応用化学系 News
V型両親媒性分子の内包によるポリマーの新分析・加工技術
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の青山慎治大学院生(博士後期課程1年)、同 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所のロレンツォ・カッティ助教(応用化学コース 主担当)、吉沢道人教授(応用化学コース 主担当)は、水はもちろんのことさまざまな有機溶媒にも溶けない超難溶性ポリマーを水溶化する新手法を開発した。水溶化により、これまで困難であったポリマーの詳細な構造解析と物性評価が可能となった。さらに、超難溶性ポリマーの薄層フィルムの簡便な作製にも成功した。本研究成果および手法は、溶解性の問題で取り扱いが困難な多様な機能性ポリマーに応用することで、環境調和型の新たな材料創製への展開が期待される。
さまざまなポリマーの中でも、芳香環骨格を主軸に持つポリマーは、高機能性材料の原料として最近注目されている。しかしながら、このような芳香環ポリマーは、その高い剛直性と強い凝集性から、水や有機溶媒に全く溶解しない。これまでの可溶化の手法は主に、ポリマー骨格への大量の側鎖(=置換基)導入に限定されていた。ただ、側鎖の導入が困難な場合や導入によってポリマー物性が変化する場合があった。本研究では、独自に開発したV型両親媒性分子[用語1]を超難溶性の芳香環ポリマーと混合することで、ナノカプセル[用語2]化を介して、ポリマーの効率的な水溶化に初めて成功した。また、可溶化を実現したことで、これまで不可能であったポリマーの構造や物性を解明できた。本手法の最大の特徴は、カプセルからの取り出しで、芳香環ポリマーの薄層フィルムが簡便に作製できる点にある。すなわち、水を溶媒として、煩雑な側鎖導入を必要とせず、使用したV型両親媒性分子も再利用可能な、ポリマーの新加工法を開発した。
これらの研究成果は、欧州の主幹化学雑誌 Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)にオープンアクセスで掲載された(オンライン版:6月5日、冊子版:印刷中)。
私たちの日常生活は、さまざまなポリマーによって成り立っている。その中でも、芳香環骨格を主軸に持つポリマー(以後、芳香環ポリマーと表記)は、電子/光物性および耐熱/機械特性などの観点から高機能性材料の原料として最近注目されている。しかしながら、芳香環ポリマーはその高い剛直性と強い凝集性から、水や有機溶媒に全く溶解せず、取扱や加工が困難であった。これまでにさまざまな可溶化法が検討されてきたが、主にポリマー骨格への直接的な側鎖(=置換基)導入に限定されていた。この方法では、大量の側鎖を導入する手間が生じることや側鎖導入によってポリマー物性が変化することが課題であった。
本研究では上記の課題に対して、V型両親媒性分子AAまたはPBSを活用し、超難溶性の芳香環ポリマー PBO、BBLまたはPPと混合することで、それらのナノカプセル化による効率的な水溶化を達成した(図1)。
AAおよびPBSは、1つの疎水性のV型芳香環骨格と2つの親水基を持つ、新しいタイプの両親媒性分子である(図1b)[参考文献1] [参考文献2]。この分子は水中で、ミセル型のナノカプセルを形成し、さまざまな小/中分子を内包できる[参考文献3]。PBOとBBLは、酸素や窒素など(ヘテロ原子)を含む芳香環骨格が直線状に連結された代表的な芳香環ポリマーである(図1d)。特にPBOは、ザイロン®として国内の化学メーカーからも販売されている。また、PPは、ベンゼン環が直線状に連結した単純な芳香環ポリマーである。本研究ではこれらのポリマーの可溶化により、これまで不可能であった詳細な構造解析および物性評価に成功した。さらに、カプセルからの芳香環ポリマーの取り出しにより、その薄層フィルムが簡便に作製できた。この手法により、水を溶媒として、煩雑な側鎖導入を必要とせず、使用したV型両親媒性分子も再利用可能な、環境調和型のポリマー加工技術を開発した。
