応用化学系 News
連続的な有機反応を副反応なくOne-potで実現
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の石曽根隆教授(応用化学コース 主担当)、後関頼太助教(応用化学コース 主担当)、高畑和津樹大学院生(当時 博士後期課程3年)らの研究グループは、二つのフェニル基がエチレンの片側の炭素上にある1,1-ジフェニルエチレン(DPE)に電子求引性の官能基[用語1]を置換した誘導体[用語2]を合成し、これらをマイナス電荷を持つアニオン[用語3]性高分子に順次反応させると、反応性の順にDPE骨格が並んだ定序性[用語4]分子を高分子の末端に導入できることを見出した。
合成高分子は、日用品から医療やエレクトロニクスといった分野でも広く活用されており、その繰り返し構成単位となるモノマー[用語5]を結合させてポリマー[用語6]とする重合[用語7]によって合成される。近年では、そのモノマー配列をいかに制御するかの研究が盛んに行われている。
本研究では、反応性の異なる非重合性[用語8]のビニル系モノマーであるDPE誘導体をアニオン性活性末端をもつ高分子に順次反応させ、通常では難しい連続的な付加反応によって、同種のDPE骨格が添加順に配列化された定序性化合物の合成に成功した。また、反応後には簡便な再沈殿[用語9]操作のみで、生成高分子を取り出せることも見出した。
合成高分子において未解決の課題であった、配列順序の制御に関する本研究は、新材料の開発に貢献するものであり、今後は様々な機能性官能基を有するDPE誘導体を用い、その配列制御に基づく特性を引き出すことで、さらなる応用の広がりが期待される。
本研究成果は7月7日付けで米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society誌」にオンライン掲載され、Supplementary Coverに選出された。
合成高分子は、プラスチック、フィルム、繊維、ゴムなどの素材として社会で広く利用されている。また、エレクトロニクスや医療といった分野における機能性材料としての活用も広がっている。
高分子の機能はモノマーの並び方や、構成するモノマーにどのような官能基が導入されているかで変化する。そのため、高分子の合成に関する研究のなかでも、モノマーの配列制御に関する研究が近年では盛んに行われている。
スチレンなどのビニル系モノマーを基軸として、2種以上のモノマーを連鎖重合[用語10]した場合、異種モノマー間での交差反応が起こりやすいため、従来、配列の制御は困難であるとされていた。最近では、いくつかのモノマーをあらかじめ配列させた化合物をモノマーとして重合する方法や、生体を模倣した鋳型重合によって配列を制御した高分子を得る方法も提案されているが、事前の準備が煩雑であることや、適用可能なモノマー種に制限があるといった課題が残っており、革新的な配列制御手法の開発が強く求められている。
本研究グループでは、古くからリビング重合[用語11]として知られるアニオン重合[用語12]を用いて、機能性高分子の合成、高分子の立体構造や形を制御する方法の開発に取り組んできた。
このリビング重合とは連鎖重合に含まれる4つの素反応のうち、連鎖移動反応や停止反応が起こらず、重合対象のモノマーがなくなった後でも、重合に向けた末端の活性が維持される重合である。そのため、重合後に適当な求電子試薬や別のモノマーを添加することで、構造の明確な末端官能基化ポリマー[用語13]や構造の明確なブロック共重合体[用語14]の合成が可能である。
一方、アニオン性の高分子に対して、非重合性のビニル系モノマーを反応させた場合にはアニオン種と1:1の定量的な付加反応が進行する。
今回の研究では、電子求引性の異なる官能基を導入することで反応性を変化させた非重合性ビニル系モノマー類を合成し、反応性の順に添加することでブロック共重合体の合成のように連続的に付加反応が進行すれば、連鎖重合においても望みの配列で高分子の末端にモノマーを結合できると考えた。
本研究では、非重合性ビニル系モノマーとして1,1-ジフェニルエチレン (DPE)を選択した。さらにDPEの芳香環の一部を、エチニル基 (En)やアシル基 (Ac)など、異なる電子求引性を示す官能基を導入した複数のDPE誘導体を合成した。
続いて、合成したアニオン性高分子に対し、用意したDPEおよび各種DPE誘導体を反応性の順に添加した(図1)。
その結果、反応性の順に各反応段階で1:1の定量的な付加反応がリビング的に進行することを見出した。電子求引性の官能基を導入したDPE誘導体は、無置換体であるDPEよりもビニル基の求電子性 (反応性)が高くなり、通常は非重合性を示すDPEでありながらも同一骨格間で付加反応が進行するようになったと考えられる。
実際、求電子性の低いものから高いものへ順序のアニオン付加反応は進行するが、その逆の順での反応は一切進行しなかった(図2)。具体的には、DPEアニオンからエチニル基(En)を導入したDPE誘導体であるEnへの付加反応は進行するが、EnアニオンからDPEへの付加反応は進行しない。反応の有無は官能基の置換基効果に強く依存しており、相対的な反応性をハメットの置換基定数σp[用語15]や13C NMRにおけるビニル基のβ-炭素の化学シフト値から推定できる。そのため、置換する官能基によってDPE類の反応性を任意に調整できることも分かりつつある。
これら一連のアニオン付加反応は副反応なく、1:1の形式で進行し、望み通りの順からなるDPE配列を有する鎖末端定序性高分子のみが得られる。これを有機化学的な観点から見ると、三種の異なる非重合性ビニル化合物へのアニオン付加反応が連続で精度高く進行していることを意味している。
