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光で検出できない“不可視な”円柱構造

光や電磁波を反射や散乱しない構造を単一物質で実現

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2019.04.23

要点

  • 電磁界解析により特定の光では観測ができない不可視な単一物質の円柱構造を発見
  • 半導体などの実在する物質でこの構造が作製可能
  • 光や電波と干渉しないデバイス、配線、構造体などへの応用を期待

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の小林佑輔大学院生(修士課程2年)と梶川浩太郎教授は、特定の波長の光を使った時に、その光では検出が不可能な「不可視化構造」を単一物質でも実現できることを見いだした。単一物質による構造で光学的に不可視化ができることを実証した初の成果である。

この構造は高い屈折率を有する半導体の円柱構造で実現できるので、今後、不可視な光学素子や電子素子が作製できたり、光と干渉しない配線などが実現できたりする。また、電波と干渉しない構造体の設計にも役立つ。

不可視とは構造が透明であることに加え、光が照射された際にその光の波面が乱されることなく構造を通り抜けるということであり、その光では構造を検出できない。不可視化構造として、これまでクローキング[用語1]など、いくつかの方法が提案されている。それらは複数の物質やメタ物質[用語2]の組み合わせで実現されていた。今回の成果はこれらの技術に対し、容易に不可視化を実現できることが特徴だ。

研究成果は応用物理学会の速報誌「Applied Physics Express(アプライド・フィジックス・エクプレス)」に3月1日に掲載され、同誌のSpotlights(スポットライト)2019論文に選ばれた。

研究の背景

物質や構造を不可視化する技術が注目されている。ここでいう不可視な構造とは単にその構造が透明なだけでなく、構造を通過した光の波面が乱されたり変調されたりしないことが必要である。たとえば、水やガラスは透明であるが、屈折率が空気とは異なり大きいため、光の位相速度[用語3]は小さくなり、そこを透過した光の位相は、空気を通過した場合と大きく異なる。さらに表面での反射もあり、光で見る(検出する)ことは容易で不可視な構造ではない。また、カメレオンのように構造を背景と区別できなくするカモフラージュとも異なる。

近年、メタ物質を用いたクローキング技術が注目を集めている。クローキングとは構造を特定の媒質で覆うことにより全体を不可視化する技術である。一方で、単一の物質でも形状をデザインすれば、不可視化が可能であることは知られていなかった。複数の物質やメタ物質を組み合わせる必要がないため、比較的容易に不可視化を実現できる特徴がある。そのため、今後、様々な応用が考えられる。

研究成果

図1(a)に示すような円柱にx方向に偏光する光を当てた際の散乱効率を、ミー理論[用語4]により解析的に計算した結果を図1(b)に示す。横軸はサイズパラメータα[用語5]とよばれ、円柱の半径を光の波長で規格化して、2πを乗じたものである。

縦軸は円柱の屈折率である。散乱効率は色で示しており、青の領域で散乱効率が小さい。この図は屈折率が2.7以上3.7以下の物質(シリコン〈Si〉、ヒ化アルミニウム〈AlAs〉、ヒ化ガリウム〈GaAs〉)で不可視化が実現できることを示している。実際、これらの物質では、円柱構造の作製が研究されており、将来的には不可視な円柱構造を実際に作製できると考えられる。

図1. (a)円柱構造 (b)散乱効率のサイズパラメータおよび屈折率依存性

図1. (a)円柱構造 (b)散乱効率のサイズパラメータおよび屈折率依存性

円柱を光で照射した際に生じる光磁場[用語6]のシミュレーション結果を図2に示す。シミュレーションはFDTD法(時間領域差分法)[用語7]で行っており、この構造の存在を予測したミー理論とは異なるアルゴリズムで計算されている。赤がプラス、青がマイナスの光磁場を示している。波長0.7 μmの単色光が下から照射されているため、波面は下から上に動く。

図2(a)は不可視化条件ではない場合であり、中心におかれた円柱で光が散乱されて波面が乱れていることがわかる。このとき、観測者は散乱光を見れば円柱があることがわかる。一方、図2(b)は不可視化条件の場合である。中心に円柱構造があるにも関わらず、光が何事も無かったように下から上へ通り抜けていく様子がわかる。

つまり、円柱があっても無くても位相を含めて光波は同じ状態であり、光では円柱を観測することはできない。言い換えると、高い屈折率の物質でできた円柱であるにもかかわらず、形状をデザインすることにより、対応する波長の光に対しては実効的に、その屈折率を空気と同じ1とすることができる。興味深いことに、球では不可視化は実現できない。

図2. 電磁界解析により光が入射した際のy方向の光磁場を図示したもの。波長0.7 μmの赤い光が下から入射している。中央にAlAs半導体(屈折率3.0)の円柱が置かれている。(a)は直径が0.35 μm、(b)は直径が0.39 μmのときである。(a)では波面が乱れており、光が散乱されている。すなわち見える状態である。(b)では光がそのまま通り抜けており、不可視な状態、つまり、光を使って円柱を見ることができない。

