リベラルアーツ研究教育院 News

「メディアは理系の仕事が8割」がコンセプト

【メディア論】柳瀬 博一 教授

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2020.04.28

柳瀬 博一 教授

メディアは理系の仕事が8割、
研究者や技術者がメディアの当事者になる時代

現在、私は「メディア論」を教えています。「メディア論」というと通常は社会科学的なアプローチ、ジャーナリズムからのアプローチを連想される方が多いかもしれません。ただし、私が東工大で教えている「メディア論」のコンセプトは、「メディアは理系の仕事が8割」です。

なぜ、理系が8割なのか? 理由は2つあります。

1つは、理工系の大学生の多くは、本人が気づかないうちに自分自身が「メディア」になる可能性が大きいからです。

東工大の学生の多くは修士課程に進みます。さらに博士課程を修了して研究者になる人も少なくありません。

大学や研究所で研究職につけば、論文を執筆したり、書籍を発行したり、識者としてマスコミに登場することもあるはずです。企業の研究職や技術職に就けば、社内で新製品や技術に関するプレゼンを行いますし、自分が開発したプロダクトを記者会見で発表したり、トラブルがあった時は謝罪会見をしたりすることもあり得ます。

科学者、研究者、技術者は、科学や技術や製品の中身を人々に伝える「メディア」の機能を有した仕事なのです。けれども、多くの学生が、いや、もしかすると当事者の方々の中にもその事実を自覚していらっしゃらない方がいるかもしれません。

そこで私の授業では、まず、理工系の学生は自分自身がメディアとなり得ること、科学や技術についての情報を発信する立場であることを伝え、メディアしての研究者や技術者の仕事の可能性とリスクなどについて教えています。

2つめの理由は、そもそも「メディア」は、科学と技術によって生み出され、科学と技術によって進歩する存在だからです。

メディア、と聞くと、通常連想されるのは、新聞や雑誌やウェブの「記事」だったり、テレビやラジオの「番組」だったり、書籍だったら「小説」だったり、音楽だったらお気に入りのミュージシャンの「曲」だったり、映画だったら「作品」だったりします。けれども、これらはメディア「コンテンツ」です。そして「コンテンツ」はメディアの一」でしかありません。

メディアは3層構造でできています。コンテンツを再生するハードウェア、コンテンツ、そしてコンテンツをハードウェアまで届けるプラットフォームです。テレビならば、テレビ受信機がハード、番組がコンテンツ、放送技術と放送インフラがプラットフォームです。新聞や雑誌、書籍ならば、紙の束の新聞紙や雑誌や本がハードで、記事や小説などがコンテンツ、印刷技術と流通ネットワークがプラットフォームです。インターネット時代のスマートフォンというハードウェアには、あらゆる過去のメディアがコンテンツとなり。インターネットというプラットフォームを介して、私たちはスマホでどんなコンテンツにもアクセスができます。

メディアのハードウェアとプラットフォームは、人類創生の時代から現在、そして未来に到るまで、常に科学と技術の力によって誕生してきました。印刷物にしろ、ラジオにしろ、テレビにしろ、インターネットにしろ、です。

新しいメディアが誕生する瞬間、そこには常に最先端の科学と技術が介在し、担い手として理工系の人たちがいました。実際、東工大は数々のメディア・クリエイターを輩出しています。世界ではじめてブラウン管による映像の伝送・受像に成功した「テレビの父」高柳健次郎氏。世界的ゲームメーカーである任天堂の中興の祖である岩田聡氏。ぐるなび創業者の滝久雄氏。スマートニュース共同創業者の浜本階生氏。「ポケモンGO」開発リーダーの野村達雄氏。みんな、東工大の卒業生です。このように、メディアは理工系が支える仕事なのです。

私の講義を聞いた学生からは「研究者や技術者がメディアの当事者だとは思っていなかった」「メディアが科学と技術でできていると意識したことはなかった」という感想をよく聞きます。いい意味で目からウロコが落ちる経験になっているのではないでしょうか。

現在は、各学年と修士の学生向けに「メディア論」の講義を開いています。前職の仕事でできた人脈を活かし、現役のメディアのトップランナーたちをゲストとして迎えるときもあります。「教養」の枠を超えて「本業」としても、メディアの仕事に積極的に興味をもってもらったり、優れたメディア=研究者や技術者になるための素養を磨いてもらったり、ということを期待して講義を進めています。

