リベラルアーツ研究教育院 News

「人」を切り口にした独自の視点で日本近世政治史を解き明かす

【歴史学】福留 真紀 准教授

  • RSS

2019.12.25

福留 真紀 准教授

歴史学は暗記ものでも机上の学問でもない
歴史と向き合うことで今の社会が見えてくる

リベラルアーツ研究教育院では、おもに「歴史学」を教えています。

理系の大学なので、「日本史は中学までしかやっていない」という学生も多いなか、関心を寄せてもらうためにいろいろ試行錯誤していますね。たとえば、学生が最初にとる「歴史学A」では、博物館をひとつのテーマとして提示することで、歴史は机上の学問だという思い込みを払拭します。

「博物館と歴史学」という人文学系ゼミでは、実際に博物館へ行って学芸員さんたちのお話を聞いたり、バックヤードを見学させていただいたりすることもあります。実際に足を使って歴史の痕跡に触れることで、歴史学が「静」ではなく「動」の学問であり、今私たちが生きている社会とも直につながっている、ということを伝えたいのです。

実際、歴史学というのは現代政治とも密接に結びついています。その事例として、授業では千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館の話を取り上げます。この博物館は国立では日本唯一の歴史博物館でありながら、2010年まで「現代史」の展示室が存在していませんでした。

それはなぜか。同博物館のオープンは歴史教科書の問題が大きくなっていた1983年で、先の戦争をどう位置付けるか、対外的にも国内政治においても摩擦が絶えなかったからです。国立であるが故に、ここで展示したものが国の見解であると見なされてしまう。そうしたジレンマのなか、日本史のあり方や史実とどう向き合えばいいのか、そもそも歴史とは何か、という問題提起をするわけです。

手がかりとして、どの授業でも最初に配るのが、大隅和雄先生の著作『日本の文化をよみなおす―仏教・年中行事・文学の中世』(吉川弘文館、1998年)に収められた「史実と架空のあいだ」というエッセイです。大隅先生は私の大学時代の恩師であり、ノーベル賞を受賞された本学の大隅良典栄誉教授のお兄様でもいらっしゃいます。

エッセイの中で先生は、歴史には「史実」と語られた歴史である「物語」があるとしたうえで、架空の物語も歴史の語られ方という意味では歴史学を構成する要素のひとつであると書かれています。そして、先生にとっての歴史には、1943年~1945年という時期に国民学校で教えられた「日本の歴史」も含まれている。

これら3つの歴史の成り立ちとそれぞれの意味を考えることが歴史学の課題であり、その鍵は「史実と架空のあいだ」にある──と、文章は締めくくられます。東工大生にしてみれば、大隅先生のお兄様ということでアンテナに引っかかるし、示唆に富んだ内容は歴史学へのアプローチとして最適で、これを機に歴史というものを考えることに興味を持ってくれる学生もいるのです。

歴史を紡ぎ出す「人」にこだわって
側近の立場から徳川幕府の政を研究

福留 真紀 准教授

私が研究しているのは、「日本近世政治史」です。

政治史というと、政策や法令の研究だと思われがちですが、私が対象とするのはあくまで「人」。政(まつりごと)の背景には、必ず人間がいるからです。そのなかでも、とくに徳川将軍側近に焦点を当てた研究をしています。徳川幕府の政治史を見通すうえで、将軍側近の存在は欠かせません。彼らがどんな権力を持ち、どう動いたかを辿っていけば、各時代の将軍の姿が浮き彫りになり、ひいては江戸時代という歴史全体が見えてくるのです。実は、かなりの部分で、政治は姻戚関係で動いているということが、探れば探るほどわかってくるのですが(笑)

もちろん、研究にあたっては、さまざまな大名家の史料を求めて日本各地を訪れたり、と「足」も使うし、古文書の「読み解き」も必要です。膨大な史料の中から史実を見極めなくてはならないし、逆に史料がまったくなくて途方に暮れることもあります。それだけに、新たな発見に出会えた瞬間の喜びはひとしおです。これも歴史研究の醍醐味ですね。

私がここまで歴史に興味を持つようになったきっかけのひとつは、小学生の頃にテレビで見た年末時代劇「忠臣蔵」にあります。見終わったとき、「家族や恋人を置いて、殿様のために死んでしまう武士っていったい何なんだろう」という強烈な疑問が湧き上がってきたんです。その謎を解き明かしたくて、本を読みあさったりするうちに、本当の歴史とドラマは違うということに気づいて、そのうち時代劇は、あまり見なくなってしまいましたが。ただ、小学校で歴史を習う頃には、授業で教わることがよく分かり、「遊びの延長が勉強につながった」感じでした。

