応用化学系 News
元素組成の連続的制御により量子サイズ物質を網羅探索
東京工業大学 科学技術創成研究院の塚本孝政助教(応用化学コース 主担当)、山元公寿教授(応用化学コース 主担当)、葛目陽義特任准教授(現 山梨大学クリーンエネルギー研究センター 准教授)、神戸徹也助教(応用化学コース 主担当)、および分子科学研究所の長坂将成助教らの研究グループは、2018年に開発した「アトムハイブリッド法[用語1]」により合成した「サブナノ粒子[用語2]」を分析し、新たな性質を持つ量子サイズ物質を発見した。
ナノ粒子よりもさらに小さなサブナノ粒子は、多様な機能性が注目されているが、従来の方法では合成が難しく、これまで特性がほとんど研究されてこなかった。本研究では、インジウムとスズ[用語3]の二種類の金属元素を含むセラミック微粒子(サブナノ粒子)を、元素比率を連続的に制御して合成し、新たな性質を持つ粒子を探索した。その結果、ある特定の元素比率では、粒子内部の金属原子が「異常な電子状態[用語4]」を発現し、それに伴う特殊な発光現象[用語5]を示すことを発見した。このような電子状態は、物質のサイズを極限まで縮小し、かつ異なる元素を適切に混合することによって初めて生み出される。
本研究では、独自の手法を用いたサブナノ粒子の網羅的探索により、量子サイズ物質特有の現象の一つが発見され、詳細な分析によりその原理が明らかにされた。将来的には、この新たな学理に基づいた設計によって、特殊な電子状態を利用した次世代機能材料の創出が期待できる。
研究成果は、2020年9月8日発行の米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載された。
通常のナノ粒子よりもさらに小さな、量子サイズ(約1ナノメートル)まで微小化された「サブナノ粒子」は、その多様な機能性から研究が盛んに行われている。一般的なナノ粒子とは異なり、サブナノ粒子はわずか数個~数十個の原子で構成されており、その性質は原子の数や元素の比率によって大きく変化する。しかし、サブナノ粒子の合成には原子レベルの精密制御技術が要求され、特に複数の元素が混ざり合ったサブナノ粒子の合成は極めて困難とされていた。そのため、これまでこの極小サイズの物質群はほとんど研究されておらず、その特性はいまだ明らかになっていない部分が多い。
塚本助教、山元教授らの研究グループは、独自に開発したサブナノ粒子の新しい精密合成法「アトムハイブリッド法」を応用して、実際に合成したサブナノ粒子を分析することで、この極小のサイズ領域で起こる新たな現象の発見を目指している。今回の研究では、二種類の金属元素(インジウムとスズ)を含むセラミック微粒子である酸化物サブナノ粒子に着目し、粒子中の元素比率を連続的に制御する方法でサブナノ粒子を合成した(図1)。そのうえで、特異的性質を持つ新奇サブナノ粒子を探索した結果、二種類の元素がある特定の比率になるとき、粒子内部のインジウム原子やスズ原子が通常よりも多くの電子を持つ「異常な電子状態」を発現することを発見した(図2)。この現象は、バルク(塊状物質)やナノ粒子では見られず、物質のサイズを極限まで縮小し、かつ二種類の元素を適切に混合することによって初めて観測される。
また今回、異常な電子状態のインジウムを含むサブナノ粒子が、特殊な発光現象を示すことも明らかになった(図3)。このような電子状態は、一般的に空気や水などに対して不安定であるため、発光現象は短時間で消失してしまう。しかし今回得られたサブナノ粒子では、この電子状態は非常に安定しており、半年以上外気に晒されても発光機能が失われなかった。
アトムハイブリッド法を応用することにより、これまで困難とされてきた新奇サブナノ粒子の網羅的探索と詳細な分析に成功した。その結果、量子サイズ領域の新しい現象を発見し、その原理を解明することができた。今回用いた量子サイズ物質の「スクリーニング手法」は、今後もこの未開拓分野の学理構築に大きく貢献することが期待される。
また、今回発見された、特定の元素比率で生じる特殊な現象を利用すると、通常は不安定で得ることが難しい電子状態を安定して作り出すことができる。将来的には、特殊な電子状態を利用したファインセラミックスなどの次世代機能材料の創出に繋がる可能性がある。
