応用化学系 News

プラスチックを肥料に変換するリサイクルシステムを開発

プラスチックの廃棄問題と食料問題の同時解決に向けて

  • RSS

2021.11.02

要点

  • 植物を原料としたプラスチックをアンモニア水で分解し、肥料となる尿素に変換するリサイクルシステムを開発
  • リサイクルシステムで生成した尿素が植物の成長促進につながることを実証
  • プラスチックの廃棄問題と人口増加に伴う食料問題の同時解決にも期待

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の阿部拓海大学院生、青木大輔助教(科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者兼務、応用化学コース 主担当)、大塚英幸教授(応用化学コース 主担当)らは、東京大学 大学院農学生命科学研究科の神谷岳洋准教授、京都大学 大学院工学研究科の沼田圭司教授らと共同で、植物を原料としたプラスチック[用語1]をアンモニア水で分解することで、植物の成長を促進する肥料へと変換することに成功した。

日常生活に欠かせないプラスチックは、現在70%以上が廃棄されている。廃棄問題への対策が急がれる一方で、依然需要は大きく、地球環境の保全とプラスチック利用を両立させる革新的なリサイクルシステムの開発が望まれていた。

青木助教らは、カーボネート結合からなるプラスチック(ポリカーボネート)[用語2]をアンモニアで分解する過程で生成する尿素[用語3]が、実際に植物の成長促進につながることを証明することで、プラスチックを肥料に変換するリサイクルシステムを実証した。

プラスチックを出発原料まで戻して再利用するケミカルリサイクル[用語4]の研究は精力的に進められているが、「分解過程で生成する化合物を植物の成長を促進する肥料として活用する」という本リサイクルシステムのアイデアは、これまでにないものである。またアンモニア水を加熱するだけで反応を促進でき、簡便なプロセスで実現できるため、普及すれば産業界への波及効果も大きい。このリサイクルプロセスは幅広い分子骨格に適用できることから、今後、サステナブル[用語5]な材料創製とそのリサイクルにつながると期待される。

研究成果は10月28日(現地時間)に王立化学会誌「Green Chemistry(グリーンケミストリー)」に掲載された。

図1 本研究の概念図

図1. 本研究の概念図

背景

日常生活に欠かせない高分子材料(プラスチック)は、その70%以上が廃棄されており、材料のリサイクルは15%以下にとどまっている。プラスチックを出発原料まで戻して再利用する工程はケミカルリサイクルと呼ばれ、古くから研究が進められてきたが、廃棄プラスチックのリサイクル効率を飛躍的に高めるまでには至っていない。

現在は、SDGs[用語6]が掲げる循環型社会の構築に向けて、プラスチックの処理コストの改善や効率の向上はもちろん、従来のリサイクルプロセスに付加価値を持たせた新しいリサイクルシステムの開発が求められている。

経緯

20世紀初頭にハーバーとボッシュが確立したアンモニアの合成法(ハーバー・ボッシュ法)[用語7]は、「空気からパンを作る」と形容されるほど画期的な発明であった。この方法で合成されるようになったアンモニア(NH3)は、小麦などを育てるための化学肥料(尿素)に変換され、食料の生産量を飛躍的に高めた。青木助教らの研究グループは、カーボネート結合を有するプラスチック(ポリカーボネート)がアンモニアと反応して、化学肥料である尿素に変換されることに着目した。本研究ではプラスチックをアンモニアで分解することで生じる「尿素」を肥料として利用して、植物の成長を促進させるという、新しいリサイクルシステムの構築を目指した(図2)。

図2 カーボネート結合のアンモニア分解

図2. カーボネート結合のアンモニア分解

研究成果

カーボネート結合からなるプラスチック(ポリカーボネート)は、アンモニアで完全に分解することで「モノマー[用語8]」と「尿素」へと変換できる。バイオマス資源であるイソソルビド[用語9]をモノマーに用いて合成されるポリカーボネートは、以下の理由から、新たに開発するリサイクルシステムを実証する上で理想的なプラスチックだといえる。

