リベラルアーツ研究教育院 News

大切なのは、答えの数より問いの数「わからない」が教養の第一歩に

【フランス文学】三ツ堀 広一郎 准教授

  • RSS

2019.11.26

三ツ堀 広一郎 准教授

フランス語の学習を通じて
文化や思考の様式に触れる

私は、初級から上級までのフランス語を教えています。

東工大ではフランス語をはじめとする第二外国語は必修科目なのですが、英語と比べると、理工系の学生が研究をしていくうえで必須というものでもありません。そこで授業のスタンスとしては、すぐに役立つ言語の習得というよりも、フランス語を通じてフランス語圏の文化や考え方、思考の様式に触れてもらうことに主眼を置いています。英語以外の外国語を学んだ経験は、たとえば将来学生が海外に赴任し、新たな言語を習得する際にも必ず役立つものです。その意味で、大学における第二外国語科目の履修は、外国語の学び方そのものを学ぶ重要な機会であるとも考えています。

初級フランス語では、ゼロから勉強する学生に向けて発音や文法の基礎を教えていますが、なるべく楽しく学べるよう、学生が口を動かしながら参加できる工夫は試みていますね。中級以上になると、フランス語を本格的に学びたいという学生も増えてくるので、コミュニケーション中心の指導にしたり、ネットや新聞の記事や小説、テレビニュースなどの教材を使って、情報を無理なく摂取できるフランス語力を磨くような演習もやったりしています。またフランス留学経験のある学生がいるクラスでは、留学中の体験談や現地で感じた文化の違いなどを話してもらうなど、学生同士の学び合いの空気も大切にしています。

一方で、教室の外でも、フランス語を通じた学生との出会いは少なくありません。学生のなかには文転したいという人も時々いて、そうすると大学院に入るには英語以外の第二外国語が必要になってくるんですね。「でも先生、僕フランス語は初級しかやっていなくて……」と。そういう学生には、マンツーマンでフランス語の特訓をしています。私にとってはこれも教育の一環であり、大事な仕事のひとつです。

日本の詩人に憧れる文学少年が
フランス文学の研究者になった理由

三ツ堀 広一郎 准教授

私の専門は、フランス文学の研究です。でも実をいうと、大学に入学した当初は日本の近代文学をやりたいと思っていました。もともと10代の頃から中原中也や金子光晴に憧れていた文学少年だったんです。ただ、私の愛読するその作家たちはフランス文学の影響を受けていたし、大学に入った当時に流行っていたニューアカデミズムもフランスの現代思想がその根底にあったりして、フランスというのは常に意識していました。それで第二外国語科目も、当然のようにフランス語を選びました。フランス語を勉強すれば、知的な世界で生きていけるという幻想を抱いていたんですね。その頃は文芸評論をするような物書きになりたいと考えていたのです。

ところが、私の通っていた早稲田の文学部には物書き志望がゴロゴロいる。しかもみな才能のある学生ばかりでした。1年生の時点で「これはマズイ」と考えた私は、逃げるようにフランス語に没頭し始めました。物書きになるのも大変だけど、将来ビジネスの第一線で活躍する自分を想像することはもっとできない。ならば、フランス語を一生懸命やって学術的な分野で生きていこう、と思い始めたのです。当時は漠然とした夢でしたが、卒業前に1年間フランスのディジョンに留学したことで、その決意は固まりました。実際暮らしてみたら、フランス語もそこそこできるようになって、その文化や習慣も肌に合っていたのでしょうね。結局、修士課程、博士課程でもパリに留学して、合わせれば学生時代の7年をフランスで過ごしました。

修士や博士の論文で取り上げたのは、ジュリアン・グラック(Julien Gracq 1910~2007年)という作家です。日本ではあまり知られていませんが、フランスでは20世紀を代表する作家のひとり。最初の留学直前に語学研修で滞在した、ブルターニュ地方のブレストという街でフランス語の先生に紹介されたのが、その書物との最初の出会いです。

まず本の佇まいに惚れました。活版印刷で小口がアンカットのフランス装という古めかしい装丁で、読んでみるとその本の佇まいにふさわしい格調の高さと濃密さを湛えている。非常に質の高い文章を書く作家で、第二次世界大戦後の1951年にはフランスでもっとも権威のある文学賞「ゴンクール賞」に選定されたのですが、本人は受賞を拒否しています。こういうところにも、つまり時流に乗ることを避けてひたすらに自分の世界を構築し続ける孤高さにも、とても共感を覚えました。私の好きな詩人でもある天沢退二郎さんや安藤元雄さんが訳書を出されているというのも、グラック作品にのめり込むきっかけとなりました。

博士論文を書いて以来グラックには少し距離を置いて、他の作家について論文を書いたりフランス現代文学の翻訳紹介に取り組んでいたりしたのですが、そろそろまたグラックの学術的な研究に戻ろうかと考えています。それと並行して、これからは第二次世界大戦とフランスの戦後文学の関係を究明することが自分のライフワークになるのではないかと思っています。それは日本の戦後社会の問題、そして今後の日本社会の行く末とも決して無縁ではありません。