生き物としての人間を知ることで、
メディアを通したメッセージの発信の仕方が変わる

柳瀬 博一 教授

私のメディア論のベースになっているのは、マーシャル・マクルーハンが1964年に出した『メディア論』(みすず書房)です。マクルーハンの有名な「メディアはメッセージである」という言葉は、「メディアの仕事は理系が8割」のある意味で元ネタです。メディアは、コンテンツだけではなく再生装置であるハードウェアと流通装置であるプラットフォームとひとつの形を成し、その形がメッセージとなって人々を動かす。昔からあった聖書がグーテンベルグの活版印刷の普及により、大量印刷されることで宗教革命が起きた。テレビと衛星放送の普及が人々の意識を徹底的に変え、世界をつなげてしまった。まさにメディアがメッセージとして機能した結果です。

もうひとつ、私が重視しているのは、人間という生き物がどのように世界を認知しているのか。その視点を入れることで、なぜ最新のメディア環境で、人々が攻撃的になったり、一見理不尽な振る舞いをしたり、炎上が起きたりするのか。その理由をつきとめることができます。

現代では、最新の科学技術が大きくメディアの構造そのものを変えています。インターネットの登場はその際たるものです。AIがさらにメディア環境を変えていくはずです。最新事例を外部のメディア研究者・実践者と一緒に分析し、新しいメディア論の構築を始めているところです。

出版社の広告プロデューサーの経験を、大学で生かしたい

柳瀬 博一 教授

私は、日経BP社という出版社に30年間勤めてきました。雑誌記者、雑誌の開発、書籍の編集、ウェブメディアの開発、ウェブ広告のプロデュース、さらにラジオやテレビとの連動など、メディアに関する仕事を手当たり次第にやってきました。定年退職する前に、東工大に転職し、仕事をガラッと変えて今に至ります。

転職のきっかけは、リベラルアーツ研究教育院の特命教授を務めていらっしゃる池上彰先生とのお仕事です。私は出版社に勤務していた時代、池上先生の担当編集者としてアフリカ諸国、東南アジア、西アジア、中南米と世界中の国際貢献の現場取材に同行しました。2012年、東工大にリベラルアーツ研究教育院の前身となるリベラルアーツセンターが設立され、池上先生が教授に就任されたのをきっかけに、「日経ビジネスオンライン」で連載をたちあげ、池上先生には『池上彰の教養のススメ』という1冊の本を執筆いただきました。

この仕事をきっかけとして、東工大のリベラルアーツ研究教育院の教員募集の公募を受けてみないか、とお誘いいただいたのです。生まれてこのかた大学の先生になろうと思ったことは一度もありませんでした。でも、すでに書籍編集を通して何度も訪れていた東工大の取り組みに感銘を受けていた私は、トライしてみようと思いました。いまは、あらゆる組織が自らメディア化し、情報を発信する時代です。自分のメディア人としての経験を大学で活かすことができるんではないか? かくして50代半ばにして新天地に飛び込むことになりました。

次世代のメディアを生み出す人を育てたい

インターネットが登場し、SNS、動画メディア、そしてスマートフォンが普及した結果、現在はあらゆる人間や組織がメディアになる「だれでもメディア」時代です。裏を返せば、あらゆる人や組織が「自分はメディアとしての力と責任を負っているんだ」と自覚する必要がある時代でもあります。科学と技術が新しいメディアをつくりますが、一方でそこに「倫理」や「哲学」がないと、メディアそのものが暴走する危険もあります。

メディアは科学技術の発展に伴い、今後も形を変えていくでしょう。ウェアラブルデバイスなどのハードウェアを創造する技術、AR、VRなどの情報通信・映像技術、生体認証などのバイオテクノロジー、なによりAI=人工知能が、次世代のメディアをつくりあげていくはずです。まさに、日本トップの理工系大学である東工大の知が、次のメディアの「かたち」と「中身」を創造する可能性は大きいのです。そんなパラダイムシフトの只中にいることを多くの学生に気づいてもらい、未来のメディアを創る仕事、未来のメディアになる仕事にかかわってくれるようになったら嬉しいですね。

Profile

柳瀬 博一 教授

研究分野 メディア論

柳瀬 博一 教授

1964年、静岡県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日経マグロウヒル社(現日経BP社)に入社。雑誌『日経ビジネス』の記者を経て、2016年、出版局立ち上げとともに書籍編集者に。主な担当書籍に『小倉昌男 経済学』『アー・ユー・ハッピー?』など。2008年からウェブメディア『日経ビジネス オンライン』のプロデューサーを務め、数々の企画広告や大学のブランディングプロジェクトなどを手掛け、東京工業大学リベラルアーツセンターの教員陣にインタビューをした『池上彰の教養のススメ』を編集。2018年3月日経BP社を退社、同年4月から現職。共著に『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人にもどっちゃったわけ』『「奇跡の自然」の守り方:三浦半島・小網代の谷から』『混ぜる教育』など。

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