リベラルアーツ研究教育院 News

留学生にとっての心の拠り所となる日本語学習クラスでありたい

【日本語教育、第二言語習得】佐藤 礼子 准教授

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2020.01.30

佐藤 礼子 准教授

言葉を学ぶことは、
文化や思考スタイルを学ぶこと

本学では、さまざまな国・地域から来日した留学生が多数学んでいます。私が担当する日本語・日本文化科目にも、中国、インドネシア、韓国、タイ、ドイツなど、国際色豊かな留学生が集まります。慣れない日本での生活は、大変なこともたくさん。日本語クラスでは、日本語の上達はもちろんのこと、学生がほっとして集える場であることも大事にしています。言葉を学ぶことは、その国の文化や考え方の様式もいっしょに学ぶこと。留学生同士が集まり、日本について考えていく場にできれば、と思っています。

日本語の習熟度は留学生によってさまざまですが、まず取り組むのは、レポートの書き方やプレゼンテーションの仕方など、成績に関わること。その後、自分の考えを説明したり、感情を込めて話せたりするようになるためのレッスンを加えていきます。

一方、大学入学後にゼロから学ぶ学生も少なくありません。「融合理工学系国際人材育成プログラム(GSEP:Global Scientists and Engineers Program)」の学生たちは、ほとんどがゼロからのスタート。それでも3〜4カ月後には、簡単な日常会話ができるまでに上達します。

学生たちがなるべく早く日本になじみ、友人をつくっていけるように、学習法にも工夫をしています。最初からカジュアルな表現を教えていくのもそのひとつです。オーソドックスな学習法では、「食べます」「行きますか」といった丁寧な表現から学びますが、学生が交流するのは同年代の若者たち。「食べる?」「行こう!」など、くだけた表現も学ぶことで、周囲の会話をキャッチしやすくなり、友人関係も築きやすくなります。

おもしろいのは、日本語を喋るときには、彼らの行動や態度も「日本的」になること。声が少し小さくなったり、腰が低くなったり、頭を下げておじぎをしたり。英語と日本語とでは話すときの口の筋肉の動きも違います。言語を学んで話すことで、知らずしらずのうちにその国のいろいろな文化や風習をも吸収し、体現できるようになるのだ、ということを教える立場からも実感させられることが多いですね。

継続した学びを支えるために、
教授法を追求!

佐藤 礼子 准教授

日常会話まではみるみると上達していく留学生ですが、苦労するのは書くことです。なにより、漢字の読み書きは大変です。とりわけ漢字圏以外から来た留学生にとって、音読みと訓読みがある漢字はハードルが高いものです。とくに日本語で論文を書くアカデミック・ライティングは本当に難しい。熟語が増え、さまざまな語彙が必要となるにつれ、学習の難易度は上がっていきます。

日本語を書く技術の上達には繰り返しが重要です。作文を書かせて、3〜4回添削しながら推敲を繰り返していくと、だんだんと上達していきます。中級、上級のクラスでは、ロジックをちゃんと構築できているかどうかを中心に添削していきます。何が言いたいのかがあやふやだと、日本語もちゃんと書けません。アイデアを整理し、論理的に組み立て直していくと、日本語も自然に美しく、わかりやすい表現になっていきますね。

日本語習得の壁に直面したときに重要となるのが、自己調整学習です。私がいま、注力している教育方法でもあります。

自己調整学習とはなにかというと、学習に関して自分で自分をコントロールし、継続していこう、というものです。自分がいまどんな状態か、何がわかって何につまずいているかをモニタリングし、課題を自分で発見する。その課題をいつまでにどの程度の力で取り組んでいるかを判断する。もちろん、つらかったらちょっと休むこともあり!微調整しながら、自ら決断して学んでいく。この姿勢が語学習得には非常に大切です。

ただ、授業に出て漫然と先生の話を聞いているだけでは語学を身につけることは難しい。この自己調整学習を学生たちには勧めています。

日本語でのグループワークになかなか入れなくて苦労する留学生もいます。1対1ならなんとかコミュニケーションがとれても、多人数になると急に日本語がうまく理解できなくなってしまう。これは日本語に限らず、外国語を学ぶときのハードルの一つでしょう。

「CLIL」(Content and Language Integrated Learning)と呼ばれている授業法は、言語と内容とを同時に学んでいこう、という考えのもとに開発されたメソッドです。語学は、文法や語彙を学べばいいわけではありません。その言葉でどんな内容が表現されているのか。つまるところそこが重要です。内容が空虚なコンテンツを語学の授業で扱うと、語学学習としても空虚なものになってしまう。日本語を道具として、さまざまなテーマについて学ぶ。つまり日本語で教養を学ぶわけです。それが語学習得にもつながるわけです。

加えて、ディスカッションやグループワークについていくためには、ある程度の場数をこなし、経験を積む必要があります。私は、あえて共同作業が必要なグループワークを多く設定し、授業のなかで練習できる機会を増やしています。たとえば貧困問題や教育などをテーマにして共同でポスターを作るといった課題を出す。学生たちは、内容について考察を深めながら、日本語で発信しなければいけない。思考力と日本語力を同時に高めることができるわけです。

世界の人々への興味が、
日本語教育への入り口に

佐藤 礼子 准教授

私が日本語教育に興味を持ったきっかけは、高校1年生のときに体験したオーストラリアへの短期のホームステイでした。オーストラリアは日本語教育がとても盛んです。現地の高校で日本語の授業を見学したとき、「オーストラリアの高校生に、日本語を勉強している人がいるんだ!」と驚いたことを思い出します。当時は、日本で外国人労働者問題がクローズアップされ始めた時代です。日本語で苦労している人たちのために自分も何かできないだろうかと考えるようになったことが、その後の進路を決定しました。日本語への興味というより、日本語を学ぶ世界の人々への興味が先にあったわけですね(笑)。

