リベラルアーツ研究教育院 News

科学史は残された結論の裏にある試行錯誤を考えることに楽しさがある

【科学史】多久和 理実 講師

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2019.10.28

多久和 理実 講師

科学の根本を問い直すために、授業で実験を行う

私が担当しているのは「科学史」です。
バリバリの理工系である東工大の学生たちに、科学上のさまざまな概念や、科学を探求する仕事が歴史的にどう変わってきたのかを学んでもらいます。その学びをきっかけに、学生たちが、今そしてこれから取り組む専門分野の勉強や研究について、自分の頭で考察できるようになってもらう。これが授業の目的です。日本中の優秀な理系学生が集まる東工大の「科学史」の授業だからこそ、学生たちの専門科目の探求にも役立つような教養科目にしたいと考えています。

物理学実験の教科書には、「実験と理論は研究における車の両輪のようなもの。理論で予測したことを実験で実証し、実験で発見された現象を理論で説明する」と冒頭に書かれています。それは本当なのでしょうか。その考え方はいつから始まったのでしょうか。教科書の記述に対して、こうした根源的な問いを立てる人はそれほど多くないはずです。こうした問いを、学生たちが自ら立て、科学と技術をどう学べばいいのか、自ら考える。そんな思考を育てることができれば、教員として本望です。

では、どうやって根源的な問いを立てられるような思考を学生たちに与えるのか。私の授業では、歴史上の実験を再現します。ガリレオ・ガリレイがピサの斜塔から重さの異なる2つの球を落としたといわれる「落体の法則」の実験。教科書的な答えは、ご存知ですよね。「どちらの球も同時に地面に到達する」です。「落下速度は物の重さに左右されない」と、皆さんは習ったはずです。この実験により、ガリレオ・ガリレイはアリストテレスの古い学説が間違っていることを示したとされています。

でも、逸話で語られるガリレオの理論は本当に正しかったのでしょうか?

授業では、2gのピンポン玉、粘土を詰めた20 gのピンポン玉、鉛を詰めた200 gのピンポン玉を用意して、本館の3階から地下1階に向けて落としてみることにします。すると不都合な事実が明らかになるのです。重さの違う3つのピンポン球は同時に地面に到達しません。重い方が早く落ちます。なぜそうなるのか?答えは、物が落ちるときには、重力とは別に「空気の抵抗」が関係してくるからです。ガリレオの理論は、空気抵抗の存在を無視していたわけですね。

歴史上の実験結果や科学の法則は、主張する学説に都合がいいように再構成されたうえで教科書に載っていることがしばしばあります。また、ある法則が導き出されるまでには、当事者にしかわからない試行錯誤があったり、物語があったはずです。ひとつの科学理論ができあがるまでの過程について、徹底的に自分の頭で考えてほしい。そこで、こうした再現実験を講義に織り交ぜて、学生たちに追体験してもらっています。

「科学史」というと、科学者の名前と業績を年号とともに暗記する科目と思われることがあります。でも、無理に人名や年号を覚えさせるような暗記科目にはしたくない、というのが私の考えです。無理やり暗記をさせることで、科学史や歴史を学ぶことを嫌いになってほしくないからです。中学や高校でひたすら暗記をさせられることで、勉強が嫌いになってしまった人もいるでしょう。知識量だけが単に増えるのではなく「科学史を学んで、楽しかったな、発見があったな」と学生たちが振り返ってくれるようであれば、この授業は成功だと思っています。

大学で得られる財産は、知識だけでなく仲間も

多久和 理実 講師

学士課程1年の必修科目「東工大立志プロジェクト」では、授業を通してこれから一緒に学んでいく仲間を見つけてほしい、という思いをもって担任を受け持っています。私自身が東工大出身なのですが、学生時代は講義や実験に集中するあまり、あまり人と交流していなかった。授業中に先生に質問する以外、一言も人と話さない、なんていう日もありました。私に限らず、用がないと人と話すのが難しい、雑談が苦手なタイプの人間としては、学生時代に立志プロジェクトのようなグループワーク型の授業があればどんなによかっただろうと思います。そんな自分自身の反省も込めて、立志プロジェクトの授業では、これからさまざまな分野に進んで活躍していく同学年の人たちと積極的にディスカッションするよう学生たちに働きかけています。

決して友達づきあいの多かったほうではない私ですが、東工大の学生時代にできた友人たちは今でも仕事や研究に対して率直なアドバイスをくれるとても大切な存在です。研究者、教育者として働く今、友人たちの活躍はこちらの励みにもなります。大学で得られる財産は、知識や技能だけでなく、それぞれの分野の専門家として同じ時代を生きていく仲間を得ることでした。だからこそ、学生には「東工大立志プロジェクト」や「教養卒論」などのリベラルアーツ研究教育院のグループワーク型の授業を機会に、たくさんの仲間を作ってほしいと思っています。

光学実験の基礎を活かすことで、
文字資料には残らない科学史の隠れた部分に触れてみたい

多久和 理実

父親が理科の教師だったんです。私の名前は「理実」ですが、名前に「理科」と「実験」が入っている。そんな親の影響をストレートに受け、小さい頃から理科が大好きでした。なかでも光に興味を持つようになりました。中学生時代には、分光器を使って身近な光のスペクトルを調べ、「虹ノート」と名付けたノートに記録していました。

