リベラルアーツ研究教育院 News

パラリンピック選手の競技力向上にも貢献するスポーツと科学の蜜月関係

【バイオメカニクス】丸山 剛生 准教授

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2019.10.28

丸山 剛生 准教授

マシュマロ・チャレンジで意気投合!
演習ではコミュニケーションを大切にしたい

私が担当している授業は、「健康科学概論」と「健康科学演習」、「スポーツ科学」に「バイオメカニクス」です。

少子高齢化時代の日本において、国民の健康は国家的な課題です。そしてこの課題を科学的なアプローチで考え、解析し、時には処方箋を出すのが健康科学です。そのスポーツに焦点をあてたものがスポーツ科学です。ヒトの健康の維持や、スポーツにおける成績向上は科学的なアプローチで可能なのです。しかも医学的なアプローチだけではなく、工学的なアプローチが重要となる。そこで、生き物の身体や動きを工学的に研究するバイオメカニクスが役に立ちます。

新入生が受講する「健康科学概論」の授業では、厚生労働省が推進している国民の健康づくり運動「健康日本21」を題材に、健康の重要性や日々の生活における健康行動とは何かについて、講義しています。

この授業では学生たちに「少子高齢化の日本において君たち若者はとても大切な存在なんだ」と説いています。少子高齢化社会においては、若くて健康で運動能力が高い、ということはそれだけで価値があるのです。とはいっても、学生の多くはまだ18~19歳の若者です。生活習慣病やメタボリックシンドローム、ロコモティブシンドロームといった状態に自らの身体が陥ったときのリスクをいくら説明しても、それだけではなかなか実感を持ってもらえません。

そこで、学生たちには「想像力をよく働かせて」と常に言い聞かせています。自分が将来歳をとったとき、健康障害を持ったとき、体がうまく動かなくなったときのことを想定しながら、受講してもらうわけですね。今後は、ヒトがずっと健康を維持するためにどんなことをすればいいか、学生たちに「マンダラチャート」(3×3の9マスで構成されるフレームワーク)を作ってもらうグループワーク学習なども取り入れた授業を実施したいと考えています。

「健康科学演習」の授業は、約40名の学生を体育館に集めて行います。体育の授業のようですが、ちゃんと科学をやります。まず各自の筋力、筋持久力、柔軟性、身体組成、全身持久性などを実測する。体育館にはさまざまな計測装置が用意されているんです。そのうえで、健康を維持するためには、どんな体力要素が必要なのか、「体」と「頭」で学んでもらいます。「スポーツ科学」は学部の2・3年生を対象に、スポーツの競技力向上に科学がどう貢献できるかを考えてもらいます。この授業では、健常者のスポーツだけではなく、身体障害者のスポーツを積極的に取り上げています。このため、車いすや義足の研究、あるいは運動解析をしている外部の研究者を招いての講義などを行っています。

「バイオメカニクス」──
科学の力でパラリンピック選手たちをサポート

丸山 剛生 准教授

授業でもとりあげている「バイオメカニクス」が、研究者としての私のメイン分野になります。バイオメカニクスは、「Bio=生体、生き物」と「Mechanics=力学、力とその効果」を合体させた造語で「生体工学」などとも呼ばれています。その名の通り、生物の構造や生物の運動を力学的な側面から研究し、その効果について追究する学問です。私自身は、ヒトの体の動きを研究対象として、効率的な動作とは何かを解析しています。ヒトの体の動きとは突き詰めると各関節の相対運動です。その運動を数学的に明らかにするわけですね。たとえば、「手を伸ばす」という行為には、どんなかたちのどんな量の力が求められているのか? それを定量的に評価する。力そのものは目に見えませんから、計測する必要があります。当然、測定の仕組みや測定の器具をこしらえなければいけません。そんな仕組みや器具を作るのも私の研究の一端です。

身体の動きを数値化していくバイオメカニクスの研究は、さまざまな分野で実用化されています。身体障害者や高齢者の方々のサポートに直接役に立ちます。健常者、身障者に関わらず、あらゆるスポーツの競技力向上や、器具の開発にも欠かせません。具体例を挙げると、東京パラリンピック2020大会に向けた車いす競技の選手のサポートを行っています。日本スポーツ振興センター(JSC:JAPAN SPORT COUNCIL)が実施する「ハイパフォーマンスセンターの基盤整備」という事業の一環です。

