応用化学系 News
超分子足場を利用し、一重項分裂とフリー三重項生成の両方を実現
東京科学大学* 総合研究院 化学生命科学研究所/同 自律システム材料学研究センター(ASMat)の福島孝典教授、福井智也助教(ともに 応用化学コース 主担当)、同 物質理工学院 応用化学系の福光真人大学院生、慶應義塾大学 理工学部 化学科の羽曾部卓教授らの研究グループは、さまざまな分子ユニットやポリマーを二次元構造へ集合化させる超分子足場[用語1]を用いたアプローチにより、ペンタセン[用語2]ユニットが二次元集積化した有機薄膜を作製し、集合構造においてペンタセンが高速な一重項分裂[用語3]と、それに続く高効率なフリー三重項生成の両方を発現することを見いだした。
一重項分裂は、一つの励起一重項状態から二つの励起三重項状態が生成される現象であり、原理的に一つの光子から二つの励起子を形成できるため、薄膜太陽電池や光電子デバイスの性能向上の観点からも大きな注目を集めている。固体状態で効率的な一重項分裂を発現させるためには、クロモフォア[用語4]同士が互いに近接しながらも、その周囲に一重項分裂の過程で生じるクロモフォアのコンフォメーション変化を許容する空間を確保する空間設計が必要である。しかし、そのような集合構造を実現するための合理的な方法論は確立されていなかった。
本研究では、三脚型トリプチセン[用語5]超分子足場を用いたアプローチにより、効率的な一重項分裂の発現に求められるクロモフォア同士の「近接」とその周囲への「空間の確保」という二つの条件を同時に満たす配置へとペンタセンを二次元集積化させることに成功した。このアプローチにより、クロモフォアの光電子機能を引き出す二元分子集合体の設計が可能となり、次世代エネルギーデバイスの開発に向けた応用が期待される。
本成果は、9月13日付(米国東部時間)の「Science Advances」誌にオープンアクセスで掲載された。
*2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
π電子系クロモフォアの二次元集合体は、構造の次元性に起因する特有の性質を示すことが期待されるとともに、その形態はさまざまな電子デバイスとの適合性が高い性質を持つため、超分子化学、材料科学、有機エレクトロニクスなど幅広い分野で注目を集めている。しかし、分子が自発的に二次元構造へと集合化することは稀である。本研究グループは、多様な分子を用いて二次元集合体を合理的に構築するために、超分子足場を用いたアプローチを提案してきた。超分子足場とは、化学修飾を施してもそれ特有の集合構造の形成を保証できる分子ビルディングブロックである。最近、福島教授らが着目しているのは、三脚型トリプチセンを基盤とした二次元超分子足場である。三脚型トリプチセン超分子足場を用いるアプローチにより、さまざまな分子ユニットやポリマーをバルク固体や基板上に二次元集合化することができる。このアプローチの鍵は、三脚型トリプチセンが、その骨格周りの自由体積を埋めるように入れ子状ヘキサゴナルパッキングすることで高度に秩序化された2次元シート状構造を形成し、これが1次元的に整列してレイヤー構造となることで、「2D+1D」構造を形成することである。
今回の研究では、三脚型トリプチセン超分子足場を利用し、一重項分裂を発現しうるペンタセンの二次元集積化について検討した。一重項分裂は、一つの励起一重項状態から二つの励起三重項状態が生成される現象であり、原理的に一つの光子から二つの励起子を形成できるため、薄膜太陽電池や光電子デバイスの性能向上の観点からも大きな注目を集めている。固体状態において効率的な一重項分裂を発現させる上では、励起一重項状態から励起三重項対を生成するために、隣接するペンタセンクロモフォア間に十分な電子的カップリングが必要である。さらに、クロモフォアのコンフォメーション変化により分子間の軌道の重なりを減少させることが、励起三重項対から二つのフリー励起三重項への解離を促進するために重要な要素である。したがって、ペンタセンクロモフォアが互いに近接しながらも、その周囲にクロモフォアのコンフォメーション変化を許容する空間を確保する空間設計が必要である。しかし、一般に分子が集合化する際には、分子間相互作用が最大化するように密にパッキングするため、分子の自発的集合化では、「分子間の近接」と「分子周囲の空間の確保」を両立することは容易ではない。
本研究では、ペンタセンユニットを三脚型トリプチセンの橋頭位にアセチレン結合を介して導入したサンドイッチ型誘導体(化合物1)を設計し、その集合構造と光物性を調べた(図1)。また、分子長の短いアントラセン誘導体(化合物2)も合成し、参照化合物として用いた(図1A)。これらの化合物のクロロホルム溶液を基板上にキャストすることで、期待通りの二次元構造を持つフィルムを作製することに成功した(図1B)。作製したフィルムにおいて、化合物1のペンタセンクロモフォアは一重項分裂を発現するために十分なクロモフォア同士の重なりと、それにより生成した励起三重項対が二つのフリー三重項へ解離するために必要なコンフォメーション変化を許容するクロモフォア周りの空間の両方を有している(図1C)。化合物2のフィルムにおいても同様な規則性の集合構造が得られるが、アントラセンユニットの分子長が短いため、クロモフォア同士の重なりは見られない(図1D)。
