リベラルアーツ研究教育院 News
【日本語教育、談話分析】若松史恵 准教授
リベラルアーツ研究教育院の日本語・日本文化セクションで留学生向けの日本語教育を担当しています。留学生の日本語スキルについてのバックグラウンドは多様で、まったく日本語を知らない学生から、専門的なことを知っている学生まで、さまざまなレベルの学生たちに、それぞれの目的に合ったレベルに達することができるように日本語を教えています。
学士課程の学生は、すでに日本語を学んだ経験があったり、好きな日本の漫画やアニメから独学で習得するなど日本語レベルが高い人が多いので、学部生として必要なアカデミックな日本語力の養成を行い、さらにレベルアップできるように授業を行います。また、修士・博士課程の学生は来日してから日本語を学ぶ人も多いため、日々の生活に早くなじみ、友人を作っていけるように授業を工夫したりしています。さらに大学院では日本に住む外国人の実態を調査し、多様な価値観をもつ他者との関係構築や多文化共生について学ぶ「多文化演習」を担当しています。
日本語教育に携わる前は会社員でした。会社で外国人の同僚と話すうちに、自分にとっては普通に話している日本語を“外国語”として捉える新たな気づきがあったのが、日本語教育に興味を持ったきっかけです。それまでは日本語教師という仕事を意識したことはありませんでしたが、日本語教師を養成する専門学校で必要課程を修了したあと会社員を続けながら、半年ほど日本で働く外国人のビジネスマンに日本語を教えるようになりました。
その後、JICA(国際協力機構)から派遣されてウズベキスタンのタシケント国立法科大学に日本語教師として着任し2年間滞在する機会を得て、その後はロシアのウラジオストク経済サービス大学に日本語専任講師として2年間在籍しました。海外生活は初めてだったので戸惑うこともたくさんあったうえに、授業も日本から準備した教科書が現地の状況に合わないなど、臨機応変に対応しなければいけないことも多かったので、その都度工夫していました。
特に難しかったのは「会話」のクラスだったのですが、ネーティブの教師として自然な会話を教えることを期待されていたので、そもそも自然な会話とは何か?日本語でのコミュニケーションはどう教えればいいのか?というところから突き詰めて考えることになりました。ですが、考えれば考えるほどこれがむずかしくて、非常に苦労しました。日本語を学ぶ学生たちはガイドのアルバイトをする人が多かったのですが、日本で用意してきた教科書の内容はすべて日本がベースになっています。そのため、通訳の場面を想定して「日本からの旅行者を空港まで迎えに行く」など、具体的な状況を考えながら現地に合った教材を作り、手探りで工夫しながら対応するようにしました。
海外で計4年間日本語教師としてのキャリアを積んで帰国した後、大学院に入り本格的に日本語教育について研究を始めました。海外での経験から会話の指導に興味があったので、話題の展開の仕方や、そこで使われる「談話標識」について研究することにしました。
私は人と向き合って話すのが好きだし学生の成長が見えるので、日本語教育は本当にやりがいを感じます。でも同時にむずかしさを感じることもあって、ずっと試行錯誤をしてきたのですが、大学院に入って研究を始めると今度はそれが楽しくなりました。
私が研究している「談話標識」とは、会話の内容には直接関係ないものの、会話をスムーズに運ぶために必要な表現などで、例えば「そういえば」や「でも」、「なんか」などがそうです。英語だと、well, so, you knowなどの言葉が談話標識と言われています。これらの言葉は無意識に会話のきっかけとして使っている方も多いのではないでしょうか? でも、実は外国人にとって使いこなすことは難しい。「なんか」は私たちの会話の中で非常に多く使われている言葉で、自分のことを話そうとする時にそのきっかけとして使われたりします。それを私たちは感覚的に理解しているのですが、日本語学習者は「なんか」を全く使わなかったり、逆に使いすぎて不自然になってしまう人もいます。
それから、日本語学習者にとって「でも」は逆説の「でも」であって、話のきっかけの「でも」が使えていないということもあります。特に外国で日本語を学んでいると、コンテキスト※だと説明してもピンとこないんですね。もちろん、会話の始まりのことばは外国語もありますから、談話標識の使い方がわかるようになると、日本語でのコミュニケーションがよりスムーズに進むようになるのではないか? と指導方法に結び付けて考えています。