  1. 1.高い耐熱性や、優れた機械的強度、透明性を有するエンジニアリングプラスチック材料として期待されており、リサイクルの需要が大きい。
  2. 2.肥料として働く尿素とグルコース(糖)由来のイソソルビドに分解できる。
  3. 3.アンモニアによる分解反応は、加熱するだけで促進でき、高価な触媒を必要としない。

リサイクルシステムを実証するために、イソソルビドを原料として、高分子の主鎖骨格中(繰り返し単位中)にカーボネート結合を有するポリカーボネート(PIC)を合成した(図3)。次に、PICをアンモニアで分解し、その反応溶液の経時変化について調査した。PICにアンモニア水を加えた反応溶液の外観は、はじめは不均一な白色の溶液であったが、徐々に均一な溶液へと変化し、24時間後には完全に均一な溶液になった(図4)。

図3 本研究の概要

図3. 本研究の概要

図4 反応溶液の外観の経時変化

図4. 反応溶液の外観の経時変化

次に、カーボネート結合の分解に伴って生成する尿素の生成量や、分解生成物を多角的に評価した。その結果、反応時間が進むにつれてポリマー中のカーボネート結合の切断が起こり、分子量の低下が確認されるとともに、尿素の前駆体が安定な中間体として生成することがわかった。最終的には、PICを尿素とイソソルビドへと完全に分解できることが明らかになったが、その分解には室温において1ヵ月かかった。そこで、アンモニア濃度や反応温度の影響を検討し、反応条件を最適化することで、PICを6時間以内に尿素とイソソルビドへと完全に分解することに成功した(図5)。

図5 反応時間に対するカーボネート結合の残存量と尿素の生成量

図5. 反応時間に対するカーボネート結合の残存量と尿素の生成量

その後、PICを分解することで得られた分解生成物(尿素とイソソルビドの混合物)を用いて、シロイヌナズナ[用語10]の生育実験を行った(図6)。その結果、ポリカーボネートを分解して得られた尿素が肥料として働くことが明らかになった。また興味深いことに、PICの分解生成物を用いた場合、市販の尿素とイソソルビドを1:1で混合したものに比べ、シロイヌナズナの成長を促進することが明らかとなった。

PICの分解生成物中の尿素とイソソルビドの混合比は、分解反応の過程で一部脱炭酸が進行するため0.7:1となる。今回の結果から、イソソルビドと尿素が適切な比率で混合されていることで、シロイヌナズナがより効率よく窒素栄養を吸収している可能性も示唆された。

図6 シロイヌナズナを用いた育成実験

図6. シロイヌナズナを用いた育成実験

今後の展開

今回実証したポリカーボネートのアンモニア分解反応は、高価な触媒が必要なく、簡便な操作で行えることから、工業化も期待できる。一方、ヨーロッパの肥料産業団体(Fertilizers Europe)によると、アンモニア合成法の発明から1世紀以上が経った今日でも、尿素に代表される窒素肥料によって生産された食料は世界人口の50%を養っている。本研究で実証したリサイクルシステムは、出発原料である糖(イソソルビド)を再生するだけでなく、植物の成長を促進する尿素を与えられる点がメリットである。今後ポリカーボネートの基本骨格やトポロジーを変えることで、所望する機能・物性を発現しつつ、肥料へとリサイクルできるシステムの社会実装を目指す。研究チームでは、本リサイクルシステムが、「プラスチックの廃棄問題」と「人口増加による食料問題」を同時に解決する革新的なシステムへと昇華されることを期待している。「プラスチックからパンを作る」面白い未来が見えてきた。

  • 付記

今回の研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。
JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ

