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身体への関心を切り口に、課題を見つけ解決する力を!

【健康科学、運動生理学】林 直亨 教授

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2019.11.13

林 直亨 教授

生きていく上で不可欠な健康に関する知識を、
実感しつつ学べるように

生理学者として、私は人間の健康をつくる要素は3つだと考えています。昔から言われるとおり、運動、栄養、休息。

このうち、私が授業で取り上げているのは、主に運動と栄養です。たとえば「健康科学演習」は、自分たちがエネルギーをどのくらい摂取し消費しているのかを理解する授業です。座学のほかに、体脂肪率を測定したり自転車エルゴメータを漕いで消費エネルギーを求めたり、自分で野菜料理を作ってレポートを書いたりと、文字通り身体を使って学んでいきます。

東工大生は非常に優秀だと感じます。一方、20歳前後なら当たり前ですが,自分の身体に関する知識は豊富とはいえないようです。普段どんなものをどのくらい食べているのか、それは健康を維持するうえで多いのか少ないのか、理解している学生はあまりいない。今学んでいる学生たちはいずれ留学や海外赴任をする可能性が高いし、転勤などで1人暮らしをするかもしれない。そのときに、何を食べどんな運動をするのか、自分で決め、健康を守っていかなくてはいけません。エネルギーの収支はその基本となる知識です。いまのうちに身に着けてほしいと、授業で強調しています。

「スポーツ科学」の授業では、運動生理学の基礎を解説したうえで、最後に「自分がターゲットとする運動選手の競技成績を伸ばすには何をしたらいいか」を、レポートにまとめる課題を出しています。

「身体教養科学」の授業では、身体に起こる現象を生理学的に紐解いています。毎回、学習内容の振り返りを書いてもらうのですが、身体やスポーツに関する質問があったら、あわせて書いてもらう。それで、次回の授業で質問に答えます。いろいろな質問が来ますよ。たとえば「運動神経をよくするにはどうしたらいいか」。そもそも運動神経とは何かを説明し、それを「よくする」ことができないことを付け加え,さらに脊髄の機能について話題を発展させることもあります。

学生が生理学を自分の問題として考えられるよう、このように授業を工夫しています。嬉しいことに学生からは好評です。

コア学修科目で学生の主体性が伸展。
教員にとっても学びに

林 直亨 教授

私は、「コア学修科目」である「東工大立志プロジェクト」や「教養卒論」、「リーダーシップ道場」も担当しています。

2016年の「コア学修科目」のスタート時から授業を受け持っているのですが、当初と比べ、学生は明らかに変わってきている。より積極的になっていると感じます。少人数のグループワークでもよく話し合ってくれます。またこちらが「自分のグループで面白い意見があったら、他人の意見を無責任に紹介して」などと、気軽に発言するように促していることもあって、以前に比べて、積極的に手が上がるようになっています。

2018年度には、立志プロジェクトの授業を受けた初代1年生が3年生になり、「教養卒論」の授業をはじめました。こちらの授業では、これまでの学びを通し、自分の進む専門分野と自分の学んだ教養とをベースに未来や社会に対する展望をグループワークなどを通して5千~1万字の「教養卒論」を書いてもらうのです。

うまくいくのかどうか不安でしたが,提出された論文を読んで「すばらしい」の一言でしたね。クラスで優秀論文1~2編を選出するのですが,それにふさわしい論文が、60名のクラスで10編くらいはある。授業で、論文ライティングの基礎を教えられたことがよかったのではないかと思います。また、学生同士で互いの論文をレビューする経験も有効でした。「ここ、面白いね」「ここはもっと膨らませたら?」といった共同作業をすることで、文章を読む力も書く力もつくようです。

コア学修科目では、リベラルアーツ研究教育院の先生が、専門を問わず同じものを教えます。この仕組みも面白いですね。教員研修があるとはいえ、専門の違う教員が同じ科目を教えられるのは、多分、指導する内容がまさに「コア」だからです。アカデミアの基盤だから、分野に関わらずどの教員でも教えられる。

でもやはり教員ごとにアレンジが加わりバリエーションはある。だから学生は、マッシュアップされた知識を得ることができる。すばらしいプログラムだと思います。それにしても、私たち教員同士がこんなに連携する大学は、なかなかないように思います。自分の専門外のことをこんなに勉強するのも久しぶりです(笑)。新鮮で面白いですね。

