語などない(相対的に学びやすい言語、というのはあるのかもしれませんが)ので、そこはあきらめて勉強してもらわないといけないのですが、イタリア語やラテン語の動詞の変化を見たりしていると、スペイン語は確かにまだ勉強しやすい方なのかもしれない、という気に、最近はなってきています。

私自身は、大学時代に第二外国語として苦戦したフランス語をのぞくと、スペイン語によく似ているポルトガル語ぐらいしか勉強したことはありませんが、ポルトガル語とスペイン語を比べると、スペイン語の方が文法構造も比較的よく整理されているように思います。(その理由として、1492年にはすでに最初のスペイン語の文法書が出版されていたり、現在でもスペインの王立アカデミーが言語についてのオーソリティとして辞書や文法書を発行している、といった、歴史的ならびに政治的な事情もあるのかもしれません。)

もちろん言語ですから、単語の意味や動詞の活用など、覚えるべきことはたくさんありますが、あせらずに勉強していっていただきたいと思います。

研究者として、教員として

渡辺 暁 准教授

後述のように専門はラテンアメリカ地域研究、学問分野でいうと政治学ですが、メキシコ政治研究で職があるわけでもなく(皆無ではありませんが)、大学院を出てから前任校の山梨大学を含め、いろいろな大学で非常勤講師としてスペイン語の授業をかけ持ちすることで、なんとか研究者として生き残ってきました。最大で一度に6校で教えていたことがあります。レベルも教育方針もさまざまな大学で一貫して大事にしていた、私の授業方法についてお話させていただきます。

授業ではいつも、第二外国語としてスペイン語を学ぶ学生にとって、無理のない進度で、かつ理解を深められる内容を心がけています。スペイン語に親しみを持ってもらうため、スペイン語圏の映画に音楽、サッカーや野球をはじめとするスポーツ、そしてラテンアメリカの政治や社会ならびにアメリカ合衆国への移民などを紹介しています。こうした文化や社会の話を通して、皆さんがスペイン語の習得に対するモチベーションを高めてくれるといいな、と思っています。というのはもしかすると建前で、授業を通してラテンアメリカの文化と社会について関心を持ってもらえれば、それだけでも十分かな、というのが本音かもしれません。

特に、さまざまなジャンルの映像を取り入れることは、私が授業で心がけていることのひとつです。教科書だけでなく、スポーツ実況や映画などのさまざまな素材を活用しています。スペイン語の4コマ漫画を読んでもらったりしたこともありますが、なかなか好評でした。世界的に有名なスペイン語圏のサッカーやテニスの選手はたくさんいますし、小説ではたとえばコロンビアのノーベル賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケス、映画でアカデミー賞を受賞したメキシコが舞台の『ROMA/ローマ』(Netflixで見られます)など、世界的に有名なスペイン語の作品は数多くあります。スポーツ映像や映画、小説、あるいはインターネットのコンテンツを活用して学生の皆さんに生きたスペイン語に触れてもらうことで、スペイン語圏の文化への理解が深まってくれたらいいな、と思っています。

東工大の授業でもこうした文化や社会の話は大事にしていきます。スペイン語を選択して下さる皆さんには、語学そのものだけではなく、スペイン語圏の文化や社会、政治経済への興味関心を育んでいって頂けたら、と思います。(スペイン語の非常勤講師の先生方も、人類学や言語学、そして政治学に移民研究と、さまざまな分野の専門家の方をお招きしています。)

もう一点大事にしているのは、やはり文法です。授業を進める軸として、文法構造をきちんと理解して頂くことを重視していきたいと思います。これには二つの意味があります。第一に、週に1度の授業であまり義務的に覚えることをー皆さん自身が覚えたい、と思って覚えるのなら、もちろんいいのですがー増やしてしまうと、学生の皆さんにとって負担になり、モチベーションが下がってしまうかもしれません。それに対し、文法を「理解」すべく、皆さんに頭を使って考えてもらうことは、限られた時間の中での学びとして有益なのでは、と考えています。

もう一点は実践的な重要性です。ラテンアメリカには日系企業も多く進出していますし、もしかしたら皆さんも、そうした国に出張、あるいは赴任することになるかもしれません。そんな時にスペイン語の必要が出てきて、会話学校に通うことになるかもしれません。そんなふうに実際に必要が出てきたときに、文法構造を理解していれば、言語の習得も比較的スムースでしょうし、そもそもそうした文法構造については、会話学校では教えてくれないでしょう。

