リベラルアーツ研究教育院 News
【ジェンダー、経営、政策、メディア】治部 れんげ 准教授
2021年4月、東工大リベラルアーツ研究教育院の教員になりました。ジャーナリストとして20年以上、経済、企業経営、教育、家族問題、ジェンダー、ダイバーシティなどについて執筆してきた経験を生かし、「未来社会論」A~Cと文系教養科目の未来社会論という新設の4科目を担当します。
1年生向けの未来社会論Aでは、子どもの視点で良き未来社会を考えます。日本でも、子どもの貧困や格差の問題が大きくなっています。まだ子ども時代の記憶がある1年生の間にもう一度、子どもの視点から社会を考えてもらいたいと思っています。
2年生向けの未来社会論Bは、「ジェンダーで考える未来社会」です。日本はまだまだジェンダー・ギャップが大きく、これを何とかしないと未来は語れません。東工大の学生の男女比率を見れば一目瞭然ですね。女子比率はわずか10%台前半です。大学の男女比率の差は、そのまま企業社会に移管されます。海外に目を向けると、欧米はもちろん、アジア諸国の大半で日本に比べてジェンダー・ギャップが解消されています。授業では、学生たちにさまざまな国の実態を知ってもらい、日本でのジェンダー平等を実現する方策を探ります。
就職活動が本格化する3年生向けの未来社会論Cは、企業経営の視点から望ましい未来を考えます。人口減少で市場がどんどん縮小し、労働人口も減る中で、社会的責任を負う立場である企業に何ができるか。東工大生は、いずれ科学と技術の専門知識を持つビジネスパーソンになります。サイエンスとテクノロジーによって働き方も大きく変化します。科学技術文明がもたらす急速な変化と、時代が変わっても、大きくは変わらない人の心や性向とをどう擦り合わせれば、よりよい未来を具現化できるか。そんな課題に向き合ってもらいます。
大学院生向けの文系教養科目では、リーダーシップを切り口にします。東工大の学生は将来、企業経営や科学技術政策に関わる人も多いはずです。自分自身が社会をどう変えていくか、リーダーの視点で未来を考えてもらいます。同時に、リーダーには欠かせない能力である、他人に自分の考えをわかってもらうための言葉(ナラティブ)について考えます。
対面授業が復活したら、クラスで海外ドラマを見てグループワークをしたいと思っています。海外ドラマのなかにはジェンダーの視点や社会の問題提起がすごく上手な番組があります。特に取り上げたいのが、若き起業家たちが夢をかなえていく韓国ドラマ「スタートアップ:夢の扉」です。主役の男子たちが理工系大学出身で、東工大の学生がシンパシーを持てる題材だと思います。女性に慣れていないなど理工系男子に対するステレオタイプな描き方もありますから、「実際は違うよ」などと話しながら進めていくと面白い授業になるのではないかと楽しみにしています。
2021年4月、着任と同時に「東工大立志プロジェクト」で28人のクラスを担当しました。
クラスは男子24人、女子4人です。驚いたのは、「真面目」なこと。学生全員が事前課題を締め切りの半日前までに提出してくれました。授業もほぼ全員が全出席で、さぼりません。私が経済誌の編集者をしていたときは、締め切りを守らない筆者も少なからずいました。学生のうちから締め切り厳守が身についているのは、素晴らしいことだと思います。
また、ジェンダーについての話をしたとき、男子が圧倒的に多いクラス(東工大はどのクラスもそうですが)だったのに、真正面から受け止めて「これは大事なことだ」と素直な感想を書いてくれる学生が多かったことも印象的でした。初回の感想はあまり主観が入っていなかったので一人ひとりにフィードバックしたところ、2回目からは各学生が個人の主観をしっかりと書いてくれ、読んでいても面白かったです。
ある男子学生は「ジェンダーによって文系理系が方向付けられることにショックを受けた。自分は共学校出身でクラスメートに女子もいたけれど、女子の場合、理系大学に進むのはやはり少数派だった。男女雇用機会均等法などがあるのは知っていたけれど、日本にはまだ男女の差がいろいろなところにあるんだ」と自分の体験に紐付け、法律にも触れて感想を書いてくれました。
