応用化学系 News
環境にやさしい手法として期待、極限環境での利用も
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の稲木信介教授(エネルギーコース 主担当)、岩井優大学院生(博士後期課程1年)らは、電解液の送液により生じるエネルギーを利用して有機化合物の電解反応[用語1]を駆動する手法を開発した。
近年の環境・エネルギー問題の解決やSDGs[用語2]の達成に向けた取り組みとして、有害・危険な試薬を用いる化学反応をクリーンかつ安全な電解反応に置き換えることが望まれている。しかしながら、電極に給電するための電源装置の導入や配線の煩わしさなどが課題となっている。
本研究では、希薄電解液をマイクロ流路に送液する際に生じる流動電位[用語3]を利用して電極上での電解反応を駆動する、本質的に外部から給電する必要のない電解反応技術を開発した。また、この技術を用いて、芳香族化合物の電解重合[用語4]を行うことにより、導電性高分子[用語5]を得ることに成功した。
本研究の手法は、様々な有機化合物の電解反応に応用できると期待され、環境にやさしい化学反応法として有望である。また、給電を必要としない本手法は電力の届かない極限環境などにおいて電解反応を実施するデバイスとしての発展も期待される。
研究成果は5月27日に、「Communications Chemistry」誌でオンライン掲載された。
近年の環境・エネルギー問題の解決やSDGsの達成に向けた取り組みとして、環境負荷の小さい新たな化学反応の開発が望まれている。化学反応には、物質同士が電子を与えたり、受け取ったりすることで進行するものが多くある。このような化学反応を行う際には、電子を与える物質や受け取る物質などの試薬を用いる必要があり、さらに熱エネルギーを併用する場合もある。これらには危険性もあり、反応後には廃棄物が残ってしまうという課題があった。一方、電解反応は棒状や板状の電極に電気を流すことで、電極に触れた物質との電子授受による反応を進める手法であり、試薬の種類や量を減らすことができる。また、通常は熱エネルギーを必要としないこともメリットである。例えば水の電気分解では、電解液に挿入した電極に電気エネルギーを印加することにより、陽極(+極)で酸化反応(水の場合は酸素発生)、陰極(−極)で還元反応(水の場合は水素発生)が進行する。この手法は有機化合物にも適用でき、有機電解反応法として、高付加価値物質生産の工程に利用することができる。
このように、従来の化学反応を電解反応に置き換える試みが世界中でなされている。それに加え、電解反応における反応装置の開発が進んでいる。しかしながら、電極に電気エネルギーを供給する電源装置の導入にコストがかかることや、給電のための配線の煩わしさなどが課題となっている。
稲木教授らは、希薄電解液をマイクロ流路に送液する際に生じる流動電位を利用して電解反応を駆動することを着想し、本質的に外部から給電する必要のない電解反応技術の開発を目指した(図1)。
マイクロ流路に希薄電解液を送液することにより、流路の上流と下流で電位差(流動電位)が生じることが知られており、これまでに分析機器等において数十mV程度の流動電位が用いられてきたが、電解反応に利用する研究は皆無であった。本研究では、流路の材質をはじめ、様々な有機溶媒と電解質の組合せや濃度の検討を行い、電解反応の駆動に十分な3 V程度の流動電位を発現させることに成功した。
このマイクロ流路の上流・下流に電極を設置し、外部から電流計を接続して、電解反応を検討した。原理検証として、芳香族化合物の電解反応による高分子合成(電解重合)を行った。まず、原料となるピロールをアセトニトリル溶媒に溶かし、電解質としてBu4NPF6を加えた溶液を調製して送液したところ、上流側の電極表面にピロールの電解重合により生成した高分子(ポリピロール)薄膜が析出した(図2)。これは、上流が陽極として駆動し、ピロールの酸化反応が進行したことを示唆している。一方で、電解質をBu4NPF6からLiBF4に変えたところ、流動電位は逆の極性を示し、下流側の電極上にポリピロール薄膜を得た。同様に、芳香族化合物としてピロールの代わりに3,4-エチレンジオキシチオフェン(EDOT)を用いた場合にも対応する導電性高分子膜を得た。このように、流動電位を用いる無給電の電解反応に成功し、導電性高分子膜を得ることができた。また、電解質の選択により、上流と下流の極性の切り替えができることがわかった。
本研究により、給電を必要とせず、送液により生じるエネルギーで3V程度の流動電位を発生させ、電解反応を駆動できることが実証された。これは、水や様々な有機溶媒に電解質を溶解させた電解液を送液するだけで電解反応を実施できることを示している。芳香族化合物の電解重合のみならず、ファインケミカル合成や有害物質の分解などの電解反応にも適用可能であると期待される。現時点では、高圧で送液する必要があるため、より低圧での送液により同様の反応を駆動するための改良が望まれる。将来的には、給電の必要がない本反応技術が極限環境などにおいて利用されることも期待される。
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ 研究領域「電子やイオン等の能動的制御と反応」(研究総括:関根 泰)における研究課題「外部電場により駆動するワイヤレス電解反応システムの構築」(研究者:稲木 信介(JPMJPR18T3))、科学研究費 基盤研究(B)(研究者:稲木 信介(JP20H02796))、ならびに「東工大の星」支援【STAR】の支援を受けて行われた。
[用語1] 電解反応 : 電解液に浸漬させた電極に電圧を印加することにより、陽極上で酸化反応、陰極上で還元反応がそれぞれ起こる。このような電気化学反応を電解反応と呼ぶ。有機化合物を反応に用いる場合、有機電解反応と呼び、近年、ファインケミカルや機能材料合成分野で注目されている。
[用語2] SDGs : 「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称であり2015年の国連サミットで採択された。17の大きな目標のうち、化学分野に関係するものも多い。
[用語3] 流動電位 : 固体面に接触する液体を流動させるとき、界面に沿って生じる電位差をいう。マイクロ流路中に希薄電解質溶液を入れ、これに圧力をかけて溶液を流動させるときに流路の両端に電位差が現れる。
[用語4] 電解重合 : 有機化合物の電解反応により高分子化合物を与える反応をいう。特に、芳香族化合物の電解反応により導電性高分子を与える反応が代表的である。
[用語5] 導電性高分子 : 芳香族化合物が結合して生成する高分子は、電気を流す性質があり、導電性高分子と呼ばれる。その原点となるポリアセチレンの研究により、2000年に白川英樹博士がノーベル化学賞を受賞している。
掲載誌 : | Communications Chemistry |
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論文タイトル : | Electropolymerization without an Electric Power Supply |
著者 : | Suguru Iwai, Taichi Suzuki, Hiroki Sakagami, Kazuhiro Miyamoto, Zhenghao Chen, Mariko Konishi, Elena Villani, Naoki Shida, Ikuyoshi Tomita, Shinsuke Inagi (岩井優、鈴木太一、坂上裕紀、宮本和洋、陳正豪、小西麻利子、ビラニエレナ、信田尚毅、冨田育義、稲木信介) |
DOI : | 10.1038/s42004-022-00682-8 |
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