リベラルアーツ研究教育院 News
「世界にどう貢献したいか」 東工大での学びを見つめ直す
「教養卒論」の様子
東工大の教養教育は、豊かな社会性、人間性をもって、専門的な知を実社会で活かしていくことの出来る「志のある人材」を育てる教育です。
学士課程から博士後期課程まで継続される東工大の教養教育は、学士課程入学直後の必修授業「東工大立志プロジェクト」に始まり、その後、2年ごとに教養教育の骨格をなす「コア学修科目」が開講され、それぞれが有機的に関係しているのが特徴です。
2016年4月に設置されたリベラルアーツ研究教育院が担う新しい教養教育の枠組みの中で、今年度、満を持して開講されたのが、学士課程3年目の学生を対象とする「教養卒論」です。そして、その「教養卒論」を教員と一緒に支えるのが、同じクラスの仲間と、「ピアレビュー実践」を受講する大学院生です。
教養卒論は、「コア学修科目」の一つとして今年度から開講した学士課程3年目の学生向けの必修科目です。学士課程1年目に受講した「東工大立志プロジェクト」のメンバーとほぼ2年ぶりに再会し、1クラス60名程度で受講します。
教養卒論では、以下の3つを目標としています。
クラスに分かれて初めての授業
教養卒論」の授業では、「自分の専門分野と自らの教養・経験とのかかわりに加え、世界をよくすることにどう貢献したいか・できるか、そのためには今後何を学ぶことが自分にとって必要か」をテーマに、5,000~10,000字程度の文章(教養卒論)を書きます。
初回の講堂講義で、「東工大立志プロジェクト」でも司会を務めた上田紀行リベラルアーツ研究教育院長から学生に対し、入学時の志や大学での学修を振り返り、将来をどう展望するのかを考えるよう促します。オリエンテーションを経て、各クラスに分かれます。各クラスの初回授業では「東工大立志プロジェクト」の仲間と再会して、入学時の志を思い起こし、互いにこれまで学修してきたことを振り返ってもらいます。編入学の学生にとっても入学時の志を振り返るいい機会になります。
その後は、仲間や修士課程の学生によるピアレビュー(後述のペアワーク)を通して学びを振り返り、専門学修への志を話し合いながら、教養卒論をまとめていきます。中には、入学時の志を忘れていたり、志が変化したりしている学生も多くいます。また、自分の専門分野の研究が社会・世界をどのように変えることができるのかを考えるどころか、何を専門にするのか、社会に出てから何をするのか、まだ見通せていない学生も多くいます。そうした学生は、教養卒論を書くことをとても困難なこととして捉えています。しかし、ピアレビューを受けていくうちに、何をしたいのか具体的な目標が見え、将来の展望が明確になっていきます。
ライティングスキル
受講当初は、学術的な文章の書き方を体系的に学ぶ機会が少ないことに加え、そもそも、段落のはじめに1文字下げることすら忘れていたりするのも見受けられ、5,000~10,000字の文章をどう書いていいのか迷う学生が多々います。
週2回の講義のうち1回は、主に演習やグループワークを通してアカデミックライティングについて学び、文章のまとめ方を理解してもらいます。『理科系の作文技術』(木下是雄)を教科書に用いて、文章全体の構成、段落の成り立ち、1文の成り立ち、引用方法など、国際的にも通用するアカデミックライティングの基礎を習得していきます。学生からは、「ライティングについて体系的に学ぶ機会があって良かった」「教科書がとても良かった」との感想が寄せられました。
教養卒論のテーマで、アカデミックライティングを用いて文章をまとめるのは難しいと感じる学生もいます。アカデミックライティングは世界共通の書き方の基準の1つですので、理解・活用することは大切な目標です。ただし、内容によっては、その手法に縛られないように書いた方が自然なケースもあるため、独自の書き方で書きたい場合は、指導教員に相談して最終稿だけを自由な文体で執筆することもあります。
週2回の「教養卒論」のもう1回は、2名1組でお互いの教養卒論をピアレビューする授業です。ピアレビューは仲間で(=ピア)論評・見直しする(=レビュー)ことです。ピアレビューでは、共感的な立場で相手のことを理解しながら、相手の主張を聞き出す・引き出すことを主眼にしています。書いてある内容を批判したり、単に修正したりすることが目的ではありません。ピアレビューする立場で、書いてある内容をよりよくするために、一緒に考えてもらい、教えあう機会を大切にしてもらっています。研究者にとってのピアレビューは論文を書く際の批判的なコメントを指すことが多いのですが、教養卒論では違います。