研究領域 : 「トポロジカル材料科学と革新的機能創出」
(研究総括:村上修一(東京工業大学 理学院 教授))
研究課題名 : 「空間結合を創る高分子トポロジー変換反応を鍵とした異種トポロジーの融合」
研究者 : 青木大輔(東京工業大学 物質理工学院 助教)
研究実施場所 : 東京工業大学
研究期間 : 平成30年10月~令和4年3月
  • 用語説明

[用語1] 植物を原料としたプラスチック : 再生可能な生物由来の資源(バイオマス資源)を原料にしたプラスチック。一般的なプラスチックは石油を原料に作られているが、植物を原料としたプラスチックは、トウモロコシやサトウキビなどの植物を原料にして作られている。石油のように枯渇することはなく、温暖化の原因とされる二酸化炭素の排出も抑えることができる。

[用語2] カーボネート結合からなるプラスチック(ポリカーボネート) : モノマーと呼ばれる単位分子が、カーボネート結合を介して連続して結合することで得られる高分子の総称。石油由来のビスフェノールAをモノマーとして得られるポリカーボネートは、耐熱性や透明性に優れることからエンジニアプラスチックとして広く用いられている。

カーボネート結合からなるプラスチック(ポリカーボネート)

尿素

[用語3] 尿素 : 1分子あたりの窒素原子含有率が高く、植物の葉や茎を育てる化学肥料として古くから農業で使用されている。無機化合物から初めて合成された有機化合物でもある。

[用語4] ケミカルリサイクル : 使用済みの資源を、そのままではなく、化学反応により組成変換した後にリサイクルすること。高分子材料をモノマーや少数のモノマーがつながったオリゴマーに戻してから再度重合することで、元の高分子材料や新たな高分子材料として再生する方法である。

ケミカルリサイクル

[用語5] サステナブル : Sustainableは「持続する(Sustain)」と「できる(able)」からなる言葉で、「持続可能な」という意味。地球の環境を壊さず、資源も使用しすぎず、美しい地球を維持しながら生活し続けていこうという呼びかけ。

[用語6] SDGs : Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称。2015年の国連サミットで採択されたもので、国際的な開発目標。

[用語7] アンモニアの合成法(ハーバー・ボッシュ法) : フリッツ・ハーバーとカール・ボッシュが1906年に開発した方法。鉄を主体とした触媒を用いて、空気中の窒素を水素と直接反応させてアンモニアを生産する方法。

N2+3H2→2NH3

[用語8] モノマー : 高分子(ポリマー)を構成する低分子の単位分子。モノマーを連続して結合するとポリマーが得られる。

[用語9] バイオマス資源であるイソソルビド : 再生可能な生物由来のモノマーの一つで、グルコースを化学変換して得られる。イソソルビドをモノマーに用いて得られるポリカーボネートは、石油資源(ビスフェノールA)から得られるポリカーボネートに匹敵する耐熱性、機械的強度、透明性を有する。

バイオマス資源であるイソソルビド

[用語10] シロイヌナズナ : 通称ぺんぺん草。成長速度が速く、室内で容易に栽培でき、多数の種子がとれることから、植物のモデル生物として生育試験に広く用いられる。

  • 論文情報
掲載誌 : Green Chemistry
論文タイトル : Plastics to Fertilizers: Chemical Recycling of a Bio-based Polycarbonate as a Fertilizer Source
著者 : Takumi Abe, Rikito Takashima, Takehiro Kamiya, Choon Pin Foong, Keiji Numata, Daisuke Aoki, and Hideyuki Otsuka
DOI : 10.1039/D1GC02327F別窓
物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に新たに発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院別窓

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系(JST さきがけ研究者兼務)

助教 青木大輔

E-mail : aoki.d.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2560 / Fax : 03-5734-2131

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

嶋林ゆう子

E-mail : presto@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3526 / Fax : 03-3222-2066

  • RSS

ページのトップへ

CLOSE

※ 東工大の教育に関連するWebサイトの構成です。

CLOSE