応用化学系 News
自己修復研究の技術を革新的接着に展開
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の大塚英幸教授、青木大輔助教らは、再加工が困難とされる架橋高分子[用語1]の粉末を分子レベルで接着させ、簡便な操作で新規の高分子素材をつくる革新的手法を開発した。可逆的に分子が組み換わる動的共有結合[用語2]を利用する自己修復性高分子[用語3]に関する独自の研究成果を活用し、架橋高分子の粉末を複数混合、加熱することによって、異種架橋高分子を分子レベルで接着させることに初めて成功した。
動的共有結合は従来から知られる一般的な高分子合成法によって導入できる。また接着方法も簡便なため、今後、多くの高分子新素材開発への展開が期待されるだけでなく、異種材料の革新的な接着技術としても応用が期待される。
分子の鎖が網目状につながった架橋高分子は、ゴムのような柔らかい素材から樹脂のような硬い素材まで、化学構造の違いによって多様な性質を示し、汎用材料から最先端素材まで私たちの生活を支えている。大塚教授らはこれまでに、架橋高分子の一部に組み換え可能な特殊な共有結合を導入することにより、高分子材料の内部や界面で共有結合が組み換わり、架橋高分子に自己修復性を付与することに成功している。
研究成果は2019年12月30日発行のドイツ化学会誌(Wiley-VCH)「Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)International Edition」に掲載された。
異なる素材を効率的に接着させることで、多くの製品がつくられているが、部品を接合させるための部材や接着剤を使わずに異種材料の接着を行うことで、例えば、自動車や航空機の部材などの軽量化を実現でき、燃費向上による省エネ化、低炭素化に貢献することが期待されている。部材や接着剤を使わない接着技術を実現するためには、分子の鎖が網目状につながった架橋高分子の接着技術が必要である。架橋高分子は柔らかい素材から硬い素材まで、化学構造の違いによってさまざまな性質を示し、汎用材料から最先端素材まで私たちの生活を支えている。だが、架橋高分子は溶解性や溶融性を示さないため、異なる架橋高分子を混合一体化することが困難という課題があった。
大塚教授らはこれまでに、架橋高分子の一部に「動的共有結合[用語2]」と呼ばれる組み換え可能な共有結合を導入することで、高分子材料の内部や界面で共有結合が組み換わり、架橋高分子に亀裂や傷を復元できる自己修復性を付与することに成功している。しかしながら、こうした成果は同一の架橋高分子に限られており、異なる架橋高分子を使った技術に適用された例はない。
大塚教授らは自己修復性高分子に関する独自の研究成果を活用して、動的共有結合を組み込んだ架橋高分子の粉末を複数混合し、加熱することで、異種架橋高分子を分子レベルで接着させて混合一体化ことに初めて成功した(図1)。動的共有結合は、従来からよく知られている一般的な高分子合成法によって、架橋高分子の中に導入された。
今回の研究では、これまで自己修復性を付与するために利用していた熱により動的性質を示すビス(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-イル)ジスルフィド (BiTEMPS)[用語4]と呼ばれる分子骨格の組み換え反応に基づいた、異種架橋高分子間の新規融合手法を開発した。BiTEMPSは以下の理由から穏和な条件で異種架橋高分子の融合を実現する上で理想的な骨格であることを見いだした。
以上のような特性を持つ動的共有結合ユニットであるBiTEMPS骨格を、異なる主鎖骨格を持つ架橋高分子中に組み込み、架橋高分子間における結合組み換え反応を引き起こすことで、無溶媒条件下で融合を達成した。図2に示すように、架橋高分子の粉末を均一に混合し、鋳型に入れて加熱すると、粒子界面が分子レベルで接着し混合一体化する。得られたフィルムは、可視光の波長レベルで均一化しており、透明性が大幅に向上することを明らかにした。一方、動的共有結合を導入しなかった架橋高分子では、このような透明化は全く観測されない。