クラスに4人いた女子学生の反応はすごくビビッドでしたね。
「女子校だったから文系理系はクラスで半分半分。女子校はあまりジェンダーの影響を受けない気がします」といった体験をクラスで積極的に共有してくれたことに加え、レポートに「自分が理工系を選んだ理由」について、学校や家庭でのやり取り、将来プランを詳しく記していました。進路選択におけるプレッシャーや方向付けがジェンダーによるものだけではなく、職業に対する偏見が親世代にあることも窺えて興味深かったです。
私自身は、ここ数年フリージャーナリストの立場で、ジェンダーや男女共同参画の仕事をしてきました。当然、女性中心のチームが大半です。東工大のように男性が多い現場は久しぶりです。女子学生が少ないことを実感しました。ただ、東工大では、ジェンダーの話をする時にありがちな「男子の反発」のようなものは今のところなく、問題をデータとして提示すれば、素直に受け止められる。論理的にものを考えられる学生たちなのだと感じています。
私はフリーになった時も「ジェンダーの問題をやろう」と決めていたわけではありません。新卒で入社した日経BP社で上司にも恵まれ、働き方改革やテレワーク、ダイバーシティなど興味の趣くまま好き勝手に取材させてもらったことが、すべて糧になり今につながっています。
私が就職活動をした1996年は、法律で女性差別は禁じられていたものの、企業の雇用慣行における差別は厳然と残っていました。その頃、女子を総合職で採用する金融機関はとても少なく、大手損保会社が百何十人総合職を採用した中でも女子はたった1人ということも覚えています。忘れもしませんが、私自身もある不動産会社の就職セミナーで「男性は企画か営業、女性は事務職です」と言われました。空気を読まずに「女性が営業をやりたかったら、どうしますか」と聞いてみると、人事の人が顔色も変えず「女性は事務職です」。そういう時代でした。
幸い、私が志望した出版業界は男女の差別があまりなく、採用された日経BP社も面白い記事を書けば性別も年齢も関係ないというところがすごく良かった。新入社員時代、編集部を訪れたお客さんにお茶を出したら、「お茶汲みは君の仕事ではない、君の仕事は記事を書くことだ」と男性の先輩記者に怒られたこともありました。その先輩が「女の子のいれたお茶はおいしい」などと言っていたら、たぶん私はここにいないと思います(笑)。
2006年から1年間、アメリカのミシガン大学に留学したのも、アメリカの共働きの実態を知りたかったからです。アメリカは先進国で唯一、育児休業に対して連邦レベルでお金を出さない「冷たい」政府です。このように、政府がサポーティブではないにもかかわらず、女性の社会進出が進み、出生率も女性の管理職の割合も高いのはなぜか。私は、アメリカの家庭で夫が妻に協力的なのではないか、という仮説を立ててアメリカに行きました。
現地で実際に取材をしたり、研究をしたりすると、それほど単純な話ではありませんでした。
データを見ると、アメリカの男性は日本の男性よりも家事をやっています。夫は家事をしないと妻から離婚されてしまうという背景もあるでしょう。離婚率、高いですからね。
その一方で、女性も働き続けて家計にしっかりとお金を入れなければいけない。女性も家事だけやっていてはダメというシビアな面もあることがわかりました。女性が「子どもとの時間を増やしたいから仕事を減らしたい」と願っても、収入が減るのはダメと言われる例を取材しました。アメリカで暮らして「いいとこ取り」の社会はないのだと思い知りました。そして、リーマンショック以降、日本もだんだんアメリカのようになってきたと実感しています。
ジェンダー問題に意識して取り組むようになったのは、会社をやめてフリージャーナリストになり、東日本大震災の復興支援をしている元国連職員でジェンダー専門家の友人と東北に行くようになったのがきっかけです。農家に嫁ぎ、自分の預金通帳を持たせてもらえない女性の話を聞いた時は驚きました。自分がこれまで取材してきた首都圏の社会や大企業とは別の問題があることに気づきました。さらにいえば、同じ東北でも都市と農村部では文化がずいぶん違う。