※ある事象や言葉が存在する背景や状況のこと。コンテキストは、言葉の意味や事象の理解を深めるために重要な要素であり、文脈や状況によって異なる解釈が生じることがある。
日本語を教える時はひとつの文型を教えるために、場面を考えて何十通りもの例文を作って、そこから選んだ例文を授業で提示しているんですよ。どんな状況でどんな言葉が出てくるのか機能の定義づけをしてみたり、その言葉を置き換えるとニュアンスが変るのはなぜか? を系統立てて考えて、適切な例文や場面をみせることで理解してもらうようにしています。本学の学生には、友だち作りのために、あえてカジュアルな表現を教えたりしています。
日本語・日本文化セクションでは、日本語教育以外に留学生向けに「にほんご相談室」を開室しています。私はにほんご相談室がオープンした2018年から運営に携わっていて、留学生たちが自由におしゃべりしたり、教員に相談したりする場として気軽に立ち寄ってもらえるように工夫しています。また、七夕やひな祭りや書道など、留学生に日本文化の体験を通して日本語に触れてもらえるように多くの文化イベントを企画して行っています。
大学院に在籍している留学生は、英語で研究しているため日本語がほとんどわからない初級レベルから、日本の会社への就職を希望する上級レベルまでいるため、学生のニーズに合わせた授業を行うようにしていますが、にほんご相談室でも就活のエントリーシートの書き方や模擬面接などのサポートもするようにしています。専門分野の研究を目的に来日した大学院生たちは、研究室の仲間とコミュニケーションをとりたくても日本語での雑談に入れないことが多く、それが孤独感につながってしまいます。実はそれが日本での研究生活の満足度に大きく影響を及ぼすこともあるのです。留学生がもっと日本語で自分自身を表現できるよう、希望を多く取り入れながらにほんご相談室の運営やイベント企画などの活動にも引き続き取り組んでいきたいと考えています。
留学生に限らず、学生達にはもっといろいろな機会を得て外に出て、人とコミュニケーションをとって世の中を知ってほしいと思っています。留学生向けの授業を受け持つ以外に、新入生全員が履修する「立志プロジェクト」も担当しているのですが、どの学生も真剣に取り組んでいて、特にクラス内でのディスカッションでは、お互い考え方が違ってもいろいろな意見が自由に言い合えて、それを面白がれる空気感が自然と作られていたことに感心しました。授業として心理的安全性が担保された場があり、活発なディスカッションができる機会があるのはとても重要だと思います。少しためらいがちになりそうなテーマについても自由にディスカッションでき、それをクラスの中で受け入れる良い雰囲気ができていることに驚きました。
また、「立志プロジェクト」で取り組む書評の作成も人とのコミュニケ―ションをとるうえで有用です。本を読んで自分の考えを言語化し、お互いの書評を交換することで、人と関わることができます。専門の勉強だけだと視野が狭くなりがちです。社会での問題は複合的要因で生じているので、学生達が社会に出てさまざまな課題にリアルに対峙したときに、専門知識だけでは解決できないことも多くあります。複合的な学びから自分の知識を広げ、いろいろな角度から問題を解決できる力を養うためにリベラルアーツが手がかりになると思います。
本学では幅広いリベラルアーツを複合的に学び、対話を重ねながら論理的な思考力を身につけることが求められていると思います。もちろん、コミュニケーションは相手がいることなので思い通りにならないこともありますが、人とやり取りをしながら、思考をめぐらし、学びを深めていくことに恐れず挑戦して欲しいと思います。
研究分野 日本語教育、談話分析
一般企業勤務を経て、一橋大学大学院言語社会研究科修士課程修了、同研究科博士後期課程修了(Ph.D.)。海外では、タシケント国立法科大学(ウズベキスタン)、ウラジオストク経済サービス大学(ロシア)に日本語専任講師として在籍。国内では、日本語学校、大学などで非常勤講師として多国籍の外国人への日本語指導、及び日本語教員養成に携わる。東京工業大学非常勤講師、岡山大学グローバル人材育成院特任講師などを経て、2023年10月より現職。日本語教育学会、社会言語科学会所属