応用化学系 News
放射光で担持白金ナノ粒子の局所温度を解析
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の阿野大史大学院生(研究当時)、椿俊太郎助教、本倉健准教授、和田雄二教授(研究当時。現 科学技術創成研究院 特任教授)、国際基督教大学の田旺帝教授らの研究グループは、マイクロ波[用語1]により固体触媒の活性点[用語2]に高選択的に局所加熱が生じることを実証した。
放射光を用いたX線吸収微細構造(XAFS)[用語3]により、in situ [用語4]マイクロ波照射中の金属ナノ粒子の温度を推測する手法を確立した。広域X線吸収微細構造(EXAFS)[用語5]に含まれる温度依存的なDebye-Waller因子[用語6]をもとに、担持白金(Pt)ナノ粒子の温度を推測したところ、周囲の担体と比較して26~132 K(ケルビン)[用語7]高いことを見出した。
すなわち、マイクロ波により活性点が選択的に高温となり、触媒反応の促進が生じると考えられる。この成果により、物質と相互作用するマイクロ波のエネルギーを触媒反応に効果的に利用できる指針が得られた。
マイクロ波を固体触媒に照射すると、マイクロ波が触媒活性点となる担持金属ナノ粒子[用語8]を直接加熱し、触媒反応の加速することができることが示された。今後、マイクロ波加熱により、触媒反応プロセスの省エネルギー化が期待できる。
研究成果は7月3日付けでNature Researchの「Communications Chemistry (コミュニケーションズケミストリー)」に掲載された。
電子レンジに用いられるマイクロ波は、非接触で高速に物質を加熱できる。多くのエネルギー消費を伴う化学産業に対して、マイクロ波加熱手法は化学反応の速度上昇や反応系の低温化による大きな省エネルギー化をもたらすことができる。
マイクロ波を触媒に照射すると「非平衡局所加熱[用語9](図1)」とよばれる微視的な領域での局所高温場が生じる。局所的は高温反応場が、触媒反応の促進に寄与していると考えられてきた[参考文献1、2]。特に、担持金属触媒にマイクロ波を照射した場合、触媒活性点となる担持金属をマイクロ波加熱されると考えられる。触媒活性点を選択的に加熱することにより、反応に必要なエネルギーのみを供給した、革新的な省エネルギー触媒反応プロセスが可能となる(図1)[参考文献3、4]。
しかし、マイクロ波照射中の金属ナノ粒子のサイズが非常に小さいため、サーモグラフィーや放射温度計などの一般的な温度計測手法では、温度を見積もることは困難であった。
本研究ではマイクロ波加熱中の固体触媒(担持白金触媒)のin situ X線吸収微細構造(XAFS)解析を行い、担体上に担持されたPtナノ粒子上の局所的な温度を見積もることに成功した。
マイクロ波照射中にXAFS測定が可能な顕微分光用マイクロ波加熱システムを確立した(図2)。このマイクロ波システムは半導体式マイクロ波発振器と円筒型空洞共振器を搭載しており、XAFS測定中のマイクロ波照射条件を精密に一定に保つことが可能である。
この顕微分光用マイクロ波加熱システムを用い、高エネルギー加速器研究機構においてマイクロ波照射中の担持Ptナノ粒子のXAFS測定を行った。得られたPtナノ粒子のEXAFSスペクトル解析から、温度依存性を示すDebye-Waller因子を求め、温度に対してプロットした。通常の伝熱加熱によって得られたDebye-Waller因子を検量線として、マイクロ波照射中のDebye-Waller因子の値を温度として換算し、担持Ptナノ粒子の局所温度を推測した。
マイクロ波加熱および通常加熱中にin situ XAFS測定を行い、マイクロ波加熱によるPtの局所の温度を求めた。図3は通常加熱およびマイクロ波加熱中のPt/Al2O3(白金/アルミナ)触媒のPt L3 edge FT(フーリエ変換)EXAFS スペクトルを示す。2.77 Å(オングストローム、1 Åは0.1ナノメートル)のPt-Pt間の結合に由来するピーク強度に着目すると、通常加熱では昇温に伴い徐々に減少しているが、マイクロ波加熱では368 Kの低温においても急速に減衰した。続いて、スペクトル解析により温度依存的に変化するDebye-Waller因子を算出した。Debye-Waller因子の急減衰には、温度因子と構造因子の寄与が考えられる。そこで、透過型電子顕微鏡およびXAFSによりマイクロ波加熱前後のPtナノ粒子の形態に変化がないことを確認した。これより、触媒活性点となるPtナノ粒子の局所的な高温状態に起因して、Debye-Waller因子の急減衰が生じることが示された。
