応用化学系 News
東京工業大学の工系3学院は海外の大学に学生を派遣する「工系学生国際交流プログラム」を進めています。2020年度の派遣募集説明会および2019年度夏季に留学した学生による報告会を11月6日、大岡山キャンパス本館で開催しました。
工学院、物質理工学院、環境・社会理工学院の3学院は、国際的感覚を持つ工学を専門とする高度技術者を養成するため、所属学生を海外の大学等に派遣する支援を合同で行っています。この学生国際交流プログラムは、海外で様々な国の研究者や学生と共に研究を行うことで専門性を深め、さらには、より広範な先端科学技術と知識を学びながら異文化に触れることで、学生自身の修学意欲の一層の向上と国際意識の涵養を図ることをねらいとして実施しています。
前半に行われた募集説明会では、工系国際交流委員会主査の竹村次朗准教授(環境・社会理工学院 土木・環境工学系)がプログラムの概要ならびに、この日から募集開始となった2020年度の夏期派遣について説明を行いました。また、グローバル人材育成推進支援室 太田絵里特任教授から、当プログラムによる留学は、科学・技術の力で世界に貢献する人材の育成を目的とする教育カリキュラムである「グローバル理工人育成コース」上級の修了要件の一部を満たす、との説明がありました。
後半には2019年度の工系留学報告会が行われました。これは、当プログラムで2019年夏季・秋季に短期留学した学生が履修対象となっている講義「国際研究研修」の一環として実施されたものです。
派遣先大学と発表者(計11名)は以下の通りです。(順不同、敬称略)
派遣先大学 | 発表者(所属・学年は発表当時) | 留学期間 |
---|---|---|
アーヘン工科大学(ドイツ) | 木村直人(工学院 機械系 博士課程2年) | 2019年6月~8月 |
丸一優理子(物質理工学院 応用化学系 修士課程2年) | 2019年6月~9月 | |
オックスフォード大学(英国) | 伊藤由実子(物質理工学院 応用化学系 修士課程2年) | 2019年7月~9月 |
呉晗(物質理工学院 応用化学系 修士課程2年) | 2019年7月~8月 | |
ケンブリッジ大学(英国) | 芦葉舞(物質理工学院 材料系 修士課程1年) | 2019年6月~9月 |
カールスタード大学(スウェーデン) |
岡朋宏(工学院 機械系 修士課程2年) | 2019年6月~9月 |
加藤千尋(物質理工学院 材料系 修士課程1年) | 2019年6月~9月 | |
ソルボンヌ大学(フランス) | 金旻宣(物質理工学院 応用化学系 修士課程2年) | 2019年5月~7月 |
マドリード工科大学(スペイン) | 松島弘樹(環境・社会理工学院 建築学系2年) | 2018年8月~2019年8月 |
カリフォルニア大学サンタバーバラ校:UCSB(米国) | 蒲田瑞季(物質理工学院 応用化学系 修士課程1年) | 2019年6月~9月 |
ハワイ大学マノア校(米国) | 角廣泰生(環境・社会理工学院 融合理工学系1年) | 2019年6月~9月 |
報告会では、留学経験者が留学生活について英語で発表を行いました。
留学ではアウトプットも大切
今回、私は留学環境に大変恵まれ、研究室にも寮にも日本人が1人もいない環境で2ヵ月半過ごしました。そして、日本の文化や政治、歴史など多くの事柄について興味を持ち尋ねてくれる人に多く出会い、日本の生活について話したり、他のアジア諸国との違いを話したりする機会が頻繁にありました。
その中で、私は現地の多くの人にとって、唯一の日本人の友達となったため、自分の話す内容や態度までもが日本人全体の印象となり得ると感じていました。仮に、日本人に関してネガティブな印象を与えたとしたら、次に来る日本人留学生をまともに扱ってくれなくなるかもしれません。日本という国に対してもネガティブな印象ができてしまえば、彼らが日本の科学技術や産業を見る目も変わってしまうかもしれません。大げさではありますが、日本を背負っているのだという思いがいつも頭の片隅にあり、世の中で起きていることをより大きな視点で考えた上で、自分の考えを伝えるよう意識するようになりました。
また、派遣先の研究所では日本製の実験装置も多く使われており、中には30年以上経った今も壊れる事なく精密なデータを提供している装置があることに驚きました。そして、そのような日本の技術力を守り発展させていくには、国内で研究活動が活発に行われているだけでなく、新たな技術を多くの場所で利用されるよう発信する取り組みも必要ではないかと感じました。国際化が進み、また情報に溢れる今の社会では、個人の小さな出来事さえも大きな反響を呼び、ちょっとした印象が世の中の流れを大きく変えることもあり得るようになりました。私たちの些細な行動や発言が誰かの考え方を変え、それが広まることもあるかもしれません。得意不得意に関わらず様々な情報に触れ、必要なタイミングで意見できることの重要性を感じました。
留学は、これまでと全く異なる環境に身を置くことで、学業や文化、さらには人生について新たに学ぶ、インプット重視の経験という印象がありました。しかし今回の派遣を経て、留学では必要な時にきちんとアウトプットすることも大切だと強く感じました。その際にまず重要なのは、語学に優れていることでも博学であることでもなく、諦めずに自分の考えを伝え、相手の意見を聞き、互いを良く知ろうとする積極的な姿勢だと思います。これから留学する皆さんには、ぜひ日本を代表する意気込みで渡航して欲しいです。その先にはきっと眼を見張るような世界が待っていますよ!