出身地にある広島大学は、当時、日本語教育学という学科のある唯一の国立大学でした。「これはちょうどいい!」とばかりに入学し、博士課程まで在籍しました。大学では、日本語の文法を体系立てて学んだほか、音声学、教育学、外国語の指導法についても学びました。教育実習ではニュージーランドの高校へ行きました。ファームステイしながら、日本語の先生としての経験を積んだあの時期は、人生のなかでも夏休みのような時間でしたね(笑)。その後、大学院生のとき1年休学して、再びニュージーランドのヴィクトリア大学ウェリントンで日本語を教える機会がありました。

日本の価値観では、脇目も振らずに勉強し、働くことが美徳とされます。ところがニュージーランドでは、人生をエンジョイすること、仕事だけでなくプライベートの時間を充実させることが自分を豊かにする、という考え方。多様な価値観に触れられたのは、すばらしい経験だったと思います。

学生時代の研究テーマは、読解法の開発。どういう指導法をすれば深く内容を理解できるのか、どうすれば理解した内容をほかの人に伝えられるのか、といったことを追求していました。先生からの質問に答えるのと、学習者が自分で質問を考えて尋ねるのとではどう違うか? 

現在は、前述した自己調整学習やCLILなどの教育法、第二言語を学ぶときの認知プロセスなどについても研究を深めています。

さまざまな学生が集う、
ハブのような存在に

佐藤 礼子 准教授

東工大のリベラルアーツ教育が珍しいのは、学部生だけでなく、大学院の修士課程も博士課程も教養科目をとり、それが単位になることだと思います。大学の研究室はともすると孤立しがちで、専門の研究だけに閉じこもってしまうことも少なくありません。教養に関する教授陣が、大学院生にもコミットできるというのはとても大きな意味を持っている、と感じます。

そんな東工大のリベラルアーツ教育の一環として、日本語科目をどう見るか。語学習得と教養を深める役割とともに、留学生にとってリフレッシュの場になっていることも大きな意義であろう、と思います。日本語クラスにくること自体が、ほかの分野の留学生と会話をするいいチャンスですし、そうした時間が、自分の研究や日本での過ごし方を振り返る場にもなっているようです。日本語クラスは、留学生たちの集う「ハブ」のような場所、と言えるかもしれません。

日本語は、日本に適応するツールでもあり、日本式の教育、研究スタイルを学ぶ入り口にもなります。指導教員の先生の指導がたとえ英語で行われていたとしても、その真意がより理解できるようになり、ほかの科目の学習や研究においても、コミュニケーションの齟齬がなくなってくいくでしょう。

日本人学生にとっても有益な日本語教育

佐藤 礼子 准教授

今後、東工大の日本語教育の課題は、日本語を学んだ留学生が、日本語をもっと使える場所を用意していくことだと考えています。カリキュラム自体も、もっとコミュニケーションをたくさんとれるようなものにバージョンアップしていきたいですね。

日本語を学ぶ海外の学生は、年々、増え続けています。最近では、マサチューセッツ工科大学(MIT)と東工大との交換留学もスタートしました。MITからの要望は、人文系科目として日本語を受講させてください、というもの。この要望を聞いたとき、海外の大学ではそれほどに語学を重視しているんだ、と改めて痛感しました。語学は文化の要であり、それこそが教養である。こうした考えが定着しているからこそ、留学生にも「その国の言語を学びなさい」という方針を打ち出すわけです。

言語が持つこうした力を考えると、日本人が日本語教育について学ぶことも、非常に大きな意義があることではないか、と思います。

私は「多文化共生論」という講義も行っています。多様な文化を背景にした人たちが共生していくためには、超えなければいけない問題があることも事実です。自分の国の言葉、日本語を教えてみるということは、自身のコミュニケーションスタイルを振り返ることにもつながります。多様化の時代にあって、日本語ネイティブではない人と会話できる力を育むことは、将来にわたって役立つ強みになるでしょう。やさしい日本語でわかりやすく説明する技術は、研究者やエンジニアにとっても必要な能力です。専門分野以外の人に開発した技術や研究成果について説明しなければならないシーンは、在学中はもちろん、卒業後にも何度もあるはず。日本語教育についての学びは、論文執筆やプレゼンテーション力の向上にもつながるものだと思います。

授業以外にも、留学生とコミュニケーションをする場もできています。留学生の日本語学習をサポートする「にほんご相談室」は、開設から1年がすぎました。有志の日本人学生や先輩留学生がランゲージパートナーとして、留学生との会話練習や文章添削などを行っています。

また、今後、応用言語学として、日本語教育のエッセンスを教えていこうという構想もあります。ぜひ多くの日本人学生に興味を持ち、受講してもらえたら、と願っています。

Profile

佐藤 礼子 准教授

研究分野 日本語教育、第二言語習得

佐藤 礼子 准教授

広島県出身。2005年に広島大学大学院教育学研究科 文化教育開発専攻 日本語教育学分野 博士課程後期修了。在学中より、地域の日本語教室や国際協会、日本語学校、大学などで非常勤講師として、ブラジル、ペルー、中国、韓国など、多国籍の外国人への日本語指導を行う。日本学術振興会特別研究員、滋賀大学国際センター講師を経て、2008年より東京工業大学留学生センターに着任。2016年より現職。共著書に『日本語教師のためのCLIL(内容言語統合型学習)入門』などがある。

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