応用化学系 News

有害物のないアルカンとベンゼンの脱水素カップリング反応

粒子間の水素移動による反応促進効果を実証

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2021.02.10

要点

  • 水素のみを副生成物とするクリーンなアルキルベンゼンの合成に成功
  • 固体酸と担持金属の混合触媒系によるC-H結合の活性化と反応加速を実現
  • スラリー系における粒子間の水素移動を発見

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の高畠萌大学院生と本倉健准教授(ライフエンジニアリングコース 主担当)は、物質・材料研究機構の橋本綾子主任研究員と、固体酸触媒と担持パラジウム触媒を混合して用いることで、アルカン[用語1]とベンゼンの脱水素型カップリング反応[用語2]によるアルキルベンゼン[用語3]の合成に成功した。

本倉准教授らは異なる二つの触媒粒子の間を水素原子が移動することで反応が加速されることを発見した(図1)。この発見によって、新たに開発した合成手法を用い、ほぼ化石資源そのものであるアルカンを直接利用し、水素のみが副生成物となるアルキルベンゼンの合成経路が可能となった(図1)。

図1.  触媒粒子間を水素原子が移動するアルキル化反応の新しい反応機構

図1. 触媒粒子間を水素原子が移動するアルキル化反応の新しい反応機構

これまでのアルキルベンゼンの合成ではハロゲン化物が原料として用いられており、生成物と当量の廃棄物(ハロゲン化水素)が生成する問題があった。

研究成果は2021年1月20日(現地時間)に米国化学会誌「JACS Au(ジャックス・ゴールド)」オンライン速報版(オープンアクセス誌)に公開された。

背景と経緯

アルカンとベンゼンの脱水素カップリング反応は、従来のハロゲン化物を利用するアルキルベンゼンの合成法と比較して、水素のみが副生成物となる非常にクリーンな手法である(図2)。新手法では、ほぼ化石資源そのものであるアルカンを直接利用できるので、化石資源からハロゲン化物を合成するステップの省略も可能である。しかしながら、この反応の実現には不活性なアルカンのC-H結合を活性化する必要があるため、極めて高難度な合成経路と考えられてきた。

図2. ハロゲン化アルキルを用いる従来法と、アルカンを直接用いる本手法の比較

図2. ハロゲン化アルキルを用いる従来法と、アルカンを直接用いる本手法の比較

これまでに、白金やパラジウムを担持したゼオライト触媒[用語4]によるアルカンとベンゼンの脱水素カップリングが報告されている。しかし、いずれも200 ℃以上という高温が必要であることから、低温で本反応を進行させることのできる触媒の開発が望まれてきた。

研究成果

アルカン(ノルマル-ヘプタン)とベンゼンの脱水素カップリング反応に、固体酸触媒(アルミニウム交換モンモリロナイト:Al-mont[用語5])と担持金属触媒(ハイドロタルサイト担持パラジウム:Pd/HT[用語6])を混合して用いることで対応するアルキルベンゼンの収率が向上することを見出した。この混合触媒を用いると最大でベンゼン転化率21%、目的生成物である炭素鎖7のアルキル化生成物 (Ph-C7)の選択率84%を達成した。Al-montのみ、あるいはPd/HTのみではほとんど目的生成物は得られず、二つの触媒粒子を混合することが重要である。

続いて、Al-montとPd/HTを混合することでなぜ反応が加速されるのか調査した。二つの触媒粒子の接触が可能な状態と、そうでない状態における触媒反応の結果を表1に示す。溶液は通過するが触媒粒子は通過できないフィルターで隔てた反応装置を用いた。両方の触媒粒子を同じ相に投入すると上記の通り反応の加速効果があった。一方で、フィルターで隔てた別の相内にPd/HTを入れ、触媒同士を分離させた状態で反応させるとPd/HTによる加速効果は見られなかった。このことから、触媒同士の物理的な接触が反応加速に必要であることが示された。

表1. フィルターによる触媒粒子分離の有無がアルキル化反応に与える影響

表1. フィルターによる触媒粒子分離の有無がアルキル化反応に与える影響

次に、反応後の混合触媒のSTEM-EDS測定[用語7]を行った(図3)。STEM写真の中のPd/HT粒子の領域(A)とAl-mont粒子の領域(B)においてEDS分析を行ったところ、(A)ではPdが検出され、(B)ではPdは検出されなかった。このことは、反応中にPdは溶出せずハイドロタルサイトに保持されたまま、反応加速に関与していることが示唆された。すなわち、Pd粒子はハイドロタルサイトの表面に存在したまま、アルキル化反応に関与している。

図3. 反応後の触媒粒子のSTEM-EDS測定(スケールバー: 200 nm)

図3. 反応後の触媒粒子のSTEM-EDS測定(スケールバー: 200 nm)

