電気電子系 News

スピン自由度を用いた次世代半導体デバイス実現へ大きな進展

強磁性半導体において大きなスピン分裂をもつ電子のエネルギー状態を初めて観測

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2016.12.26

発表のポイント

  • 鉄(Fe)を半導体(InAs)へ数%添加したことによってIII-V族半導体で初めてのN型強磁性半導体[用語1](In,Fe)Asを作製し、電子キャリア[用語2]が存在する伝導帯とよばれるエネルギー帯に大きな自発的スピン分裂があることを見出しました(図1)。
  • このようなN型半導体における強磁性と自発的にスピン分裂した伝導帯構造の出現は、従来の理論では予測できないため、半導体や磁性の物性物理学と半導体スピントロニクス[用語3]に新しい知見を与える重要な成果となります。
  • 強磁性半導体が大きくスピン分裂した電子状態を持つことを明らかにしたことにより、スピン自由度を利用した様々な半導体デバイスの設計と作製が可能になり、本成果は今後のスピンデバイス応用に向けて大きな前進をもたらすものと期待されます。

III-V族半導体InAsに磁性不純物として鉄(Fe)を添加したN型強磁性半導体(In,Fe)As(図の下部)において、Fe原子の局在スピンと電子キャリアとの相互作用によって強磁性秩序が現れるとともに、キャリア電子が存在する伝導帯の上向きスピン電子と下向きスピン電子の伝導帯エネルギーに大きなスピン分裂が観測された(図の上部)。

図1. III-V族半導体InAsに磁性不純物として鉄(Fe)を添加したN型強磁性半導体(In,Fe)As(図の下部)において、Fe原子の局在スピンと電子キャリアとの相互作用によって強磁性秩序が現れるとともに、キャリア電子が存在する伝導帯の上向きスピン電子と下向きスピン電子の伝導帯エネルギーに大きなスピン分裂が観測された(図の上部)。

発表概要

工学院電気電子系のファム・ナム・ハイ准教授と東京大学工学系研究科の田中雅明教授の研究グループは、高速電子デバイスに使われるIII-V族化合物半導体(InAs)に鉄(Fe)原子を添加した混晶半導体(In,Fe)Asを作製し、(In,Fe)AsがN型(電流を担うものが電子である物質)で強磁性を示す(磁石になる)と同時にその伝導帯(電子キャリアが存在するエネルギー帯)に大きな自発的スピン分裂が生ずる(電子がもつスピンが上向きか下向きかによって大きくエネルギーが異なる)ことを見出しました。このような半導体において現れる強磁性、N型かつ大きくスピン分裂した伝導帯構造の観測は初めてであり、固体物理学に新しい知見を与えると共に、スピン自由度を利用した半導体デバイスへの応用に道を開くものと期待されます。

本成果は、2016年12月19日に英国科学雑誌「Nature Commmunications」(オンライン)に掲載されました。

発表内容

研究の背景

強磁性半導体(Ferromagnetic Semiconductor: FMS)は非磁性半導体の一部の原子を磁性原子で置換することにより強磁性(磁石としての性質)が現れる材料です。既存の半導体技術との親和性が高いため、従来の半導体デバイスに「スピン」自由度を加えることにより、不揮発性、低消費電力、再構成可能性、量子情報などの新機能をもたらす可能性があり、世界的に注目されています。半導体結晶中に添加された磁性原子とキャリア(電子または正孔)との相互作用によって強磁性が誘起されるとともに、半導体中の上向きスピンをもつ電子と下向きスピンをもつ電子のエネルギー帯が大きく分裂することが期待されます。

しかし、実際にはこれまで電子のエネルギー帯のスピン分裂が実測された強磁性半導体は非常に稀で、II-VI族である(Cd,Mn)Teにおいて極低温(4 K = マイナス269.15 ℃)で価電子帯の自発的分裂(~10 meV)がわずかに見られたのみです。その理由の1つとして、多くの場合、磁性原子として使われるマンガン(Mn)が局在スピンとキャリア(正孔)を同時に供給するため、キャリアが不純物帯に存在し伝導帯や価電子帯はほぼ変化しないためと考えられています。また、これまでは半導体エレクトロニクスと整合性の良いIII-V族やIV族半導体では、P型(電子が抜けた穴=正孔が電流を担う)強磁性半導体しか作製できず、半導体デバイスに不可欠なN型の強磁性半導体は存在しませんでした。