日本から出たことのない私にはすべて新鮮
そもそも私は海外に行くのはこれが2回目で、プライベートでの海外旅行に行ったことがなく、海外に対する馴染みが全くといっていいほどない方だったと思います。
今回留学して最もよかったことは、自分が外国人という自覚をもった上で現地の生活をこなせたことでした。今まで日本で生活している間は自分が大多数に属していて、なんとなく絶対的な安心感の中で生きてきました。はじめて外国人という立場で母国語が英語ではない国で生活してみて、些細ながらも様々な場面で困ることや不安に思うことが多々ありました。
たとえば洗濯機がうまく動かなくなってしまったとき、エラーがスウェーデン語表記で出てきます。わからない。電車に乗るとき、遅延した際の放送がスウェーデン語。わからない。生活圏が田舎だったこともあり人に聞いても英語が話せない方もいて、日本では直面しないような場面に何度もあいました。また当然文化の違いもあり、日本で当たり前だと思っていたことが決して当たり前ではないということをまじまじと思い知らされました。それは実際に生活してみないと分からないことであり、ほとんど日本から出たことのない私にとってそれらはすべて新鮮でしたが、受け入れて生活することができました。また英語圏ではない国であるからこそ、英語がより身近に感じられるほか、現地の言葉にも愛着を持てるようになりました。大変ではありましたが、非常に良い経験になったと思います。
研究面でも収穫がありました。私が東工大で行っている研究は材料工学の分野で実際に手を動かして実験を行いますが、今回の研究はシミュレーションのためのコードをいじったり、お金の計算をしたり、ずっとパソコンの前でデスクワークをする研究で、普段とは全く違うタイプの研究をすることができました。実際やってみて分かったのですが、私は手を動かして実験するほうが好きです。今まで何が好きなのかよくわからないあやふやな部分がありましたが、一度離れて違う研究をすることで自分を見つめ直すことができました。また全く分野の違う人に自分の研究を伝えることの難しさも痛感し、より自分の研究をわかりやすく伝えたいという気持ちにもなりました。
3ヵ月という期間は私にとってちょうどいい長さの留学でした。渡航前は、一度も親元を離れずに育ってきた私にとって割と長い期間だと思っていましたし、正直不安も大きかったです。実際過ぎてみると本当に一瞬のように感じますが、思い返してみると経験したことはかなりたくさんありました。そして様々な場面で多くの人に支えられた留学生活でした。
研究所に雇用される修士・博士課程の学生
アーヘン工科大学では、日本における研究室にあたるものはInstitute(研究所)と呼ばれており、日本の研究室よりもずっと大きな規模を持っています。私の派遣先のIGMR(Institute of Mechanism Theory, Machine Dynamics and Robotics)では、建物1つを研究所が所有し、そこで多くの学生が機構学、機構のダイナミクス、ロボティクス(ロボットの動作計画やセンシング等)といった幅広いテーマで研究を行っています。
日本の研究室とは異なり、研究所における研究の主体は十数人の博士課程の学生たちです。彼らは研究所に雇用される形で給料を得ており、その分学生の指導や産学連携プロジェクト等、博士論文研究と異なる仕事もこなしています。一方、修士課程の学生はリサーチ・アシスタント(研究助手)として雇用され、博士課程の学生の研究の手伝いをしています。このようなシステムであるがゆえ、彼らにとっての研究のモチベーションは「学び」というよりはむしろ「仕事」です。そのため、彼らはまるで会社で働くがごとく、朝早く研究所に来て、定時には帰宅します。私も、日本にいた頃とは異なり、彼らに合わせてこのような規則正しい研究生活を送ることになりました。1日に研究できる時間が決まっているものの、それがかえって気を引き締めることになり、研究に集中できました。また、研究を行うオフィスは、2~3人ごとに割り当てられる個室であるため、研究に集中しやすい非常に良い環境でした。そのため、3ヵ月という短期間でもそれなりに研究成果を出すことができました。
私が在籍している東工大の研究室では、博士後期課程学生も研究室のミーティングでプレゼンを行い、研究に関するフィードバックを教授から直接受けることができます。しかし、派遣先の研究所では、博士課程の学生が教授から直接そのような指導を受けることは少ないそうです。そのため、学生間で研究のディスカッションがよく行われています。私も研究がうまくいかなくなった時は、同じ専門分野の博士課程の学生たちとディスカッションを行っていました。専門分野に関して互いにディスカッションする博士課程の仲間がたくさんいる環境は私にとって非常に心地よく、また羨ましく感じました。
本イベントは、留学プログラムについての理解を深めるとともに、帰国して間もない留学経験者からの新鮮な現地情報や感想に触れることができる機会でした。本プログラムへの応募を検討している学生も積極的に質問し、意見交換や情報交換が活発に行われました。
参加者に配布したアンケートには「留学に対してのイメージがつかみやすかった」「プレゼンターが全員楽しそうに発表している姿に感化された」「研究について違った側面から考えることができるのは素晴らしい」といった感想もあり、留学を検討している学生にとって、大変有意義な時間となりました。
夏期派遣は一年の中でも特に人気があります。その理由としては、(1)夏季休暇を利用できるため、本学でのカリキュラムとの調整がしやすい、(2)留学やその準備が就職活動等と両立して進められる、(3)年に1回のみの募集および派遣の対象である3学院夏期短期学生交流プログラム(Summer Exchange Research Program:SERP)が含まれ、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校などの欧米先進大学へ留学できること等が挙げられます。工学院、物質理工学院、環境・社会理工学院の3学院は、欧米や豪州・アジアの有力大学との学生国際交流協定締結を推し進め、派遣先の質と量を確保できるように活動を拡大しています。