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アニオン交換膜を利用した水電解による 高性能、高耐久、低コストの水素製造システム

水素社会の実現へ大きく前進

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2021.04.08

要点

  • アルカリ中での水電解で高耐久性を示すアニオン交換膜を開発
  • 白金などの貴金属を使わない、純水供給のみによる低コスト水電解システム
  • 高変換効率と高耐久性を両立した水電解を実現し、水素社会実現への貢献に期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の山口猛央教授(応用化学コース 主担当)と宮西将史特任助教およびKISTECの黒木秀記サブリーダーらの研究グループは、高性能、高耐久性、低コストの純水型水電解[用語1]システムを実現する、新たなアニオン交換膜の開発に成功した。

出力変動が大きい自然エネルギーからの水素製造では、膜型水電解が主流になりつつある。しかし、H+イオンを伝導する膜では酸性環境になるため、大量の白金が必要だった。一方、OHイオンを伝導するアニオン交換膜ではアルカリ性環境になるため、貴金属は必要ないが、アニオン交換膜が分解してしまう。研究グループはその分解機構を詳細に解析し、アルカリ中で分解しないアニオン交換膜を開発した。さらに、純水を使った水電解試験でも、高い変換効率での水素製造に成功した。この水電解システムは80℃で100時間を超える試験でも安定であり、低コスト、高性能、高耐久性をそなえた水素製造を実現する成果である。

本研究成果は、2021年2月22日(現地時間)に米国化学会誌「ACS Applied Energy Materials」に掲載され、掲載号のカバーピクチャに採用された。また、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「水素利用等先導研究開発事業」に関する研究成果である。

掲載誌のカバーピクチャに採用(2021年2月22日公開)

掲載誌のカバーピクチャに採用(2021年2月22日公開)

背景

地球温暖化問題の解決のため、二酸化炭素排出を実質ゼロにするエネルギー社会の実現が求められている。そのためには、クリーンなエネルギー源として風力・太陽光などの再生可能エネルギーを大規模に利用するしくみが不可欠である。具体的には、水の電気分解(水電解)によって自然エネルギーを水素に変換して、貯蔵・輸送し、必要な場所・時間に燃料電池により電気を供給する技術が必要になる。この水電解技術は、地球に無尽蔵に存在する水を使用しており、二酸化炭素を排出しない水素製造方法として近年注目を集めている。ただしこの技術を広く実用化するには、水電解の低コスト化および高効率化を実現しなければならない。

経緯

従来の水電解では、アルカリ水溶液を用いる水電解が主流であったが、気まぐれな天気に左右される太陽電池や風力発電の出力変動に対応できなかった。この問題は薄い高分子膜を用いれば解決できるが、燃料電池と異なり、水電解装置のセパレータや集電体[用語2]にはカーボン材料を使用できない。H+イオンを伝導する市販の膜を用いる場合、環境が酸性になるため、カーボンの代わりに大量の白金を使用せざるを得ない。このような白金を用いる水電解装置のセパレータや集電体のコストは、膜および触媒を合わせた膜電極接合体[用語3]コストの3倍にもなるという問題があった。

一方、OHイオンを伝導するアニオン交換膜を用いれば環境がアルカリ性になるため、多くの金属が安定となり、セパレータや集電体に貴金属を使用する必要はなくなるが(図1)、アニオン交換膜はアルカリ中で分解してしまう。そこで研究グループはこれまで、一般的に用いられてきたアニオン交換膜の分解機構を詳細に解析することで、その問題点を突き止め[参考文献1][参考文献2]、アルカリ中で分解しないアニオン交換膜として、全芳香族[用語4]の主鎖骨格を有する高分子膜の開発を行ってきた[参考文献3][参考文献4][参考文献5]。今回の研究では、高耐久性が期待されるアニオン交換膜として、C-H活性化重合[用語5]と呼ばれる重合法によって簡便に量産が可能で、分子量が非常に高い高分子材料を設計し、機械強度にも優れる電解質膜を開発した[参考文献6]

図1. 高分子膜を電解質としたアルカリ水電解の概略

図1. 高分子膜を電解質としたアルカリ水電解の概略

研究成果

研究グループは、OHイオンを伝導するアニオン交換膜が、高分子骨格中に存在するエーテル部位から分解することから、骨格がベンゼン環などの芳香族結合のみで構成される全芳香族高分子型アニオン交換膜を開発した[参考文献6]。この膜は、分子量が20万超と高く、溶媒に溶解するため製膜が容易である点が特徴である。

開発したアニオン交換膜(PFOTFPh-Cx)を水電解セルの電解質膜と触媒層アイオノマー[用語6]の両方に用い、膜電極接合体(MEA-Cx)を作製した(図2)。

図2. 本研究で合成したアニオン交換膜(PFOTFPh-Cx)と作製した膜電極接合体(MEA-Cx)

図2. 本研究で合成したアニオン交換膜(PFOTFPh-Cx)と作製した膜電極接合体(MEA-Cx)

図2. 本研究で合成したアニオン交換膜(PFOTFPh-Cx)と作製した膜電極接合体(MEA-Cx)

この膜電極接合体について、アルカリ(1 M KOH)水溶液を用いた80℃での水電解性能(電流電圧曲線[用語7])を測定した(図3a)。その結果、いずれの膜電極接合体でも1.0 A/cm2の高い電流値において約1.8 Vの電圧値(エネルギー変換効率80〜83%)が得られ、電気から水素への高い変換効率を実現した。さらに、温度が80℃、運転時間が100時間を超える水電解試験でも電圧変化がほとんど観察されず(図3b)、この膜電極接合体が高温・アルカリ環境での水電解において高い耐久性を持つことが示された。

