応用化学系 News
新しい物質探索アプローチとして期待
東京工業大学 物質理工学院 材料系の大見拓也大学院生、同 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所(自律システム材料学研究センターResearch Center for Autonomous Systems Materialogy(ASMat)兼任)の東正樹教授、山本隆文准教授、同 化学生命科学研究所(ASMat兼任)の福井智也助教(応用化学コース 主担当)、福島孝典教授(応用化学コース 主担当)らの研究グループは、太陽電池材料として注目される有機-無機ハイブリッドペロブスカイト[用語1]に分子イオンを添加することによって新規化合物を合成し、これまで知られていなかった一連の派生構造が形成されることを明らかにした。
FAPbI3(FA = CH(NH2)2)などの有機-無機ハイブリッドペロブスカイト化合物は、太陽電池、蛍光体などさまざまな分野で応用が期待されている半導体材料である。本研究では、ペロブスカイトFAPbI3のヨウ化物イオン(I−)の一部を分子性のイオンであるチオシアン酸イオン(SCN−)[用語2]に置き換えることで、柱状欠陥が整列した新規化合物FA4Pb2I7.5(SCN)0.5の合成に成功した。この化合物は、同グループが過去に報告した柱状欠陥を持つFA6Pb4I13.5(SCN)0.5[用語3]と合わせて、欠陥量に対応する1/n(nは整数)を使ってFAn+1Pbn−1I3n−1.5(SCN)0.5として系統的に記述できる。さらに、nの値を変えることで光学特性が制御できる。有機-無機ハイブリッドペロブスカイトにおいて、欠陥の整列に基づく化合物系列が示された例はこれまでなく、この法則に基づいたさらなる新規物質の発見が期待される。
本研究には、コロラド州立大学のJames R. Neilson(ジェームス・ネイルソン)准教授、東京工業大学の谷口航大学院生、長瀬鉄平大学院生、ビクトリア大学の春田優貴博士研究員、Makhsud I. Saidaminov(マクスード・サイダミノフ)助教らが参画した。本研究成果は、4月17日付(日本時間)「ACS Materials Letters」誌のオンライン版にオープンアクセスで掲載された。
ABX3の組成式で表されるペロブスカイト型構造[用語4]を有する酸化物(ペロブスカイト酸化物; X = O)は、その優れた特性から盛んに物質開拓が進められてきた。この構造は、BX6八面体が頂点共有で3次元的につながったネットワークと、その間隙を占めるAからなる。ペロブスカイト酸化物では、酸素欠陥(δ)が規則的に配列した多様なペロブスカイト派生構造(ABO3−δ)が発見されており、イオン伝導、固体触媒、超伝導など幅広い分野で応用されている。
このペロブスカイト構造を有する有機-無機ハイブリッドペロブスカイト化合物は、ペロブスカイト太陽電池[用語5]や発光材料、X線検出器などの光学材料への応用で近年大きな注目を集めている。Aの部分を多様な有機分子が占められることから、これまで数多くのペロブスカイト派生構造が発見されている。こうした派生構造では、BX6八面体のつながりを変えることで光学特性を制御可能である。一方で、ペロブスカイト酸化物で盛んに研究されてきた、欠陥が規則的に整列する化合物系列は、有機-無機ハイブリッドペロブスカイト化合物ではこれまで報告がなかった。
本研究では、ペロブスカイトFAPbI3に含まれているヨウ化物イオン(I−)の一部を、分子性のイオンであるチオシアン酸イオン(SCN−)に置き換えることで、新しい層状ペロブスカイトFA4Pb2I7.5(SCN)0.5(図1 c)の合成に成功した。単結晶を用いたX線結晶構造解析の結果から、この新規化合物では、ペロブスカイト構造の基本骨格を維持したまま、チオシアン酸イオンがペロブスカイト構造に柱状の穴を開け、その穴(欠陥)が層状に整列していることが明らかになった。これは、ペロブスカイト構造中の三次元に連なったPb-I結合に対して、チオシアン酸イオンがキャッピング剤として機能することで、柱状欠陥の形成に寄与したと考えられる。
本化合物は、研究グループが昨年報告したFA6Pb4I13.5(SCN)0.5(図1 b)と合わせて、新しいペロブスカイト派生構造FAn+1Pbn−1I3n−1.5(SCN)0.5として統一的に記述することができる。ペロブスカイトFAPbI3、FA6Pb4I13.5(SCN)0.5、FA4Pb2I7.5(SCN)0.5はそれぞれn = ∞、n = 5、n = 3に対応する(図1 a-c)。ここで1/nが柱状欠陥の存在量に対応することから、チオシアン酸イオンの導入量により構造を制御できることが今回明らかとなった。
