応用化学系 News
医薬品探索の「合成プラットフォーム」として利活用可能に
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の永島佑貴助教(応用化学コース 主担当) 、石垣信穂大学院生、田中健教授(応用化学コース 主担当)、および東京大学大学院 薬学系研究科の内山真伸教授を中心とした研究グループは、2次元化合物から炭素、ホウ素、ケイ素を直接導入しながら3次元化合物を合成する新しい分子変換反応を開発した。
ホウ素とケイ素は、有機化合物に組み合わせることで、他の元素では実現できないようなさまざまな特性を付与できる。これまでは、有機ホウ素・ケイ素化合物は主に機能性材料の分野で利用されており、平面性の高い2次元化合物が求められていた。一方で近年では、創薬においても有機ホウ素・ケイ素化合物が注目され始め、新しい生理活性物質や合成中間体としての利用が期待されている。しかし、3次元の有機ホウ素・ケイ素化合物は網羅的な合成や誘導化が極めて難しく、医薬品候補の探索を妨げてきた。
研究グループは、可視光エネルギーを利用することで、2次元化合物であるキノリン[用語1]から炭素、ホウ素、ケイ素が導入しながら3次元化合物テトラヒドロキノリン[用語2]を一段階で合成する新しい分子変換反応を開発した。さらに、多元素化3次元化合物テトラヒドロキノリンがさまざまな化合物へ変換可能な合成プラットフォーム[用語3]として利用できることを明らかにした。
今回の成果によって多様な3次元化合物の合成が実現できるようになったことで、医薬品、生理活性物質、有機材料などの複雑な有機化合物が効率的に合成できるようになるとともに、太陽光などの自然エネルギーを利用した持続可能な物質生産にも貢献することが期待される。
研究成果は、英国の科学雑誌「Nature Communications」の掲載に先立ち、2月6日(現地時間)にオンライン掲載される。
ホウ素とケイ素は、炭素との安定な結合を形成できる元素の中で、炭素よりも電気陰性度が低いという性質を持つ数少ない元素である。そのため、炭素・水素・酸素・窒素・ハロゲンなどによって構成される有機化合物に、ホウ素・ケイ素を組み合わせることで、他の元素では実現できないようなさまざまな特性を付与できる。
これまでは、有機ホウ素・ケイ素化合物は主に機能性材料の分野で利用されており、平面性の高い2次元化合物が求められていた(図1A・左)。こうした2次元化合物は、sp2炭素におけるクロスカップリング反応[用語4]によって容易に合成・変換でき、多彩な分子が存在する。一方で近年では、ホウ素やケイ素を含む医薬品の承認や臨床開発などを皮切りに、創薬の観点においても有機ホウ素・ケイ素化合物が注目され始め、従来の医薬品をこれまでとは異なる方向へ多様化させると期待されている。また、ホウ素やケイ素官能基は他の多様な官能基へ変換できることから、有機ホウ素・ケイ素化合物は医薬品探索における合成プラットフォームとしても有用である。そのため、3次元の分子骨格を有する有機ホウ素・ケイ素化合物が求められるようになってきた(図1A・右)。しかし、sp3炭素[用語5]で構成される3次元化合物は反応性が低いため、網羅的な合成や誘導化が極めて難しく、医薬品候補の探索を妨げてきた。
研究グループは、2次元化合物に対してホウ素・ケイ素を導入しながら3次元化させることができれば、魅力的な分子変換になると考え、研究に着手した。こうした「脱芳香族化反応」と呼ばれる手法のうち、炭素官能基などを導入する手法は開発されているものの、ホウ素やケイ素を一度に同時に導入できる手法は存在していなかった。本研究は、その第一歩として取り組み始めた(図1B)。
研究グループはこれまでに、ホウ素―ホウ素結合を有するジボロンと呼ばれる試薬と炭素アニオン[用語6]を組み合わせることで、光エネルギーを利用した有機ホウ素化合物の合成法を報告しており、この反応を本研究に応用することを考えた。
2次元化合物であるキノリンとアルキルリチウム試薬との付加反応によって窒素アニオンが発生することが知られている。そこで図2に示すように、ここの窒素アニオン分子Iにケイ素―ホウ素結合を有するシリルボランを加えてホウ素アート錯体[用語7]IIとすることで、脱芳香族的な炭素・ホウ素・ケイ素化反応が進行する反応条件を探索した。しかし、波長が短い紫外光を照射したり、高温条件を用いたりすると複雑な混合物を与えてしまった。そのため研究グループは、より温和な条件でケイ素―ホウ素結合を活性化させるべく、密度汎関数法[用語8]による計算によってコンピューターシミュレーションを行ったところ、反応中間体と予想される分子が青色付近の可視光を吸収できることが判明した。そこで、より波長が長く温和な白色光や青色光を照射した結果、目的の3次元化合物テトラヒドロキノリンIIIが高収率で得られることを見出した。得られた分子は、単結晶X線構造解析[用語9]によって構造を決定し、炭素・ケイ素・ホウ素が決まった位置に導入され、かつ互いに逆向きの立体配置である化合物が選択的に得られていることを確認した。また、本反応を他のさまざまなキノリン(2次元化合物)に適用することで、28種類のテトラヒドロキノリン(3次元化合物)を合成することができた。