図2. 電磁界解析により光が入射した際のy方向の光磁場を図示したもの。波長0.7 μmの赤い光が下から入射している。中央にAlAs半導体(屈折率3.0)の円柱が置かれている。(a)は直径が0.35 μm、(b)は直径が0.39 μmのときである。(a)では波面が乱れており、光が散乱されている。すなわち見える状態である。(b)では光がそのまま通り抜けており、不可視な状態、つまり、光を使って円柱を見ることができない。

不可視化のメカニズムを調査するために行った計算の結果が図3である。円柱構造内の光磁場の分布を示している。図2と同様に赤がプラス、青がマイナスである。図3(a)は不可視化条件ではない場合である。このとき、円柱内の光磁場が対称に分布していない。この非対称な光磁場分布からは散乱光が放射され、円柱を観測すること(見ること)ができる。一方、図3(b)は円柱が不可視な条件の時である。中心にプラスの光磁場が分布し、マイナスの光磁場は上下に対称に存在する。そのため、ここからは光磁場はキャンセルし散乱光は放出されず、この光では円柱は観測できない。

図3. 円柱内の磁場分布。光は下から上へ照射している。(a) 不可視化されていない場合、(b) 不可視化されている場合。(a)では磁場の分布が対象でなく、散乱光が放射されるが、(b)ではつねに磁場の分布が対象で、ここから生じる散乱光はキャンセルして放射されない。

図3. 円柱内の磁場分布。光は下から上へ照射している。(a) 不可視化されていない場合、(b) 不可視化されている場合。(a)では磁場の分布が対象でなく、散乱光が放射されるが、(b)ではつねに磁場の分布が対象で、ここから生じる散乱光はキャンセルして放射されない。

研究の経緯

これまで、クローキング媒質を使って対象物を不可視化する研究は多数行なわれてきた。梶川教授らのグループでも実在物質によるクローキングの研究を行っている。その研究の中で、屈折率や構造などのパラメータを網羅的に調べていると、不可視化する対象物と同じ屈折率をもつクローキング媒質を使っても、不可視化が実現できることがわかった。その結果、今回の研究成果である検出が不可能な(不可視な)円柱構造を単一の物質で実現できた。

今後の展開

この構造は高い屈折率を有する半導体で実現されるため、不可視な光学素子や電子素子、光と相互作用しない配線が実現できる。たとえば、電子素子や配線があっても、それが不可視化されていれば、光による情報伝送が妨げられない。さらに、構造や周辺の屈折率のわずかな変化で可視化したり不可視化したりするので、バイオ分野のセンシング素子や光学スイッチング素子などへの応用が考えられる。

また、この研究の成果は光だけでなくマイクロ波やラジオ波などの電波でも有効である。この成果を発展すれば、電波と干渉しない構造体の設計にも役立つと考えられる。

用語説明

[用語1] クローキング : 対象の構造をある媒質で覆うことにより、全体を不可視化する技術。外套を意味する“cloak”を語源とする。クローキング媒質中を光が迂回して不可視化を達成したり、対象物質中に生じる分極とクローキング媒質中に生じる分極が打ち消し合うようにして不可視化を達成したりする。

[用語2] メタ物質 : 対象とする光や電磁波の波長より小さい人工構造を使って、自然界に存在しない光学的な性質を持たせた物質や材料。メタマテリアルとも呼ばれる。負の屈折率やクローキングが実現できる媒質として10年ほど前から研究が盛んに行われるようになった。

[用語3] 位相速度 : 波が媒質中を伝わるときに、同じ位相の面(たとえば波の山や谷)が進む速度。単に速度というと位相速度を指す場合が多い。これに対して、波が持つエネルギーやそこに変調した情報が進む速度を群速度という。

[用語4] ミー理論 : 球や円柱により光が散乱される様子を厳密に計算する理論。

[用語5] サイズパラメータ : 波長に対する半径の比に2πをかけたもの。これを使うと、球や円柱のサイズを一般的に記述することができる。

[用語6] 光磁場 : 光は電磁波の一種であり、互いに直交する電場と磁場が共に影響しあって、振動して空間を進んでいく。この中の磁場の成分を光磁場という。光の強さの平方根に比例する。

[用語7] FDTD法 : Finite Difference Time Domain(時間領域差分)の略。電磁界シミュレーションの手法には、主に3つの手法(有限要素法、モーメント法、FDTD法)が使われている。FDTDは光や電磁場を記述したマクスウェルの方程式を時間と空間で差分化して、時間領域で数値的に解く手法。

論文情報

掲載誌 : Applied Physics Express
論文タイトル : "Homogeneous Dielectric Cylinders Invisible at Optical Frequency"
著者 : Yusuke Kobayashi and Kotaro Kajikawa
DOI : 10.7567/1882-0786/ab02bb別窓

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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系

教授 梶川浩太郎

E-mail : kajikawa@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5596 / Fax : 045-924-5596

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