まず、アントラセン環を持つV型両親媒性分子AAによるナノカプセル化で、ベンゾビスオキサゾール環を含む芳香環ポリマー PBOの水溶化を達成した。AAとPBOの固体を乳鉢と乳棒で3分間磨り潰した後、水を加えて20分間超音波を照射した。得られた懸濁溶液を遠心分離して上澄みを取り出すことで、PBO内包体の透明な黄色溶液を得た(図2a上)。同様の簡便な操作で、PBOより剛直な芳香環ポリマーBBLの効率的な水溶化にも初成功した(図2a下)。同条件で、既報のひも状両親媒性分子SDSやDTAC(図1c)を使用した場合と比較して、分光学的データから50倍以上の水溶化効率を示した。今回の高い水溶化能は、AAのV型芳香環骨格と芳香環ポリマーの間で働く多点の分子間相互作用(π-π相互作用など)[用語3]に起因する。
得られたポリマー内包体の構造は、原子間力顕微鏡(AFM)のよる直接測定(図2b)および計算化学による分子モデリングによって決定した。PBO内包体は、約4本のポリマーが1つの束になり、それを複数のAAが取り囲んだひも状のナノカプセル構造体であることが判明した(図2c)。また、内包体の水溶液の紫外可視(UV-vis)吸収スペクトルでは、430 nm付近にPBO、570 nm付近にBBLに由来するバンドが明確に観測された(図2d、e)。
上記と同様の操作で、ポリマーとしてポリパラフェニレン(PP)、両親媒性分子としてAAまたはPBSを用いることで、PP内包体の無色水溶液を得た(図3a)。PPは超難溶性のため、単独では溶液中の性質は調査できない。一方、小さな芳香環を持つV型両親媒性分子PBSから作成したPP内包体は、340 nm付近にPPに由来する吸収帯が観測された(図3b)。また、紫外光照射で400~600 nmに幅広いバンドを持つ強い青色発光が観測された(図3c)。注目すべき特徴として、このPP内包体の発光能は高く(量子収率ΦF = 30%)、AAによるPP内包体の約8倍、PP固体と比べて10倍以上を示した。
最後に、AAに内包した芳香環ポリマーを利用することで、カプセルからの取り出しによる薄層フィルムの作製に成功した。実際に、PBO内包体の水溶液をメンブレンフィルターでろ過することで、PBOとAAを分離し、フィルター上のPBOを加熱・洗浄処理することで、PBOの淡黄色薄層フィルムを得た(図4a)。そのフィルムは、電界放出型走査顕微鏡(FE-SEM)による分析で、10~20 nmのポリマー束が網目状に絡み合った構造で、数百 nm(髪の毛の約1/100)の厚さであることが判明した(図4b-d)。また、この手法で、PBOとBBLからなる紫色の混合薄層フィルムも得られた。本手法は水を溶媒として、AAは再利用可能であることから、環境調和型の超難溶性ポリマーフィルム作製法と言える。
本研究では、独自のV型両親媒性分子を使用することで、超難溶性ポリマーのナノカプセル化による高効率な水溶化とそれを利用した薄層フィルムの作製に成功した。得られたフィルムは、数百nmの厚さで、細いポリマー束が網目状に絡み合った構造であることが判明した。また、水溶化された超難溶性ポリマーの高発光性も見出した。これらの研究成果を基に、今後は他の1次元ポリマーだけでなく、2~3次元構造を持つ超難溶性ポリマーの水溶化とそれらのドーピングや加工に挑戦する。
本研究は、科学研究費助成事業(21K18951、22H00348)および三菱財団 自然科学研究助成 (代表:吉沢道人教授)、高度人材育成フェローシップ(青山慎治)の支援を受けて行われた。また、PBO(ザイロン®)は東洋紡株式会社から提供を受けた。
掲載誌 : | Angewandte Chemie International Edition |
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論文タイトル : | Facile Processing of Unsubstituted π-Conjugated Aromatic Polymers through Water-solubilization Using Aromatic Micelles (芳香環ミセルを活用した無置換芳香環ポリマーの水溶化と簡便な加工技術) |
著者 : | Shinji Aoyama, Lorenzo Catti*, Michito Yoshizawa* (青山慎治、ロレンツォ・カッティ*、吉沢道人*) |
DOI : | 10.1002/anie.202306399 |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
教授 吉沢道人
Email yoshizawa.m.ac@m.titech.ac.jp
045-924-5284 / Fax 045-924-5230