こういった地方のジェンダー問題は、「九州は男尊女卑」「北陸は封建的」など特定の地域と関連づけて語られることが多いのですが、実際にはどこの地方でも問題が残されている。それを東北の取材で知りました。もちろん、都会や大企業においても、日本には数多くのジェンダー・ギャップが存在します。日本にはいたるところ で、さまざまな課題が根深くあることを強く感じています。
東工大の女子学生比率が1割台で、首都圏出身が学生全体の75%を占めるという偏りは、多様性が重要な教育機関としても、税金で成り立つ国立大学としても機会平等の観点から是正すべきだと思います。女子学生に関しては、私は保護者のバイアスが一つの大きな障害になっていると考えます。悪気なく「女子はかわいいほうがいい」という認識で、女子が理工系の勉強を頑張ることに対してインセンティブ付けをしていないことが多いからです。大学としても、卒業後のキャリアパス、理系の仕事がいかに面白く経済的自立につながるのかを保護者に対してもアピールしていく必要があるのではないでしょうか。
入試問題を変えることも有効かもしれません。それには入試の問題の分析と、入学後の成績のトラッキングが必要ですが、データの分析が得意な東工大ならできるような気がします。
地方の学生を増やすには、家賃補助が有効だと思います。これは男女問わず、やったほうがいい。私自身も大学に入る時に一人暮らしを始めたので、その大変さはわかります。やる気のある学生が居住地域や社会経済階層を問わず、より東工大に来やすくなるよう、何かできればと考えています。
今、日本に存在する男女格差の問題は、はっきり言って、その構造を作った上の世代に責任があります。今、役員や管理職に女性がいないのは、女性を採用して育成せず、結婚退職を強要・推奨してきたからです。こうした歴史的経緯を踏まえず、問題に直面する若い女性と男性が対立してしまう構図は不毛です。
若い男性の中にも、いろんな場に女性を増やそうという流れに疑問を持ったり、「僕も大変なのに」とおいてけぼりにされているように感じたりする人がいるかもしれません。でも、それは曾祖父の借金をひ孫が返しているような構造を持つ問題なのです。ですから、東工大生にジェンダーについて話す時は、若い世代には歴史的な差別の蓄積への直接的な責任はないことを踏まえた上で構造を変えるためにできることを考えて行動してほしいと思っています。
加えて、男性にも「男だから泣くな」と言われてきたり、「男子は数学ができて当然」というプレッシャーがあったり、重い物を持ち上げられないと馬鹿にされたり、といった男性ならではの抑圧があると思います。そういう小さな積み重ねが男性らしさ、女性らしさを作っていくので、「あなたが今、そうすることが自然だと思ってやっていることは本当に自然なのですか?」ということは伝えていきたいですね。
あと一つ、最近の若い男性は意識が高くなって「女性もバリバリ働いて活躍して」と言う人が増えています。でも、女性からすれば「そんなことを言っているだけなら無理だから。あなたが家でケアワークをやるかどうかが問題なのよ」と言いたいわけです。そういうことも優しく伝えていけたらいいなと思います。
研究分野 ジェンダー、経営、政策、メディア
1997年一橋大学法学部卒業後、16年間、日経BP社にて記者を務める。2006~2007年、ミシガン大学フルブライト客員研究員としてアメリカ共働き子育て夫婦の先進事例を調査。2014年4月からフリージャーナリストとして、メディア・経営・教育とジェンダーやダイバーシティについて執筆。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員・同大学女性文化研究所特別研究員として学生を指導するとともに、板東眞理子理事長・総長のもと、附属小学校内に学童保育をつくるプロジェクトや新しい授業、オンライン授業を検討する会議などにも参画。2021年4月より現職。