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5G向けミリ波無線機の小型化に成功

安価な集積回路で実現、スマホ搭載に最適

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2018.06.21

要点

  • 世界初のLO移相方式による28 GHz帯5G向けフェーズドアレイ無線機を開発
  • 安価で量産可能なシリコンCMOS集積回路チップにより実現
  • 毎秒15ギガビットの無線伝送に成功

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一准教授らは、第5世代移動通信システム(5G)[用語1]に向けた28ギガヘルツ(GHz)帯無線機を開発した。新型の位相制御技術により、安価で量産が可能なシリコンCMOS(相補型金属酸化膜半導体)チップで製作し、5G向けフェーズドアレイ[用語2]無線機の小型化に成功した。

開発した無線機は最小配線半ピッチ65 nm(ナノメートル) のシリコンCMOSプロセスで製作し、従来のCMOSチップによる28 GHz帯無線機に比べ、125倍の毎秒15ギガビットの無線伝送を達成した。また、電波の放射方向を0.1度の精度で調整できる高精度ビームフォーミング[用語3]を実現した。スマートフォンに搭載可能な技術であり、5Gの普及を大きく加速させる成果といえる。

研究成果の詳細は、6月10日から米国フィラデルフィアで開催される国際会議RFIC Symposium 2018(IEEE Radio Frequency Integrated Circuits Symposium 2018(米国電気電子学会・無線周波数集積回路シンポジウム2018))で発表する。

本研究開発は総務省SCOPE(戦略的情報通信研究開発推進事業、受付番号175003017)の委託を受けて実施した。

開発の背景

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、第5世代移動通信システム(5G)の実用化を目指した研究開発が活発化している。この背景には、スマートフォンやタブレット端末の普及に伴い、高精細動画サービスなどによるデータ通信量が急激に増大していることや、IoT(モノのインターネット)や自動運転などの新技術により、無線通信に対しても多様な性能が求められるようになっていることがあげられる。

このような要求に応えるため、5Gでは、従来用いられているより10倍以上高い周波数帯であるミリ波[用語4]を用いる無線通信技術の導入が計画されている。特に、5G用の周波数帯として、準ミリ波帯の26.5 GHzから29.5 GHz(28 GHz帯)の利用が検討されており、従来の100倍以上速い毎秒10ギガビットのデータ伝送速度が目標とされている。現状、大型の無線装置を用いた実証実験が行われているが、スマートフォンに搭載可能な安価で小型の無線機が期待されている。

課題

5G無線機をスマートフォンに搭載するには、無線機を小型の半導体集積回路チップとして実現する必要がある。安価で量産が可能なため、3G以降の携帯電話で本格的に利用されるようになったCMOS集積回路技術により実現できればコストが大幅に低減され、早期の5G普及が期待できる。

5Gでは電波の利用効率を上げるため、複数のアンテナを用いることで電波の放射方向を絞り込み、なおかつ、その放射方向を電気的に制御するビームフォーミングの技術に対応したフェーズドアレイ無線機が必要になる。ビームフォーミングを実現するには、高周波帯で位相を制御する方式と、デジタル信号処理により位相を制御する方式がある。後者は回路規模が大きくなり、消費電力も大きくなる欠点がある。前者は回路規模も小さく、消費電力も小さくできるが、位相制御のための移相器[用語5]回路実現の難易度が高いことが課題だった。

高精度なビームフォーミングのためには、移相器による高精度な位相制御が必要になる。なおかつ、伝送速度向上のため、高い信号品質の確保が求められる。CMOS集積回路に移相器を組み込むには、従来方式は信号品質(伝送速度)、位相制御精度、回路面積がトレードオフの関係にあるため、5Gで目標とされる毎秒10ギガビットのデータ伝送速度の実現が困難だった。

研究成果

今回の研究成果はビームフォーミングに必要な移相器の小型化に成功したことによって達成した。28 GHz帯フェーズドアレイ無線機を65 nmのシリコンCMOSプロセスで試作し、4 mm×3 mmの小面積に4系統のフェーズドアレイ無線機を搭載した(図1)。

5G向け28 GHz帯無線機のチップ写真

図1. 5G向け28 GHz帯無線機のチップ写真

高周波帯での位相制御には、高周波(RF)変調波自体の位相を変化させるRF移相器を用いる方式と、搬送波となる局部発振器(LO)の信号の位相を変化させるLO移相器を用いる方式がある。図2のように、RF移相器を用いるフェーズドアレイ無線機は、位相の変化により信号経路での利得変動を起こすため、信号品質の維持が難しい。一方で、LO移相器を用いる無線機は、原理的に位相の変化により利得変動が起こらないため、高い信号品質が維持でき、伝送速度を向上できる可能性がある。表1に各方式の得失をまとめた。どちらの方式にもパッシブ型とアクティブ型があるが、アクティブ型は小型化の可能性がある一方で、LO移相器と組み合わせる場合には面積を小さくできないのが課題だった。

RF移相器とLO移相器(本開発品)によるフェーズドアレイ無線機の比較

図2. RF移相器とLO移相器(本開発品)によるフェーズドアレイ無線機の比較

(RF位相方式では信号品質を維持するのが難しい)

