リベラルアーツ研究教育院 News

理工系エリートこそ、「教養」と「戦後史」に敏感になるべき

【社会学、公共政策学】西田 亮介 准教授

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2019.11.26

西田 亮介 准教授

政治や政局を理解し、
判断するフレームワークを東工大生に

私の専門は社会学です。

日本の教育カリキュラムでは戦後史は実質的にほとんど扱われず、学生たちの現代史の知識が非常に乏しい現状があります。そこで、学部1年生と修士学生を対象にした文系教養科目の授業では、日本の現代史、特に戦後史を中心に扱っています。

日本の選挙における投票率の低さは、よく知られていますね。なぜ投票しないのか。その理由は知識の乏しさが原因にあると考えます。何の知識かというと、政治や政局を具体的に理解するための知識です。また、そもそも判断するための知的フレームワークが学生たちの頭の中に構築されていない、と考えています。これは学生の問題というより、中等教育までのカリキュラムの問題ですが、教養教育を通してこの点はぜひ改善したい。戦後からの日本の歴史を学ぶことで、知的フレームワーク、言い換えれば現実の政治的選択を行う際の手掛かりを、少しでも学生たちが得られたらいい。そう考えて、社会学以前の、具体的な戦後史を教えるようにしているのです。

私の授業は、5人を単位としたグループワークで行います。5章からなる教科書の1章ずつを持ち回りで担当し、レジュメをつくって発表する。そのうちいくつかのグループが、クラス全体に対して発表するという形式です。各自、1回はグループ内で発表することになるので、主体的にならざるを得ない利点があります。予習を中心に据え、多様な論点をベースに教室での議論を展開します。

学部生が大学院生に混ざって勉強する社会学のゼミも開講しています。ゼミ生も含め、私の研究室ではセメスターごとに視察に出かけています。共同通信社や電通といったメディア企業を見学したり、少年院や少年鑑別所を訪ねたり。実際に自分の目で見ないとわからないことは多く、フィールドに出て多様な世界に触れるということは、社会学的な思考を学ぶ上でも、教養教育、エリート教育という点でも、とても有効だと思っています。こうした大学の外に出て行く取り組みは学生たちにも良い刺激になっているようです。

ちなみに、東工大の学部生は理工系で、社会・人間科学コースの大学院生は他大学から来た文系学生が中心です。両者が混ざることで、学部生は文系出身者の思考や文系の研究の進め方などを知ることができるし、文系の大学院生は優秀な理工系の東工大生から刺激を受けるという相互作用が得られています。

情報、政治、民主主義、若年無業者、
さまざまな切り口で現代社会を解く

西田 亮介 准教授

現在の主要な研究テーマは3つあります。

1つは、情報と政治に関する分野。たとえば、2013年にインターネットを使った選挙運動が認められるようになりましたが、その後の実態はどうか。政治家はどのように情報を発信しているのか。SNSはどのように使われているのか。新しい情報技術と政治に関する分野です。

2つめは、民主主義の普及と理解に関する研究です。ひと言で民主主義といっても、実際にはいろいろな形があります。大統領制をとっている国もあれば日本のように議員内閣制をとっている国もある。その中で民主主義が機能するかどうかというとき、どうやって民主主義が国民に理解されているか、言い換えれば、どのように民主主義についての教育がなされているかが大きく影響します。そこで、我々の社会における民主主義の普及と理解のされ方を、歴史と制度からアプローチしています。

3つめは、若年無業者の研究です。若年無業者、つまり15~34歳で就労も通学も家事もしていない人たちの支援は、現状では各地のNPOが担っています。そのNPOとの共同研究で、無業者の生活実態を調べたり、無業期間の長短に影響する因子を調査したりしています。

ほかにもメーカーと共同研究で、認知症を早期発見する機器の需要動向について調査したこともありますし、メディア関連の実務にもいろいろと携わっています。

多様性を尊重し擁護する論理をつくるのは
社会学の重要な役割

西田 亮介 准教授

そもそも社会学とはどういう学問なのか。社会学は19世紀後半に確立した分野で、政治学や経済学などの伝統的な社会科学系の学問のなかでは、最後発といわれています。基本的に「社会秩序の形成はどうしたら可能か」という問題意識をもった学問です。法学が「法律はどのようにできてどのようなメカニズムで動いているか」に関心を持ち、政治学が「政治システムがどのように機能しているのか」に関心を持つのに対し、社会学は、「法律や政治が機能する前提条件は何か」ということに関心を持ち、遡って前提を考えていく点が特徴です。

遡るというのは、たとえば法律が機能するには規範が共有されていることが重要ではないか、それには文化が共有されている必要があるのではないか、あるいは革命の経験の有無が影響するのではないか、といった具合です。前提を遡る思考、目の前の状況をそのまま受け止めず批判的にみる思考、これが社会学の伝統的な思考です。

また社会学の重要な役割に、多様性を尊重し、擁護するための理論をつくることがあります。昨今いわれているLGBTQの尊重や、少し前の男女雇用機会均等法の創設の動きも、遡るとフェミニズムに行きあたります。フェミニズムは、社会学と非常に密接な関係があります。少数派や少数意見を尊重し、擁護するためのロジックの精緻化、体系化、普及には社会学も重要な役割を果たしてきました。

思考が偏ってはいないか
東工大生こそエリートの自覚と教養を!

西田 亮介 准教授

私は、他のリベラルアーツ研究教育院の先生方と同様、学部生の必修科目である「東工大立志プロジェクト」も受け持ってきました。2019年からは、大学院生向けのリーダーシップ教育院で、選抜された大学院生を対象に修博一貫でリーダーシップを学ぶプログラムにも関わっています。

これまで接してきた東工大生たちは、抜群に賢いという印象です。頭の回転が速く、エッジの立った学生も多く見受けられます。

とはいえ一方で、社会を偏って見ているなと感じることもあります。昭和的な価値観や、事実に基づかない極端で通俗的な政治的思考に偏る傾向がうかがえます。たとえば話題になった有名なジェンダー研究者のスピーチを読ませたところ、多くの学生が「こんなものを読むのは時間の無駄だ」などと強い抵抗感を示しました。また、別の機会に日韓関係の問題を取り上げると、誤った認識に基づく、攻撃的な意見が出てくることがある。これらは、良くも悪くも現代のエリートの姿として妥当なあり方とはいえません。

東工大生は理工系エリートになることが、ほぼ約束されています。そしてエリートには、それに相応しい教養と品格を身に着ける義務がある。「noblesse oblige」(ノーブレス オブリージュ)です。

現代的なエリートであるために、現代日本への理解の筋道をつくる戦後史の知識、また前提を遡り批判的にみる思考法や、多様性を尊重する論理を学ぶ機会は、非常に重要だと思います。

東工大ではエリートを育てる上で、立志プロジェクトのようなポジティブな取り組みが多くなされ重要視されていますが、平行してエリートとしての偏りを修正していくというディフェンシブな側面も必要です。その役割は、やはり私達教養部門の教員が中心となって、今後も注力していくべき事項ではないでしょうか。

Profile

西田 亮介 准教授

研究分野 社会学、公共政策学

西田 亮介 准教授

1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。2014年に慶應義塾大学から、博士(政策・メディア)取得。同助教、中小機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大大学院特別招聘准教授等を経て、2015年9月に東京工業大学着任。『情報武装する政治』(KADOKAWA)、『政治はなぜわかりにくいのか』(春秋社)、『不寛容の本質 なぜ若者を理解できないのか、なぜ年長者を許せないのか』(経済界)など、著書多数。

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