リベラルアーツ研究教育院 News

芸術を通して、世界と人間について考える

【即興演劇、吹奏楽】高尾 隆 教授

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2022.07.06

高尾 隆 教授

レクチャーなし!
実践重視の授業スタイル

大学教師が「レクチャーをしない教師です」と自己紹介をしたら、驚かれるでしょうか。

私の専門はインプロ(即興演劇)と吹奏楽。2022年度はコミュニケーション論AとCを担当するほか、文系エッセンスなどの人文学系の科目も受け持って、インプロや吹奏楽の授業も行います。

どの授業においても、私は理論を教えるようなレクチャーは行いません。学生同士が関わりあいながら体験の中で学びを深めていくのが、私の基本的な授業スタイルです。

コミュニケーション論では、ゲームやアクティビティを取り入れたワークショップを行います。私のバックグラウンドである演劇をベースにした手法です。

たとえば「私は木です」というゲームがあります。1人が「私は木です」と言いながら、全身を使って木の形を表現します。すると、次の瞬間、ほかのメンバーも「私はりんごです」「私は木こりです」「私はリスです」といった具合に、最初のアイデアに付け足していく。言葉だけでなく体も使って表現することで創造性が刺激されるほか、情感を込めた人間的なやりとりの練習にもなります。また、「チームでどのように創造性を発揮するか」「チームやビジネスパートナーとの関係をどう作っていくか」といった実践的な学びにもつながるものです。

なぜ演劇的アプローチでコミュニケーションが学べるのか? そもそも演劇や音楽、美術などの芸術は、科学が生まれる前から人間とともにあったもの。私たちの祖先も、芸術を通して人間や世界について考え、理解してきたのでしょう。即興演劇を創造性やコミュニケーション力の養成に生かすワークショップは、1980年代から広がり始めました。

恐怖や不安を取り払って、
創造力を解き放つ

高尾 隆 教授

授業に参加した東工大生の姿を見ると、とても積極的でノリがいい! さらに、アクティビティの問題解決的な側面を捉え、高速で頭を回転させて方法を探るスピード感がすばらしいことにも驚かされました。

一般的に、こうしたワークショップを最も得意とするのは小学校低学年くらいまでの子どもたちです。テーマに対して無限に想像力を膨らませて、アイデアが尽きるということがありません。「もう休憩だよ!」と声をかけても、ちっとも終わらない。

にぎやかなワークショップの光景に変化が現れ始めるのが、小学校4年生くらい。この頃になると、自意識や社会性が芽生え、他人の目が気になるようになってきます。また、何ごとにも正解を求める教育の影響を受け、「失敗したくない」「正しいことをしたい」という気持ちも芽生えます。身につけた知識や失敗を恐れる恐怖心が、本来持っている創造力にブレーキをかけてしまうのです。

イノベーションが叫ばれる今、これからの社会に求められるのはただ一つの正解ではありません。全身を総動員して今ここで起きていることを汲み取り、そこに何かを投げかけ、生まれた反応をまた汲み取って、コミュニケーションの中で新しいものを生み出していく。そうした共同作業こそが重要になるはずです。

ただ、「失敗してはいけない」「おかしなことを言って笑われるのは嫌だ」「意見の対立で人間関係をギクシャクさせたくない」といった思いが先行すると、創造的コミュニケーションはうまくいきません。

私の授業の目的のひとつは、その恐怖感や不安を取り除くことです。ワークショップやインプロでは、いくら失敗しても構わない。だって、舞台で何かうまく行かないことがあったとしても、いい演奏ができなかったとしても、社会には特段損害を与えないでしょう? ワークショップや芸術の場は、何でも表現していい安全な場所。居心地のよい安心できる場所に身を置くと、自然に関わっている人たちに何かをしたいという気持ちが生まれてきます。すると、自ずから今、この瞬間に集中したパフォーマンスができるようになる。私の役割は、そうした状態へとファシリテートすることだと考えています。

芸術を社会に還元する

高尾 隆 教授

私の若いころを振り返ると、好きな芸術に身を置きながら食べていく道を模索して、ずっともがいていたような気がします。

音楽好きな家庭で育ち、子どものころは音楽家になることを夢見ました。さらに大学では即興演劇に出会い、その面白さに魅了されました。けれど、芸術で食べていくのは大変だし、お金もかかる……。