しかし文法は本来、母語以外の言語を習得する私たちにとって、有用なツールであるはずのものですし、文法を理屈で考えて、あ、そういうことだったのか、と理解できるとやはりうれしいものです。

ですから、大学の教室という場において、文法を「理解する」というのは、けっこう大事な、そしてその場に適した目標なのではないか、と思います。スペイン語の授業を通して、何語をやるにも、日本語について再考するためにも、文法は重要なんだということを理解し、さらには文法の学習を好きになって頂けたら、とてもうれしいです。

中南米研究の道に入ったのは
全くの偶然でした

渡辺 暁 准教授

私の研究者としての専門は、ラテンアメリカ地域研究です。現在の主なテーマは、メキシコの政治、そしてメキシコからアメリカ合衆国への移民、の二つです。移民たちの母国と移民先のアメリカでの生活や文化、そして国境の両側での政治との関わりについて、メキシコのユカタン半島とカリフォルニアでフィールドワークを行いながら研究しています。

ラテンアメリカとメキシコ移民に関心を抱くにいたった道のりは、本当に偶然の連続、というしかありません。東大の理科一類に入ったのですが、高校時代に一番好きだった化学の勉強についていけず、進路をどうしようかと悩んだ末、最終的に教養学部のラテンアメリカ地域研究のコース(通称中南米科)に進むことにしました。きっかけは、大学での勉強とは全く関係ありません。大学1年生の夏に南米のチリで行われたチェスの世界ジュニア選手権へ出場し、中南米の選手たちがスペイン語で会話していたことが強く印象に残っていたから、です。認識が甘い、としか言いようがありませんが、場合によってはスペイン語がとりあえずできるようになったら、2年後に理系の学科に学士入学できたらいいかな、などと考えていた気がします。

教養学部は文系の中でも人気が高く、優秀な人たちが進学するところ(ただし理系からだと、もともとの枠に比べて希望者が少ないので、比較的行きやすい)で、そんなところにスペイン語も全くやっていなかったのに進もうというのですから、今から考えると本当に無謀だった、としかいいようがありません。それでも同級生に一年遅れて、4年を終えたところでメキシコに政府間の交換留学制度で留学する機会を頂き、そこからやっとスペイン語が少しできるようになりました。(当時は日墨交換計画と呼ばれていました。名前は変わりましたが、現在も留学制度は続いています。学部生でも応募できるので、関心がある方はぜひご検討ください。)

メキシコに留学したのは1994年でしたが、この年は大統領選挙や南部での先住民蜂起、そして北米自由貿易協定(NAFTA)の発効など、さまざまな政治的に重要な出来事がありました。翌年3月に帰国し、メキシコの政治についての研究をはじめ、大学院に進学しました。2000年のメキシコ大統領選挙のとき、アメリカ合衆国とメキシコのNGOが組織した選挙監視団に参加し、ユカタン半島に派遣されました。これが、現在も調査を続けているユカタンとの出会いです。

その後、アメリカのイェール大学で在外研究の機会をいただきました。周りのラテンアメリカ研究者や大学院生に移民問題を研究している人たちが多く、勉強会に誘ってもらったり、実体験をうかがいました。また当初一年の予定だった滞在が延びることになって車を買ったのですが、車に乗って大学町の少し外に出ると、メキシコ人がやっているミニスーパーがあったりして、メキシコ移民が多いことで知られるカリフォルニア州やテキサス州、またシカゴやニューヨークなどの大都市圏だけでなく、彼らの世界はアメリカ合衆国全体に広がっていることを肌で感じました。そこで次にユカタンに戻ったときに、移民関係についても調査を始めたのです。

移民の人たちの目線で考える

渡辺 暁 准教授

ユカタン半島というと、まず一般にイメージされるのはマヤのピラミッドかと思います。しかし、実はいまでも多くのマヤの先住民の人たちが暮らしていて、マヤ語が主要言語という村も多く残っています。そうした村からも、近くにあるカンクンなどのリゾート地への出稼ぎだけでなく、アメリカ合衆国への移民が出ています。

なぜ移民するのか。もっとも大きな理由は経済的な問題、雇用の機会を求めての移住です。ただし、それだけではありません。たとえば、私が調査をしている村で大規模な移民がはじまったのは、村に数年間住んだアイルランド人の神父が、村の若者に頼まれて彼らをアメリカに連れていったのがそもそものきっかけでした。

