リベラルアーツ研究教育院 News

語学と美術を通して、中国と日本についての理解を深めたい

【日中美術交渉史】戦 暁梅 准教授

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2020.02.17

戦 暁梅 准教授

生きた中国語と多面的な中国を学ぶ

リベラルアーツ教育研究院では、中国語のほとんどの語学科目、初級、中級、上級から文化演習まで、そして関連科目の外国語への招待・中国語編、世界文学入門・中国編を担当しています。ここ数年、中国語を履修する学生が増え、第二外国語のなかでも最も履修者数が多い言語となりました。日本と中国、これだけ近い国ですから、将来の就職やビジネスでの関わりを想定して選択する学生が多いようです。同じ漢字文化圏同士、読解がしやすく学びやすそう、というイメージもあるようですね。

授業で最も心を砕いているのは、生きた中国語を身につけてもらうことです。

初級からできるだけ自然な言葉を覚えていけるようにと、中国語教室では統一教材を編纂しました。実は、他大学で使われている教材よりも内容は多いのですが、1年を4つのクォーターに分け、四半期それぞれに明確な目標を立てて階段を登っていきます。たとえば第1クォーターのテーマは、「きれいな発音で自己紹介しよう!」。時間をかけて複雑で難しい中国語の発音に慣れ、自然な自己紹介ができるようになることを目指します。

中級以上になると、発音や文法だけでなく、中国への理解を深めることも重要なテーマです。ニュースで報道される一面的な中国だけでなく、学生の興味に合わせて、さまざまな視点から中国を感じてもらいたい。立体的な中国像が立ち上がるように、古典や現代文学から、歴史や時事まで、中国の光の部分だけでなく暗い面も取り上げながら学んでいきます。

学生の主体性を育てる
立志プロジェクトの効果を実感

戦 暁梅 准教授

語学習得には、覚えた言葉を実際に使ってみることが大切です。授業では、グループやペアを作って会話練習をする時間も多くとっています。

以前は、なかなかグループができなかったり、ペアになっても会話練習がなかなか進まなかったり、という光景もよく見られました。2016年に東工大立志プロジェクトがスタートしてから、主体的に参加できる学生が格段に増えましたね。私自身、2017年から立志プロジェクトの授業も担当していますが、授業のはしばしでその効果を実感しています。

立志プロジェクトに携わるようになって、中国語の授業以外でも学生たちと関わることができるようになったことも私にとって大きな収穫です。学生たちが普段、どんなことを考え、どんなことに興味を持っているのかが明確にわかるからです。彼らと一緒に講堂講義を聞き、個別のクラス講義を担当して、グループワークを実践させる。どんなアプローチをすれば学生たちがより積極的に授業に参加するようになるのか、語学授業にいかせる学びをたくさん得られている、と感じています。

ただ、新入生のなかには、立志プロジェクトの講義内容に圧倒され、ちょっと受け身になってしまう学生もいます。東工大生には、自分たちが持っているもの、自分らしさを大事にしてほしい、と思います。もちろんよいと思ったことはどんどん取り入れ、トライしていく姿勢は大切です。ただ、講義で教わることは、マニュアルではない、ということも頭に入れておいてほしい。取捨選択をしながら、自分をもう一度考え直すためのきっかけとして活用してもらえるといいですね。

立志プロジェクトの少人数ディスカッションも、最初は得意不得意があります。積極的に発言し、議論をリードしなければいけないと思うと、ハードルが高く感じてしまう新入生も多いでしょう。私自身もディスカッションが得意ではないので、尻込みしてしまう学生の気持ちもよくわかります。そんなとき、発言がたくさんできなかったからといって、自分を責めてほしくない、と思うのです。人の話をよく聞いてメモをとったり、議論の流れを整理したり、自分の強みをいかして、発言以外で貢献することもとても大事です。こうあるべきという単一の理想像に縛られず、一人ひとりの持ち味を伸ばすことを大事にしていきたい、と強く思います。

