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有機π電子系分子の室温ネマチック液晶の開発

高融点の棒状分子に柔軟性のある環状構造を導入することで実現

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2025.03.06

ポイント

  • 高融点の棒状の有機π電子系分子に柔軟性のある環状構造を導入し、室温で「ネマチック液晶」を実現
  • 外部操作による液晶性有機半導体の高速発光オン-オフスイッチに成功
  • 塗布型の有機半導体や固体発光材料への応用など、新たな有機オプトエレクトロニクスの開発に活かされることを期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の岩井梨輝(博士後期課程、研究当時)と小西玄一准教授(応用化学コース 主担当)らの国際共同研究チームは、有機半導体[用語1]として利用可能な棒状の有機π電子系分子[用語2]に、柔軟性のある炭化水素鎖による環状構造を導入することにより、室温付近でネマチック液晶(NLC)[用語3]を実現し、大きな面積の平面に対して分子を一方向に配向させることに成功しました。さらに、液晶ディスプレイに利用されているNLCの電場応答性[用語4]を利用して、高速に発光をオン・オフできるデバイスを開発しました。近年、光・電子機能を有する有機π電子系分子を、液晶を利用して配列させる技術に大きな注目が集まっています。しかし、それらの分子はもともと融点が高く加工性が低いため、低温で液晶相を示し、表面に塗布できる材料が求められてきました。

本研究チームは、これまでに行った凝集誘起発光色素[用語5]の開発時に、高い融点を持つ棒状分子に対して柔軟な炭化水素鎖による橋かけを行い、環状構造を形成すると、融点が100℃以上低下することを発見していました。今回、この分子設計を棒状液晶に適用したところ、流動性と外部刺激応答性に優れた「ネマチック液晶」を室温付近で実現することに成功しました。また、このような液晶挙動を示す理由が、環状構造のとりうる構造の多様性と運動性によるエントロピーであることを明らかにし、この発見を元に発光スイッチデバイスの作製にも成功しました。この棒状分子への柔軟な環状構造の導入は、さまざまな電子・光機能を有する液晶性のπ電子系分子に適用でき、分子を大面積で自在に並べる技術につながるため、新たな有機エレクトロニクスの開発への活用が期待できます。

本研究成果は、凝集体の科学を扱う専門誌「アグリゲート(Aggregate、インパクトファクター13.9)」のオンライン版で2024年9月4日(現地時間)に早期公開され、2025年1月21日(現地時間)に25年第1号の表紙として公開されました。

2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

橋かけスチルベン液晶(下)と発光スイッチデバイス

橋かけスチルベン液晶(下)と発光スイッチデバイス

背景

液晶とは、固体と液体の中間にある状態です。結晶のような分子の配列と液体のような流動性を兼ね備えていることから、液晶状態で、分子を簡単に大面積で規則性をもって配列させることが可能です。液晶は19世紀末に植物から発見され、20世紀初頭には、有機合成化学者のフォアレンダーや後に高分子説を発表するシュタウディンガー(1953年ノーベル化学賞受賞)らが3,000種類もの分子を合成し、その液晶性を観察しました。その中には、200~400℃を超えるような温度で液晶を示す棒状有機π電子系分子も含まれています。しかし、π電子系分子の機能や有機エレクトロニクスデバイスが注目されるはるか前であり、その重要性が考察されることはありませんでした。フォアレンダーは、1924年に「(残念ながら)液晶の技術的な応用可能性は全く見当たらない」と書き残しています。その後、戦争の影響もあり、1960年代に液晶ディスプレイの原理が発表されるまで、液晶は日の当たらない存在でした。現在では、液晶の強みである「光を操る技術」「電場や磁場による刺激応答性」を活かしたディスプレイや光学フィルムなどに応用され、現代社会になくてはならない材料となっています。

近年、液晶のもう一つの重要な用途として期待されているのは、有機半導体や発光材料のデバイス化技術です。しかし、液晶性有機半導体を用いて、大画面に少ない構造欠陥で分子を配列させるには、液晶を示す温度範囲を低下と加工性の向上が必要であり、新しい技術が求められてきました。光や電子輸送などの機能を持つ長いπ電子系棒状分子に、室温付近でネマチック液晶性を付与する技術の開発は、100年来の夢とであると言えます。

