リベラルアーツ研究教育院 News

日本と中国の深いつながりを再発見 幅広く多面的な視野を培う糧に

【日中比較文学・文化史】劉 岸偉 教授

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2020.01.30

劉 岸偉 教授

中国語など第二外国語を学ぶことで、
日本語を相対化できる

学部生向けの授業では、第二外国語の中国語と世界文学を担当しています。

世界文学の最初の授業では漢詩を取り上げます。漢詩を中国語の発音で朗読し、学生に聞かせるのです。杜甫や李白の漢詩はみなさん中学や高校で習ったことがあると思いますが、初めて中国語で聞いたという学生が多く、押韻やリズム感がよくわかり、感動するそうです。

第二外国語として、中国語は東工大では一番受講する人数が多いんです。日本と中国は歴史的なつながりがあり、中国語は日本語に大きな影響を与えてきた言語です。四字熟語も中国最古の歌謡集「詩経」からたくさん取られています。そういうことも、学生からは「初めて知った」という感想が寄せられます。

私は、近代の日本語の骨格には中国の古典があると思っています。例えば夏目漱石や森鴎外の文体は基本的には漢文が下地となっています。あの時代の作家は自分で漢詩を作れる世代。明治以後の言文一致の後にできた現代日本語は、この世代の作家の努力で作り上げたものです。ですから、中国語を学ぶことによって、そういうつながりも見えてきますし、日本語を見直すことができるのです。もちろん、中国語は世界で最も話す人口が多い言語で、世界経済においても中国は存在感を増しています。日本で中国語を学ぶ意義はますます大きいのではないでしょうか。

最近、さまざまな大学で第二外国語をなくそうという動きがありますが、第二外国語を必修科目として開設する意味はかなり大きいと思っています。

なぜ重要かと言いますと、第二外国語を通じて初めて英語が相対化され、さらに日本語への自覚を促すからです。日本の学生にとって日本語は自然に習得したもので、言語学的なアプローチで学んだことはありません。言語学は言葉の共通性と異質性を明らかにする学問です。

中学から英語を学ぶことは、本来は母国語を相対化するチャンスであるにもかかわらず、日本語の自覚がないために英語は特殊なケースとしてとらえるだけに終わっています。大学の第二外国語はだいたい1年という短い期間に一つの言語の一通りの論理を教えますから、そこで初めて英語が相対化され、日本語を言語学的にとらえることができるのです。理系の学生こそ、自分たちの技術や研究をわかりやすく伝えることが大切ですから、国語力、外国語力を身につけるのは当然のことだと思います。

東工大の第二外国語ではドイツ語、フランス語、ロシア語、中国語のほか、イタリア語、韓国語、スペイン語も開講しており、2言語を選択することも可能です。余力がある学生はぜひ英語だけではなく第二外国語を学んでほしいと思います。

史実を明らかにする「複眼」と「重層」の視点は、
理系の学生にこそ重要

劉 岸偉 教授

大学院生を対象にした文化芸術分野方法論も担当しています。私が十数年担当した比較文化史概論と重なる部分があり、必ず最初に比較文化史の方法論を解説するようにしています。なぜ力を入れて解説しているかといえば、それが、われわれが過去や歴史、他者、自然など、さまざまなものに向き合う時の最も根源的な方法だから。キーワードとして伝えているのは「複眼」と「重層」です。

文学研究、テクストの考証も基本的には歴史研究に通底しています。歴史上、一度きり起きた「できごと」、つまり「史実」は一つしかありませんが、その「できごと」の痕跡、言わば「史料」は複数ある。われわれ後の人間が昔のことを見直す時には「史料」に頼るしかありません。

しかし、多数、複数あると思われる史料は、それも大半は、闇の中に消えてしまって、われわれの手元に残されているのはほんの断片に過ぎないのです。それを念頭に「史実」を復元しようとするならば、当然、さまざまな側面からアプローチする「複眼」の視点が必要になります。いつも学生に言っていますが、これは自然科学の研究にも通じることです。思考の柔軟性や幅広い視野がなければ、前人未踏の有益な研究を生み出すことはできないと思います。

「重層」は史料を扱う時のポイントです。史料には、帳簿や家系図、裁判記録、契約文書といった即物的な史料だけではなく、小説や詩、評論など作者の主観が入る「作品」も含まれます。どちらも人間の「作為」が働いたという点において、本質的には違わない。幾層にも重なる史料の諸要素、その相互作用は、批判的歴史記述の中で検討されなくてはならない。どういう意図で書かれたものであるか、実際にどういう役割を果たしたのか、歴史的に見ていかないといけません。厳格な史料批判の要が「重層」という視点で、理系の実験をする時にも必要な視点だと学生には伝えています。

世の中にはさまざまな価値観がありますから、価値判断をする時に他言語と他文化を学んで視野を広げることは、非常に重要だと思います。「複眼」と「重層」の視点を養う比較文化史概論も、第二外国語も、世界文学も学ぶ意義は全部つながっています。

