応用化学系 News
高分子材料のミクロな劣化・破壊挙動の理解に貢献
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の大塚英幸教授(応用化学コース 主担当)と渡部拓馬大学院生(博士後期課程3年)は、形状変化によって分子鎖に力が伝わると、結合が切断されて高感度な色彩変化を示す高分子材料を開発することに成功した。また、分子の鎖が三次元の網目状に繋がった架橋高分子が液体を吸収して膨らむ膨潤[用語1]過程における高分子鎖の変形に注目し、鎖に生じる力の可視化やその切断反応メカニズムを明らかにした。
架橋高分子は、ゴムやプラスチック、液体を含んだゲルといったさまざまな顔を持ち、私たちの生活を支える材料となっている。これらの材料は過度に変形すると網目を構成する高分子鎖が切断され、劣化や破壊を招く。より安全・安心な高分子材料の実現に向けて、変形時に高分子鎖が破壊される様子を正確に理解することが重要となる。
本研究では、「力を受けると特定の化学結合が切断され色彩変化を示す分子」と「分子の鎖が伸びた網目構造を持つ高分子の合成法」を利用し、架橋高分子の膨潤による変形で高分子鎖が容易に切断される現象を見出した。どのような条件で高分子鎖が切断するのかを解明すれば、材料の劣化や破壊を抑制する高分子設計が提案でき、安全・安心な高分子材料の実現に貢献が期待される。将来的には、水や海水で膨潤すると分解しやすくなる環境低負荷な高分子材料の開発にもつながる可能性がある。
本研究成果は2022年12月16日にドイツ化学会誌 (Wiley-VCH)「Angewandte Chemie International Edition(アンゲヴァンテ・ケミー・インターナショナル・エディション)」にオンライン掲載された。
分子の鎖が三次元の網目状につながった架橋高分子はゴムやプラスチック、さらには溶媒を含んだゲルとして利用され、私たちの生活を支える素材となっている。架橋高分子材料は、過度な変形が加わると網目を構成する高分子鎖が切断され、劣化や破壊の要因となる。しかし、高分子鎖が切断していることを目視することは難しく、材料そのものが破壊されるまで劣化に気付くことができない。このことは、ゴムやプラスチックの劣化に伴う事故などを予測することを妨げている。もし、高分子鎖の切断を可視化できれば材料の劣化を事前に知ることができ、安全・安心な高分子材料の実現に貢献できる。
最近では、「すり潰す」、「引っ張る」、「圧縮する」などの人為的な力を化学反応や構造変化のエネルギーとして利用し、高分子鎖に生じる力を色彩変化として検出する技術が確立されつつあるが、本研究では架橋高分子が液体を吸収して膨らむという、材料の自発的な変形によって生じる力に着目した。架橋高分子をよく馴染む液体に漬けると、液体が高分子網目の間に入り込むことで網目が膨らみ、ゼリーやソフトコンタクトレンズのようなゲルへと変化する。この膨潤過程においては通常、結合が切断するほどの力は生じないと認識されてきた。
本研究では、架橋高分子のつくり方を工夫することで、膨潤時に高分子鎖に生じる力を検知することに成功し、高分子鎖の結合切断によって生成する反応活性種を新たな化学反応に利用できることを明らかにした。
今回、大塚教授らのグループは、力を受けると反応性に乏しく安定なラジカル[用語2]を生じるジフルオレニルスクシノニトリル (DFSN) 骨格に着目した (図1a)。DFSNは室温で化学的に安定な結合状態をとるが、力を加えると中央の炭素–炭素共有結合が選択的に切断し、ピンク色のラジカル種を生じる。従ってDFSNは、色変化によって、高分子鎖に生じる力を検知することができる。しかし、これまでDFSNの共有結合を切断するには大きな力を要し、その反応効率も低いことが課題とされてきた。
最近、この課題に対して大塚教授らは、あらかじめ伸張した網目が構築されるマルチネットワークポリマー[用語3]へとDFSNを導入する手法を考案した。高分子鎖は応力が加わっていないときは弛んだ状態になりやすいが、マルチネットワークポリマーは、ピンと張った網目を持つことが特徴である。マルチネットワークポリマー構造を活用することで、DFSNの活性化に必要な引張歪みの低減や反応効率の向上を実現した (図1b)。今回、上記手法による高活性化に伴って、溶媒の膨潤による変形に対してもDFSNの反応が進行することを発見した。