研究成果

岩井、小西は、長年の課題に対するブレークスルーとなる液晶分子を、凝集誘起発光のメカニズム解明で考案した橋かけスチルベン(Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 10573)の研究を発展させる中で偶然発見しました。この分子系は、長い棒状分子をやわらかな環状構造に含有することにより、ネマチック相を誘起し、さらに液晶転移点の大幅な低下を実現することができます。研究チームは今回、環状構造を持つ分子の相転移挙動の特異性を明らかにするためにアルキルテイルを-C6H13に固定して、環状構造の違いによる液晶挙動を比較しました。環状構造のないPST-C6では、230℃以上で数℃の範囲でスメクチックA相(SmA)[用語6]、6員環構造のDPB[6]-C6では、降温過程で3つのSm相が観察されました。一方、7員環構造のDPB[7]-C6では、室温付近でSmA相が、100℃付近でネマチック相(N相)が観察されました(図1(b))。一般にアルキルテイルを短くするとN相が発現しやすいため-C3H7にしたところ、N相のみが観察され、DSC測定(図1(a))によるネマチック相の発現温度は、昇温過程でTCry-N: 52.6-160.4 [°C]、降温過程で4.8-158.3 [°C]と、室温付近でN相を利用することができることが分かりました。広角X線構造解析を行ったところ、N相の粘度は低く、鮮明な画像が得られ、分子の面間隔も汎用のシアノビフェニル系の液晶と同程度で、配向度も高いものとなりました。そして、このような液晶挙動を示す理由が、環状構造を持つ分子がとりうるコンフォメーション[用語7]の多様性と運動性によるエントロピーの効果であることを明らかにしました。

図1.橋かけスチルベン液晶

図1.橋かけスチルベン液晶

有機π電子系分子の液晶の低温化・低粘度化の実現は、液晶レーザーや円発光素子などのフォトニックデバイスデバイスを革新します。従来、液晶相は「場」であり、そこにごく微量の色素をドープしてデバイスを製作していましたが、本研究で得られた分子を使うと、光を操る場そのものを全て蛍光性分子で作製することができます。複屈折性、発光性、電場応答性の効果は数桁上がると予想され、材料科学的に興味深いものと言えます。そこで、実際に剛直なπ共役系分子を動的なデバイスに応用できるのかを検証しました。具体的には、橋かけスチルベン液晶の電場応答性を確認するとともに、液晶ディスプレイの原理を発展させた新しい概念の発光スイッチングデバイスを試作しました。現在使われている電場応型のTN型(ねじれたN相)ディスプレイは、電場により液晶に対して「ねじる⇔元に戻す(立たせる)」操作を行い、光の透過を制御し、偏光板と組み合わせて光シャッターを作っている。本研究グループでは、この原理を転用して、光が透過しない=光を吸収する「液晶がねじれた配向」で強発光し、光が透過する「液晶が垂直に立った配向」では発光しないデバイスを、数種類の橋かけスチルベン液晶をブレンドした室温ネマチック液晶を用いて製作しました。その結果、強度比で約5倍の差が観察され、応答速度は電源オンで0.14 s、電源オフで0.35 sと極めて高速であることが明らかになりました(図2)。単一成分の液晶でありながら、極めて良好な電場応答性を有しており、動的な用途にも活路を拓くものです。

図2.発光性液晶を用いた電場応答性発光スイッチデバイス

図2.発光性液晶を用いた電場応答性発光スイッチデバイス

社会的インパクト

本研究は、硬くて融点の高い棒状分子にやわらかな環状構造を施すだけで、融点を100℃以上低下させ、有機溶媒への溶解性を大きく向上させることができる技術です。今回示された液晶材料のみならず、光・電子機能を有するさまざまな有機π共役系分子の加工性を劇的に向上させる分子設計法として、エレクトロニクス、オプトエレクトロニクス分野に大きな波及効果が期待されます。

今後の展開

研究グループでは、液晶分子としてより汎用性の高いビフェニル骨格を含む液晶でも同様の効果を確認しており、本研究も含めて2件の特許を出願中です。現在、液晶ポリエステルや電子材料へ応用を指向した新たな分子の開発を行っています。

  • 用語説明
[用語1] 有機半導体:半導体の性質を示す有機分子化合物のこと。白川英樹博士の開発したポリアセチレンも有機半導体であり、ドーピングにより電気が流れる。
[用語2] 有機π電子系分子:π電子による共役が拡がることにより光・電子機能を示す機能分子である。芳香族化合物や炭素-炭素の多重結合を有するものが多い。
[用語3] ネマチック液晶(NLC):ネマチック液晶(N相)は、長軸が一方向に揃った流動性を持つ液晶相であり、三次元的な配向秩序は持たない。
[用語4] ネマチック液晶(NLC)の電場応答性:液晶は結晶の異方性と液体の流動性の双方の性質を有するため電場、磁場、光などの外部刺激に敏感に応答する。
[用語5] 凝集誘起発光色素:希薄溶液中で光らないが、固体状態で強発光する蛍光色素。一般的な蛍光色素は逆の発光挙動を示す。
[用語6] スメクチック相:分子長軸方向が配向し、重心位置が層構造を持つ液晶相。ネマチック液晶よりも流動性が低い。
[用語7] コンフォメーション:立体配座。分子の内部回転によって生じる高分子鎖の空間配置のこと。可変である。
  • 論文情報
        