研究では、アメリカ合衆国でのユカタン移民の暮らしや、政府の移民対策、そして家族をアメリカ合衆国に送り出したユカタンの人々の、移民についての見方について調査をしています。アメリカ合衆国に移民した家族や友人を通じて、ユカタンの人々の生活も変化していますし、ユカタン出身の彼らがアメリカに移住することで改めて「自分たちはマヤ民族である」というアイデンティティを再認識し、マヤであることをポジティブにとらえるようになった、という話も耳にしました。移民の皆さんが組織する団体も、さまざまな目的を持って活動しています。トランプ大統領が計画している「国境の壁」の背後に、どんな現実の社会があるのか、紹介していきたいと考えています。

メキシコとアメリカ合衆国のあいだの文化的な交流についても、ふれておきたいと思います。2017年のディズニー・ピクサーの映画『リメンバー・ミー』は、メキシコの「死者の日」のお祭りを舞台にしていました。もちろんいろいろな脚色はされていましたが、私自身はけっこう気に入って、授業でも使ったりしています。ちなみに英語版の声優は全員(!)がスペイン語と英語のバイリンガルで、スペイン語の台詞も随所に出てきます。また、Netflixで配信されている『ROMA /ローマ』は、『ハリーポッター(第3作)』などでも知られるメキシコ人のアルフォンソ・キュアロン(スペイン語の本当の発音はクアロン)監督が、自身の幼少期を振り返ってつくった作品で、アカデミー賞3部門を受賞しました。

スペイン語圏には他にも、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(メキシコ:2年連続アカデミー賞監督賞受賞)、ペドロ・アルモドバル(スペイン:『トーク・トゥ・ハー』など)、アレハンドロ・アメナーバル(スペイン:26歳で東京映画祭グランプリ)といった世界的に有名な映画監督や、アントニオ・バンデラス、ペネロペ・クルス、ハビエル・バルデム、ガエル・ガルシアといった名優がいます。若いときに女優として有名になり、その後監督になった、イシアル・ボヤインという人もいい映画を撮っています。ドキュメンタリー映画もたくさん面白いものがあります。こうしたスペイン語圏の映像作品は授業でも扱っていく予定で、そこに描かれる内容、セリフなどから、さまざまなことを学んで頂けたら、と考えています。

スペイン語をどうやって学んできたか

渡辺 暁 准教授

ここまで自分の研究のことを中心に話してきましたが、スペイン語をどうやって学んできたか、についても、少しお話ししたいと思います。東大の中南米科に入ったのが実質的なスペイン語の勉強のスタートでしたが、そのときは周りの同級生や先輩たちがすでにスペイン語がかなりできるのに、自分だけ初心者で、しかも今の自分から見たら「もっと勉強しろよ」と言いたくなるような勉学姿勢だったので、かなり苦労しました。(それだけに、やる気が出ない、あるいは語学は難しすぎて無理だ、と感じてしまう学生さんの気持ちもよくわかります。)メキシコにはじめて着いたときも、国費留学の試験に受かっていたとはいえ、会話はそれとは別物で、全く話せなかったのを覚えています。スペイン語が多少なりともできるようになったのは、このメキシコ留学の間にお世話になった語学学校の先生方のご指導、そしていろいろな場で私の下手なスペイン語の相手をしてくれた、メキシコの皆さんのおかげだと思っています。

その時点での私のスペイン語は、まだまだ仕事に使えるような、あるいは教壇に立てるようなレベルではありませんでしたが、その後もいろいろな勉強の場を頂きました。5年間やったNHKの国際放送局でスペイン語の番組制作のアルバイトは、大変勉強になりました。ちなみに現在はネットでの配信にシフトしていると思いますが、当時は短波放送というのがあり、スペイン語圏向けのラジオ番組が放送されていたのです。こちらの絵(写真)は、そのときに一番お世話になったJorge Ferreras(ホルヘ・フェレーラス)さんの作品です。

ホルヘさんはアルゼンチンから東工大の建築科の留学生として来日し、そのままスペイン語アナウンサー兼絵描きさんとして日本に残り、数年前に亡くなるまでずっと大岡山にお住まいでした。彼をはじめとする、いろいろなバックグラウンドを持った、ラテンアメリカやスペインのさまざまな国籍の皆さんと仕事をさせて頂いたのは、本当にすばらしい経験でした。

