応用化学系 News

極めて安価な金属で世界トップクラスの活性を持つ水電解用触媒を開発

持続可能な水素社会実現へ大きく前進

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2021.03.03

要点

  • 地球上に無尽蔵に存在する鉄とカルシウムからなる水電解用触媒を開発
  • 3つの鉄原子が反応サイトを担う特異なメカニズムの存在が判明
  • 既存の水電解用鉄系触媒やレアメタル触媒を上回る活性を示し、水素社会実現への貢献が期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の山口猛央教授(応用化学コース 主担当)と菅原勇貴助教(応用化学コース 主担当)およびフロンティア材料研究所の鎌田慶吾准教授(材料系材料コース 主担当)、物質・材料研究機構(NIMS)の館山佳尚グループリーダーと石川敦之主任研究員らの研究グループは、水の電気分解により水素を製造する水電解[用語1]反応で用いる正極[用語2]用電気化学触媒[用語3]として、鉄とカルシウムを含む非常に安価で高活性な複合酸化物[用語4]CaFe2O4を開発した。

水電解用触媒として鉄系酸化物を用いる場合、触媒活性に乏しいことがこれまでの課題であったが、今回開発したCaFe2O4は3つの鉄原子が協働して反応サイトを担う特異なメカニズムをもつため、活性が従来の鉄系触媒より飛躍的に向上した。その活性は、水電解反応の高活性触媒として知られるレアメタルの酸化イリジウムも上回った。

水電解は、環境問題・エネルギー資源問題の解決を目指すなかで、再生可能エネルギーの電力を使用して水から水素を作る技術として注目されている。本研究で開発した安価で高性能な水電解用触媒は、持続可能な水素社会の発展に貢献すると期待される。

本研究成果は、2021年2月15日(現地時間)に米国化学会誌「ACS Applied Energy Materials」に掲載され、掲載号のカバーピクチャに採用された。

掲載誌のカバーピクチャに採用

掲載誌のカバーピクチャに採用

背景

環境問題・エネルギー問題の解決のため、化石燃料に依存しない持続可能なエネルギーシステムの開発と普及が求められている。近年、クリーンなエネルギー源として風力・太陽光などの再生可能エネルギーが脚光を浴びている。その1つとして、風力発電や太陽光発電で得た電気を用いた水の電気分解(水電解)により、エネルギー密度[用語5]の高い燃料である水素を製造し、それを消費地に運搬して燃料電池発電の燃料などとして使用するアプローチが提案されている。この水電解技術は、地球にいくらでも存在する水から水素を製造でき、二酸化炭素を排出しない手法であることから、近年注目を集めている。

経緯

研究グループは2019年に、水電解の負極用の高活性触媒として知られるレアメタルの白金よりも耐久性の高い触媒の開発に成功した[参考文献1]。しかし水電解では、負極の水素発生反応と比べて、正極の酸素発生反応の過電圧[用語6]が大きく、水電解反応全体の律速[用語7]になっている。そのため、正極用の高活性な触媒の開発が求められてきた。

これまでに水電解の正極用触媒として高い活性が報告されているルテニウムやイリジウムなどのレアメタルでは、価格が非常に高いことが問題だった。一方、アルカリ水電解であれば、酸環境では溶解してしまう鉄などの安価な金属の使用が可能であり、脱レアメタルによる抜本的な低コスト化が期待される。図1に固体高分子形アルカリ水電解の概要を示す。近年は耐久性の高いアルカリ水電解用高分子膜[用語8]が続々と開発されてきており、実用化に近づきつつある。そのため現在は、安価な汎用的金属からなる高性能触媒の開発が強く望まれている。

図1. 高分子膜を電解質としたアルカリ水電解の概略

図1. 高分子膜を電解質としたアルカリ水電解の概略

研究グループは、安価な汎用的金属として鉄とカルシウムに着目したが、鉄の酸化物には水電解の正極反応活性が低いという課題があった。そこで、結晶構造を制御して従来の反応メカニズムとは異なるルートを発現させることで、水電解反応の活性を飛躍的に向上させることを目指した。