表1. ビームフォーミング方式の比較

  信号品質 位相制御精度 回路面積
パッシブ型RF移相器 ×
(パッシブ型の弱点)
パッシブ型LO移相器
(LO型の利点)
×
(パッシブ型の弱点)
アクティブ型RF移相器 ×
アクティブ型LO移相器
(従来)

(LO型の利点)
アクティブ型LO移相器
(本開発品)

(LO型の利点)

今回開発した無線機は、RF位相方式ではなく、LO位相方式を採用し、新型のLO移相器を用いることにより上記の課題を解決した。新型のLO移相器では、ポリフェーズフィルタ[用語6]と共振器を単一の増幅器として実現することにより回路の小型化に成功した。バイアス電圧により共振周波数を調整できるため、微少な位相制御が可能である。LO移相方式による5G向け28 GHz帯無線機の報告は世界初である。

開発したCMOS無線送受信チップは、5Gでの利用が想定されている26.5~29.5 GHzの周波数帯で利用でき、飽和出力電力[用語7]は18 dBm(デシベルミリワット=63 mW)だった。伝送実験のため、図1のCMOSチップを2個搭載した評価基板(図3)を作成した。8個のアンテナの利用が可能である。室内で、5メートルの距離を隔てて2台のモジュールを対向させ、データ伝送試験を実施した。その結果、毎秒15ギガビットのデータ伝送に成功した(表2)。このデータ伝送速度は従来報告されているCMOS集積回路による28 GHz帯無線機によるものの125倍である。

5G向け28 GHz帯無線機チップの評価用基板(基板あたり8素子)

5G向け28 GHz帯無線機チップの評価用基板(基板あたり8素子)

図3. 5G向け28 GHz帯無線機チップの評価用基板(基板あたり8素子)

表2. 無線の伝送速度と変調精度

変調方式 256QAM 64 QAM 256 QAM
伝送速度 6.4 Gb/s 15 Gb/s 12.8 Gb/s
放射方向 20° 50°
コンスタレーション コンスタレーション コンスタレーション コンスタレーション コンスタレーション コンスタレーション
変調精度
(送信)
-36.7dB (1.5%) -36.3dB (1.5%) -35.9dB (1.6%) -27.9dB (4.0%) -30.9dB (2.9%)
変調精度
(5 m OTA、送受信込)
-34.9dB (1.8%) -33.4dB (2.1%) -30.7dB (2.9%) -25.2dB (5.5%) -29.3dB (3.4%)

この際の消費電力は1チップあたり送信時1.2 W、受信時0.6 Wだった。また、本開発技術であるLO移相器を用いて、各アンテナからの送受信タイミングをずらすことにより、±50度の範囲で電波の放射方向を0.1度精度で調整可能であることを確認した(図4)。0度方向での等価等方輻射電力(EIRP8)[用語8] は40 dBmだった。256素子のアンテナを用いれば、毎秒10ギガビットで15 kmの距離での通信が可能となる。

アンテナ放射パターン

図4. アンテナ放射パターン

今後の展開

スマートフォンや基地局での利用をターゲットとして2020年頃の実用化を目指す。また、今後、5Gでの活用が予想される39 GHz帯や60/70 GHz帯など更なる高周波数帯への対応や、1つの装置に多数の集積回路チップを用いることを念頭に自己診断機能やキャリブレーション(調整)機能の搭載を目指す。

用語説明

[用語1] 第5世代移動通信システム(5G) : 移動通信システムは第1世代のアナログ携帯電話から始まり、性能が向上するごとに世代、つまりジェネレーションが変わる。「G」はジェネレーションの頭文字で、現在の携帯電話は4G、5Gは2020年の実用化に向けた開発が行われている。

[用語2] フェーズドアレイ : 複数のアンテナへ位相差をつけた信号を給電する技術。 ビームフォーミング(用語3)の実現に利用される。

[用語3] ビームフォーミング : アンテナの指向性パターンを制御する技術。通常、フェーズドアレイ(用語2)を用いて電気的に制御する。

[用語4] ミリ波 : 波長が1~10 mm、周波数が30~300 GHzの電波。自動車レーダで使われる24 GHz帯や、5Gで使われる28 GHzのように近傍周波数である準ミリ波帯も、広義にミリ波と呼ばれることがある。

[用語5] 移相器 : 入力信号に対して、位相が一定量増減した信号を出力する回路。位相の変化量はデジタル信号や電圧により制御可能なものもあり、ビームフォーミング(用語3)の実現に利用される。

[用語6] ポリフェーズフィルタ : 多位相を扱うフィルタで、例えば、0度と180度の信号から、0, 90,180, 270度の信号を生成するために用いる。

[用語7] 飽和出力電力 : 増幅器が最大で出力できる電力。

[用語8] 等価等方輻射電力(Equivalent Isotropic Radiated Power; EIRP) : 指向性のあるアンテナを用いると、放射方向によっては無指向(等方性)のアンテナを用いるよりも強い電力密度を発生させることができる。この時に、指向性のあるアンテナにより生じたものと同じ電力密度を等方性アンテナにより得るために必要となる送信電力を等価等方輻射電力という。

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准教授 岡田健一

E-mail : okada@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3764 / Fax : 03-5734-3764

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