(今回東工大に着任するにあたって彼とのご縁を感じたので、彼の作品をこのページに掲載させて頂くよう、お願いしました。研究室にも飾らせてもらう予定です。ヨーロッパのどこかの風景のスケッチですが、ご本人は、色使いは日本のお茶席からとったものだ、とおっしゃっていたように記憶しています。緑は抹茶、オレンジは毛氈の色、だそうです。)

このほかにもNHK関係では、いろいろな通訳の仕事をさせて頂きました。ガラパゴス諸島の資料館に、私が日本語から翻訳したNHKの番組(今でいう「ダーウィンが来た」のガラパゴス特番)のスペイン語版が眠っているのは、数少ない自慢の一つです。こうした経験が、大学院でのスペイン語の資料を使っての研究と合わせて、私のスペイン語を鍛えてくれました。

さらには大学でスペイン語を教えるようになってから、わかりやすく自分でも納得のいく説明を考えたり、学生さんにいろいろと質問を頂いたり、という形で、初級のスペイン語の授業でも、自分自身にとって勉強になることは多々あります(お名前は出していいかわからないので伏せておきますが、ある有名な英語教育の先生も、「そうなんだよ。自分で教えるのって、すごく勉強になるんだよ。誰にでもその機会があるわけじゃないから、おおっぴらには言えないけどね。」とおっしゃっていました)。

こうして振り返ってみると恵まれた環境だったんだな、とあらためて思いますし、もっとスペイン語がうまくなっていてもよかったのに、努力が足りなかったな、と反省するのですが、少なくとも私自身が学んだことは、ぜひ皆さんにお伝えしたいと思っています。

チェスを通して学んだこと

渡辺 暁 准教授

せっかくの機会なので、チェスについてもお話します。チェスのルールを覚えたのは小学生の頃ですが、勉強を始めたのは高校時代です。日本ではチェスをやる人が少ないこともあり、数年後ジュニアチャンピオンになって、1990年と91年の2回、世界ジュニア選手権に出場しました。また1994年のメキシコ留学中にも現地で試合に参加させてもらい、12月にはメキシコからモスクワに遠征してチェスのオリンピアードに出たりもしました。そのときのロシア人のコーチ、メキシコ留学時代に師事した二人のキューバ人の先生からは多くのことを、戦略的な考え方と終盤の戦い方を教わりました。

その後、アメリカ合衆国での在外研究中にも、折を見て週末の大会に参加しました。そこで「チェスのおかげで、言葉の壁を乗り越えて友人ができた(ご両親談)」という日本人の子どもたちや、低所得層の子供達にチャンスをあげたいんだ、というコーチに会ったりもしました。今でもラテンアメリカを中心に、いろいろなところにチェスのおかげで知り合った友人がいます。チェスを指すだけでなく、大会に出ることでさまざまな人と交流できたことが、今となっては試合以上にすばらしい思い出となっています。

ちなみにチェスプレイヤーとしては、2000年に全日本選手権で優勝し(少し変ですが、2001年チャンピオンの称号を獲得しました)、同年のチェス・オリンピアードを出たのを最後に、日本では休眠状態に入りました。2008年(日系移民100周年の記念すべき年)にブラジルでの大会に招待されたのを機に活動を再開しましたが、2014年にノルウェーで開かれたチェス・オリンピアードに日本代表として出場したのを最後に引退を宣言しました。どうしても勝ち負けというのがあるので、いつになっても(いい年をしてお恥ずかしい話ですが)負けるのは悔しいし、また、チェスの試合は長丁場(ちゃんとした国際試合は1日1局のペースで1週間以上、オリンピアードの場合は2週間続きます)なので、単純に時間がないというのもあります。また、大会に出てしまうと頭がチェスモードになってしまい、戻るまでに時間がかかる、というのも、大きな理由です。

それはともかく、もしチェスをやりたいという学生さんがいらっしゃるようならぜひ教えてあげたいと思っていますし、東工大のAI研究の先生方の中に、私がしてきたことに関心を持って下さる方がいらっしゃるようであれば、もちろんご協力させて頂きたい、と思っています。

学業以外に何か自分にとって大事な活動をする、ということについては、私のようにチェスならチェスにはまってしまうと、学業に差し支える可能性どころか道を踏み外す可能性もあるので、あまりお勧めはしませんが、趣味としてやる分にはぜひぜひ何か、やられてみてはと思います。村上春樹さんがマラソンに出られているのは有名な話ですし、先日ILAの研究会でお会いした羽生善治さんは、「将棋だけ勉強していても煮詰まってしまうので、他の分野のことを知るのも大事だ(引用が不正確かもしれませんがご寛恕下さい)」とおっしゃっていました。チェスも頭の、普段学問で使っているのとは違うところを使うという意味で、いい気分転換になるかもしれません(皆さんの若い頭であれば、切り替えもきくでしょうし)。