図3. 1 M KOH水溶液を供給した場合のPFOTFPh-Cxを用いた膜電極接合体(MEA-Cx)の80℃での水電解性能(a)、一定電流密度運転での耐久性(b)

図3. 1 M KOH水溶液を供給した場合のPFOTFPh-Cxを用いた膜電極接合体(MEA-Cx)の80℃での水電解性能(a)、一定電流密度運転での耐久性(b)

さらに水電解システムの簡便化を目指して、アルカリ水溶液の代わりに純水を使った水電解試験も実施した(図4a)。その結果、純水を供給した場合でも、1.0 A/cm2の高い電流値で69〜76%の高い水電解効率を実現し、純水による水電解にも成功した。これは、今回開発したアニオン交換ポリマーのOHイオン伝導性が高く、KOH水溶液を用いなくても触媒層中でOHイオンが高速に伝導したためである。また、PFOTFPh-C10 膜を用いたMEA-C10は、温度が80℃、運転時間が100時間を超える水電解試験でも安定であり、高い耐久性を示すことが確認された(図4b)。

純水とアニオン交換膜を用いた固体アルカリ水電解システムにおいて、高い水電解性能と耐久性を同時に実現したのは、本研究成果が初めてである。安全で、地球上に豊富に存在する水のみを使用し、貴金属を必要としないシステムでそうした特徴を実現したことは、水素製造全体の低コスト化、高性能化、耐久性の向上につながる成果だといえる。

図4. 純水を供給した場合のPFOTFPh-Cxを用いた膜電極接合体(MEA-Cx)の80℃での水電解性能(a)と一定電流密度運転での耐久性(b)

図4. 純水を供給した場合のPFOTFPh-Cxを用いた膜電極接合体(MEA-Cx)の80℃での水電解性能(a)と一定電流密度運転での耐久性(b)

今後の展開

本研究で開発したアニオン交換膜とニッケル等の非貴金属触媒を組み合わせれば、さらなる低コスト化が実現できる。今後は、この水電解システムの実用化も視野に入れ、実際の出力変動条件での試験や、さらなる高耐久化、高効率化を進める。

今回開発に成功した固体アルカリ水電解システムは、再生可能エネルギーから水素を製造する手法の中でも大幅な低コスト化が望める技術であり、カーボンニュートラルを目指す我が国のエネルギー問題の解決に大きく貢献できることから、社会的意義の大きな成果だといえる。

  • 付記

この成果は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「水素利用等先導研究開発事業/水電解水素製造技術高度化のための基盤技術研究開発」の委託業務の一環として実施された。

  • 用語説明

[用語1] 水電解 : 水に電気エネルギーを加えて水素と酸素に分離する反応過程。

[用語2] セパレータや集電体 : 電解質膜や電極(触媒層)の外側に設置する、電解質膜や触媒層を固定し水や電気を供給する部材。

[用語3] 膜電極接合体 : 電解質膜とそれに接合された電極(触媒層)が一体化した、水電解システムの中枢部。

[用語4] 全芳香族 : ベンゼン環などの芳香族環同士の結合で形成される高分子構造。

[用語5] C-H活性化重合 : 通常芳香族高分子を得るには、芳香族ハライドをモノマーとして用いた重合により合成を行うが、ハロゲンを含まないモノマーから直接重合を行う手法。

[用語6] アイオノマー : 触媒層において、触媒担持粒子同士を結着させるバインダーとなる電解質材料のことで、反応時に必要となるイオンを反応サイトに供給する役割も担う。

[用語7] 電流電圧曲線 : 電流(横軸)は反応量、つまり水素の製造量、セル電圧(縦軸)は水電解反応を起こすのに必要なエネルギーに相当する。

  • 参考文献

[1] S. Miyanishi and T. Yamaguchi, Phys. Chem. Chem. Phys., 18, 12009–12023 (2016)

[2] S. Miyanishi and T. Yamaguchi, New J. Chem, 41(16), 8036–8044 (2017)

[3] H. P. R. Graha, S. Ando, S. Miyanishi, and T. Yamaguchi, Chem. Commun., 54, 10820–10823 (2018)

[4] S. Miyanishi and T. Yamaguchi, J. Mater. Chem. A, 7(5), 2219–2224 (2019)

[5] H. Kuroki, S. Miyanishi, A. Sakakibara, Y. Oshiba, and T. Yamaguchi, J. Power Sources, 438(31), 226997 (2019)

[6] S. Miyanishi and T. Yamaguchi, Polym. Chem., 11, 3812–3820 (2020)

  • 論文情報
掲載誌 : ACS Applied Energy Materials
論文タイトル : Pure Water Solid Alkaline Water Electrolyzer Using Fully Aromatic and High-Molecular-Weight Poly(fluorene-alt-tetrafluorophenylene)-trimethyl Ammonium Anion Exchange Membranes and Ionomers
(全芳香族で高分子量のポリ(フルオレン-alt-テトラフルオロフェニレン)-トリメチルアンモニウムアニオン交換膜およびアイオノマーを用いた純水型固体アルカリ水電解)
著者 : Roby Soni, Shoji Miyanishi, Hidenori Kuroki, and Takeo Yamaguchi*
DOI : 10.1021/acsaem.0c01938別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

教授 山口猛央

E-mail : yamag@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5254 / Fax : 045-924-5253

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