研究成果

研究グループは、リンゴ酸[用語9]を用いたゾル-ゲル法[用語10][参考文献2]と呼ばれる固体材料合成法を活用することで、鉄原子同士が近接する構造で結晶化した鉄とカルシウムを含む複合酸化物触媒CaFe2O4を合成した(図2)。このCaFe2O4について、密度汎関数理論(DFT) [用語11]による第一原理計算[用語12]により、水電解の正極反応の反応中間体[用語13]を解析したところ、CaFe2O4粒子表面で近接する鉄3原子が反応サイトを担い、反応中間体が橋掛け構造を形成した吸着[用語14]構造を有するという特異な反応メカニズム(multi-iron-siteメカニズム)の存在が明らかとなった(図3)。このmulti-iron-siteメカニズムと、鉄1原子が反応サイトとなる既知のメカニズムを比較したところ、multi-iron-siteメカニズムを経由する反応のほうがエネルギー的に有利であることがわかり、CaFe2O4が触媒として高い性能を有することが予想された。

図2. CaFe2O4の結晶構造

図2. CaFe2O4の結晶構造

図3. CaFe2O4の粒子表面のmulti-iron-site mechanism

図3. CaFe2O4の粒子表面のmulti-iron-site mechanism

次に、水電解の正極反応に対するCaFe2O4表面比活性[用語15]を評価すると、7.8 mA cm−2の活性を示した。これはSr4Fe6O13やGdFeO3などのその他の鉄系の複合酸化物触媒の3.5倍以上と、圧倒的に高い値である(図4)。さらにこれは、水電解反応の高活性触媒として知られるレアメタルの酸化イリジウム(IrO2)の5.5 mA cm−2をも上回る、優れた活性である。

CaFe2O4のこのような優れた活性は、水電解の反応プロセスが特異なmulti-iron-siteメカニズムで進行し、反応が促進されたために発揮されたと考えられる。

図4. CaFe2O4とその他の鉄系触媒およびレアメタル触媒との活性比較

図4. CaFe2O4とその他の鉄系触媒およびレアメタル触媒との活性比較

今後の展開

本研究で開発したCaFe2O4は、非常に安価、低環境負荷、合成容易、そして触媒として高性能という多くの利点を有しており、風力・太陽光などの再生可能エネルギーによる水素製造に用いる水電解用電極触媒としての応用が期待される。

今回使用した鉄とカルシウムは、クラーク数[用語16]がそれぞれ4位と5位で、地球上に豊富に存在し極めて安価なため、水電解技術の低コスト化が期待できる。実際に、市場価格はそれぞれおよそ0.8 $/kg、3 $/kgであり[参考文献3]、ニッケルやコバルトなどの他の汎用的金属のおよそ50分の1、水電解反応に対して高活性な金属として知られるレアメタルであるイリジウムの5万分の1[参考文献3]である。

また、鉄とカルシウムは生体内にも多く存在する、生物に対して無害な金属であり、CaFe2O4が環境中に放出されて生体内に取り込まれたとしても大きな害はなく、環境にとても優しい材料である[参考文献4]。さらに、本合成法では、市販の試薬からCaFe2O4を容易に合成することが可能であり、こうした点も実用化に有利だといえる。

今回開発に成功した、極めて安価で優れた活性を有する水電解用触媒は、エネルギー変換技術の普及・拡大を実現し、エネルギー資源問題の解決に大きく貢献できることから、社会的意義の大きな成果だといえる。

  • 付記

この成果は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の一環として、またJST-PRESTO(No. JPMJPR15S3)の助成、「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」およびHPCI(hp180115, hp200131)と文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム/名古屋大学微細構造解析プラットフォームの支援を受けて得られた。本研究の一部はNIMS、北海道大学、九州大学のスパコンを利用して実施された。