革新的な接着技術の登場が要望されている中で、これまで研究を進めてきた高分子の自己修復現象を「同一高分子材料間の接着」と捉えることで、「異種高分子材料間の接着」や「材料の再加工性の向上」にも適用できるのではないかとの着想を得て、研究が行われた。本研究は、革新的な接着技術を開発することで画期的なモビリティ製造イノベーションを目指す未来社会創造事業「界面マルチスケール4次元解析による革新的接着技術の構築」(研究開発代表者:田中敬二 九州大学教授)の一環として実施された。本研究開発課題では、科学的知見に基づいたモビリティ等のマルチマテリアル化や軽量化に資する次世代接着技術設計指針の構築及びその指針に基づく高機能な接着技術の創出に取組んでおり、大塚英幸教授らのグループはその中で自己修復性の分子骨格を利用した革新的接着技術の開発に取り組んでいる。
本研究で架橋高分子の自己修復技術を異なる架橋高分子の混合同一化に展開できることが実証された。今後は高分子新素材開発や異種材料の革新的接着技術の開発に本技術を導入し、実装環境へ適合するための改良等を継続することで社会実装に向けて研究を加速する。
用語説明
[用語1] 架橋高分子 : 鎖状高分子の分子鎖間にところどころ橋渡しの結合をさせた重合体。線状高分子は適当な溶媒に溶解し、加熱によって溶融する。しかし架橋された高分子はいかなる溶媒にも溶解せず、加熱しても溶融しない。架橋の方法には、適当な試薬(架橋剤)を反応させるか、前もって架橋成分を加えて重合させる方法などがある。
[用語2] 動的共有結合 : 共有結合は原子間での電子対の共有を伴う化学結合。動的共有結合は可逆的な解離-付加を実現できる平衡系の結合である。動的共有結合を利用する化学システムは「動的共有結合化学」として注目を集めている。こうした平衡系の共有結合に基づく分子構造体は、熱力学的に安定な構造を持つ一方で、特定の外部刺激(温度、触媒、光、化学種添加など)によってその構造が変化するというユニークな特徴を併せ持っている。下図に示すように、可逆的に解離-付加をするだけでなく、結合が組み換わる。
[用語3] 自己修復性高分子 : 材料に入った亀裂や傷を復元できる特性。プラスチックに代表されるさまざまな高分子材料に自己修復性を付与できれば、長寿命化によって地球温暖化の緩和やエネルギー消費の低減化に貢献できる。
[用語4] 熱により動的性質を示すビス(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-イル)ジ スルフィド(BiTEMPS)の化学構造 : 立体的に混み合っている中央の硫黄-硫黄結合が、加熱条件下では可逆的に開裂と再結合を繰り返すため、動的共有結合骨格として機能する。
[用語5] 均一開裂 : 上記のBiTEMPS骨格のS-S結合のように、結合が対称的に開裂すること。共有結合が均一開裂するとラジカル種を与える。
[用語6] 熱によって発生する安定ラジカルの官能基許容性 : 化学反応を進行させる上で問題となるのはその選択性である。狙った骨格同士で化学反応を進行させることができれば理想的だが、反応性が高いものほど意図していない他の骨格とも反応してしまう。狙った骨格に対して反応性を持っていながらそれ以外の骨格(官能基)とは反応しないことは「官能基許容性」と呼ばれ、化学反応を設計するにあたって重要な指標となる。
今回の研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。
掲載誌 : | Angewandte Chemie International Edition |
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論文タイトル : | Fusion of Different Cross-linked Polymers Based on Dynamic Disulfide Exchange |
著者 : | Ayuko Tsuruoka, Akira Takahashi, Daisuke Aoki, Hideyuki Otsuka |
DOI : | 10.1002/anie.201913430 |
お問い合わせ先
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
教授 大塚英幸
E-mail : otsuka@polymer.titech.ac.jp
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