最初の道しるべとなったのは、アメリカ・シカゴで受けたインプロのワークショップです。役者を目指す若者がたくさん参加している中に、ひとりの中年男性(Mr.ビーンみたいなおじさんでした)。気になって休憩時間に話しかけると、なんと彼は弁護士だと言います。「陪審員裁判では、表現力や演劇力も大事だから」と話す彼の言葉を聞いて、演劇をはじめとした芸術には幅広い発展性があって、芸術に興味がない人にも還元できる道があることに気づかされたのです。演劇の教育への応用をテーマに研究を始め、自らも俳優として舞台に立ちながら、インプロのワークショップのファシリテーションも行う。おぼろげながらも今の私につながる道が見えてきた、そんな出会いでした。

さらに、演劇だけでなく、別のジャンルの芸術も学びたいという思いがふくらんでいたとき、次なる出会いが訪れます。それが吹奏楽との再会です。ある中学校で吹奏楽の指導を手伝うことになった私は、インプロの考えを吹奏楽教育に応用したいと、ある種、実験的な探求を始めました。そして、指導者、また指揮者としての能力を伸ばすために、ジュリアード音楽院での集中講座に参加。ノーステキサス大学では、客員研究員として吹奏楽の指揮法・指導法を1年間、集中的に学ぶ機会にも恵まれました。

教育、演劇、音楽、研究、これらの間をボーダーレスに融合させるうちに、だんだんと肩書きなどどうでもいい、と思うようになりつつあります。自分がやりたいことをやって、相手にいい時間を与えることができれば、それでいい。東工大の中でも、学生が好奇心をそそられることを探し、一緒にいいものをつくることに自分のすべてを注ぎ込んでいきたい、と考えています。

表現活動の場をどんどん増やしたい

高尾 隆 教授

東工大で力を入れていきたいのは、表現活動をどんどんしていくこと。ゼミの学生とインプロの舞台公演をしたり、吹奏楽のコンサートを開いたり、また演劇と吹奏楽をコラボさせた音楽劇を作ったり、いろいろな可能性にワクワクしています。

吹奏楽のゼミには、指揮法の実習もぜひ取り入れたいと考えています。それぞれの楽器のよさをいかに引き出し、調和させ、いい音楽を作り上げていくか。楽団員の演奏をファシリテートし、めざす音楽にむかって導いていくのが指揮者の役割です。そう考えると、指揮にはリーダーシップの本質がぎゅっと詰まっている、とも思うのです。

指揮台に立つことで見えるもの、実際に指揮棒を振ることで感じること、わかったことを次へと活かし、指揮によってどう演奏が変わるかをたくさん実験してほしい。知識を詰め込むより先に、まずやってみる! 体験すれば、そのおもしろさはもちろん、今の自分に不足しているものも見えてくるでしょう。そのとき初めて、心からの学びたい、知りたいという欲求が生まれてくるのではないか、と思います。

音楽や演劇は、専攻の壁を飛び越えて、さまざまな学生が一緒になって取り組めるのも魅力です。音楽や演劇を通して、リーダーシップやチームのあり方を体感できたらいいな、と思っています。

そして、それを教室の中だけに閉じ込めず、舞台の上にものせていきたい。表現活動をすれば、必ずそこにはコミュニケーションが生まれます。「何やっているんだろう?」と気にする人が増え、その音や空間に何かを感じる人が増え、そういうことで東工大にさまざまな影響を与えていけたら! と楽しく計画しています。

Profile

高尾 隆 教授

研究分野 即興演劇、吹奏楽

高尾 隆 教授

インプロヴァイザー、吹奏楽指揮者・指導者。1998年東京大学文学部卒業、2004年一橋大学社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。一橋大学学生支援センター専任講師、東京学芸大学芸術・スポーツ科学系音楽演劇講座演劇分野准教授を経て現職。大学のほか、劇場、企業、地域などで即興演劇のワークショップを行うかたわら、舞台にも立つ。また、吹奏楽指導の分野では、2016〜17年にノーステキサス大学音楽学部吹奏楽研究室客員研究員、ノーステキサスシンフォニックバンド客演指揮者などを務め、インプロの思想と技術を取り入れた吹奏楽教育の実践と研究を進めている。

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