今もその延長線上にいるわけですが、具体的にこの道を選んだのは、史学科を受験しようと決意した高校2年生のとき。当時から、「江戸時代」の研究者になりたいと思っていました。でも、リベラルアーツ研究教育院に来て、ほかの先生方の多彩なバックボーンに触れてからは、歴史に夢中になるだけでなく、ほかにももっとたくさんのことを学んできたほうが知識の幅を広げることができたのに、と少し残念に思ったりもしています。

震災・防災、土木・建築など
理工領域と歴史学が交わる分野は多い

福留 真紀 准教授

持てる知識の幅を広げるというのは、まさにリベラルアーツ研究教育院がやろうとしていることです。リベラルアーツは、これを知っていればすぐ役に立つという学問ではありませんが、専門以外にも豊かな視野を広げる手助けになる。何より、専門を究めるあまりにそれ以外のことは排除してしまいがちな学生の姿勢を正したいという思いが、私自身にはあります。歴史学に限っていえば、学生自身の研究への直接的な関わりや損得などを考えず、まずは楽しくて面白いものだという視点で取り組んでもらいたいと思っています。

とはいえ、理工領域と歴史学が交わる分野はいくらでもあります。わかりやすい例でいうと、震災です。たとえば、東日本大震災は、869年の貞観地震と相似しているといわれます。千年以上も前の震災経験を現代の防災に活かすには、我々歴史学者が古文書である当時の記録を読み解いて、理系の研究者に分析してもらう作業が必要です。また、熊本地震で一部が倒壊した熊本城の復興に際しても、築城当時の史料や図面をひもとくためには古文書読解や歴史の知識が不可欠です。このように理工系の学問と歴史学がコラボして行われるプロジェクトは現実にいくつも存在し、まったくの無関係というわけではないのです。

リベラルアーツを知の糧として
「日本人とは何か」を問い続けてほしい

福留 真紀 准教授

リベラルアーツや歴史を学ぶ目的のもうひとつは、「日本人とは何か」の探求にあります。海外で仕事をする研究者は、異国の文化や民族性に囲まれるなかで自然とそのテーマに行き着くといいます。私の教えている東工大生の中にも、研究で使う実験動物に対する感覚が欧米人と日本人では異なる、と肌で感じている学生がいます。彼は、「この違和感の正体を突き止めるためにも、日本史を学ばなければいけないと気づいた」と言うんです。教える側としてはうれしい限りですが、最初から歴史ひと筋で学んできた私には思いも寄らない学生の視点に驚かされたりもしました。

グローバルな活躍が期待されている東工大生には、つねにこの「日本人とは何か」を問い続けてほしいと願っています。リベラルアーツや歴史学は、その拠り所となる学問です。リベラルアーツ研究教育院にはすばらしい先生方がたくさんいらして、さまざまな分野で持てる知識を披露されているので、学生にはとても刺激になっていると思います。地方の大学から赴任して2019年時点で東工大3年目の私自身、目からウロコが落ちる思いで同僚の先生方のお話に聞き入っているのですから間違いありません。

東工大で学べるのは、とても価値のあること。その機会を存分に活用して、真に豊かな学生生活、研究活動を楽しんでもらいたいですね。

Profile

福留 真紀 准教授

研究分野 歴史学

福留 真紀 准教授

1973年東京生まれ。東京女子大学文理学部卒業。2003年お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。「徳川将軍側近の研究 ―綱吉~吉宗期を中心に―」で博士(人文科学)取得。日本学術振興会特別研究員、長崎大学教育学部准教授などを経て、2017年より東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授に。著書に、『徳川将軍側近の研究』(校倉書房)、『名門譜代大名・酒井忠挙の奮闘』(角川学芸出版)、『将軍側近柳沢吉保 いかにして悪名は作られたか』 『将軍と側近 室鳩巣の手紙を読む』 『名門水野家の復活 御曹司と婿養子が紡いだ100年』(すべて新潮社)などがある。

  • RSS

ページのトップへ

CLOSE

※ 東工大の教育に関連するWebサイトの構成です。

CLOSE