“幼稚な発想”を大切に、
人体の巧妙な働きを明らかにする

林 直亨 教授

私は幼稚園から大学まで、ずっと水泳をやっていました。50m自由形でオリンピックを目指していた時期もあります。研究に興味を持ったのは、高校3年生のとき。たまたまNHK教育テレビで、当時、東大で教鞭をとられていた宮下充正先生の運動生理学の講義を視聴し、面白いと思った。法学部に行きたかったはずなのに,その影響でスポーツ科学科に進みました。

研究者になってからの主なテーマは、血流の調節です。

人間の身体は、必要な時に必要な部分に必要な量の血液を送るようにできている。運動時は筋肉の血流量が約20倍にまで上がるんです。では,胃も平滑筋という筋肉なのだから、食べれば血流が増えるはず。だとしたら、食べ物をよく噛まずに飲み込むと、胃がたくさん働くことになるので血流がさらに増えるだろう。そう仮説を立てて研究したことがあります。

結果は予想に反して、よく噛んだほうが血流量が増えるし、食後のエネルギー消費量が増えると分かった。早食いかどうかで消費エネルギーが変化するという点は、新しい減量方法の開発に応用できるのではないかと考えています。

顔の血流についてもいくつかの研究を進めています。顔の皮膚は筋肉とは血流調節のメカニズムが違います。では、顔の血流が増えるのはどんなときなのか。情動に関係するのではないかと仮説を立て、味覚に対する血流変化を調べてみました。情動に伴う表情の変化が地域や文化を問わず共通であることはダーウィンが指摘しています。そのため、血流も関連があるかもしれないと予想していました。すると、おいしいと感じるとまぶたの血流が増加し、おいしくないと感じると鼻や額の血流が低下すると分かったのです。

この結果は、言葉でのコミュニケーションが難しい、たとえば筋ジストロフィーの患者さんなどに嗜好に合う食事を提供する上で役立つのではないでしょうか。

これらの研究は、言ってしまえば幼稚な発想から始まっている。早食いと遅食いで胃の動きはどうかなんて、真面目に取り上げないですよね(笑)。でも、幼稚な発想のほうが解明されていないことが多くある。そして仮説を立ててうまく検証すれば、研究になる。学生にも発想を大切にしてほしいと言っています。

理科や数学だけでは、問題は見つからない
理系学生こそ、幅広い経験を

林 直亨 教授

今後、研究面で取り組んでいきたいのは、健康維持のための習慣です。運動は健康維持に役にたつことがよく分かっているのに,運動ほど習慣化しにくいものはない(笑)。

そこで、別の方法から健康維持にアプローチしてはどうかと考えています。たとえば楽器の演奏。これは精緻な運動で、脳のさまざまな機能を使う。実際に、楽器演奏中は脳の血流が増えることが分かりました。人とのつながりも生まれ、悪い生活習慣を定着させる時間を除ける可能性もあります。さらに研究を進めていきたいと思います。

学生には、コミュニケーションの体験をたくさんしてほしいと思っています。東工大生は、「読み・書き・算盤」の算盤は得意ですが、いずれ研究成果を発表するにも、研究予算を獲得するにも、読み書きは必須です。コミュニケーションの経験を積んで力をつけてほしいものです。

それから、勉強だけでなく、いろいろなことに挑戦するべき。世の中に出て自分で問題を見つけ解決していくには、理数系以外のことにどれだけ多く関わってきたかが問われます。理科や数学の中だけを探してもなかなか社会に関係した問題は見つかりません。

その点でも身体や運動には多くの課題が含まれていると思います。思い通りに動けないのはなぜか疑問が生じることもあるでしょうし、パラスポーツを見て用具の改善点に気付くこともあるでしょう。ふとしたはずみでうまく動けることもありますが,それのメカニズムも疑問です。課題を見つける経験を積みやすい研究分野だと思いますよ。

Profile

林 直亨 教授

研究分野 健康科学、運動生理学

林 直亨 教授

1970年、東京生まれ。早稲田大学人間科学部卒業.同大学院博士後期課程中退。博士(医学:大阪大学)取得.大阪大学健康体育部助手、カリフォルニア大学デービス校客員研究員、九州大健康科学センター准教授、東京工業大学社会理工学研究科教授を経て、現職。リベラルアーツ研究教育院の立ち上げに際しては、「リーダーシップ道場」「教養卒論」をワーキンググループ主査として牽引し、平成27年度と平成29年度の東工大教育賞優秀賞を受賞。このほか「足湯が眼底の循環機能に及ぼす影響の研究」では、第42回日本健康開発財団研究助成優秀賞を受賞するなど受賞歴多数。

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