明治以降の日本と中国の激動の時代を、
新たな視点から見つめ直す

劉 岸偉 教授

私は文化大革命の終結後、大学入試が再開した1977年に北京外国語学院に入学しました。当時は高校から現役で入る学生はおらず、すでに小学校の教師を経験していた私が最年少でした。やっと学ぶチャンスが巡ってきたとうれしかったですね。大学で日本語を学ぶことにしたのは、人民日報の記者で日本留学の経験もあった父の影響もあったと思います。

家に日本語の書物があり、子どもの頃から不思議な文字だなと思って眺めていました。多数の若者を世界各地の大学に留学生として派遣する、当時の中国政府の政策によって、海外の大学院で学ぶ第一期生として東京大学の大学院で比較文学を学ぶことになりました。日本に派遣された学生は150名で、人文系は5、6名ほどしかいませんでした。

博士論文では、魯迅の弟である中国の文人、周作人(1885-1967年)を取り上げました。兄弟で日本留学をしていましたが、日本の留学体験をまったく語ろうとしなかった魯迅とは違い、周作人は非常にざっくばらんに日本での留学生活を書き残しています。周作人も20世紀の中国の代表的散文作家の一人ですが、彼は日中戦争の際に日本に協力したことから「漢奸(漢民族の裏切り者)」と呼ばれ、戦後の評価は魯迅とは明暗が分かれました。政治的、道義的責任を問われるのが当然と思いますが、だからといって、中国の近代文化史の発展における彼の功績を抹殺するのは歴史家のとるべき態度ではないと思い、彼に光を当てることにしたのです。

中国の近代作家の中で際立って日本文化と関わりが深かった周作人は、特に永井荷風を愛読していました。周作人の目を通して荷風文学、さらには近代日本文学の意味を読み直すことによって、日本と中国の歴史を書きとめようと思ったのです。日本と中国の明治以後の100年は激動の時代で、私はその時代に関心があります。

その後、取り上げたのは小泉八雲です。中国近代史における小泉八雲の重要性を検証した「小泉八雲と近代中国」という拙著は、中国でも出版され、日本とは少し違う文脈で読まれています。小泉八雲はイギリスからアメリカに渡り、その後日本に来て、知日家として、欧米文学の紹介者として有名になった人物。今の中国の若い学生はこういう人生に魅力を感じているようです。

研究者として教育者として、
集大成となる仕事を――-

劉 岸偉 教授

東工大にはちょうど中国語を開講するタイミングで赴任しました。実はその前に勤務していた札幌大学も、中国語が開講する時に赴任しましたので、いつも中国語講座の立ち上げに関わっていることになりますね。私が東工大に赴任した当時は外国語研究教育センターという組織があり、社会理工研究科価値システム専攻に所属していました。現在のリベラルアーツ研究教育院の前身に当たる組織で、当時から人文科学、社会科学、歴史学、政治学、国際関係論、社会学など多彩なスタッフが集まっていました。

理系の大学で、これだけリベラルアーツの授業が充実していることは東工大の強みだと思います。私が考えるリベラルアーツは、人間を形成するために必要なもの。一言で言えば、人生観、世界観、ですね。

リベラルアーツ教育の中でも画期的なのは、博士課程の学生を対象に開講されている「教養先端」と「学生プロデュース」という科目です。リベラルアーツの理念を学部から修士課程、博士課程まで一貫させるために創設した科目で、東工大の歴史を見ても今までになかったものです。

授業では、これまで各研究室に散らばっていた、さまざまな専門分野の学生が一同に集まり、少人数のグループに分かれて一つのテーマについて英語で議論し、ポスター発表やシンポジウムの企画・運営などを行います。英語という壁もあり、経験と結びついた深みのある議論にならないのが課題ですが、異なる専門の学生と交流することに意味があると思っています。これから研究者になる学生には、学問の倫理を学ぶとともに、自分の専門以外の人にもわかりやすい言葉で説明するというトレーニングが必要です。専門の異なる学生同士横のつながりを持たせる意味は、そこにあるのです。

今後の私個人の研究としては、蒋介石の伝記をまとめ、出版する予定です。これは明治以来の日中関係史を研究してきた私自身の、いわば集大成です。私は定年まであと数年ですから、現在私の研究室に所属する学生が質のいい論文をまとめられるようにすることが最後の仕事かなと思っています。近年、研究室以外の学生と教員のつながりが希薄になっていて残念に思いますが、学生の指導に力を入れながら、東工大での研究者生活に私なりのまとめ方をしていきたいと考えています。

Profile

劉 岸偉 教授

研究分野 比較文化、比較文学

劉 岸偉 教授

1957年、北京生まれ。1981年、北京外国語学院アジア・アフリカ学部日本語科卒業。北京大学大学院(東方言語文学科)を経て、1982年に来日。1989年、東京大学大学院総合文化研究科比較文学・比較文化博士課程修了。札幌大学助教授を経て、1998年より東工大へ。学術博士論文を書籍化した「東洋人の悲哀 周作人と日本」(河出書房新社、1991年)でサントリー学芸賞、金素雲賞を受賞。「小泉八雲と近代中国」(岩波書店、2004年)で島田謹二記念学藝賞受賞。「周作人伝 ある知日派文人の精神史」(ミネルヴァ書房、2011年)で和辻哲郎文化賞受賞。

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