研究内容

本研究グループは、添加する磁性原子としてMnの代わりに鉄(Fe)を選びました。Feの特徴は、III-V族半導体中で中性になる(ドナーにもアクセプターにもならない)ので、局在スピンとキャリアの起源を分離できること、よってP型のみならずN型も作製可能になることです。III-V族半導体であるインジウムヒ素(InAs)にFeを添加すると、電子濃度が1018 cm-3以上で強磁性が現れ、III-V族で初めてのN型強磁性半導体になります。さらに今回、トンネル分光法[用語4]というエネルギー分解能が高い手法を用いて(In,Fe)Asの伝導帯構造を詳細に調べた結果、大きな自発スピン分裂(30~50 meV)が強磁性温度領域で観測されました。強磁性半導体において、このような伝導帯の自発スピン分裂が確認されたのは初めてです。

(a)-(d)強磁性半導体(In,Fe)Asを含む江崎ダイオード(デバイスA:キュリー温度45 K、デバイスB:キュリー温度65 Kの(In,Fe)Asを使用)における自発スピン分裂を捉えた実験結果。トンネル分光法を用いて、強磁性半導体(In,Fe)As伝導帯のエッジを検出した。点線がアップスピンとダウンスピンバンドの位置に相当する。(e)スピン分裂の温度依存性。点線は理論の曲線を示す。

図2. (a)-(d)強磁性半導体(In,Fe)Asを含む江崎ダイオード(デバイスA:キュリー温度45 K、デバイスB:キュリー温度65 Kの(In,Fe)Asを使用)における自発スピン分裂を捉えた実験結果。トンネル分光法を用いて、強磁性半導体(In,Fe)As伝導帯のエッジを検出した。点線がアップスピンとダウンスピンバンドの位置に相当する。(e)スピン分裂の温度依存性。点線は理論の曲線を示す。

社会的意義・今後の予定など

InAsのような、高速電子デバイスやエレクトロニクスで使われる重要なIII-V族半導体において、N型で強磁性が明瞭に現れること、かつ、大きくスピン分裂した伝導帯をもつことは、従来の理論では予測できないため、半導体や磁性の物性物理学と半導体スピントロニクスに新しい知見を与える[用語5]重要な成果です。また、強磁性半導体が大きくスピン分裂したエネルギー帯構造を持つことは、スピン自由度を利用した半導体デバイスの設計と作製を可能にするものであり、本成果は今後のスピンデバイス応用に向けて大きな前進をもたらすものと期待されます。

用語説明

[用語1] 強磁性半導体 : 半導体と強磁性体(磁石)の両方の性質を併せ持つ物質であり、スピントロニクス材料として用いられる。現在は、主に半導体(II-VI族、III-V族)の結晶成長中に磁性不純物(Mn、Fe、Coなど)を添加した材料が主流である。典型的な強磁性半導体ではキャリア誘起強磁性(すなわちキャリア密度が少ない場合には常磁性、多い場合には強磁性)を示し、キャリアを制御することによって磁性を制御できるという優れた特長をもつ。この特長を生かし、電気的あるいは光学的手段で磁性を制御できるという機能をもつ。既存の半導体材料や技術との整合性が良いので、将来のスピントロニクスデバイスに使われる材料として期待されている。

[用語2] キャリア : 固体中で電荷の流れ(電流)を担うもの。電荷の流れ(電流)に寄与する電子、正孔(ホール)、伝導イオンなどの総称。電子が抜けた穴が正孔で、正の電荷をもつ粒子のようにふるまう。電流を担うものが電子である物質をN型、正孔である物質をP型という。半導体では同じ物質でN型とP型ができ、キャリア濃度を制御することによってダイオード、トランジスタ、LED、レーザなどさまざまなデバイスができる。半導体デバイスを作製するためにはN型とP型の両方を必要とする。