詳細な分光学的測定と解析により、1のキャストフィルム(厚さ:約600ナノメートル)に対して励起光を照射すると、励起一重項状態から励起三重項対が効率的に生成することが明らかになった。この過程は、ペンタセン誘導体の単結晶に匹敵するほど高速に進行することも明らかにした。さらに、励起三重項対は二つのフリー励起三重項へと効率的に解離することを見いだした。一方、2のフィルムではアントラセンのクロモフォア間の電子的カップリングが小さいため、一重項分裂は観察されなかった。
本研究では、三脚型トリプチセン超分子足場を用いたアプローチにより、一重項分裂を促進する配置にペンタセンを二次元集積化させることに成功し、高速な一重項分裂と、それに続く高効率なフリー三重項生成の両方を実現する有機薄膜を開発した。一般的なデバイス構成に適合するように、二次元ペンタセンアレイを基板表面に対して垂直に配向させることが今後の課題であるが、くし形電極のような電極を横方向に配置した構成は、今回得られたフィルム中のクロモフォアの配向と適合しており、デバイス応用などの道を開く可能性がある。また、今回の結果は、クロモフォアの光電子機能を引き出す二次元集合体の開発において、三脚型トリプチセン超分子足場を使用するアプローチの有用性を示している。
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究S「2次元性を基盤とするソフトマテリアルサイエンスの開拓」(課題番号:JP21H05024、代表:福島孝典教授 東京工業大学(当時))、基盤研究A「2次元有機構造体の精密設計と機能開拓」(課題番号:JP21H04690、代表:福島孝典教授 東京工業大学(当時))、学術変革領域研究(A) 高密度共役の科学:電子共役概念の変革と電子物性をつなぐ「高度に組織化された高密度共役分子集積体の光・電子機能」(課題番号:JP20H05868、分担:福島孝典教授 東京工業大学(当時))、学術変革領域研究(A) メゾヒエラルキーの物質科学「メゾ光機能科学」(課題番号:JP23H04876、代表:羽曾部卓教授 慶應義塾大学)の助成を受けて行われた。
[用語1]
超分子足場:化学修飾を施してもそれ特有の集合構造の形成を保証できる分子ビルディングブロック。
超分子足場に関する総説:Supramolecular scaffolds enabling the controlled assembly of functional molecular units, F.
Ishiwari, Y. Shoji, T. Fukushima, Chem. Sci. 2018, 9, 2028–2041 (DOI: 10.1039/C7SC04340F).
[用語2] ペンタセン:アセン類の一種であり、五つのベンゼン環が直線状に縮合した多環式芳香族化合物。
[用語3] 一重項分裂:一つの励起一重項状態(S1)から、励起三重項対([T1T1]*)の生成を経由し、二つの励起三重項状態(T1+ T1)を生成する光物理過程。
[用語4] クロモフォア:分子の中で色の原因となる部分であり、発色団の意味。
[用語5]
トリプチセン:3枚のベンゼン環が120度の角度で連結された剛直なプロペラ状分子。
三脚型トリプチセンの二次元集合化に関する論文:Rational synthesis of organic thin films with exceptional long-range structural integrity, N. Seiki, Y. Shoji, T. Kajitani, F. Ishiwari, A. Kosaka, T. Hikima, M. Takata, T. Someya, T. Fukushima, Science 2015, 348, 1122–1126 (DOI: 10.1126/science.aab1391).
掲載誌: | Science Advances |
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論文タイトル: | Supramolecular scaffold-directed two-dimensional assembly of pentacene into a configuration to facilitate singlet fission |
著者: | Masato Fukumitsu, Tomoya Fukui, Yoshiaki Shoji, Takashi Kajitani, Ramsha Khan, Nikolai V. Tkachenko, Hayato Sakai, Taku Hasobe, Takanori Fukushima |
DOI: | 10.1126/sciadv.adn7763 |
お問い合わせ先
東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 教授/
自律システム材料学研究センター センター長
福島孝典
Email fukushima@res.titech.ac.jp
Tel
045-924-5220 / Fax 045-924-5976
慶應義塾大学 理工学部 化学科
教授 羽曾部卓
Email hasobe@chem.keio.ac.jp
Tel
045-566-1806 / Fax 045-566-1697