本研究では、あらかじめ伸長された網目を持つマルチネットワークポリマーの構造内にDFSNを導入した架橋高分子を合成し、さまざまな溶媒に浸漬させた。その結果、高分子との親和性に優れ、大きく膨潤した溶媒で顕著な色変化を示した (図2a)。ラジカルの検出・定量が可能な電子スピン共鳴 (ESR) 法[用語4]を用いて、膨潤過程におけるラジカル量の変化を定量的に評価した結果、膨潤の進行に伴い、DFSN骨格の解離由来のラジカルが増加した。本来、高分子鎖の運動が活発なゲル状態では、ラジカル同士の再結合反応によって直ちにラジカル量が減少するが、高分子鎖が張った状態では、特異的に再結合反応が抑制されるため色変化が観察されることを見出した (図2b)。また、一軸伸長[用語5]と膨潤変形で実質的な反応メカニズムが一致することを解明し、DFSNを含む網目が大きく引き伸ばされた際に生じる張力によって駆動される化学反応であることを明らかにした。さらに、溶媒膨潤によって生成するDFSN由来のラジカル種は、ラジカル重合[用語6]の開始剤として機能することを活用し、架橋高分子の後天的修飾を達成した。
本研究において、ミクロスケールにおける高分子鎖の切断の可視化に成功した。さらに、膨潤に伴う応力という比較的弱い力でも高分子鎖が切れてしまうことを見出し、そのメカニズムの理解を深めた。高分子鎖切断のミクロな挙動を捉え、その条件を明らかにしたことは、劣化や破壊しづらい安全・安心な高分子設計につながると考えられる。また、水や海水で膨潤すると容易に分解しやすくなる環境低負荷な高分子材料の設計にもつながる可能性がある。
本研究では架橋高分子の膨潤過程において網目に生じる大きな応力を捉えることに成功し、今後膨潤現象のさらなる理解に貢献すると期待される。また、架橋高分子内部で進行するラジカル重合は、高分子反応特有の低反応性を克服できる可能性を秘めており、新たな高分子修飾法として応用展開を加速させていく。この他にも、膨潤状態の網目においてDFSNは特異的な反応性を示すことも見出し、新たな反応場として活用できることが示唆された。本研究成果を基盤として、高分子材料設計の新戦略に関する学術研究を加速させていく。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域: | 「革新的力学機能材料の創出に向けたナノスケール動的挙動と力学特性機構の解明」 (研究総括:伊藤耕三 東京大学 教授) |
研究課題名: | 「動的共有結合化学に基づく力学多機能高分子材料の創出」 |
研究代表者: | 大塚英幸 東京工業大学 教授 |
研究期間: | 令和元年10月~令和7年3月 |
[用語1] 膨潤 : 架橋高分子が溶媒を吸収して体積が増加すること。
[用語2] ラジカル : 不対電子(電子対にならない電子)を持つ原子や分子。
[用語3] マルチネットワークポリマー : 架橋高分子の内部で新たな網目を形成することで、初期状態から引き伸ばされた網目構造を実現する手法。
[用語4] 電子スピン共鳴 (Electron Spin Resonance; ESR) 法 : 不対電子を検出する分光法の一種。不対電子の種類や量を評価することができる。
[用語5] 一軸伸長 : 材料を一方向へ伸長して強度などを評価する手法。エラストマーでは体積がほとんど変わらないため、残りの2方向は収縮する。
[用語6] ラジカル重合 : ラジカルを成長種として低分子から高分子を合成する反応。
[用語7] 膨潤誘起型メカノクロミズム : 溶媒膨潤時に高分子鎖に生じる応力を起源とする色彩変化現象。
掲載誌 : | Angewandte Chemie International Edition |
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論文タイトル : | Swelling-induced Mechanochromism in Multinetwork Polymers |
著者 : | Takuma Watabe and Hideyuki Otsuka(渡部拓馬、大塚英幸) |
DOI : | 10.1002/anie.202216469 |
お問い合わせ先
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系/国際先駆研究機構 リビングシステムズ材料学研究拠点
教授 大塚英幸
Email otsuka@mac.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2131