「この文章はどんな意味ですか」「具体例を挙げてもらえますか」「もう少しこの部分の話を充実させたらどうかな」といったコメントをもらうことで、執筆の手が止まった学生も書き進めることができます。またピアレビューの相手が替わっていくので、多様な観点からコメントをもらうことも刺激になります。
「教養卒論」の様子
さらに、ピアレビューによってライティングスキルが向上します。ライティングスキルの講義を受けた次の回のピアレビューでは、学修したスキルを早速活かして友人の文章改善を手伝う機会があります。この経験を積み重ねることで、スキルを早く獲得することができるようになるのです。
これらに加えて、「専門分野を異にする学生とのピアレビューを通して、他の分野の最先端技術や問題点を知ることができて有用だった」との声を多数もらいました。担当教員にとっては予想外の感想でしたが、これもピアレビューの大きな効果のようです。
ほぼ最終版の教養卒論が出来上がる頃に、それぞれが教養卒論の内容を発表します。発表時間は短いものでしたが、将来を見据えたもの、現状の問題意識を浮き彫りにしたもの、今後の専門分野が社会に与える影響を十分に考察したもの、それぞれ大変充実したものでした。「東工大立志プロジェクト」の最後でも志を発表してもらいましたが、より具体的な発表が多く、これまでの学修成果を実感できる感動的なものでした。この回では、「他の学生の変わり様に驚いた」という感想も聞かれました。
プレゼンテーションの様子
第3クォーターの授業を終え、何とか書き終えたというもの、内容の斬新さに驚かされるようなもの、刺激的な展開を示す論文、自身の主張をとても明確に表現した充実の教養卒論もありました。これから各クラスで一番の論文を選び、表彰する予定です。
提出された教養卒論の内容の一部をご紹介します。
表彰した最終稿は可能な限り公開する予定ですので、是非ご一読ください。
受講を終えて、「今までで一番良いものを書けた」「最初は無理そうだと思ったが、ピアレビューのおかげでとても良いものに仕上がった」「今まで考えていなかった将来のことをよく考えてまとめる機会になった」など、充実感を示す感想が多くの学生から寄せられました。
「教養卒論」のピアレビューの回には、修士課程1年目の学生向けの授業「ピアレビュー実践」を履修している大学院生がピアレビューの活動に加わっています。大学院生はピアレビューの手法や適切な態度を学んだ後、履修生同士でピアレビューし、さらに、「教養卒論」のクラスに加わってピアレビューの仕方を指導します。
ピアレビュー実践
「教養卒論」に加わった「ピアレビュー実践」の大学院生(黄色いベスト)
「ピアレビュー実践」の履修生は、同じく大学院生向けのコア学修科目「リーダーシップ道場」を80点以上で履修した大学院生です。「リーダーシップ道場」では傾聴の重要性に多くの学生が気づいてくれます。ピアレビューでは相手の意見を傾聴しながら進めることが求められるので、「教養卒論」のクラスで学生の意見に耳を傾け、コメントする経験は、傾聴を実践する場ということにもなります。一方、学生にとっては自分たちよりも経験豊富な大学院生にレビューを受けることが大きな刺激になっています。「大学院生のピアレビューを1回受けただけで、文章が抜群に良くなった」との感想が多数ありました。大学院生の活躍ぶりがよく分かります。
学生と学生のピアレビューのみならず、上級生がピアレビューに関わることで、東工大内に大きな学びの場が形成されつつあります。今後、より多くの大学院生が「ピアレビュー実践」を履修することを期待します。なお「ピアレビュー実践」を80点以上で履修すると、大学院生アシスタント(GSA-R)の証明書が与えられます。GSA-R保有者は、その後は「教養卒論」や「ピアレビュー実践」クラスにティーチング アシスタント(TA)として加わり、さらに実践を積む機会が与えられます。
理工系では実験や理論の理解が重要で、作文技術は二の次と考えている学生は多いようです。実態は必ずしもそうでもなく、理工系の職業では、実験や理論に基づいた報告書・論文作成、助成金やプロジェクト獲得のための申請書作成など、文章を書く作業が多々あります。指導的な立場になれば、レビューする機会も増えます。
教養卒論作成を通して、在学中のレポートや論文作成がうまくなるだけでなく、文章を練り直しながら発想を具体化していくプロセスを経験し、社会に出てからも書くことやレビューを武器にして活躍する学生が増えることを期待しています。今後、本授業科目が本学学士課程のリベラルアーツ教育の中核を担っていくよう、より一層発展させていきます。
リベラルアーツ研究教育院 教授 林直亨
E-mail:naohayashi@ila.titech.ac.jp