応用化学系 News
銀イオンの包摂により18倍の発光量子収率を実現
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の今岡享稔准教授(応用化学コース 主担当)、山元公寿教授(応用化学コース 主担当)、同 物質理工学院 応用化学系の赤沼友貴大学院生らの研究グループは、環状白金チオラート六核錯体に銀イオンを包摂して結晶化することで、銀包摂前の錯体と比べて18倍の発光量子収率を持つ合金クラスター化合物を得ることに成功した。合金クラスターの構造と発光メカニズムの相関関係について、光物理と理論計算の両観点から考察を行い、銀が中心に配位する白金クラスターの安定な分子軌道が発光効率の高さの鍵であることを明らかにした。
従来、バイオイメージング用の発光性材料として使われている量子ドット(QD)は、一般的にカドミウム(Cd)や鉛(Pb)、セレン(Se)のような有害元素を含むため、こうした有害元素を含まない量子ドット(QD)が望まれていた。本研究で発見した白金(Pt)と銀(Ag)からなる微小なクラスターは室温で強い赤色~近赤外発光を示し、かつ凝集状態で消光しないことから、次世代のバイオイメージング材料への応用が期待される。
研究成果は2020年11月17日発行のドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition(アンゲヴァンテ・ケミー国際版)」オンライン版に掲載された。
近年、金や銀といった貴金属のコアを有する配位子保護金属クラスター[用語1]が新たな発光性の量子ドット(QD)材料として期待され始めている。発光性の配位子保護金属クラスターは、従来のナノ材料とは異なり、有毒元素(Cd、Pb、Se)を含まないという安全性と、有機色素のような凝集状態で消光する傾向があまりみられないという実用性から、白色LED用発光体などの固体デバイスへの応用が進められている。
しかし、こうしたクラスターは量子収率が0.1%に満たないなど、発光効率に課題があった。最近になって、凝集誘起発光[用語2]や異種金属ドープによる合金化によって発光効率が向上することが報告されてはいるが、なぜ発光が増強されるのかという詳しいメカニズムや、優れた発光材料の設計指針は明らかになっていなかった。
今回の研究では、構造がシンプルな環状白金チオラート六核錯体を前駆体として用いて、そこへ銀イオンを包摂することで銀白金合金クラスターを合成した。銀を含まない環状白金チオラート多核錯体と銀を含む銀白金合金クラスターの構造や発光特性の違いを検証して、銀白金の合金効果を明らかにした。その結果、銀イオン包摂によって環状白金チオラート多核錯体由来の環構造の歪みが抑えられて、発光効率が向上することを発見した。
銀白金合金クラスターを合成するにあたっては、内部空間を有する環状白金チオラート六核錯体に注目した。これに銀(I)トリフルオロメタンスルホン酸を添加することで銀イオンを包摂し、銀白金合金クラスターを合成した。この銀白金合金クラスターの形成をUV-Vis吸収滴定で測定したところ、銀イオンとの電荷移動相互作用により、長波長側に環状白金チオラート六核錯体から銀イオンへの電荷移動(charge transfer, CT)に基づく新たな吸収帯が観測された(図1)。
つぎに、銀白金合金クラスター(AgPt6)と環状白金チオラート六核錯体(Pt6)をそれぞれ結晶化したところ、環状白金チオラート六核錯体は非常に弱い発光しか示さなかったのに対して、銀白金合金クラスターでは目視でも確認できる赤色の室温りん光(room-temperature phosphorescence, RTP)が観測された(図2)。結晶化によっても発光強度が増強したことから、銀白金合金クラスターは凝集誘起発光の性質を持つことが示された。環状白金チオラート六核錯体と銀白金合金クラスターの発光量子収率(Φ)[用語3]はそれぞれΦ = 1%、18%で、銀イオン包摂によって発光量子収率を18倍向上させることに成功した。また、量子収率と発光寿命の実験値から無輻射失活[用語4]の速度定数(knr)を見積もったところ、銀白金合金クラスターでは無輻射失活が抑えられることがわかった。
さらに理論計算によって、電子の励起に伴う構造変化を調べた。基底状態(S0)の構造最適化を行うと、銀白金合金クラスターの最低空軌道(LUMO)は、銀と白金由来の分子軌道であることがわかった。また、励起一重項状態(S1)の構造最適化を行ったところ、環状白金チオラート六核錯体の内部空間に銀が入ることでLUMOが安定化されて、構造変化が抑制されることがわかった。銀白金の合金化によって環構造が強直になり、無輻射失活が抑えられたことが、発光量子収率の向上に影響していることがわかった。
本研究では、環状白金チオラート六核錯体に銀イオンを包摂することで、強い発光を示す赤色室温りん光材料を得ることに成功した。従来の配位子保護金属クラスターよりもシンプルな分子構造に注目することで、合金化の効果を詳細に明らかにできた。銀イオンを中心に配位した構造がクラスターの安定化に寄与していると考えられ、バイオイメージングや白色LEDへの応用に向けた配位子保護金属クラスターの新たな設計指針として期待される。
[用語1] 配位子保護金属クラスター : 数個から数十個の金属原子からなる金属コアを、チオラートやホスフィンなどの配位子によって保護することで安定化させた、粒径1 nm程度の超微粒子を指す。原子数によって電子状態・幾何構造が異なることから、核数依存の特異な性質(発光・触媒など)が注目される。
[用語2] 凝集誘起発光(Aggregation-Induced Emission, AIE) : 溶液では発光を示さない、または発光が非常に弱い物質が、固体・凝集状態で発光が増強する現象を示す。一般的な有機色素は固体・凝集によって消光する傾向がある。固体でも発光する発光体は、デバイスへの応用が可能となる。
[用語3] 発光量子収率 : 発光体が吸収した光子数のうち、放出された光子数の割合。発光量子収率が100%に近づくほど強い発光を示す。
[用語4] 無輻射失活 : 光によって励起された分子による、発光を伴わない緩和過程。熱失活ともよばれる。無輻射失活の速度定数が光を放出する速度定数より小さいほど発光効率が向上する。
掲載誌 : | Angewandte Chemie International Edition(アンゲヴァンテ・ケミー国際版) |
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論文タイトル : | Silver in the Center Enhances Room‐Temperature Phosphorescence of Platinum Sub‐nanocluster by 18 times |
著者 : | Yuki Akanuma, Takane Imaoka, Hiroyasu Sato, Kimihisa Yamamoto |
DOI : | 10.1002/anie.202012921 |
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東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
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