続いて、通常の伝熱加熱での解析で算出したDebye-Waller因子を元に検量線を作成し、マイクロ波照射中の担持Ptナノ粒子の局所温度を推測した(図4)。γ-アルミナ(γ-Al2O3)を担体とした場合、担体と担持Ptの間に26 Kの温度勾配が生じた。さらに、二酸化ケイ素(SiO2)を担体として用いた場合、担体と担持Pt間の温度勾配は132 Kに達することが示唆された。
そこで、これらの触媒の活性を比較した場合、SiO2担体においてより大きなマイクロ波による反応加速効果が得られることを確認した。これらの結果から、マイクロ波加熱によって、触媒活性点となる担持金属粒子を選択的に加熱し、触媒反応の促進に寄与していること、および、担体によって担持金属粒子の温度が変化することが示された。
今後、再生可能エネルギーの普及が進むにつれて、多くの化学産業が化石資源の使用から脱却し、化学産業プロセスの電化が望まれる。マイクロ波は電力を化学反応に必要なエネルギーに効率的に変換し、触媒反応の大きな省エネルギー化に貢献することができると期待される。マイクロ波を用いた固体触媒反応は、今後、環境浄化触媒反応、メタンやCO2、バイオマスといった難資源化炭素化合物を有効利用する技術などへの応用が可能である。
今回の研究は、科学研究費助成事業 基盤研究(S)17H06156、同 若手研究(A)17H05049、同 特別研究員奨励費17J09059、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけJPMJPR19T6の成果である。XAFS測定は高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所放射光共同利用実験 平成30年 - 令和2年「XAFS測定によるマイクロ波照射下の金属担持触媒上の活性点の電子状態および構造のオペランド解析」のもと実施された。
[参考文献1] Durka, T. et al., Chem. Eng. Technol., 2009, 32, 1301–1312.
[参考文献2] Stankiewicz, A. et al., Chem. Rec., 2019, 1, 40–50.
[参考文献3] Wada Y. et al., J. Jpn Petrol. Inst., 2018, 61, 98–105.
[参考文献4] Jie, X. et al., Energy Environ. Sci., 2019, 12, 238–249.
[用語1] マイクロ波 : 周波数が300 MHz~300 GHzの帯域の電磁波の一種。2.45 GHzは電子レンジやWi-Fiで利用される。マイクロ波によって、被照射物が電磁気的な相互作用を伴って加熱される。身近では電子レンジ内でマイクロ波加熱が使用されている。
[用語2] 固体触媒の活性点 : 固体触媒の表面で、反応物質が触媒作用を受ける部分。
[用語3] X線吸収微細構造(XAFS) : 物質にX線を照射して得られる吸収スペクトルから、物質の酸化状態や電子状態、局所構造を解析する手法。
[用語4] In situ : ラテン語で「その場で」という意味。マイクロ波照射下での化学反応を行っている際に、直接分光分析を行うこと。
[用語5] 広域X線吸収微細構造(EXAFS) : XAFS測定の一種。立体構造に関する情報として、近接原子までの距離や近接原子種、近接原子数などの情報を得ることができる。
[用語6] Debye-Waller因子 : 熱振動によるX線の散乱強度の減衰を表す。ナノ粒子では、構造変化(粒子サイズ)と温度変化等により、Debye-Waller因子が変化する。
[用語7] K(ケルビン) : 熱力学温度の単位。0 ℃は273 Kに相当する。
[用語8] 担持金属ナノ粒子 : 触媒担体に担持された触媒活性を示すナノサイズの金属微粒子。
[用語9] 非平衡局所加熱 : ミリメートル以下の微視的な領域において、マイクロ波による熱エネルギーの投入によって生じる非平衡な局所高温状態のこと。
掲載誌 : | Communications Chemistry, 3, 86, 2020. |
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論文タイトル : | Probing the temperature of supported platinum nanoparticles under microwave irradiation by In situ and operando XAFS |
著者 : | Taishi Ano, Shuntaro Tsubaki, Anyue Liu, Masayuki Matsuhisa, Satoshi Fujii, Ken Motokura, Wang-Jae Chun, Yuji Wada |
DOI : | 10.1038/s42004-020-0333-y |