[用語1] アトムハイブリッド法 : デンドリマー[用語6]をナノサイズの鋳型として利用し、原子レベルの精度でサブナノ粒子[用語2]を合成する手法。デンドリマーの構造中には、多種多様な金属イオンをさまざまな組み合わせで取り込ませることができる。この取り込んだ金属イオンを化学的に還元することで、目的のサブナノ粒子を得る。今回は、得られたサブナノ粒子を空気中に置くことで酸素と反応させ、酸化物になったものを利用している。
[用語2] サブナノ粒子 : 直径が約1ナノメートル程度のナノ粒子のこと。ナノ粒子の中でも特に小さく、一般的なナノ粒子にはない特異な機能を有している。物質の最小単位である原子のサイズは約0.1ナノメートルで、サブナノ粒子はわずか数個~数十個の原子で構成されている。対照的に、一般的なナノ粒子のサイズは5~500ナノメートルで、無数の原子が集まってできている。
[用語3] インジウムとスズ : 原子番号が一つだけ異なる金属元素で、周期表の上では互いに隣同士に位置している。原子の大きさはよく似ているが、持っている電子の数が一つだけ異なる。元素記号はそれぞれInとSn、原子番号は49と50。インジウムとスズの酸化物は良好な透明性と電気伝導性を併せ持つセラミック材料として知られ、近年は太陽電池やタッチパネルなどの電子部品に幅広く利用されている。
[用語4] 電子状態 : 原子や分子などの物質は、正電荷を持つ原子核の周りに負電荷を持つ電子の集まりで構成される。電子状態とは、原子や分子の中にある電子の個数や配置のことで、同じ元素から成る物質であっても電子状態によって安定性や性質が異なる。元素それぞれに好ましい電子状態があり、インジウムは3つの正電荷、スズは4つ(もしくは2つ)の正電荷を持ったイオンの状態がよく知られている。一方、今回サブナノ粒子内に見つかったインジウムは、1つの正電荷しか持たない特に珍しい電子状態にある。この電子状態は、空気や水などによりすぐに分解してしまうため、通常は安定に存在できない。
[用語5] 発光現象 : 原子や分子などの物質は、特定の条件を満たすことでルミネセンスと呼ばれる発光を示す。さまざまな発光現象が知られており、蛍光灯の発光は「フォトルミネセンス」、LEDの発光は「エレクトロルミネセンス」、ホタルの発光は「ケミルミネセンス」と呼ばれる現象に由来している。今回の発光現象はフォトルミネセンスの一種で、異常な電子状態を発現したインジウム原子が発光に関与していると推定されている。
[用語6] デンドリマー : コアと呼ばれる中心構造と、コアから樹状に延びる、デンドロンと呼ばれる側鎖構造から構成される特殊な高分子。本研究では、金属イオンを取り込むことが可能なイミンと呼ばれるユニットを、コアとデンドロンの構造中に多数組み込んだ、独自設計のデンドリマーを採用している。
[1] T. Tsukamoto, et al. Nature Commun. 9, 3873 (2018).
「多元合金ナノ粒子の新たな合成手法を開発―不可能だった5種類を超える元素のハイブリッド化を実現|東工大ニュース(2018.09.25)」
掲載誌 : | Journal of the American Chemical Society |
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論文タイトル : | Quantum Materials Exploration by Sequential Screening Technique of Heteroatomicity (異種原子数の連続スクリーニング手法による量子サイズ材料探索) |
著者 : | Takamasa Tsukamoto, Akiyoshi Kuzume, Masanari Nagasaka, Tetsuya Kambe, Kimihisa Yamamoto |
DOI : | 10.1021/jacs.0c06653 |
研究に関する問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所 / ハイブリッドマテリアル研究ユニット
教授 山元公寿
E-mail : yamamoto@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5260 / Fax : 045-924-5260