応用化学系 News

固体と分子の境界サイズの物質を合成する新たな手法を開発

超分子カプセルを用いて巨大な金属クラスターを合成

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2022.03.11

要点

  • サブナノとナノの中間に位置する準サブナノ領域の微粒子を高精度で合成
  • 2種類の樹状分子を混合して自発的に構築させた超分子カプセルを利用
  • 粒子サイズがさらに大きい材料の開発も期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の塚本孝政助教(科学技術振興機構 さきがけ研究者を兼任)、山元公寿教授、神戸徹也助教(ともに応用化学コース 主担当)らの研究グループは、2018年に開発した「アトムハイブリッド法[用語1][参考文献1]」を応用し、これまで困難とされた「準サブナノ物質[用語2]」の精密な合成に初めて成功した。

ナノ粒子とサブナノクラスターの境界に位置する準サブナノサイズの物質は、固体と分子の中間の性質を持ち得る興味深い物質群であるが、これまで精密な合成はほとんど達成されていなかった。本研究では、2種類の樹状分子を混合するだけで自発的に組み上がる巨大な「超分子カプセル[用語3]」を新たに開発し、このカプセル内部に80個を超える多数の金属イオンを取り込むことに成功した。この複合体を原料として用いることで、最終的に84個程度のロジウム原子[用語4]からなる準サブナノ物質の合成を実証した。この超分子カプセルは、パーツとなる樹状分子を様々に選択することで、自在に構造を設計できる点が大きな特徴であり、将来的には100個を超える原子を持つ、さらに大きな粒子の合成や、準サブナノ物質の新たな学理の構築が期待できる。

研究成果は、2022年1月10日発行のドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition(アンゲヴァンテ・ケミー国際版)」オンライン版に掲載された。また、本論文は同雑誌の「Very Important Paper (VIP)」(全論文のTOP 5%以内)に選定された。

本研究成果をもとに塚本助教により作成されたデザインイラスト。同図はAngewandte Chemie International Editionの「Cover Picture」に選出された。

本研究成果をもとに塚本助教により作成されたデザインイラスト。
同図はAngewandte Chemie International Editionの「Cover Picture」に選出された。

背景と経緯

ナノ粒子(直径3〜500ナノメートル)とサブナノクラスター(1ナノメートル程度)の境界に位置する準サブナノサイズ(1~3 ナノメートル)の物質は、原子が連続的に連なった固体とも、1個の巨大な分子ともとらえることができるユニークな構造を有しており、両者の中間の性質を持ち得る興味深い物質群として注目されている。しかしながら、こうした準サブナノ物質の合成は極めて難しく、精密な合成はほとんど報告されていない。これは、準サブナノ物質のサイズが小さすぎるため、従来のナノ粒子の合成方法では精密な合成が難しい一方で、この物質を構成する原子の数は非常に多く、2~30個程度の原子を扱うサブナノクラスターの合成方法でも困難であったためである。そのため、このサイズ領域の物質はナノサイエンスにおける未開拓の分野の1つとなっている。

研究成果

塚本助教、山元教授らの研究グループは、準サブナノ物質の新たな合成法の開発を目指し、分子カプセルを利用してサブナノクラスターの合成を行う「アトムハイブリッド法」を応用するアプローチを検討した。アトムハイブリッド法は、デンドリマー[用語5]と呼ばれる樹状高分子のカプセルの内部に、配位結合[用語6]を利用して金属イオンを多数集積させて作成した、多核錯体を鋳型とすることで、サブナノクラスターの精密合成を行う手法である。準サブナノ物質の合成には、従来よりもさらに大きな分子カプセルが必要とされるが、そのような巨大なデンドリマーの合成は技術的に困難であり、これまで本手法を準サブナノ物質の合成に応用することは検討されてこなかった。

今回の研究では、カプセル内部の金属イオンだけでなく、デンドリマーそのものを配位結合によって組み上げる手法を新たに採用することで、「超分子カプセル」の合成に成功した(図1)。この樹状の超分子カプセルは、中心構造となる「コアユニット」と、枝葉構造となる「デンドロンユニット」という2種類の樹状分子が配位結合することで構成され、従来の合成方法よりも容易で定量的な合成が可能な、巨大なデンドリマーである。この超分子カプセルには、従来のデンドリマーを大幅に超える数の金属イオンを集積することができ、実際にこの超分子カプセルを利用して、84個程度の原子からなり、約1.5ナノメートルの粒径を持つ準サブナノサイズのロジウム粒子の精密合成を初めて実証した(図2)。

図1. コアユニットとデンドロンユニットの混合による超分子カプセルの合成。デンドロンユニットに導入されたイミンは、トリチリウムイオンやロジウムイオンと配位結合し、オルガノ錯体やメタロ錯体を形成する。このうち、超分子カプセルの合成にはトリチリウムイオンとイミンから成るオルガノ錯体を利用している。

  1. 図1.コアユニットとデンドロンユニットの混合による超分子カプセルの合成。デンドロンユニットに導入されたイミンは、トリチリウムイオンやロジウムイオンと配位結合し、オルガノ錯体やメタロ錯体を形成する。このうち、超分子カプセルの合成にはトリチリウムイオンとイミンから成るオルガノ錯体を利用している。

