応用化学系 News
密に噛み合う仕組みを、金属の自己組織化を用いて模倣
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の澤田知久准教授(応用化学コース 主担当)らの研究チームは、タンパク質の材料となるペプチド[用語1]による「立体ジッパー」構造を人工構築することに初めて成功した。アルツハイマー病の原因物質とされているアミロイド線維[用語2]は、ペプチドの作り出す平行型βシート[用語3]の面と面を分子レベルで精密に張り合わせた「立体ジッパー」構造を生体内で形成し、強靭な線維を作り出す例として知られている。しかし、ペプチド同士は無秩序に凝集しようとするため、分子制御が難しく、これまで、こうしたジッパー構造を人工的に作ることは困難だった。
今回新たに、βシートの片面に金属イオンとの結合サイトを加え、金属イオンによる自己組織化[用語4]を利用することで、人工的にペプチドの「立体ジッパー」構造を模倣し、合成することに成功した。また、この手法によりでき上がったジッパー構造を用いて、向かい合ったβシート間に働く、さまざまな側鎖の噛み合いや接触構造の高精度な観測も実現した。本成果で得られたさまざまな様式の「立体ジッパー」構造をもとに、アミロイド線維などの生体構造について理解を深めるとともに、強靭なペプチド性材料の創製に向けた応用が期待できる。
本研究成果は、東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の澤田知久准教授、東京大学の藤田誠卓越教授(分子科学研究所卓越教授兼任)、恒川英介大学院生(博士課程学生)、高エネルギー加速器研究機構の山田悠介研究機関講師、千田俊哉教授らによって行われ、「Journal of the American Chemical Society」に掲載された(オンライン版:7月12日)。
アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイド線維は、βシート構造に富んだ線維状のタンパク質(ペプチド)凝集体でできている。これは、多数の真っ直ぐに伸びたペプチドが、互いに水素結合によって会合し、平行型βシートと呼ばれるシート状の分子構造を作るためである。さらに、アミロイド線維は、このシート状になった構造が何枚も折り重なり、平行型βシート同士が互いに面と面で会合することで強靭な線維となっている。このシートの面と面の間は、まるでジッパーのように端と端がぴったりと合わさって重なった構造となっており、シートの側鎖が密に充てんされたコア構造を形成する「立体ジッパー」と呼ばれている。
これまで、天然のアミロイドタンパク質中のペプチド配列を用いた結晶構造解析[用語5]によって、「立体ジッパー」構造の検証がなされてきた。しかし、「立体ジッパー」構造を人工的に構築するための設計指針はほとんど存在しなかった。その主な理由には、βシート構造になるペプチド配列は、非常に強い凝集性を示し、シート状に並ばず、無秩序に会合するという問題があったためである。
人工的にペプチドによる「立体ジッパー」構造を構築する方法が開発されたならば、側鎖の種類に応じたジッパー相互作用の違いを理解することができ、さらに、アミロイド線維を模倣した強靭なペプチド性材料の創製にも応用できると考えられる。
本研究では、ペプチド同士の無秩序な凝集を避けるため、ペプチドに金属イオンと結合する設計を施した。この金属イオンによる自己組織化をうまく用いることで、精密な平行型βシート構造の構築と立体ジッパー構造の模倣を実現した。
具体的には、βシートの片面には金属イオンと結合する面を、もう一方には立体ジッパーを形成する面を形成するように、ペプチド配列を設計した(図1)。11種類のペプチド配列を合成し、亜鉛または銀イオンと水・アルコール溶液中で混合すると、9つの配列から単結晶が生成できた。これら9つの配列のX線回折[用語6]や電子線回折[用語7]による構造解析から、平行型βシート構造、さらに、立体ジッパー構造が形成されていることを、高分解能で観察することができた。
観測された立体ジッパー構造は、ジッパーを構成する側の鎖が全て小さい場合には噛み合い型(interdigitation)を、側鎖が全て大きい場合には接触型(hydrophobic contact)を、側鎖が大きいものと小さいもののペアの場合には凹凸様式(knob–hole)を取ることが明らかとなった(図2)。さらに、ジッパーを形成する際に、2枚の平行βシートは逆平行に向かい合う様式で張り合わさることがこれまでの研究では報告されていたが、ジッパーを構成する側鎖の種類によっては2枚の平行βシートが平行に向かい合う様式で張り合わさっていることを、今回初めて観測した(図3)。
