リベラルアーツ研究教育院 News

コメントシートの一工夫が、授業効果を上げる インストラクショナルデザインで日本語教育をアップデート

【日本語教育、教育工学】森田 淳子 准教授

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2019.12.25

森田 淳子 准教授

日本語が必要不可欠でなくとも、
学ぼうとする留学生たち

私の専門は日本語教育です。

これまで韓国、中国、北方領土、ロシア、ウクライナなどさまざまな国と地域で日本語を教えてきました。東工大では留学生を対象とした日本語の授業を担当しています。着任した2017年から今年度までの主な担当業務は、日韓共同理工系学部留学生事業予備教育プログラムのコーディネートです。学士課程入学前の韓国人留学生を対象に、日本語や専門科目(ものつくりセンターでの実習、大学院生TAによる理工系科目・英語)などで構成される課程での学びや生活指導を通じ、学生たちが入学後の生活に適応できるよう支援しています。

東工大には、1,774人の留学生がいます(2019年5月1日現在*1)。学生全体に占める留学生の割合は、学士課程で約5%、修士課程で約19%、博士課程で約40%となっていて、大学院の留学生比率は他大学と比べても高いといえるでしょう。私は、学士課程の授業も大学院生課程の授業も担当し、それぞれの日本語レベルに対応した内容で授業を行っています。

学士課程の留学生の多くは、入学の時点で高い日本語能力を持っています。一方、東工大には英語による学士課程教育プログラムである融合理工学系国際人材育成プログラム(GSEP:Global Scientists and Engineers Program)があり、同プログラムでは入学後に日本語を学び始める学生が多いです。また、大学院課程では、研究上は必ずしも日本語が必要ではない留学生が少なくありません。それでも、日本語の授業を熱心に受けてくれる留学生がたくさんいます。

学習理由として、もっと先生や日本人学生とコミュニケーションを取りたいという声をよく耳にします。指導教員は英語が堪能だったとしても、同じゼミの学生が堪能だとは限りません。普段のキャンパスライフで、日本人の学生たちに混じって会話の輪に入れないのは寂しいと感じることもあるかもしれません。また、東工大の留学生の出身国で一番多いのは、圧倒的に中国。次がインドネシア、タイ、韓国と続きます。つまり、英語が母国語でない留学生たちです。私の経験からいうと、中国、韓国出身の学生の場合、1,2年間日本語を学べば、日常会話において英語よりも日本語のほうが楽にコミュニケーションできるようになるケースも多いです。これも、日本語を学ぼうという意欲を高めている要因ではないかと思います。

東工大にやってくる留学生は、ハイレベルな高校・大学を出ている優秀な人たちばかりです。着任当初、私はひとつの懸念を抱いていました。留学生たちは専門科目には興味があるけれど、日本語を学ぶことにはあまり興味を持ってくれないかもしれない、と。

でも、実際に授業を開講してみると、たくさんの留学生が日本語クラスを選択してくれたうえ、授業に出席した学生たちはとてもモチベーションが高かったのです。「大学に入学したら日本語弁論大会に出たかったけど東工大になかった」という理由から、「留学生による日本語スピーチコンテスト」を立ち上げた学生もいます。日本語を専門科目として専攻しているわけではないのに、ここまで熱心に学んでくれるなんて、と私自身が感動するほどでした。

日本語教師として試行錯誤するなかで、
出会った教育工学

森田 淳子 准教授

私が、日本語教育と並んで専門としているのは、教育工学です。主に取り組んでいるのは、「インストラクショナルデザイン」*2を日本語の授業や教材の設計に活かす実践研究です。インストラクショナルデザインとは、授業や研修など教育活動の効果、効率、魅力を高めることを目指した手法の総称で、様々な理論やモデルが存在します。

大学時代の専攻は経済学でした。卒業後、日本語教師養成講座を経て日本語教師として仕事をしていく過程で必要だと感じたのが教育工学、そしてインストラクショナルデザインでした。そこで、社会人になってから大学院に入り直し、教育工学の分野で修士課程を修了したのです。

日本語教育者の間では、以前からインストラクショナルデザインが注目されていました。それは、日本語教育の特殊性が関係しています。現在、文化庁文化審議会国語分科会において日本語教育能力に関する新しい資格制度の創設が検討されていますが、従来は小・中・高校における学習指導要領のような基準や教員免許のような資格はありませんでした。教育機関によって、採用条件(大学での専攻や教師養成講座修了、日本語教育能力検定試験合格など)は異なります。

また、教える国・地域や対象によって、教育環境やニーズも様々です。だからこそ、少しでも良い授業を行うための指針を探すために、インストラクショナルデザインの必要性が日本語教育の世界で広まったのでした。インストラクショナルデザインの考え方は、eラーニングのシステムや教材作りにも用いることができます。この点も日本語教育のような語学教育との相性が良かったのです。