[用語3] スピントロニクス : 電子は「電荷」とともに自転の角運動量に相当する「スピン」を持っている。電子はスピンをもつことにより、小さな磁気モーメントをもち、そのスピンによる磁気モーメントが多数揃った状態が物質の強磁性状態(磁石)である。スピントロニクス(Spintronics)とは、「電荷」と「スピン」の両方を活用して、新しい機能をもつ物質や材料の設計、デバイス、エレクトロニクス、情報処理技術などに応用しようとする新しい研究分野である。

[用語4] トンネル分光法 : 2つの材料が絶縁薄膜を挟んだ構造において、絶縁薄膜が十分に薄ければ一方の電極から反対側の電極に電子キャリアがトンネルでき、トンネル電流が流れる。この時トンネル電流の微分が両電極の状態密度の積に比例するため、このような構造においてバイアス電圧を変えながらトンネル電流を精密に測定し、そのデータを解析することにより、電極材料の電子状態を測定することができる。この手法をトンネル分光法という。本研究では、N型 (In,Fe)AsとP型InAsの接合構造においてトンネル分光法を用いて(In,Fe)Asの伝導帯の電子状態を明らかにした。

[用語5] スピントロニクス研究の発展の経緯と将来性 : 電子の「電荷」の蓄積や流れを制御することによって、トランジスタや集積回路をはじめとするさまざまなデバイスが生み出され、20世紀後半以降、エレクトロニクスや情報・通信技術の大発展をもたらした。一方、電子の「スピン」は磁性の源であり、磁石は古くから使われてきたが、磁性と電子の伝導がかかわる巨大磁気抵抗効果やトンネル磁気抵抗効果など新しい物理現象の発見を契機に応用技術も発展し、20世紀末頃から「スピントロニクス」といわれる新しい分野が形成され、現在では世界的に大きな研究の潮流となっている。その初期過程で巨大磁気抵抗効果の発見が2007年ノーベル物理学賞の対象になり、ハードディスクのヘッド(磁場センサ)に使われ記録容量の大容量化に大きく貢献した。また、トンネル磁気抵抗効果は高感度の磁場センサとともに次世代不揮発性メモリの基本原理として盛んに研究が行われている。
「スピントロニクス」では、将来の大容量ストーレージや不揮発性メモリへの応用のみならず、従来のエレクトロニクスや情報処理技術では実現できなかった優れた機能(不揮発性、低消費電力動作)や性能(高速演算・高密度集積・再構成可能)を持つマテリアル・デバイス・システムの研究が行われている。スピントロニクスは基礎から応用まで幅広く、両者が密接に関連しながら発展してきており、対象とする物質も金属、半導体、酸化物、有機物やそれらのヘテロ構造・ナノ構造など、多様で横断的な広がりを見せている。また、電子スピンのみならず、核スピン、磁性原子のスピン、磁壁、光のスピン(円偏光)など、スピンに関わる様々な現象とその応用の研究や、スピン(電子スピン、核スピン)、電荷、フォトンの量子状態を用いた量子計測や量子情報技術に関する研究も急速に進展している。おりしも、過去40年以上に渡ってエレクトロニクスや情報処理を支えてきたシリコン集積回路の微細化による高性能化(ムーアの法則)の限界が近づくにつれて、新しい原理や機能を導入した次世代デバイスの研究開発が世界的に関心を集めており、スピントロニクスは最も有望な将来技術の1つとして期待されている。

論文情報

掲載誌 : Nature Communications
論文タイトル : Observation of spontaneous spin-splitting in the band structure of an n-type zinc-blende ferromagnetic semiconductor
著者 : Le Duc Anh*, Pham Nam Hai*, and Masaaki Tanaka*
DOI : 10.1038/ncomms13810 outer
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准教授 ファム・ナム・ハイ

E-mail : pham.n.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3934

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