  • 用語説明

[用語1] 水電解 : 水に電気エネルギーを加えて水素と酸素に分離する反応過程。

[用語2] 正極 : 電気化学反応系において反応物質に正の電荷が移動する電極。乾電池で言えばプラス極に相当する。

[用語3] 触媒 : それ自体は変化せずに、他の分子の化学反応速度を高める作用を持つ物質の総称。

[用語4] 複合酸化物 : 2種類以上の金属と酸素が結びついて生成した化合物の総称。

[用語5] エネルギー密度 : 物質を燃焼させる際に得られる重量あたりのエネルギー。

[用語6] 過電圧 : 電気化学反応が発生する理論的な電位と、実験で実際に反応が発生する電位との差。過電圧が大きいほど無駄な電圧をかける必要があり、非効率な反応ということになる。

[用語7] 律速 : 一連の反応過程で最も速度が遅く、反応過程全体の速度を決定する段階。この段階の速度が向上すれば反応全体の速度が上がる。

[用語8] 高分子膜 : 小さな繰り返し単位から構成される巨大分子の溶液を乾燥させて、薄く伸ばした形状に加工したもの。

[用語9] リンゴ酸 : 水に溶かすと弱酸性を示す有機化合物の一種。リンゴから発見されたためこの名で呼ばれる。鉄およびカルシウムイオンと弱く結合して、焼成時のCaFe2O4の結晶化を促す役割がある。重量あたりの単価は酢酸の2倍程度でこちらも安い。

[用語10] ゾル-ゲル法 : 原料物質を溶解させた溶液「ゾル」をゲル化させる過程を経て、固体材料の合成や結晶成長をさせる手法。

[用語11] 密度汎関数理論 : 物質中の電子のエネルギーは電子の密度で全て表現できるとする理論。分子の最安定構造の同定や、化学反応過程前後のエネルギーの解析などに利用される。

[用語12] 第一原理計算 : 経験的パラメーターを用いずに、量子論的な波動方程式を解く理論計算手法。原子・分子・固体等の構造や安定性、反応性を解析することができる。

[用語13] 反応中間体 : 化学反応過程において、反応物が最終生成物に変化する間に一時的に存在する分子。

[用語14] 吸着 : 材料表面に他の分子が物理的または化学的引力により引き寄せられ表面近傍に局在化する現象。

[用語15] 表面比活性 : 固体の触媒が有する性能を定量的に表す値。本研究では触媒粒子の表面積あたりの電流値で示され、単位はmA cm−2

[用語16] クラーク数 : 地球の地殻に存在する元素の割合の質量パーセント。大きい元素から並べると、酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウムの順になる。

  • 参考文献

[参考文献1] Sugawara, Y.; Kamata, K.; Yamaguchi, T. "Extremely Active Hydrogen Evolution Catalyst Electrochemically Generated from a Ruthenium-Based Perovskite-Type Precursor", ACS Appl. Energy Mater., 2019, 2, 956−960. DOI: 10.1021/acsaem.8b01525

[参考文献2] Sugahara, K.; Kamata, K.; Muratsugu, S.; Hara, M. "Amino Acid-Aided Synthesis of a Hexagonal SrMnO3 Nanoperovskite Catalyst for Aerobic Oxidation", ACS Omega, 2017, 2, 1608−1616. DOI: 10.1021/acsomega.7b00146.

[参考文献3] Vesborg, P. C. K.; Jaramillo, T. F. "Addressing the terawatt challenge: scalability in the supply of chemical elements for renewable energy", RSC Adv., 2012, 2, 7933−7947. DOI: 10.1039/c2ra20839c.

[参考文献4] Khanna L.: Verma N. K. "Biocompatibility and superparamagnetism in novel silica/CaFe2O4 nanocomposite", Materials Lett., 2014, 128, 376−379. DOI: 10.1016/j.matlet.2014.04.168.

  • 論文情報
掲載誌 : ACS Applied Energy Materials
論文タイトル : Efficient Oxygen Evolution Electrocatalysis on CaFe2O4 and its Reaction Mechanism (CaFe2O4の効率的酸素発生電気化学触媒作用とその反応メカニズム)
著者 : Yuuki Sugawara, Keigo Kamata,* Atsushi Ishikawa, Yoshitaka Tateyama, and Takeo Yamaguchi*
DOI : 10.1021/acsaem.0c02710別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

助教 菅原勇貴

E-mail : sugawara.y.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5277 / Fax : 045-924-5262

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