「東工大立志プロジェクト」を白紙から構想
リベラルアーツ教育にかける想い

三ツ堀 広一郎 准教授

東工大に着任したのは、2010年です。最初は外国語研究教育センターの所属で、2016年からはリベラルアーツ研究教育院に所属しています。リベラルアーツ研究教育院は、立ち上げの時期から関わっています。そもそもの始まりは2014年、学内で「第二外国語科目を必修から外す」という噂があったんです。でも、それは一流大学の看板を自ら降ろすにも等しい選択です。そこで上層部に直談判しに行ったら、「わかった。じゃあ第二外国語は残すから、文系の教員たちと一緒に新しいことをやってくれ」と言われ、上田紀行先生のワーキンググループに入ることになったわけです。

私は、東工大に着任する前に早稲田大学で教えていた頃から、グループワークを授業に取り入れていたので、リベラルアーツ研究教育院のカリキュラムづくりには意欲的でした。まったくの白紙状態から「東工大立志プロジェクト」を、他の先生方といっしょに構築したのもこの頃です。最初にこのプロジェクトを発案された科学史の故・梶雅範先生は、それまでも第二外国語科目が追い詰められる場面になると必ず異議を唱えてくださっていた、私にとってはとても恩義のある方です。その梶先生にお声がけいただき、先生の研究室で日夜シナリオの構想を練っていました。そうして生まれたのが、著名なゲストスピーカーによる講堂講義と少人数クラスの演習を組み合わせる立志プロジェクトの形式です。

ゲストスピーカーに講義を依頼するにあたっては、「現在の研究や仕事を志すようになったきっかけを話のどこかに交えてほしい」とお願いしました。それは、教養とは単なる知識ではなく、その人のパーソナリティや人生と切り離せないものであると考えたからです。たとえば社会学の講師には、「水俣病にはこういう問題がある」という客観的な知を伝えてもらうのではなく、「なぜ自分が水俣病と関わってきたのか」というライフストーリーを語っていただく。そうすることで、知識の向こうに深く広がる属人的な教養=リベラルアーツを学生たちに理解してもらいたいのです。

教養とは、解けない問いの集積
わからないことを深めよう

三ツ堀 広一郎 准教授

私の考える教養とは、「“わからないこと”を深く広く抱えている」こと。言い換えれば、「自分の中にどれだけ“問い”を抱えているか」が、その指針となります。教養は、決して知識の多寡や正解の数で測れるものではありません。わからないことに出会うからこそ生まれるものです。私は、立志プロジェクトというのは答えを探すのではなく、課題を見つける、あるいは問いを立てる練習の場だと考えています。だから学生たちには常に、「自分が疑問に思うことは、それがどんなに馬鹿げたことであっても口に出してみよう」と言い続けています。

各教員が自分の裁量で自由に授業を行えるところも、立志プロジェクトの特徴です。もちろん、全体を通してひとつにまとまるようカリキュラムは組み立てられていますが、これだけ多彩な教育者が集まるとさすがに一筋縄ではいきません。そこで、演習の内容については各先生方にお任せしています。リベラルアーツ研究教育院の教員はだれもが信念をもって最良の授業をしたいと考えているので、そこは信頼していますね。

立志プロジェクトの開始から3年経ち、学生たちにも多少の変化は表れたように感じます。わかりやすいところでいえば、レポートの文章がしっかりしてきたし、授業中に質問や発言をする回数も増えた。ただ、それは表面的なことで、本当の意味でリベラルアーツ教育の成果が出るまでには、まだ時間がかかるでしょう。

とはいえ、学生たち自身が変わる必要はないと、個人的には思っています。東工大生にはオタク気質やコミュ障を自認する学生が多いのですが、もし本当にそうであっても別にかまわないんです。むしろプラスにとらえてほしい。私自身も文学オタクだし、わりと後ろ向きの性格ですが、だからこそ過去の作品と向き合ったり、孤独な研究作業に没頭したりすることができる。孤独を深く掘り進んでいくことが、逆説的にも、社会に通じる回路を切り開くことにもなるのではないか。だから「孤独な状態で何かに向き合う」ことの価値を大学教育の中でどう位置づけ、伝えていくかということが私の課題であり、今なお「わからない」ことなのです。

「わからない」は、教養への第一歩です。リベラルアーツ研究教育院では、学生のみなさんとともにたくさんの「わからない」を深めていきたいですね。

Profile

三ツ堀 広一郎 准教授

研究分野 フランス文学

三ツ堀 広一郎 准教授

1972年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業。パリ第8大学博士課程に留学。2006年より早稲田大学文学学術院助手、2008年同学術院助教。2010年東京工業大学外国語研究教育センター准教授。2016年より現職。専門はフランス文学、比較文学。訳書にドミニク・ラバテ『二十世紀フランス小説』(白水社)、レーモン・クノー『ルイユから遠くはなれて』、フィリップ・ソレルス『本当の小説 回想録』(共に水声社)、共著に『引用の文学史── フランス中世から二〇世紀文学におけるリライトの歴史』(水声社)など。

  • RSS

ページのトップへ

CLOSE

※ 東工大の教育に関連するWebサイトの構成です。

CLOSE