応用化学系 News
酸点とPd粒子の近接による反応の高効率化を実現
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 特定教授 本倉健教授(横浜国立大学 大学院工学研究院)(応用化学コース 主担当)、美崎慧大学院生(研究当時)、電気通信大学 燃料電池・水素イノベーション研究センター 三輪寛子特任准教授、日本原子力研究開発機構 伊藤孝研究副主幹らの研究グループは、ゼオライトの外表面にPdナノ粒子を担持した触媒を開発し、この触媒を用いてアルカンとベンゼンの直接結合反応を実現しました。従来のアルキルベンゼン合成では副生成物が大量に排出されますが、本手法を用いると水素あるいは水のみが副生成物となります。ゼオライトの酸点からPdナノ粒子への水素原子の移動がこの反応の鍵であり、μ+SR法[用語1]を用いた測定から原子状水素がゼオライト中に生成した場合、反応に必要な時間にわたってその状態を維持し得ることが示唆されました。
本研究成果は、国際科学雑誌「ACS Catalysis」に受理され、オンライン版が2023年9月6日(米国東部夏時間)に公表されました。また、本研究成果は、科学研究費補助金 学術変革領域研究B「表面水素工学」における共同研究になります。
ベンゼンとアルカンから直接アルキルベンゼンを合成する手法は、副生成物が水素(H2)あるいは水だけとなる。ベンゼンとハロゲン化アルキルからアルキルベンゼンを合成する通常の手法と比較して、本手法は副生成物を削減できるだけでなく、入手容易なアルカンを基質とする点にメリットを有している(図1)。
アルカンを直接活性化して合成反応に用いることは難しく、高活性な触媒が必要となる。本研究グループでは、アルカンを活性化してベンゼンと結合させる強力な固体酸触媒と、アルカンとベンゼンから引き抜かれた水素原子を再結合させる担持金属触媒を別々に用いることで、この反応が進行することを報告してきた(図2)[参考文献1]。この反応系では別々の固体粒子である、酸触媒と担持金属触媒の間を水素が移動する必要がある。そこで本研究では、固体酸触媒(H-ZSM-5[用語2])の外表面に金属ナノ粒子触媒を担持することで、水素の移動距離を短縮した新たな触媒Pd/H-ZSM-5を開発し、ベンゼンとアルカンの直接結合反応を試みた(図3)。
Pd/H-ZSM-5のTEM(透過型電子顕微鏡)[用語3]およびPd K-edge FT-EXAFS[用語4]スペクトルを示す(図4)。TEM測定結果から粒子径5-6 nmのPdナノ粒子がH-ZSM-5の外表面に存在していることが分かる。EXAFS測定結果から、Pd粒子は反応前のPdOから反応後は金属Pd粒子へと変化していることが確認された。
この触媒を用いて、トルエンとn-ヘプタンとの反応を行った。Pd/H-ZSM-5ではアルキル化生成物の選択率を95.6%と高い値に維持したまま、トルエンの最大転化率が58.5%に達した。このときの、Pd基準の触媒回転数は44.6となった(図5)。H-ZSM-5と担持Pd触媒を別々に混合した場合、転化率11.6%、触媒回転数 3.4であり、固体酸触媒とPd粒子を複合化することで触媒活性が向上していることが分かった。
次に、トルエンとシクロペンタンの反応を行ったところ、トルエンのパラ位にシクロペンタンが付加した生成物が選択的に得られた(図6)。この結果は、アルキル化反応がゼオライトの細孔内で進行していることを示しており、図3に掲載した反応機構を指示している。
提案する反応機構では、原子状水素(H)が酸点から金属粒子へと移動する。そこで、ゼオライト中に生成した原子状水素をミュオン(擬水素)により模擬し、その化学的な寿命をμ+SR法により推定した。図7には各温度におけるゼオライト(H-ZSM-5, H-mordenite)中に生成した原子状擬水素の寿命の下限値を示しており、サブマイクロ秒(10-7秒)のオーダー以上の寿命をもつことが明らかになった。一方で、固体酸触媒反応の中間体として知られる2級カルボカチオンの寿命はフェムト秒~ピコ秒(10-15~10-12秒)のオーダーであると言われている。これらの結果は、ゼオライト中に生成する原子状水素種の寿命が、一般的な化学反応の中間体と比較して十分に長く、今回の触媒反応にも関与している可能性が高いことを示している。
副生成物の発生を限りなく低減させた物質合成を行うには、C-H結合を直接切断して、新たなC-C結合を形成する必要がある。C-H結合のみの切断で生成物を合成できれば、副生成物は水素(H2)あるいは酸化条件では水(H2O)となり、副生成物を低減することができる。アルキルベンゼンは合成洗剤等の原料となるため工業的付加価値が高いが、従来はベンゼンとアルキルハライドとの間のフリーデル・クラフツアルキル化反応[用語5]で合成されており、大量の酸(HX)が副生する。アルカンの脱水素を経てアルケンを合成し、これとベンゼンを付加させる反応も可能であるが、アルカンとベンゼンから直接アルキルベンゼンを合成することができればプロセスの簡略化が可能である。一方で、アルカンは反応性が極めて低いため、アルカンのC-H結合を活性化できる強力な触媒の開発が望まれていた。