そして、アイザック・ニュートンと出会います。ニュートンの光の実験が画期的だと思い、それについて研究したいと思うようになったのです。だったら物理学を学ぶための環境が整っている理系の大学に行こう。そう思って東工大の物理学科に入り、レーザー分光学の研究をしていました。レーザーは今でも大好きです。なにせ、レーザーポインタを常に数種類持ち歩いているくらいですから。ニュートンは究極の1色の光を作りたいと考えていたけれど、生きている間には実現しませんでした。だから、現在の量子力学を駆使したレーザーのことをもしもニュートンが知ったらすごく驚くだろうな、と空想することもあります。

では、なぜレーザーの研究にそのまま進まなかったのかというと、私自身の関心は、光そのものだけではなく、光を研究していたニュートンにも注がれていたからです。元々、物理学だけでなく物理学史もやりたいと思っていました。幸い、東工大には科学史の著名な先生がいらっしゃいました。科学史の故・梶雅範先生や、技術史の中島秀人先生に相談して、大学院の修士課程に進んだときに、社会理工学研究科の科学史専攻に転向しました。

歴史の研究は基本的に、文字資料をベースとしています。科学史で言えば、昔の科学者が残した論文や実験ノートが資料になる。となると、科学は西洋で発達しましたから、ヨーロッパにいる研究者のほうが恵まれた環境にいます。私が光についての研究の歴史、特にアイザック・ニュートンについて調べていると話すと、海外の研究者から常に「なぜ日本人であるあなたがそれを研究するの?」と問われます。資料はヨーロッパにいる研究者のほうが手に入りやすいし、当時の文化的・社会的背景も理解しやすいですから。

けれども、昔の文献には、失敗した実験や間違っていた学説などについて書き残されてないことが多いんです。「本当はこうだったのではないか」と仮説をたてても、証拠となる資料がなくてその先に進めないことがある。

そこで、私は再現実験やシミュレーションを用いて、文字に残っていない部分の情報を補うという手法を用いることにしました。「日本人のあなたがその研究をやる意味はあるのか」と海外で問われたときに、再現実験やシミュレーションをできることが私の研究者としての強みになります。というのも、科学史の研究者で、歴史のトレーニングを受けた人はたくさんいるけれど、光学実験のトレーニングを受けている人はそういないからです。大学院で科学史を専攻する前、学部時代に物理学科でリアルな実験に取り組んでいた経験が、いまの研究にもちゃんと生かされているんです。他の研究者と違う道を歩んできたからこそ、自分だけのオリジナルな武器を手に入れることができた。研究者の仕事にはしばしばあることです。

世界各地にある「ニュートンのプリズム」を研究することで、
ニュートンが生きた時代の科学を再現したい

多久和 理実 講師

今後取り組んでみたいのは、ヨーロッパ各地の博物館にあるニュートンが使ったと言われるプリズムについて調べること。私のシミュレーションによると、それらのプリズムを使って実験した場合、ニュートンが残した実験ノートのデータと合わない数値が出るんです。では、どれくらいずれているのか、それらのプリズムを使うとどのくらいの精度まで実現できるのか。そういったことを数値的に出したい。そのため、ガラス器具の屈折率や分散率を測れるアッベ屈折計をもって、世界各地の博物館のプリズムを分析するという計画を立てています。

また、ニュートンが人生で最初に行った講義のノートを、日本語訳して出版したいと考えています。原書はラテン語で、今のところ日本語訳は存在していません。当時まだ20代だったニュートンが、アリストテレスやデカルトを批判していたり、理論がまだ完成していないながらも熱心に説明している様子などが残っていて、実におもしろいんです。早く皆さんに読んでほしいですね。また、博物館や資料館の古い時代の実験機器の展示についても、新しい見せ方を提案したい。せっかく歴史的な実験機器があるのだから、実際にどう使われていたのかを見せる展示ができたらいいだろうなと思っています。歴史上の実験機器を研究する立場として、博物館の展示とコラボレーションするのが今後の目標です。

大学での研究・教育と並行して、メディアを通した科学のアウトリーチ活動にも取り組んでいます。例えば、 『決してマネしないでください。』『天地創造デザイン部』『惑わない星』などの漫画に出てくる科学表現の監修を行っています。特に『決してマネしないでください。』は理工系大学の学生生活と科学史を題材にした漫画ですので、ドラマ化された際には科学考証の仕事を行いました。また、NHK-Eテレの「チコちゃんに叱られる!」という番組で解説の先生をやったこともあります。 番組では、「虹はなぜ七色なの」という疑問に対して実験を行いながら解説しました。

漫画やテレビ番組中の科学表現を監修するときは、厳密さを追い求めすぎるのではなく、科学をおもしろいストーリーとして伝えることで、興味をもってもらえるようにしたいと考えています。科学に対していったん苦手意識を持ってしまうと、それを取り除くのは大変です。授業も、漫画も、テレビ番組も、「科学って楽しい」「機会があったらもっと学んでみたい」と思うきっかけになればいいですね。

Profile

多久和 理実 講師

研究分野 科学史

多久和 理実 講師

1987年、埼玉県生まれ。2010年、東京工業大学理学部物理学科卒業、2010年9月から1年間、ボローニャ大学に交換留学生として留学。2014年9月から1年間、日本学術振興会特別研究員としてガリレオ博物館に滞在。2016年、東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程修了。2019年、学術博士。現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院講師。専門は科学史、特に近代物理学史。物理学と科学史のバックグラウンドを活かして漫画やテレビ番組の監修も行う。監修したマンガに、蛇蔵&鈴木ツタ・たら子『天地創造デザイン部』のほか、蛇蔵『決してマネしないでください。』、石川雅之『惑わない星』、企画協力したマンガに石黒正数『天国大魔境』など。

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