今回構築に成功した立体ジッパー構造は、アミロイド線維に分子レベルで働く相互作用を理解するための良いモデルとなりうると考えられる。本研究成果を基に、立体ジッパーがもたらすアミロイド線維の構造安定性に関する考察を深め、アミロイド線維の形成を阻害するためのアイデアを得ていくことが期待される。また、アミロイド線維のような強靭なペプチド性材料の創製にも、本研究の手法は応用できると考えている。
本研究で開発した手法により、平行型βシート構造の精密構築が可能になった。今回構築した平行型βシートは平らなものであったが、自然界のタンパク質の構造中に見られる平行型βシートには、湾曲したものや長周期のねじれを持つものも少なくない。βシートの形状を自在に設計できる手法の開発を進めたい。
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(課題番号:JPMJPR20A7)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:19H05461、19H02697)、日本医療研究開発機構(AMED)生命科学・創薬研究支援基盤事業 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)、徳山科学技術振興財団研究助成などの支援により実施された。
[用語1] ペプチド : 複数のアミノ酸が鎖状につながった化合物であり、タンパク質の構成要素である。天然では20種類あるアミノ酸の配列にしたがって、さまざまな立体構造をとる。
[用語2] アミロイド線維 : アミロイドβタンパク質が凝集することで形成する線維であり、アルツハイマー病を発症する原因物質とされる。
[用語3] 平行型βシート : ペプチド鎖が真っ直ぐに伸びた構造の際に、隣り合った鎖同士で水素結合が形成され、面積を持ったシート状になる。ペプチド鎖には方向性があるため、方向性がそろったシートは平行型βシートと呼ばれ、方向性が互い違いになったシートは逆平行型βシートと呼ばれる。
[用語4] 自己組織化 : 分子が自発的に集合し、秩序立った構造を形成する現象。自己集合ともよばれる。その際の分子同士の相互作用にはさまざまなタイプがあるが、特に金属イオンがもつ結合(配位結合)を利用すると、結合の数や方向性が明確に定まるために、精密な秩序構造が得られやすい。
[用語5] 結晶構造解析 : 分子が三次元的に規則的に並んだ結晶に対して、X線などの放射線を照射したときに生じる膨大な数の回折点を測定し、結晶中の分子構造を明らかにする手法。
[用語6] X線回折 : 用語5の結晶構造解析において、照射する放射線としてX線を用いる方法。分子構造を高精度で明らかにする手法として一般的に用いられる分析手法である。必要な単結晶のサイズは、一辺あたり50マイクロメートル以上が一般には必要とされる。
[用語7] 電子線回折 : 用語5の結晶構造解析において、照射する放射線として電子線を用いる方法。近年、技術改良が進んだ手法であり、一辺あたり0.1~1マイクロメートルのサイズの微小な単結晶の結晶構造解析を可能にする。MicroEDとも呼ばれる。
掲載誌 : | Journal of the American Chemical Society |
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論文タイトル : | X-ray and Electron Diffraction Observations of Steric Zipper Interactions in Metal-induced Peptide Cross-β Nanostructures |
著者 : | Eisuke Tsunekawa, Yusuke Otsubo, Yusuke Yamada, Akihito Ikeda, Naruhiko Adachi, Masato Kawasaki, Akira Takasu, Shinji Aramaki, Toshiya Senda, Sota Sato, Satoshi Yoshida, Makoto Fujita,* and Tomohisa Sawada* |
DOI : | 10.1021/jacs.3c04710 |
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東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
准教授 澤田知久
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