スペイン語の授業を通じて
お伝えしたいこと

渡辺 暁 准教授

最後になりますが、教養、ということについて少しだけお話しさせて下さい。教養あるいはリベラルアーツという言葉には本当に様々な定義があって、不勉強な私は、もし学生さんに「教養って何ですか?」と正面切って聞かれたら、何を言ったらいいのだろうかと、大いに悩むと思います。どの定義も立派だし、でもそこからこぼれ落ちてしまうことも、どうしても出てきてしまうし。

そこで、私自身が授業を通じて東工大の学生の皆さんにお伝えしていきたいことは何か、という視点から教養というものを考えてみたのですが、自分にとっても少々意外なことに、その時に浮かんできたのは、私がメキシコやアメリカ合衆国での調査でお目にかかり、お世話になった人たちの顔でした。

専門教育に対する教養教育の主たる目的が、専門にとどまらずに視野を広げることだとすると、私がお伝えしていきたいこと、として思いつくのは、ラテンアメリカの文化・文学・思想、といった、ふつう大学で教わるようなことももちろん大事だ、と思う一方で、それ以上にやはり、ラテンアメリカの「ふつうの人たち」がどんなことを考え、どんなふうに生計を立て、生活をしているのか、について、自分のフィールドワークや現地の皆さんとの交流から学んだこと、なのかな、と思っています。ちなみに、本項最初の写真でかぶっている帽子は、メキシコシティで買ったのですが、実は南米のエクアドルで作られたもの、と聞いてへー、と思いました。

また臙脂のシャツは、グアヤベーラと呼ばれるラテンアメリカの熱帯地域でよく着られている民族衣装ですが、友人が作ってプレゼントしてくれたものです。私はこのシャツの色違い(白)を着て、ロサンゼルスの大通りでのメキシコ系大パレードに参加しました。こうした服装ひとつとっても、いろいろな社会的背景があることを、知ってもらえたらと思います。

私自身もそうですが、初年度に非常勤講師としてスペイン語を担当して下さる皆さんは、いずれも現地での調査を重視した研究をされている方々です。東工大に赴任することが決まり、スペイン語を教えて下さる非常勤講師の先生を探してくれといわれ、そのとき最初にご出講をお願いした、東京大学名誉教授の木村秀雄先生は、ご自分の研究姿勢について、こんな風におっしゃっています。

「30年以上南米に通い続けているのは、好きとか楽しいというよりも…フィールドにいないと僕だめなんだよね、本を読んだだけではわかった気になれない。人類学の理論の勉強はすごく面白いけど、現場に出て“練習問題”を解いてみないと、本当の意味で理解はできない。だから僕は考えるためにフィールドに行っている」(東京大学新聞2015年10月23日)

学生の皆さんにスペイン語の授業を通して、そんな思考法、つまり、(実験室ではなく)現場で、あるいはフィールドワークを通して考える、という頭の使い方に触れてもらうきっかけを作れたら、と思っています。

スペイン語という言語を教えるのが私の主たる仕事ですが、それ以外にもラテンアメリカ地域研究やチェスなど、私がこれまでやってきたことを通じて、何らかの形で皆さんのお手伝いができたら、と思っていますし、もちろん私自身も、皆さんにいろいろと教えてもらおう(あまりいい「生徒=learner」ではないかもしれませんが)、と思っています。

Profile

渡辺 暁 准教授

研究分野 ラテンアメリカ地域研究、スペイン語教育

渡辺 暁 准教授

東京都出身。東京大学教養学部中南米科卒業、同大学院地域文化研究専攻修了。在学中にメキシコに留学し、その後卒論と修士課程でメキシコの国内政治を、大学院博士課程以降はそれに加えてメキシコからアメリカ合衆国への移民について研究してきた。非常勤講師として東京大学・慶應義塾大学・日本大学をはじめ、多くの大学でスペイン語の授業を担当し、学生の皆さんに教員として鍛えてもらう。2012年より山梨大学准教授、2020年4月より現職。1999〜2001年チェス全日本チャンピオン、FIDEマスター(FIDE=世界チェス連盟)。5回のオリンピアード(国別対抗戦)出場など、日本代表歴多数。著書に『渡辺暁のチェス講義』『ここからはじめるチェス』など。

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