富岡鉄斎の力強い画風に魅せられて

戦 暁梅 准教授

私自身の研究分野は、近代における日中の美術交渉史です。日本と中国の近代史を見る時、どうしても対立した負のイメージが目立ちますが、しかし美術の分野から見る場合、日中の美術は実は緊密に依存する関係にありました。とくに近代の中国美術にとって、理念や様式、教育体系の受容の相手として、また西洋美術を学ぶ媒介として、日本はなくてはならない存在でした。

そして文人画のような、日中共通の絵画ジャンルもあります。詩、書、画、印の調和が重要視される中国の伝統絵画で、日本においては「南画」とも呼ばれた絵画ジャンルです。近代に入り、西洋美術の影響が強くなるなかで、文人画を含む伝統美術をどう存続させ、発展させるか。これは日中の画家たち共通の課題でした。

私は、日本の文人画家のなかでも「最後の巨匠」と呼ばれる富岡鉄斎に強く心惹かれ、修士論文、博士論文まで一貫して研究対象としてきました。富岡鉄斎は幕末から明治、大正期を生きた文人画家で、中国の古典に題をとった作品を多く描いた人物です。

美術館で鉄斎の作品を見て、「おっ!」と息を飲むような、圧倒されるような経験をした方もいるかもしれません。遠近法を無視してときには画面いっぱいにみなぎるようなダイナミックな彼の画法は、見る人に強いインパクトを残します。その一方で、じっくり見ていると、細部に至るまで綿密に計算をされていて、大胆にシンプルに描かれているような線でも、的確に対象の表情や動きを捉えていることに気づくはずです。

私にとってのきっかけは、図書館で偶然手にした鉄斎の画集でした。パラパラとページをめくっていたとき、赤い牡丹を描いた作品に目がとまったのです。

牡丹といえば、富貴を象徴して、大輪で華やかな花というイメージがあります。ところが鉄斎のこの牡丹は、抑えられた赤色と墨で描かれ、一見すると汚くさえ見えるほどです。たった一輪の牡丹が岩に遮られながらも、力強く顔を覗かせているのを見ると、美しさよりもむしろ凛とした、精神的強さに満ちているように感じました。牡丹に添えられた史記の一節、「富而不驕(富て驕らず)」という言葉とともに強く心に残り、その大きな印象が私を鉄斎研究と向かわせることになりました。

博士論文では、富岡鉄斎の作品に題された賛文を手掛かりにして、鉄斎の奔放な画風の背後にある思想的源泉を探ることにしました。富岡鉄斎には賛文から入る先行研究が少なかった。そこで、とにかく片っ端から作品にあたって賛文を読みながら、鉄斎が何を求めて描いていたのかを辿っていく地道な研究を積み重ねました。

論文執筆の際には仮説を立て、検証する手法が一般的ですが、当時の私には仮説を立てることすらできなかった。膨大な作品と首っ引きでキーワードを洗い出し、資料を読み込み、もう一度キーワードを整理し直す。そのような作業の繰り返しのなかで、さらにどんどんと鉄斎や近代の日中の文化交流の歴史にのめり込んでいったように思います。

美術史から浮かび上がる、
生身の人間の存在感

戦 暁梅 准教授

その後は、1920-30年代の日中美術交流の研究を進めています。

1920年代から日中関係が決定的に悪化するまで、何度か日中連合で開かれた展覧会がありました。1920年代、すでに中国では反日感情が激しくなっていましたが、そんな時代に日中の画壇の緊密な連携のもとに、大きな展覧会が開かれていたことは興味深い事実です。それまで日本で開かれた中国絵画の展覧会といえば、コレクターが収集した古い時代の作品の展示がほとんどでしたが、この連合展覧会では、同時代に生きる画家の作品が多く展示されています。これも、日中の伝統画壇が、自分たちの存在をアピールし、国粋主義や保守的といった従来のイメージを覆そうと奮闘していたことの表れではないか、と考えられます。

また、日本人美術家の旧満州体験についての研究も、基礎資料の発掘の仕事に加わりながら、進めています。近代以降に、日本の画家や美術家の多くは中国大陸を訪れる経験を持つが、その大陸体験は、彼ら自身の芸術にとって、さらには近代日本の美術史や文化史にとってどのような意味を持つのか、旧満州に限定して、その大陸体験を追っています。