掲載誌: Aggregate(アグリゲート)
タイトル: Near-room-temperature π-conjugated nematic liquid crystals in molecules with a flexible seven-membered ring structure
(和訳:柔軟な7員環構造を持つ室温付近でネマチック相を示すπ共役系液晶)
著者: Riki Iwai,1 Hiroyuki Yoshida,2,3 Yuki Arakawa,4 Shunsuke Sasaki,5 Yuuto Iida,1 Kazunobu Igawa,6,7 Tsuneaki Sakurai,8 Satoshi Suzuki,9,10 Masatoshi Tokita,1,11 Junji Watanabe,1,11 Gen-ichi Konishi*1,11
(岩井 梨輝,1 吉田 浩之,2,3 荒川 優樹,4 佐々木 俊輔,5飯田 優斗,1 井川 和宣,6,7 櫻井 庸明,8鈴木 聡,9,10 戸木田 雅利,1,11 渡辺 順次,1,11 小西 玄一*1,11
所属: 1.東京科学大学 物質理工学院 応用化学系、2.関西学院大学 工学部 先進エネルギーナノ工学科、3.大阪大学 大学院工学研究科 電気電子情報工学専攻、4.豊橋技術科学大学 応用化学・生命工学系、5.ナント大学、6.熊本大学 大学院先端科学研究部(理学系)、7.九州大学 先導化学物質研究所、8.京都工芸繊維大学 分子化学系、9.大学院理学研究院 化学部門、10.京都大学福井謙一記念研究センター、11.東京工業大学 工学部高分子工学科   掲載誌:Aggregate 第6巻第1号
DOI: 10.1002/agt2.660別窓
オープンアクセス記事。無料で閲覧可能。
 
表紙情報: 掲載誌:Aggregate 第6巻第1号
DOI:10.1002/agt2.736別窓
オープンアクセス記事。無料で閲覧可能。
 
  • 論文情報
掲載誌: Aggregate(アグリゲート)
タイトル: Near-room-temperature π-conjugated nematic liquid crystals in molecules with a flexible seven-membered ring structure
(和訳:柔軟な7員環構造を持つ室温付近でネマチック相を示すπ共役系液晶)
著者: Riki Iwai,1 Hiroyuki Yoshida,2,3 Yuki Arakawa,4 Shunsuke Sasaki,5 Yuuto Iida,1 Kazunobu Igawa,6,7 Tsuneaki Sakurai,8 Satoshi Suzuki,9,10 Masatoshi Tokita,1,11 Junji Watanabe,1,11 Gen-ichi Konishi*1,11
(岩井 梨輝,1 吉田 浩之,2,3 荒川 優樹,4 佐々木 俊輔,5飯田 優斗,1 井川 和宣,6,7 櫻井 庸明,8鈴木 聡,9,10 戸木田 雅利,1,11 渡辺 順次,1,11 小西 玄一*1,11
所属: 1.東京科学大学 物質理工学院 応用化学系、2.関西学院大学 工学部 先進エネルギーナノ工学科、3.大阪大学 大学院工学研究科 電気電子情報工学専攻、4.豊橋技術科学大学 応用化学・生命工学系、5.ナント大学、6.熊本大学 大学院先端科学研究部(理学系)、7.九州大学 先導化学物質研究所、8.京都工芸繊維大学 分子化学系、9.大学院理学研究院 化学部門、10.京都大学福井謙一記念研究センター、11.東京工業大学 工学部高分子工学科
DOI: 10.1002/agt2.660別窓
オープンアクセス記事。無料で閲覧可能。
表紙情報: 掲載誌:Aggregate 第6巻第1号
DOI:10.1002/agt2.736別窓
オープンアクセス記事。無料で閲覧可能。

掲載誌:Aggregate 第6巻第1号

 研究者プロフィール

 研究者プロフィール

小西 玄一 Gen-ichi KONISHI

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 准教授
研究分野:光化学、有機化学、高分子科学、生理学

関連リンク

お問い合わせ先

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系

准教授 小西 玄一

E-mail : konishi.g.aa@m.titech.ac.jp
Tel :03-5734-2321

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