もともとは、私が所属している一般社団法人日本機械学会スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門が、2016年のリオデジャネイロパラリンピックでサポートに関わったのがきっかけでした。以来パラリンピックにおける競技力向上プロジェクトにずっと携わっています。

このプロジェクトにはさまざまな研究者が参加していますが、私が手がけているのはテニスやラグビー、バスケットボールなどの車いす競技選手の体力測定や駆動能力の測定、さらに装置の開発です。リオ大会のときには、東工大工学院で流体工学を研究している中島求先生も、水泳競技の支援をはじめ、車いすテニス用ベアリングの開発などに貢献されていました。メダルを目指すパラリンピック選手たちの競技力向上を、我々東工大の教員が科学の力でお手伝いさせていただいているわけです。

「スポーツ工学」の発祥は東工大
科学技術がスポーツを進化させてきた

丸山 剛生 准教授

スポーツの話が出たので、私の研究しているもう1つの分野、「スポーツ工学」についても解説しましょう。バイオメカニクスの発想を応用して、スポーツを工学的に解析し、選手の記録向上やスポーツ用具の開発に役立てることができる学問です。スポーツ工学の発祥地は実は東工大です。もう30年以上も前、当時東工大にいらした機械工学の長松昭男先生が、ゴルフクラブやテニスラケットなどの打具の振動解析をされていました。その研究に関心を持たれたのが、ゴルフ好きで知られる東京大学の航空宇宙工学者・三浦公亮先生。

このおふたりが一緒になってスポーツ用具を開発するスポーツ工学という分野を拓かれました。それを現・東工大名誉教授の宇治橋貞幸先生が引き継がれて、今は東工大の中島求先生が継いでいらっしゃいます。先ほど挙げた、一般社団法人日本機械学会スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門は、こうした東工大に由来のあるメンバーで構成されている。スポーツ工学というのは、スポーツの専門家ではなく、機械工学研究者がスポーツに目を向けて生まれた学問なんですね。

科学や工学の力でスポーツの競技記録は目覚ましく進歩しています。テニスラケットも昔は木製だったのが、スチール、アルミ、カーボンとより強固で軽量な素材に変わることで、形状も大きくなり、打ちやすくなりました。スピードスケートの世界でも、ブレードと靴のかかと部分が分離するスケート靴「クラップスケート」の登場により、記録が飛躍的に向上しています。他にも野球のバットやサッカーシューズ、競技用車いすなど、機械工学分野の研究がスポーツ競技の記録向上に大きく貢献している例は枚挙にいとまがありません。

健康やスポーツと聞くと、科学や工学とかけ離れた分野に聞こえますが、バイオメカニクスやスポーツ工学の世界に触れてもらえば、健康やスポーツこそ科学や工学ときわめて親和性が高いことを実感できるようになります。みなさんは、当たり前のように立っていますが、ヒトが立っている姿勢は、物体の相対位置関係や座標の変換といった数学の素養がないと数値化できません。二足歩行ロボットの開発には欠かせない研究です。こうやって考えると、物理や数学といった科学を学んでいる人は、ある意味で根源的なアプローチでスポーツを理解できるし楽しむことができるわけです。学生たちにはそんなことも教えています。

理工系の学生にこそ体力維持は重要なテーマ
専門だけでなく幅広い視野を養ってほしい

丸山 剛生 准教授

私が東工大に赴任したのは1985年。以来ずっとこの大学で教えているので、過去35年の大学の変遷も目の当たりにしてきました。とりわけ大学の教養科目は、時代の波を受けてきました。91年に「大学設置基準の大綱化」が打ち出されたときには、世の多くの大学から「教養科目」が大幅に削減されました。東工大はもともと理工系大学でありながら、教養科目の授業にとても熱心で、専門科目と教養科目とを有機的に関連させた「くさび型教育」に力を入れ、大学1・2年はもちろん、3・4年、修士課程、博士課程でも教養科目を学ぶカリキュラムをとってきました。その東工大でも、この大学改革の折には、「健康・スポーツ」関連の必修科目の授業数が削減されるなど、教養科目が細りました。