この分野はまだ研究者が少なく、とくに日本では、近代の中国美術にどんな人物がいて、どんな作品があるのか、その人物や作品の魅力は、歴史的背景やある程度の基礎知識がないと、なかなか伝わりにくいというのが現状です。それで、一般向けに近代中国美術の魅力を伝えるための執筆もしています。

専門とする領域については、社会・人間科学コースでの「文化芸術分野方法論」のなかでお話しています。

美術を通して見てみると、政治経済面とはまた違う両国の距離や価値観、そこで行き来した人間同士の存在が鮮やかに浮かび上がってきます。学生たちの感想を見ても、「1920年代に、自分たちと同じような人間がいたということを改めて感じた」という反応が多く寄せられています。どうしても政治や軍事、経済に目がむきがちなこの時代の日中関係ですが、美術史や文化交流という別の視点に立つことで新しく見えてくることがたくさんあります。講義では、私が一方的に講義をするだけでなく、象徴的なトピックをテーマに学生たちの感想、意見を聞くような時間も意識的に設けています。

たとえば、日本においても中国においても、長らくヌードはタブーとされていました。近代美術史の上で、それぞれの国にヌードをめぐる事件がありましたが、それについて現代に生きる学生たちはどう感じるか。当時の社会状況なども鑑みながら、ディスカッションで議論を深めていくと、当時、自国の美術を発展させようと奮闘していた画家たちの行動の理由や心情などが、より真に迫ってくるようです。

こうした授業を通して感じるのは、東工大生の論理的思考力のレベルの高さです。日々、専門の研究で論理的に考え、分析することが習慣づいている東工大の学生は、論を整理して構築するのが非常に上手ですね。私の授業では、自由奔放にいろいろな情報を与えていますが(笑)、学生たちがときに自分の研究分野に引き寄せながら、それぞれに美術史や美術の鑑賞を楽しんでいる姿にはいつも感心させられます。

たとえば授業のなかで「芸術作品の保存法」について発表した学生がいます。彼は材料工学を専攻していて、紙や絹などの素材ごとに、どんな保存をすれば最適かという考察を行いました。専門の知識と授業で感じた気づきを見事に結び付けた素晴らしい発表で、私にとっても勉強になる内容でした。ほかにも伝統的寺社建築について、建築学の知識を駆使して発表した学生や、近代美術の人物やグループの相関性を詳細にまとめた学生も。講義を出発点に、知的好奇心を発揮して学びを深めていく姿勢は、リベラルアーツの本質だと思います。

意欲的な学生と応えられるよう、私自身はもっと専門性を高めていかなければと、気持ちを引き締めています。私の専門分野は、理系の学生からすれば「なぜその分野を選んだんだろう?」と不思議に思われるものかもしれません。でも、どんな分野でも深く追求し続けていけば、人間や社会の本質に触れる成果が返ってくる。そうしたことも伝えていける教師でありたい、と思うからです。語学の授業が中心の教授活動のなかでは、専門の研究に割ける時間は限られていますが、コツコツと積み重ねていくことが大事だと感じています。

美術をはじめとした芸術は、知識がなくても楽しめるもの。でもそこに知識や情報が加わると、また違った風景が見えてくることもあります。

「美術はわからない」「伝統絵画は馴染みがない」と身構えず、理工系の東工大生だからこそ、芸術を楽しんでもらえたらうれしいですね。

Profile

戦 暁梅 准教授

研究分野 日中美術交渉史

戦 暁梅 准教授

中国吉林省長春市生まれ。1994年中国東北師範大学外国語学部日本語科卒業。1997年、北京日本学研究中心修士課程・文化コースを修了後来日し、2001年、総合研究大学院大学文化科学研究科国際日本研究専攻博士後期課程を修了、学術博士。国際日本文化研究センター講師、日本学術振興会外国人特別研究員を経て、2004年より東京工業大学外国語研究教育センター助教授に着任。2007年学校教育法改正に伴い准教授、2016年より現職。著書に『鉄斎の陽明学』、共編著に『近代中国美術の胎動』がある。論文発表のほか、基礎資料の発掘に関わる執筆も多数。

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