図2. 超分子カプセルを利用した準サブナノ物質の合成。超分子カプセルに金属イオンを加えてメタロ錯体を形成させ、続いてこれを還元することで目的の準サブナノ物質を得る(上)。下は、超分子カプセルを用いて合成した準サブナノサイズのロジウム粒子(Rh84、左下)と、デンドロンユニットのみで合成されたサブナノクラスター(Rh14、右下)の走査型透過電子顕微鏡像。超分子カプセルを利用した場合のみ、より大きなサイズのロジウム粒子が得られる。

  1. 図2.超分子カプセルを利用した準サブナノ物質の合成。超分子カプセルに金属イオンを加えてメタロ錯体を形成させ、続いてこれを還元することで目的の準サブナノ物質を得る(上)。下は、超分子カプセルを用いて合成した準サブナノサイズのロジウム粒子(Rh84、左下)と、デンドロンユニットのみで合成されたサブナノクラスター(Rh14、右下)の走査型透過電子顕微鏡像。超分子カプセルを利用した場合のみ、より大きなサイズのロジウム粒子が得られる。

今後の展開

今回の研究では、錯体化学と超分子化学の知見を融合させることで、新たな超分子カプセルを構築し、これまで困難とされてきた準サブナノサイズの物質の精密合成に成功した。この超分子カプセルは、コアユニットとデンドロンユニットを混合するだけで自発的に構築されるため、これらのパーツを変更すれば多種多様な大きさのカプセルを容易に設計できることから、今後はさらに大きな準サブナノ粒子の合成が期待できる。また、今回検討した「より大きな有機分子を利用して、より大きな無機ナノ材料を合成する」研究戦略は、将来的にナノサイエンスにおける未開拓分野の学理構築に大きく貢献すると考えられる。

  • 用語説明

[用語1] アトムハイブリッド法 : デンドリマーをナノサイズのカプセルとして利用し、原子レベルの精度でサブナノクラスターを合成する手法。デンドリマーの構造中には金属イオンを取り込むことができ、この取り込んだ金属イオンを化学的に還元することで、目的のサブナノクラスターを得る。しかし、合成できるデンドリマーの大きさには上限があり、取り込める金属イオンの数は最大でも60個程度であるため、これよりも大きな粒子の合成は困難だった。

[用語2] 準サブナノ物質 : サブナノクラスターは、わずか2〜30個程度の原子で構成される直径が1ナノメートル程度の粒子で、ナノ粒子の中でも特に小さく、分子に近い性質を持っている。対照的に、一般的なナノ粒子のサイズは約3~500ナノメートルで、無数の原子が集まってできており、固体に近い性質を持つ。準サブナノ物質は、このナノ粒子とサブナノクラスターの中間の大きさ(約1~3ナノメートル、60~1,000個程度の原子)の物質で、ちょうど固体とも分子ともみなすことのできる構造を有している。

[用語3] 超分子カプセル : 超分子とは、配位結合、水素結合、疎水性相互作用などの弱い相互作用によって複数の分子が集合した化学物質のこと。巨大な構造を持つ分子や、連続的な分子の配列など、強力な共有結合を持つ分子では不可能だった複雑な物質を容易に合成することが可能であり、近年注目を集めている。本研究では、内部構造をつくるコアユニットと、外部構造をつくるデンドロンユニットの2種類の樹状分子を混合し、これらを配位結合により結びつけた巨大なデンドリマーをカプセル型の超分子として用いている。

[用語4] ロジウム原子 : ロジウムは原子番号45の貴金属元素で、元素記号はRh。レアメタルの一つとしても知られる。特に、ナノサイズまで小さくしたロジウムは自動車の排ガス浄化用触媒に広く用いられ、排ガス中の一酸化炭素や窒素酸化物を分解する重要な役割を担っている。

[用語5] デンドリマー : コアと呼ばれる中心構造と、コアから樹状に延びる、デンドロンと呼ばれる側鎖構造から構成される特殊な高分子。

[用語6] 配位結合 : ルイス酸性の物質とルイス塩基性の物質の間につくられる化学結合。本研究で用いているロジウムイオンや、コアユニットに導入されたトリチリウムイオンはルイス酸性の物質である。一方で、デンドロンユニットにはルイス塩基性のイミンが導入されており、配位結合を形成することでトリチリウムイオンやロジウムイオンを集積できる。

  • 論文情報
掲載誌 : Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル : Highly Accurate Synthesis of Quasi-sub-nanoparticles by Dendron-assembled Supramolecular Templates
(デンドロン集積超分子テンプレートによる準サブナノ粒子の高精度合成)
著者 : Takamasa Tsukamoto1,2,3, Kosuke Tomozawa1, Tatsuya Moriai1, Nozomi Yoshida1, Tetsuya Kambe1,3, Kimihisa Yamamoto1,3
所属 : 1 Laboratory for Chemistry and Life Science, Tokyo Institute of Technology, 4259 Nagatsuta Midori-ku, Yokohama 226-0026, Japan.
2 Precursory Research for Embryonic Science and Technology (PRESTO), Japan Science and Technology Agency (JST), 7 Goban-cho, Chiyoda-ku, Tokyo, 102-0076, Japan.
3 Exploratory Research for Advanced Technology (ERATO), Japan Science and Technology Agency (JST), 7 Goban-cho, Chiyoda-ku, Tokyo, 102-0076, Japan.
DOI : 10.1002/anie.202114353別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

教授 山元公寿

E-mail : yamamoto@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5260 / Fax : 045-924-5260

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