上記の結果に加えて、反応の経時変化測定・異性体選択率測定[用語8]・反応後の触媒のキャラクタリゼーション(構造解析実験)や同位体標識実験などを行い、図1に示す触媒粒子の間を水素原子が移動する反応機構を推定した。固体酸であるAl-montによってアルカンのヒドリド(水素化物イオン、H-)が引き抜かれ、ベンゼンが求核的[用語9]に付加することによってアルキルベンゼンが得られる。引き抜かれて生成した水素原子は、Al-montとPd/HTの接触によってPd/HT表面へと移動し、Pd粒子上で再結合することで水素分子となり、脱離すると考えた (図1)。

今後の展開

本研究では、粒子間を水素原子が移動することでアルカンを原料とするアルキル化反応の加速を可能とした。今後は反応に用いるパラジウム量の低減や、より安価な金属触媒による代替を目指す。さらに、本研究で見出した複数の固体触媒のシンプルな物理混合による反応促進効果は、これまでの多機能触媒設計において問題とされてきた活性点同士の不活性化の抑制や、触媒調製の簡便化につながるものである。すなわち、本手法は液相合成において、あらゆる固体触媒の組み合わせへ展開することが可能であり、高効率な反応プロセスの開発へ向けた新しい触媒反応系の設計手法を提供するものである。

  • 付記

今回の研究成果は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「革新的触媒の科学と創製」(No. JPMJPR17SA, JPMJPR17S7)および、科学研究費補助金 新学術領域研究「分子合成オンデマンドを実現するハイブリッド触媒系の創製」(No. 20H04804)の支援を受けて実施された。

  • 用語説明

[用語1] アルカン : 飽和炭化水素。一般式CnH2n+2で表される。近年、アルカンを直接の原料とする有用化成品合成が注目を集めており、不活性なC-H結合を活性化するための触媒開発が盛んである。

[用語2] 脱水素カップリング反応 : カップリング反応とは二つの分子を選択的に結合させる反応。このとき、目的生成物と異なる化合物として水素分子(H2)が生成するものを脱水素カップリング反応と呼ぶ。C-H結合の開裂と水素分子の副生を伴うため、速度論的・熱力学的に極めて高難度な反応である。

[用語3] アルキルベンゼン : ベンゼンに飽和炭化水素鎖(アルキル基)が結合した化合物。合成洗剤等の原料となるため、工業的付加価値が高い。

[用語4] ゼオライト触媒 : ゼオライトとは規則的な細孔を有する結晶性のアルミノケイ酸塩。細孔内に発現する酸点や、導入した金属種を活用することで、固体触媒として機能する。

[用語5] アルミニウム交換モンモリロナイト(Al-mont) : モンモリロナイトとはアルミニウム8面体シートがケイ素4面体シートに挟まれた層状構造をもつ鉱物の一種。アルミニウムの一部が2価のカチオンに置換されることで層間に陽イオンを配置することが可能である。本研究では層間にさらにアルミニウムイオンを導入し、酸強度を向上させたアルミニウム交換モンモリロナイトを固体酸触媒として用いている。

[用語6] ハイドロタルサイト担持パラジウム : ハイドロタルサイトとはマグネシウムとアルミニウムを含む層状複水酸化物。表面と層間に陰イオンが存在し、塩基性を示す。本研究ではハイドロタルサイトの表面にパラジウム粒子を結合させたハイドロタルサイト担持パラジウムを用いている。

[用語7] STEM-EDS測定 : 走査型透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscopy)とエネルギー分散型X線分光(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を組み合わせた位置情報を含む元素分析。STEMでは細く絞った電子線で試料を走査させ、試料を透過した電子を検出して、像を得る。また、EDSでは、この時に試料から放出された特性X線を検出して、試料の元素情報を取得する。

[用語8] 異性化率測定 : 異性化とは例えばアルキル基に含まれる炭素・水素の数は同じであるが、違う構造をしている化合物に変化すること。酸触媒を用いると異性化反応が進行することが知られている。本研究では、Al-montのみでも、Pd/HTを添加しても異性化率がほとんど変化していないため、いずれの場合もAl-montによるアルカンからのヒドリド引き抜きは同様に進行していると推定できる。

[用語9] 求核的 : 電子密度の低い原子へ電子密度の高い化合物(求核剤)が付加する反応は、求核的な反応と呼ばれる。本研究では、ヒドリドが引き抜かれてアルカンに生成したカチオンへベンゼンの電子対が求核的に反応する。

  • 論文情報
掲載誌 : JACS Au
論文タイトル : Dehydrogenative Coupling of Alkanes and Benzene Enhanced by Slurry-Phase Interparticle Hydrogen Transfer
(スラリー相における粒子間水素移動によって加速されるアルカンとベンゼンの脱水素カップリング反応)
著者 : Moe Takabatake, Ayako Hashimoto, Wang-Jae Chun, Masayuki Nambo, Yuichi Manaka, and Ken Motokura
DOI : 10.1021/jacsau.0c00070別窓
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

准教授 本倉健

E-mail : motokura.k.ab@m.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5569

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