DPE誘導体の添加を行う際に過剰量を添加しているため、容器内には未反応のDPE誘導体が存在することになるが、再沈殿を行うのみで末端定序性高分子を簡便に取り出せることも本手法の強みである。これまでにアニオン重合に注目して定序性高分子を合成した報告はなされておらず、高反応性とリビング性を示すアニオン付加反応を利用する本研究成果は、モノマーの配列制御を実現するための有効なアプローチであると言える。
本研究では、アニオン性高分子と非重合性分子との反応において見られる1:1の付加反応において、これまで前例がなかった高分子鎖末端に非重合性分子 (ここではDPE)の連子からなる定序性分子ユニットの簡便な合成に成功した。また、高分子を利用したことにより、反応進行の解析や合成化合物の簡便な精製・単離に成功している。さらに、異なるDPE誘導体を反応性の順で配列化できるのみならず、DPEに導入する官能基、配列に依存した性質を発現できる可能がある。
また、原理的には、中央の高分子鎖を取り外したDPE類の配列化分子の創成が可能である。さらに、末端は何らかの停止作業を行わない限りリビング性を保っていることから、さらなる重合、付加反応を続けることによって、多種多様な機能を示す定序性高分子の創出手段となることが期待される。
今後は、DPE上に導入する官能基の種類をさらに増やし、官能基の配列順に由来する機能を明らかにしていくことで、新材料としての配列制御高分子を開発していく計画である。
[用語1] 官能基 : 有機化合物の性質を化学的に特徴づける原子団。
[用語2] 誘導体 : 主として有機化合物について、基本構造はそのままに、分子構造の一部を変化させて得られた化合物を、もとの化合物の誘導体という。
[用語3] アニオン : マイナスの電荷を持つイオン。陰イオン。
[用語4] 定序性 : 定まった順番で構成する分子が並んでいる様。
[用語5] モノマー : 重合して高分子を形成する繰り返し構成単位となる低分子量の分子。単量体。
[用語6] ポリマー : モノマーが重合して生成された分子量の大きい物質。重合体。多量体。また一般に高分子物質のことをポリマーと呼ぶこともある。
[用語7] 重合 : 一種類、またはそれ以上のモノマーが結合してより分子量の大きい高分子をつくること。
[用語8] 非重合性 : 重合性を示さないモノマーのこと。
[用語9] 再沈殿 : 固体物質の精製法の一つ。得られた固体物質を一度溶解させ、その溶液を貧溶媒に加えることで再度沈殿させる方法。これを繰り返すことで、固体物質中の不純物の除去が可能となる。
[用語10] 連鎖重合 : ある反応が重合を引き起こし、その反応がまた次の重合を引き起こす形で、進む重合反応。開始反応、成長反応、移動反応、停止反応からなる。
[用語11] リビング重合 : 連鎖重合において、開始反応と成長反応のみからなり、連鎖移動反応や停止反応などの副反応を伴わない重合のこと。反応対象となるモノマーが消費された後でも、末端活性種の反応性が維持され、新たなモノマーを加えると重合が継続される。
[用語12] アニオン重合 : 結合される分子の末端がイオンとなるイオン重合のうち、末端活性種がアニオン(陰イオン)である重合反応。多重結合を持つ化合物が他の分子と新たに結合しながら進む付加重合と、環状化合物が開環して新たな結合を形成しながら進む開環重合がある。
[用語13] 末端官能基化ポリマー : 片方または両方の鎖末端部位のみに任意の官能基を導入した高分子。
[用語14] ブロック共重合体 : 2種以上の異なるモノマーが重合して生成された共重合体のうち、例えば(A-A-A)-(B−B−B)など二種類以上の単独重合体がブロック的に結合したもの。AとB2種の単独重合体の性質を有する。
[用語15] ハメットの置換基定数σp : 安息香酸および置換安息香酸の置換基の違いによる酸解離反応および反応速度定数の対数値の間に、直線的な比例関係が成り立つという有機化学反応論で重要な定量的経験則(ハメット則)がある。ここで用いられる対数値がハメットの置換基定数σpと呼ばれており、置換基の電子供与性・求引性の程度を定量化した値として用いられる。
掲載誌 : | Journal of the American Chemical Society |
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論文タイトル : | Living Anionic Addition Reaction of 1,1-Diphenylethylene Derivatives: One-Pot Synthesis of ABC-type Chain-End Sequence-Controlled Polymers (1,1-ジフェニルエチレン誘導体のリビングアニオン付加反応: ABC型鎖末端定序性分子のワンポット合成) |
著者 : | Kazuki Takahata, Naoki Aizawa, Masashi Nagao, Satoshi Uchida, Raita Goseki, Takashi Ishizone* (高畑和津樹、相澤直樹、長尾優志、打田聖、後関頼太、石曽根隆) |
DOI : | 10.1021/jacs.1c04500 |
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東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
教授 石曽根隆
E-mail : ishizone.t.aa@m.titech.ac.jp
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