今後はさらに高難度なアルカンの活性化反応、例えばプロパンの活性化によるクメンの1段階合成等に、アルカン活性化の原理を適用してゆくことが望まれる。加えて、水素スピルオーバー[用語6]が遅いとされているアルミノシリケート[用語7]系の固体表面における水素移動機構を明らかにすることは、水素スピルオーバー現象の活用に向けて重要であると考えている。
本研究は科学研究費補助金 学術変革領域研究B「表面水素工学」(課題番号:JP21H05099、JP21H05102)における共同研究の成果であり、領域の支援を受けて実施されました。この場をお借りして深く感謝申し上げます。
[用語1] μ+SR法 : 素粒子の1つであるミュオン(μ+粒子)を物質中に打ち込み、その物性やミュオン自体の擬水素としての振る舞いをミュオンスピンの運動を通して調べる手法。
[用語2] H-ZSM-5 : ZSM-5はモービル社によって報告されたアルミノシリケートゼオライト。不均一系触媒として、様々な酸触媒反応に活用されている。本研究でも、プロトン酸点をもつH-ZSM-5にPdを担持した触媒を調製し、使用した。
[用語3] TEM(透過型電子顕微鏡,Transmission Electron Microscope) : 電子顕微鏡の一種であり、電子線を試料に照射して測定する。原子レベルの空間分解能で拡大像を得ることができる。本研究では、ゼオライト外表面に存在するPdナノ粒子の観察に用いた。
[用語4] FT-EXAFS(フーリエ変換広域X線微細構造, Fourier Transform Extended X-ray Absorption Fine Structure) : 試料にX線を照射して得られるX線吸収スペクトルにおいて、X線の吸収端から50 eV~1000 eVくらいまでの範囲をフーリエ変換して得られる。スペクトルから種々の結合の寄与に関する情報を得ることができ、本研究ではPd原子がもつ結合の種類の判別に活用した。
[用語5] フリーデル・クラフツアルキル化反応 : ハロゲン化アルキルと芳香族化合物との反応によって芳香族化合物にアルキル基を導入する反応。活性化されたハロゲン化アルキルへ電子豊富な芳香族が付加することで進行する。ハロゲン化アルキルの代わりにアルケンを用いる手法も知られている。
[用語6] 水素スピルオーバー : 気相の水素分子(H2)が金属を介して酸化物表面上に原子状水素として流れ出し、高速に拡散する現象。本研究ではこの逆反応(逆スピルオーバー)を利用し、固体表面に発生した水素原子の担体表面での高速移動を活用した触媒反応系を設計した。詳細は科学研究費補助金 学術変革領域B「表面水素工学」のウェブサイトも参照ください。
[用語7] アルミノシリケート : アルミノケイ酸塩。ケイ酸塩中にあるケイ素原子の一部をアルミニウム原子に置き換えた構造を持つ化合物。Si4+をAl3+で置換することで失われる正電荷を補償するためカチオンを含んでおり、プロトンを導入することで酸触媒として機能する。本研究で使用したZSM-5ゼオライトはアルミノシリケートの一種。
[1] M. Takabatake, A. Hashimoto, W.-J. Chun, M. Nambo, Y. Manaka, K. Motokura, JACS Au, 2021, 1, 124-129.
掲載誌 : | ACS Catalysis |
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論文タイトル : | Pd Nanoparticles on the Outer Surface of Microporous Aluminosilicates for the Direct Alkylation of Benzenes using Alkanes |
著者 : | Satoshi Misaki, Hiroko Ariga-Miwa, Takashi U. Ito, Takefumi Yoshida, Shingo Hasegawa, Yukina Nakamura, Shunta Tokutake, Moe Takabatake, Koichiro Shimomura, Wang-Jae Chun, Yuichi Manaka, Ken Motokura* (美崎慧(実験・解析・論文執筆),三輪寛子(実験・論文編集),伊藤孝(実験・解析・論文執筆),吉田健文(実験),長谷川慎吾(実験・解析・論文執筆),中村由紀菜(実験),徳竹駿太(実験),高畠萌(実験),下村浩一郎(論文編集),田旺帝(解析),眞中雄一(解析),本倉健(総括・解析・論文執筆)) |
DOI : | 10.1021/acscatal.3c02309 |