電気電子系 News
電子スピンを用いた次世代エレクトロニクスの材料とデバイスの研究開発
電気電子系では、最先端の研究施設と各分野で活躍中の教員の直接指導により、学生でも世界に誇れる研究成果を出し、自分自身で発表することができます。電気電子系には、大きく分けると「回路」「波動・光および通信」「デバイス」「材料・物性」「電力・エネルギー」の5つのグループがあります。各教員はいずれかのグループに所属しており、研究室単位での研究が行われています。
研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介。今回は、電子スピンを用いた次世代エレクトロニクスの材料とデバイスの研究開発を行う、ファム研究室です。
材料・物性グループ
電気電子コース
研究室:大岡山キャンパス・南3-716
准教授 PHAM NAM HAI
研究分野 | 半導体スピントロ二クス |
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キーワード | 強磁性半導体、スピントランジスタ、単電子スピントランジスタ |
Webサイト | PHAM研究室 |
半導体と強磁性体は情報化社会を支える材料としてそれぞれ大きな役割を果たしている。半導体は集積回路や光通信素子などの様々なデバイスに応用されている。これらの半導体デバイスは、動作原理に電子の電荷を用いており、高速な情報処理が可能である。一方、強磁性体はハードディスクなどの情報記録媒体に広く利用されており、これらの磁性体デバイスには電子のスピンが持つ「不揮発性」という特徴が生かされている。もし半導体と磁性体の特徴を融合することができれば、磁性体の不揮発性を持ち併せたようなエネルギー使用効率が極めて高い半導体デバイスが実現できると期待される。当研究室では、強磁性体と半導体の特長を両方持ち合わせる新しい材料の創製およびそれを利用する新しいデバイス構造の提案と実証を行う。例えば以下のような研究テーマを遂行している。
当研究室では、従来の強磁性半導体の問題点を全て解決できる次世代強磁性半導体、Fe系強磁性半導体の研究開発を行っている。Fe系強磁性半導体はMn系強磁性半導体よりも、次の点で優れている。
当研究室は世界で初めてn型電子誘起強磁性半導体(In,Fe)Asの開発に成功した。当時はn型電子誘起強磁性半導体は実現不可能だと言われたため、この開発の意義は大きい。n型強磁性半導体ができたことで、初めて強磁性p-n接合など、強磁性半導体デバイスが作製できるようになった。
[参考文献:Appl. Phys. Lett. 101, 182403(2012)]
GaAs半導体中にMnを添加して、高温(580℃)で熱処理することによって、半導体結晶中に六方晶のMnAsナノ微粒子を形成できる。当研究室はこのGaAs:MnAs強磁性ナノ微粒子を含むヘテロ構造の作製、そのスピン依存電気伝導特性の評価およびデバイス応用の研究開発を行っている。具体的には、GaAs:MnAsナノ微粒子/AlAs/MnAs強磁性薄膜からなる半導体ベースの磁気トンネル接合を作製したところ、明瞭なトンネル磁気抵抗効果 (TMR)を観測した。
この成果により、半導体中に埋め込まれたMnAsナノ微粒子はスピン注入源・検出器として利用できることを実証した。
MnAsナノ微粒子のサイズがナノレベルと小さいことから、様々な量子サイズ効果が出現している。たとえば、同じ微粒子に2個の電子を閉じ込めると、2個の電子の間にクーロン反発力が発生するため、静電エネルギーが余計にUだけ高くなる。従って、先に1個の電子を微粒子に注入しておいた場合、バイアス電圧が~ U/e と比べて十分小さければ、2個目の電子が微粒子にトンネルできない「クーロンブロッケード」(Coulomb Blockade)現象が発生する。つまり、同じ微粒子に2個以上の電子が存在できない。従って、微粒子をチャンネルとするトランジスタを作製できれば、電子を1個ずつ伝導させる「単電子トランジスタ」を作製できる。当研究室では、さらに強磁性の特長を生かして、トンネル電流の大きさを強磁性微粒子の磁化の向きで変化させられる「単電子スピントランジスタ」(Single Electron Spin Transistor; SEST)を提案、作製および評価を行っている。図3に実際に作製したSESTの走査型電子顕微鏡による平面像を示す。
このように、本研究室では、ナノプロセス技術を駆使し、ナノレベルのSESTが作製できる。さらに、SEST素子において、単電子効果に起因する微分電流電圧特性のクーロン階段およびTMRの振動現象を観測した(図4)。また理論との比較から微粒子中の電子スピンの緩和時間を割り出した。その結果、MnAs微粒子が低温において10μsと極めて長いスピン緩和時間(現時点では世界記録)を持つことを見出した。
[参考文献:Nature Nanotech. 5, 593-596 (2010)]
図4. SESTにおける微分電流電圧特性のクーロン階段(左)およびTMRの振動現象(右)の観測。
TMR振動の実験を理論でフィッティングした結果、10μsと強磁性金属ナノ微粒子において世界最長のスピン緩和時間を実現した
MnドープしたGaAsの熱処理温度を約480℃に下げることによって、閃亜鉛鉱型構造のMnAs微粒子(サイズが 2nm以下)を作製できる。この微粒子を含むMTJ構造において巨大な磁気抵抗効果およびスピン起電力を観測した[ Nature 458, 489 (2009)]。 スピン起電力とは磁化反転によって生じた起電力のことで、磁気エネルギーを電気エネルギーに直接変換する現象であるため、静磁場下でも起こりうる。この現象は最近にマサチューセッツ工科大(MIT)のグループによって再現されている[Nature Communication 5, 3682 (2014) ]。今後にさらなる実験および理論的な発展が期待できる。
図5. 閃亜鉛鉱型MnAsナノ微粒子を含むMTJにおける巨大磁気抵抗効果(左)およびスピン起電力の発生(右)。
Nature 458, 489 (2009)から出典。
電気電子系の全研究室を紹介したパンフレットは広報誌ページでご覧いただけます。
准教授 PHAM NAM HAI
E-mail : pham.n.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3934
※この内容は2016年3月発行の電気電子系パンフレットによります。最新の研究内容については各研究室にお問合せください。