けれども、2016年に私も現在所属するリベラルアーツ研究教育院が誕生し、教養教育に力を入れる東工大のカラーが復活しました。残念ながら「健康・スポーツ」関連の授業は全て選択授業になってしまいましたが、私の研究室では年々研究機材を充実させることで、さまざまな成果が出ています。理工系大学の東工大が教養科目の研究に十分な環境を供給しているのは特筆に値することだと思います。

東工大リベラルアーツ研究教育院では、「東工大立志プロジェクト」という1年生全員必修のコア学修科目があります。これは講堂での大人数講義と28名の少人数クラスでの演習を交互に実施するものですが、私の場合、自分が受け持った少人数クラスで実験的なプログラムを一部取り入れたりもしています。少人数クラスでは、4人1組のホームグループをつくり、講堂で行った講演を素材にグループワークを行ったり、書評をレビューしあったりします。私の授業では、このグループのチームワークを高めるために、チームビルディングにふさわしい「ゲーム」をやってもらい、共同作業をしやすくしようと試みています。

たとえば、20本の乾燥パスタで組み立てた塔をまずグループごとに築いてもらい、その塔のうえにマシュマロを乗せていき、高さを競う「マシュマロ・チャレンジ」をやります。また、30枚のA4用紙を使って、どんなかたちでもいいからできるだけ高い塔を作ってもらう「ペーパータワー」競争もやらせます。実際にやってもらうと、どうすれば論理的に一番高く組み立てられるだろうか、と計算し始めたりする学生がいたり、トライアンドエラーを繰り返して着実に高さを伸ばしていったりするチームがあったりと、理工系の東工大生らしい取り組み姿勢が見られます。なにより、グループごとで競争して、誰の目にもわかる「高さ」競争で勝ち負けが決まるので、チームの結束があっというまに高まります。また、自己分析の手法として「ジョハリの窓」(自分自身の特性を「開放」「盲点」「秘密」「未知」の4つの窓に分類し理解する心理学モデル)を使ったりもします。これも円滑なコミュニケーションづくりに役立っていますね。

大学教育については、ひとつ希望があるんです。学生たちには、もっともっと体育やスポーツに積極的に参加してほしいこと。そして大学でもっともっと体育やスポーツを授業の中に取り入れてほしいということです。世間的には「非体育会系」に見られがちな理工系学生ですが、将来過酷な研究や技術開発の現場に赴くことを考えると、健康維持や体力増進はとても重要な課題なのです。粘り強く研究を進めるには、スタミナが欠かせません。

幸い、東工大には体育館アリーナや武道場、グラウンド、全天候型テニスコート、プールなど運動施設が充実しているので、ぜひ選択授業やサークル活動などで積極的に活用してほしいですね。

スポーツもそうですが、学生には自分の専門分野だけでなく、いろんなところに視野を広げてもらいたいと願っています。違う世界に目を向けることによって、自分の専門が社会や人間にどんな影響をもたらし、どう役立てられるかを学ぶきっかけにもなる。そのためにも、大学生になったらこれまで以上に多彩なことにチャレンジしてほしいですね。東工大にはあらゆるチャレンジの場があります。ぜひ貪欲に取り組んで、新しい世界を広げてほしい、と思っています。

Profile

丸山 剛生 准教授

研究分野 バイオメカニクス

丸山 剛生 准教授

東工大リベラルアーツ研究教育院 准教授。東工大大学院 環境・社会理工学院 社会・人間科学系 社会・人間科学コース 丸山研究室。1985年筑波大学体育学研究科コーチ学修士修了後、東京工業大学へ。1996年より助教授(准教授)。研究テーマは、バイオメカニクス(ヒトの動作特性の解析)、スポーツ工学(ヒトと環境の相互作用の解析)、生体情報(ヒトの生体信号の情報利活用)など。2008年日本バイオメカニクス学会学会賞受賞。日本運動生理学会、日本体育学会、日本体力医学会、日本機械学会、日本スポーツ産業学会などに所属し、日本機械学会ではスポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門の部門長を務める。2016年リオデジャネイロよりパラリンピック選手のサポート事業に参画し、現在は東京パラリンピック2020大会に向けた競技力向上プロジェクトに取り組む。

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