授業を「デザイン」すれば、
効率・効果は上げられる

森田 淳子 准教授

「インストラクショナルデザイン」と聞いても、ぱっとイメージが浮かばないかもしれません。一つ例を挙げましょう。私が授業で実践していることの一つが、「大福帳」*3を使うことです。この大福帳はただの授業終わりに配られるコメントシートのように見えますが、授業の効率や効果を上げる工夫がなされています。大福帳には、その学期における授業の数だけコメント欄があります。そこに学生が各授業のコメントを書き、私もそれにコメントを書いて返す。簡単な往復書簡のような形式になっています。コメントがない日は休んだ日とわかる。出席管理の役目も果たしているのです。

出席への動機づけに有効だと言われていますが、日本語学習者の場合は別の効果も発見できました。例えば、初級の学習者だと、最初は英語で書かれていたコメントが何回目かの授業から日本語になることがあります。その日の授業で学んだ文型を使ってコメントを記入する学生もいます。コメントが時系列で可視化されると、上達の過程がはっきりとわかる。その時は私も嬉しいし、本人のモチベーションもぐんとアップします。

東工大のある授業で大福帳を使い、学期の最後にどうしてこの形式でコメントを書いてもらっていたのか説明したところ、熱心に質問をしてくる学生がいました。私の授業設計に興味を持ってくれたのです。その学生は、外国語教育にいかにAIを役立てるかという研究をしている、と教えてくれました。こんなとき、理工系を専攻する学生は日本語教育と関係がないかと思いきや、意外なつながりがあるということを実感します。

留学生をサポートする
「ランゲージパートナー」を育成したい

森田 淳子 准教授

2018年からは、「にほんご相談室」という留学生の日本語学習を支援する相談室を開設しました。週2回開催し、授業以外の日本語の相談や会話練習などの要望に応えています。

当初は日本語セクションの教職員が担当していたのですが、2019年度後期から本学の日本人学生や日本語ネイティブレベルの留学生にTA(ティーチングアシスタント)を担当してもらっています。その役割を「ランゲージパートナー」と名付けました。現在、3名が活躍中です。

東工大には1,700人以上の留学生がいますが、日本人学生と活発な交流が生まれているかというと、一部の学生間に限られているように感じます。大学も「国際人材の育成」を掲げていますので、もっともっと留学生と日本人学生、あるいは異なる国からの留学生同士の国際交流支援の必要性を感じたんです。

2020年以降は、文系教養の「言語学」の授業に日本語教育の要素を取り入れようと日本語セクションの先生方と計画しています。その授業を受けた学生が、ランゲージパートナーとして「にほんご相談室」に参加する。そんなサイクルができることを期待しています。

2019年6月に日本語教育の推進に関する法律が公布、施行されました。事業主は、雇用する外国人やその家族に対し、日本語教育の機会の提供など支援に努める責務があると明記されています。このように日本語教育を取り巻く環境も変化していますので、留学生の日本語学習支援に加えて、教員や研究者を含めた東工大の外国人スタッフへの日本語教育も促進していきたいです。現在、東工大の外国人教職員から日本語クラス受講希望を受けた場合、留学生対象クラスの定員に余裕があれば受け入れることで対応しています。しかし、留学生対象クラスの開講時間帯は勤務時間中のため参加できないという潜在的な学習希望者もいるかもしれません。

今後、ニーズ調査を実施し、教職員向けの日本語教育プログラムをデザインしていけたら、と考えています。このような取り組みや「にほんご相談室」TA育成プロジェクトは、日本語教育や教育工学分野における実践研究にもつながると考えています。私にとって楽しい、そして、目の前の誰かに喜ばれる、そんな研究を継続していきたいです。

東工大に来て、日本語教育についても教育工学についても、改めて学ばせてもらっている、と感じます。リベラルアーツというのは、学生時代だけでなく人生でずっと必要なこと。私自身も、分野や年齢を問わず、これからも学び続けたいと思います。

【参照】
*1 東京工業大学「東工大について『統計データ』
*2,*3 鈴木克明監修「インストラクショナルデザインの道具箱」北大路書房

Profile

森田 淳子 准教授

研究分野 日本語教育、教育工学

森田 淳子 准教授

佐賀大学経済学部を卒業した後、会社員を経て日本語教師に。2001年から2002年までYBM語学院江南校専任講師。2006年から2008年までJICA青年海外協力隊として、大連市第一中学に赴任。2008年から2011年まで、九州大学留学生センターで非常勤講師。2011年、2013年の夏に独立行政法人北方領土問題対策協会日本語講師派遣事業で国後島へ。2012年から2013年までサンクトペテルブルグ国立文化大学、サンクトペテルブルグ国立経済大学で講師を兼任。2014年に熊本大学社会文化学研究科(現・社会文化科学教育部)教授システム学専攻博士前期課程修了。2014年から3年間のキエフ国立大学での勤務後、2017年、東京工業大学に着任。2018年から准教授に。

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