次に研究グループは、合成したテトラヒドロキノリン(3次元化合物)のホウ素官能基やケイ素官能基を変換することで、本分子が医薬品候補化合物の探索における合成プラットフォームになることを確認した。具体的には、ホウ素官能基を、水素や重水素、アルコールやエーテルなどの酸素官能基、炭素官能基などに変換でき、ケイ素官能基からはアルコールへ変換が可能であることが分かった(図3)。これらを組み合わせることで、多種多様なテトラヒドロキノリンを一挙に合成することができる。テトラヒドロキノリン骨格は、医薬品候補化合物にも存在する有用な3次元骨格であり、そうした候補化合物を合成しながら探索していく上で、本手法は非常に有用であると考えられる。
さらに本手法では、原料の2次元化合物として、キノリンだけでなく機能性材料の分野で広く利用される芳香族炭化水素[用語10]であるアントラセンやフェナントレンにも適用可能であり、それぞれ対応する3次元化合物を合成することにも成功した。
加えて、開発した反応のメカニズムを実験化学的アプローチと計算化学的アプローチを用いて解析した結果、ケイ素―ホウ素結合が光によって切断されラジカルが発生し本反応を促進させていることが明らかになった。
本成果は、医薬品や生理活性物質、有機材料などのさまざまな機能性分子の探索に貢献できると期待される。また、本成果は可視光を利用した分子変換法であり、光は太陽から無限に降り注ぐ自然エネルギーであることから、持続可能な開発目標(SDGs)の観点からも重要性の高い結果である。
今回の研究によって、2次元化合物であるキノリンから、炭素、ホウ素、ケイ素が導入された多様な3次元化合物テトラヒドロキノリンを直接合成することが可能になった。今後、こうしたホウ素とケイ素を含む特徴的な3次元化合物を利用することで、創薬の標的分子に対する生理活性や生体内安定性をはじめとする新しい特性を解明していきたい。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(No.20K22521、No. 21K14623、No. 22H05346、No.22H00320、No.22H05125、No.17H06173、No. 19H00893)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)(JPMJCR19R2)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(No. JP22nk0101111)公益財団法人長瀬科学技術振興財団、内藤記念科学振興財団、中外創薬科学財団、福岡直彦記念財団、UBE学術振興財団、上原記念生命科学財団の支援を受けて行われた。
[用語1] キノリン : 分子式C9H7Nで表される窒素を含む2次元平面化合物。
[用語2] テトラヒドロキノリン : キノリンを水素還元することで得られる3次元化合物。
[用語3] 合成プラットフォーム : 一つの分子から多種類の分子へと網羅的に分子変換することのできる中間体のこと。中間体の種類×分子変換できる種類の掛け算によって多様な誘導体を合成できる。
[用語4] sp2炭素におけるクロスカップリング反応 : 異なる2種類の化合物をsp2炭素同士で結合させる反応。sp2炭素とは、エチレンやベンゼンなど、二重結合を形成している炭素原子のことである。
[用語5] sp3炭素 : 4本の手をもっている炭素原子のこと。四面体の中心から各頂点へ伸びるような方向を取るため、3次元的な骨格を構成できる。
[用語6] アニオン : 負に帯電したイオン分子のこと。
[用語7] ホウ素アート錯体 : ホウ素が持つ空の分子軌道にアニオンが結合した複合体のこと。
[用語8] 密度汎関数法 : エネルギーなどの物性を電子密度から計算することが可能であるとする密度汎関数理論を用いた計算手法。
[用語9] 単結晶X線構造解析 : 分子が規則正しく配列した結晶物質にX線を照射して起こる回折現象を利用して、分子構造を調べる解析手法。
[用語10] 芳香族炭化水素 : 一重結合と二重結合が交互に並び、電子が非局在化した6つの炭素原子から成る単環あるいは複数の平面環で構成される分子の総称。
掲載誌 : | Nature Communications |
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論文タイトル : | Dearomative triple elementalization of quinolines driven by visible light |
著者 : | Shiho Ishigaki, Yuki Nagashima,* Daiki Yukimori, Jin Tanaka, Takashi Matsumoto, Kazunori Miyamoto, Masanobu Uchiyama,* and Ken Tanaka* |
DOI : | 10.1038/s41467-023-36161-4 |
お問い合わせ先
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
助教 永島佑貴
Email nagashima.y.ae@m.titech.ac.jp
Tel 03-5734-3631
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
教授 田中健
Email tanaka.k.cg@m.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2120
東京大学大学院 薬学系研究科
教授 内山真伸
Email uchiyama@mol.f.u-tokyo.ac.jp
Tel 03-5841-0732