加えて、この新しいペロブスカイト派生構造を持つ化合物系列では、欠陥量が増加する(nが小さくなる)と光学特性に寄与するPbI6八面体のつながりが途切れ、光学バンドギャップが大きくなることが分かった。またFA4Pb2I7.5(SCN)0.5 (n = 3)は、PbI6八面体の二次元的なつながりに対応して、UV照射下で高輝度の赤色発光を示した。このことから、欠陥工学に基づくペロブスカイト探索をさらに推進することで、光機能材料としての発展が期待できるといえる。
欠陥の整列に基づいた構造設計はこれまで、ペロブスカイト酸化物において盛んになされていたが、有機-無機ハイブリッドペロブスカイト化合物で系統的に欠陥の整列を制御した例はなかった。今回報告した化合物系列では、1/nが柱状欠陥の存在量に対応するという法則が見られ、実際にn = 3とn = 5の化合物が発見された。今後は他の整数でも新規構造が見つかることが期待されるとともに、他の元素や分子の組み合わせでもこの法則に基づいて次々に新規物質が見つかると期待できる。本研究成果は、全く異なるものと考えられていた酸化物と有機-無機ハイブリッド化合物の間に共通点を見出したという意味で、学術的に意義深い。同時に、実用面ではまだまだ改良の余地の大きな有機-無機ハイブリッドペロブスカイト化合物に対して、新しい物質探索のアプローチを示した点で重要であるといえる。
本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 特別研究員奨励費「擬ハロゲンに着目した新規有機-無機ハイブリッドペロブスカイトの探索と機能開拓(課題番号:22KJ1328、代表:大見拓也 東京工業大学 大学院生)」、学術変革領域研究(A)「超セラミックス:分子が拓く無機材料のフロンティア(課題番号:22H05147、分担:山本隆文 東京工業大学 准教授)(課題番号:23H04617、代表:福井智也 東京工業大学)」、国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクト等の助成を受けて行われた。
[用語1] 有機-無機ハイブリッドペロブスカイト : ここでは無機イオンから構成される結晶骨格と、分子性の有機イオンが共存する化合物を指す。FAPbI3(FA = CH(NH2)2)などのハイブリッドペロブスカイト化合物が典型例である。
[用語2] チオシアン酸イオン : イオン式SCN−で表される、一価の分子性の陰イオン。3つのS, C, N原子が直線的に並んだ形状をしている。有効イオン半径は約2.2 Åであり、ヨウ化物イオン(I−)と同等であるが、直線型の形状に起因した異方性を持つ。
[用語3] FA6Pb4I13.5(SCN)0.5 : 本研究グループによって2023年に報告された新規化合物(一次元の欠陥が整列した新しい有機−無機ハイブリッド化合物|東工大ニュース)。
[用語4] ペロブスカイト型構造 : ABX3(一般的にAおよびBは陽イオン、Xは陰イオンが占める)の組成を持つ化合物に現れる結晶構造。鉱石である灰チタン石CaTiO3がその名の由来である。
[用語5] ペロブスカイト太陽電池 : 色素増感型太陽電池の一種で、光吸収層にペロブスカイト材料を用いたもの。製造が簡便であり、また軽量かつ柔軟な薄膜にできることから、太陽電池材料として大きな注目を集めている。近年、盛んな研究開発により急速に発電効率を向上させている一方で、安定性の低さや毒性などの問題点の解決が望まれている。
掲載誌 : | ACS Materials Letters |
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論文タイトル : | FA4Pb2I7.5(SCN)0.5: n = 3 Member of Perovskite Homologous Series FAn+1Pbn−1I3n−1.5(SCN)0.5 with Columnar Defects |
著者 : | Takuya Ohmi, James R. Neilson, Wataru Taniguchi, Tomoya Fukui, Teppei Nagase, Yuki Haruta, Makhsud I. Saidaminov, Takanori Fukushima, Masaki Azuma, and Takafumi Yamamoto |
DOI : | 10.1021/acsmaterialslett.3c01514 |